78.世界会議 2
サーシャはずっと、黙っていた。
黙っているよう言われたのもあるが……
何というか。
いつの間にか自分が議論の的になっている。
居心地、悪っ!
レギーナやヴィクトルの援護もむなしく、なんとかしてくれということばかりである。
うーん。
自分でもどうすればいいか、現時点、わかんないんだけど。
どうしようもなくね?
人ごとみたいだけど。
私も、黒いものを取り込む力の大小は自分で掴めないし、制御もできないし。
ほんと、どうしようもないっしょ?
大体いきなり黒いものの方から現れといて、たまたま私に取り込む性質が発現しただけなのに、なんで周りに宿命とか言われなきゃなんないんだ。
ちらっと隣のイーゴリを見る、
「お気になさいますな」
イーゴリが小声で言ってくれる。
「大丈夫。ただ、どうしようもなくね、ってだけ」
「それで結構でしょう」
イーゴリもそう思ってくれているのだ、少しほっとする。
他国の言うことも、分からなくはないのだが、全部が全部相手の立場に立って物事を考えていては、キリがないと思っている。
黒いものの対処には、自分自身がしっかりして覚悟が決まっていなければできないことで、
むしろ自分を最優先に考えていなければかえって危なくなるのだ。
つまり開き直るしかない、
他所がどうなろうと、自分の決断をすると。
イヴァンの国で重役たちを処刑した経験が、今回もまた決断力を助けてくれている気がしている。
思ってもみなかった、パウキの処罰に続き、再度処刑の経験を活かせる場があるとは。
国々が何やら舌戦を繰り広げているが、
サーシャは我関せずという感じでそれを眺めていた。
そしてふと思い立って、前の席のエカチェリーナをつついた。
エカチェリーナが驚いたように振り返る。
「いかがなされましたか、殿下。今発言はなさらない方が」
「違う。
……お母さまが、お兄さまや私を身籠もられていたとき、こういう感じだったのかな、って思って。あの、批判してる連中あたりが」
「なるほど……私も当時直接見たわけではありませんが、世界から批判に晒されたと聞いてはおります、
神の末裔の国々はそうでもなかったようなので、おそらく、こういうことなのでしょう」
「もし、あの連中が対処を要求したら、報酬が必要としようと思う。
いいように使われたくないから」
「正当な要求でありましょう」
「私が表明する」
「殿下。そういうことは私にお任せくださいませ」
「じゃあ、任せた。ふんだぐって構わない」
「……殿下は、大人しいお利口さんかと思っておりましたが。そうでもないようですね?
よろしいでしょう、殿下に最良の解決策に持っていくとしましょう」
エカチェリーナは不敵に微笑んだ、
サーシャも満足そうな笑みを浮かべる。
どうやら、エカチェリーナに認められてはいるようだ。
…………
…………
「我々は、アレクサンドラ殿にコシチェイ討伐を依頼したい。
子が宿らぬはずの、神の末裔同士に宿った子であるということは、世界の脅威に立ち向かえという宿命の持ち主とみなして間違いないであろう。
伝説の勇士として、人々を救いに導いてもらいたい」
神の末裔でない国々は、神の末裔の国とは別に、ほとんどが連合を組んでいる。
その連合諸国がとりあえずの結論として、そんな決議を出した。
その内情は、全会一致ではないようだが。
「では」
エカチェリーナが、起立した、
「皆様方のご依頼につきまして、こちらとしましては、相応の対価を要求します。
伝説の勇士とやらはお好きにお呼びください。
ですが我が主の命がかかる依頼でありますから、正当な報酬なしに行うわけにはいきません。
世界のために関わることですから、神々の末裔となる国も含めまして、すべての国による我が主の道中の安全保障及び、各国への滞在保証、そして金銭保証を要求します」
おお、とサーシャは感心する、
これはガッツリいったな。
さて、各国の反応は?
「ちなみに先日方、我が主は護衛とともに、強盗集団パウキの面々と交戦となり、討伐及び処罰を行ないました、
本来ならば同集団が活動していた地で討伐すべきもの、ただ黒いものが関わっておりましたので、我が主でなければ討伐は困難でしたでしょう、
我が主を危機に晒したことは、我が主の意向もあり不問にします。
しかしながら相応の討伐費用はご請求申し上げます」
…………
…………
連合諸国から、不満が噴出し、議場は一時騒然となった。
主に、金に汚いとか、
世界を救うのに金がいるとは勇士の風上にもおけないだとか、
金がなければ滅びろというのかとか、
要するに誇りを持つもの金など取らず人々のために尽くせということである。
議長が静粛にと言っても、なかなか鎮まらなかったほどだった。
その間、サーシャは悠然と席についたままで、
ヴィクトルに目を向けてみた。
ヴィクトルが気づき、こっそり、親指を上げてウィンクしてみせる、
それでいいという合図だ。
議長の何度目かの抑制で、ようやくざわめき程度に落ち着いたところで、
フェオフォン国王が発言した、
「よかろう、我が国ではアレクサンドラ殿を全面的に支援する。
我が国にお越しいただく際は、今回のことがなくとも国賓としてお迎えするのであるし、アレクサンドラ殿にそうした役割が付随しているのなら、対価を払うのは当然のこと。
我々ができないことを代わりに行ってくださるのだからね」
「異論ございません。既に対策も共有してくださっております。
我が国としては、その後のヴァシリーサ国の復興と、イヴァンの国の復興にもお力にならせていただきたい」
レギーナも賛同してくれた。
「金など関係なく、人々を救うという正義の御心はござらんのか!?
