77.世界会議
やっと会議です。
サーシャは、大使館付きの侍女の手を借り、正装した。
初めてここへ来たサーシャに、専用の服などあるはずはなかったのだが、もう着られることのない母アナスタシアの衣装を、急遽少しばかり縫い縮めてもらったのである。
上は、ドレスの形を残し、膝上丈にすっきりまとめられたチュニックタイプ、
下に細身のズボンを着用している。
国王らしい品のある美しさも残しながら、いざというときには自ら戦えるようにというデザインだ。
美しかった母の衣装である、顔立ちがそっくりのサーシャにも、よく似合った。
サーシャが着ると、雰囲気が大人びて、国王の品格が漂う、
母が助けてくれているような気がした。
会議場に同伴するイーゴリとナターリヤも、同様の正装だ。
イーゴリは既に衣装を持っていて、ナターリヤは、母の護衛が使っていた衣装を使う。
エカチェリーナと書記官はいつものように準備し、
警備隊は馬車の周りにつくから、こちらもヴァシリーサの制服に身を固めている。
応接室に、イーゴリが迎えに来た。
正装のサーシャを見て、滅多に感情を表に出さないこの男が、感嘆のため息をついた。
「……ご立派になられましたな、姫さま。
私の18年が、報われたような気がしております」
「18年、苦労をかけたもんね」
「苦労などしておりませぬ、精一杯お勤め申し上げただけでございます」
「そんな模範的な答えなんていらないから。
ぶっちゃけ、大変だったでしょ?
……感謝してるよ、ほんとに。
ナターシャにもね」
「私はいいってば。サーシャ、ほんとにアナスタシア様みたいだ。
何があっても私たちがいる、心配するな」
「うん。
じゃあ、行こう」
サーシャを先頭に、部屋を出て、職員たちに見送られて館を出、馬車に乗り込む。
馬車の周りを警備隊が厳重に囲み、馬車は動き出した。
…………
…………
会議施設の発着所で馬車を降りると、遠巻きに見物人が大勢いて、驚いた。
名だたる王侯・首脳をひと目みようと、施設の敷地の外に一般の人々が詰めかけていたのだ。
こうした群衆は、国でも経験している、
遠征から帰還したときや、自分の生誕祭のときなど。
今年は成人の歳だから、大々的にパレードも開かれる予定だったのを思い出した。
昔の出涸らしの自分なら、気後れしてたんだろうな、と思う。
「姫さま。参りましょう」
正装で一層頼もしく見えるイーゴリに促され、サーシャはペルーンの職員に案内され、施設に入った。
* * *
今回は、臨時世界会議である。
定期会議は通常2週間をかけて世界の諸問題の解決を図るが、
今回は黒いものについてのみのため、3日程度の予定だ。
各国の代表が席につき、議場が埋まっていく。
ヴィクトルが到着して、サーシャと挨拶を交わしてから席に着いた。
ヴィクトルも正装だ、どんな女性もその姿を見たら惚れずにはいないだろう、まさに神に愛された容姿に、神に愛された実力が、神々しいオーラとなってその身を包んでいる。
変な冗談をさえ言わなければただただカッコいい兄なのに、とサーシャは少し残念に思ってやる。
会議場は半円形、円の中心から階段状に、各国の席が設置されている。
進行役の議長は、ペルーンの首相。
席のうち、上半分が神の末裔の国々、下半分は、神の末裔を先祖にもたない諸国である。
民主国家、軍事国家、王制国家など、興隆はさまざまのようだ。
場が静まり、演壇のペルーン首相が、会議の開催を宣言する。
議題に入る前に、アナスタシアの戦没と、アレクサンドラ王女の代理出席が説明され、
会場全体で、アナスタシアに追悼の意を示した。
そして早速、今回の議題ーー黒いものの出現による、イヴァンとヴァシリーサの国への被害と、伝説の闇王コシチェイへの対処について、協議が始まった。
エカチェリーナにより、予め各国へ概要が伝えられている。
周知はしておき、対策を協議するのが会議の目的だからである。
サーシャが黒いものを取り込んできたということも、そこには記されている、そこを外して話を進めるのは難しかったのだ。
イヴァンの外交官と共同で作成したもので、作成の際、サーシャやイーゴリ、ヴィクトルの判断も交えて出した報告書だった。
とりあえず、荒唐無稽な話とは思われていなさそうだった、
最強と評判のヴィクトル自身が関わっているからだろう。
各国で、コシチェイという存在が伝わっていることも、今回のことが現実として受け止められている理由と思われる。