アレクサンドラ殿、代理の方ではなく、ご自身で表明いただきたい!」
「私が申し上げていることは我が主の総意です。私が一任しておりますので。
そしてそのままお言葉をお返ししますが、貴国は警備の者に給金を出していないのですか?
国のために金などなくとも尽くすという警備兵がいらっしゃるのでしょうね?」
「それとこれとは話が違いますぞ!
伝説の勇士となる方が金で動くなどと、恥ずかしいとは思われないのか!」
サーシャはだんだん面倒になってきた。
人の心理として、気前よく金を払ってくれたり待遇をよくしてくれたら、頑張る気もおきるというものだ。
汚いと言われようが、それが普通の人間の本性だろう。
一体どれだけの人間が、金に関わらず懇切丁寧に仕事ができるというのか?
少なくとも、金など関係なくやってほしいという連中こそ、いざ自分に仕事が回ってきたら絶対無償ではやらないだろう。
財のある者から受け入れるという判断をした父に、最初聞いたときには腹が立った、
財など関係なく救うべき、という気持ちはもちろんある、
犠牲者が出るのがいい気がするはずがない。
だがそれだけではやっていけないのもまた、事実なのだ。
しかもこの連中は、助けてほしい、だがタダでと言っているのだ、
やってられるかというのが本音である。
水の精たちは、財を使わないから渡せるというのもあったからだろうが、それでも報酬を払うという意識は少なくとも持っていたというのに。
サーシャは再び、エカチェリーナをつついた。
エカチェリーナは、黙って拡声器具を渡してくれる。
それを見て、議場が一瞬、凍ったように静まりかえった。
サーシャはゆっくり、口を開く、
「私は、黒いものに導かれるまま、行動します。
対価があれば対処を考慮もしますが。
その価値がない地は、黒いものに飲み込まれると良い、
私を排除しようと企んだ、イヴァンの国の先代派閥のように」
サーシャは、エカチェリーナに拡声器具を返した。
* * *
会議一日目は、そのまま終了した。
サーシャの纏う威圧感に、議場全体が支配され、その後しばらく沈黙が続いた。
議長が閉会を宣言し、各国の代表者は、順次退出していったのである。
サーシャは議場を出てすぐ、大使館に戻った。
議場で他国に絡まれると面倒ごとにしかならないからだ。
帰りの馬車で、イーゴリが言った、
「姫さまのお力の真髄を見た思いが致しました」
「サーシャ、あれやべぇわ、あんな力を発揮するとはね、なんかだんだん凄くなってない?」
ナターリヤも言う。
「だってあの連中めんどくてさ」
サーシャはもう、腕を組んで座席にもたれている。
「確かにめんどかったな」
「正義の御心ってなによ、マジで。私、そんなんねーし」
「サーシャはそれでいいよ」
「セルゲイ、引いた?私のやり方」
セルゲイは話を振られて驚いたように顔を上げたが、首を振った、
「いいえ、とんでもございません。
……ですが正直申し上げて……驚きはいたしました、殿下にはまるで、善と悪のご判断がないような気がしまして」
「あー、私、あんまりその境界、ないかもね。
だって既にイヴァンの重役処刑してんじゃん?
いい悪いとかいってたら命がいくつあっても足りないし」
「それが悪いなどとは思っておりません、殿下のおっしゃることはごもっともでございます」
「セルゲイ、無理しなくていいよ、ぶっちゃけ引いてるでしょ」
「……申し訳ございません……」
「バカ正直だねぇ、セルゲイ、まぁサーシャと会って日も浅いし仕方ないでしょ。
大将はやっぱり変わんないね」
「このくらいで驚いていては姫さまのお役には立てん」
「さっすが、大将!サーシャが黒いもの取り込むのと同じくらい、大将は懐が深いと思うよ」
大使館に戻って、館に残った者に報告を行い、この日は解散となった。
夕食を取って、サーシャはさすがに疲れて、部屋のソファーに伸びていた。
だがしばらくもしないうちに、ノックの音がし、飛び起きた、寝室のほうのソファーにすればよかった。
「サーシャ。入るぞ」
ヴィクトルの声だ、お忍びで来たのだろうか?
サーシャは部屋の戸を開けた。
お金の話を入れてみました。