そういった神話や伝説が一般常識として広まっていない国のために、
議長であるペルーンの首相が、各国のコシチェイ像をまとめたような形で発表した。
それを踏まえて、対策を協議することになる。
ーーといっても、サーシャが大使館での会議で最初に言ったように、
対策は、国外退避、旋律の習得、そのくらいである。
コシチェイを形作っている黒いものを取り込めるのはサーシャだけだから、他国は何もできることはない。
この場でできることは、黒いものというのがあるから、知っとけよというだけなのだ。
「もし、我が国にその黒いものとやらが現れたら、要請すればアレクサンドラ殿にはご足労いただけるのですか。それに世界各国で現れる可能性があるということですが、アレクサンドラ殿が各国へ退治しにいらっしゃるようになるのですか」
発言したのは、ジアーナの親交国であり神の末裔の国、フェオフォンの国の王だった。
国王とは、レギーナの紹介で既に顔は合わせている、母と同年代の国王だった。
「今のお話だと、我が国が一番危険にさらされているではないか!コシチェイを退治しにお越しいただきたいのだが」
不意にペルーンの南隣の国から、そんな言葉が飛び出す。
イーゴリとヴィクトルが泊めてもらった国の南に位置し、大洋に面している、
いきなりそんな脅威が近くにあると知らされては無理もない反応だった。
「静粛に。
ヴァシリーサ国の方、フェオフォン国の質問にご回答を」
ペルーン首相がヴァシリーサ国に水を向けた。
回答者は、エカチェリーナである。
サーシャは前に出ないよう、しっかりと言い含められていた。
サーシャも、会議の様子見から入るのがいいと周りに言われて、納得している。
エカチェリーナがやり手ということは信頼しているし、任せるのは問題なかった。
各国の質問は、大まかには取り決められて、事前準備もしてある。
ヴィクトルもサーシャも含め、今までの経験から回答を作っていた。
もし想定外の質問が来れば、検討事項とする予定で、その場では答えない。
「アレクサンドラ王女の行く先に黒いものがありますれば、対処はしていくことになります。
ですが世界各国からの要請を受諾するのは難しいと言わざるを得ません、こちらもコシチェイ退治のため、行き先を定めておりますので。
それにコシチェイ本体を倒さなければ、世界各地の黒いものもなくならないと想定しております、黒いもの退治で時間を取られ、いつまでもコシチェイに対峙できなければ、本末転倒でありましょう。
そのための、旋律という対策を準備しております」
「いいでしょう。こちらとて何もせず、貴国に頼るつもりではありません。
対策をいただけるのならば、自力でなんとかなるかもしれませんしね」
神の末裔らしく、落ち着いたやり取りだった。
「皆さんに提案がございます。
黒いものに国土が襲われた場合、周辺国へ避難が容易いように取り決めをしてはいかがでしょうか。各国で、避難民が来ることを想定した政策を検討し、また自国も避難する側になる可能性を、国民に知らしめておくのです、突然隣国から避難民が押し寄せては、どこも混乱してしまいましょうから」
レギーナが言う。
「そうなる前に、コシチェイの退治を」
「うちにそんな余裕などない」
「そんな表明をしては国が混乱してしまいます」
一部の国から文句が出る。対岸の火事と言っているように、サーシャには聞こえた。
「各国、国民には知らせておいた方がいいでしょう。
そして避難対策も必要です。
でなければ、いざ黒いものが押し寄せたとき、自国民を多数犠牲にすることになります、我が国のように。犠牲者が出ればその分、黒いものも増えますし」
そう言ったのは、ヴィクトルだ。
止むを得ず、国民に黒いもののことを知らせず、城の関係者だけ避難させ、壊滅寸前まで追い込まれたことは記憶に新しいし、
経験しているから実感がこもっている。
犠牲になった国民のためにはもう何もできないが、
新たな犠牲者を減らす努力なら、これからできるのだ。
ヴィクトル効果は抜群である、他人事のようだった国々の代表は、みな俯くようにして考えを巡らせているようだ。
「避難対策は資料に、我々が考えうる限りの案を載せています。ぜひご一考を。
もし何か新たな案があるようでしたら、我々の経験を踏まえて検討しましょう」
ヴァシリーサ、イヴァン両国で、こんな避難経路があったら、というものも含んで、載せてある。
「避難、避難とおっしゃるが、いったいいつコシチェイは退治できるのですかな?
国が潰されていっては避難先もいずれなくなりますぞ、
コシチェイというのが武器や魔術で倒せないというのは本当ですか」
ペルーンの東隣の国の国王だ。
「武器や魔術では不可能なのは、事実です。
いつコシチェイを倒せるかは、申し上げることは現時点で不可能です、
魔剣クラデニエッツというのが必要だそうですし。
その情報が、世界のどこかにありますならば、この場でなくとも構いませんので、お知らせいただきたく存じます」
「コシチェイとは、何て厄介な……」
「なぜコシチェイというものが発生したのだ」
「コシチェイの実態については、まだまだ全貌が見えていないのです、
こちらもお答えすることができません。
黒いものの来襲が増えれば、避難先がなくなるというのは、おっしゃる通りかもしれません。
ですがコシチェイの退治は、いつまでにとも申せませんし、必ずするとお約束もできません、
こちらもむやみやたらに打ってかかるわけにはいきませんので」
「危機が迫るのを待っていろとおっしゃるつもりか!」
「早く解明を!」
「黒いものが来たら援軍の要請をしたい」
「アレクサンドラ殿にお頼みしたい」
「アレクサンドラ殿の、黒いものを取り去るという術を教えていただきたい」
「退治が保証できないのに危機ばかり煽るのは無責任ではないのか」
神の末裔の国以外からの国家から要望や反論が多い。
議長が再び、静粛に、と制した。
「アレクサンドラ殿が特別な能力をお持ちだからといって、ヴァシリーサも被災国なのです、
アレクサンドラ殿に責任を負わせてはなりません。
危機が迫る可能性が分かっているのですから、対策も取れましょう、そのための会議です」
レギーナが援護してくれる。
「しかし選ばれた力があるということは、世界を救う宿命ということではないですか。
その役割を自覚していただいて、救ってもらわねば。
他の者にはできぬことなのですから」
「そうだ、アレクサンドラ殿がしてくださらねば。そのための力が宿っているということだろう」
「黒いものについて、アレクサンドラに責任は一切ない」
言い放ったのは、ヴィクトルだ。
「これはやれと言われてできる類のものではない。
毎回毎回、アレクサンドラが体を張って、黒いものを一身に受けてきている。
私は我が妹に世界を負わせる気などないし、また負わせようとするものがいたら阻止する、
アレクサンドラの性質は、彼女の意志によってのみ、発動されなければならない」
議場がざわめいた。
ヴィクトルに楯突こうという度胸のある国はそうそうない、神の末裔ならようやく対等でいられるといったところだ。
「だが……報告を見たところ、貴国も、アレクサンドラ殿に救ってもらったのではないのか」
「そうだが、我が国はアレクサンドラに頼んではいない」
「アレクサンドラ殿のご意志とおっしゃるが、ご意志がいただけなかった場合、滅びよと言われるのか。
世界各地からの要請は受けられないとおっしゃるし、皆アレクサンドラ殿に頼るしかないのに、それを断られては、滅びを待つしかないではないか、一体どうしたらいいのだ」
場が荒れ始めた感があった。




