76.昔馴染み
※R15ありです。
静かな食事処で、イーゴリとアルセニーは、近況を互いに報告し合った。
当然、話は城が陥ちたことにいく。
国自体は滅んだとは言いにくい、サーシャがいるし、周辺領土は残っているからだ。
イーゴリは、この地の危惧を改めて口にする。
会議中に、いや明日にでも、本当に何が起こるかわからないのだ。
わずか数人が、一時帰郷をしていったが、大半は結局、勤務があるから残っているのだ。
そういう自分たちも、会議の日程を優先してここへ留まっているのだが。
サーシャが危機を感じていないから、すぐにすぐ……とはならないと思いたいが、
いつサーシャが危機を察知するかもまた、わからない。
「イーゴリ、貴様はただでさえ慎重だったのに、一層慎重に磨きがかかったな。
そんなことを言っていては、他の地にいたって同様に危険はあるんだろう、どこにもいけないし何もできんぞ」
アルセニーにはそう言われた。
「しかし、話を聞いてると、貴様の命はいくらあっても足りないような状況だったな」
「そうか?命の危険はそう感じなかったが」
「殿下と黒いものの中に飛び込むとかがそれだよ」
「姫さまご自身の負担に比べれば、なんてことはない」
「相変わらずだな。結局、未だ、独り身か」
「結婚などしないと言ってるだろう」
「ああ、知ってる、別に構わんのだが。だが殿下が今後王配を迎えられたら、考えてもいいんじゃないか」
「なんだ、貴様が家庭を持ったからとそんなに俺に勧めるか?
俺は家庭は姫さまにお仕えするのに枷になると思っている、いざというときに捨てねばならん家庭など、最初からない方がいい」
「貴様も頑固者だな……普段の安らぎというものがあるんだ」
「俺は満たされているさ」
「そうなのか?」
「姫さまが剣舞奏を習得してくださったのでな。共に剣技を高められるのが一番嬉しいことだ」
「まったく、そっちか、
だが剣舞奏仲間など我が国にはいなかったものな、分からんでもない」
アルセニーが多少飲んだだけで、遊ばない両名である、
食事が済むとさっさと店を出て、大使館に戻っていくのだった。
* * *
その頃ナターリヤはーー
昔馴染みのユーリを含む、警備隊の連中と飲みに出て、旅の話をしていた。
隊員はエリートばかりではあるが、ナターリヤも王女付きの兵士であり、立場としては彼らを上回る、
多少年上だろうとお構いなく、隊員たちを弟分のような調子で扱うのだった。
男のノリに慣れているから、隊員たちもすぐに馴染む。
ナターリヤの旅はそのままナターリヤの武勇伝の一つとなり、隊員の間で今後も語り継がれていくのだ。
アナスタシアの話になると、みんなしんみりとする。
「素晴らしい国王陛下だったよな」
「ああ……本当に、残念だ」
どこへいっても、アナスタシアは本当に慕われていたのがわかる。
ナターリヤも、心から、アナスタシアにまだまだいてほしかったと思うのだ。
「ナターシャ……言いにくいんだが、アレクサンドラ殿下の、本当のところは、どういうお方なんだ?その、ヴィクトル王子と比較する噂が、密かに流れていて」
ユーリが、おそらく隊員全員の聞きたがっていることを聞いてきた。
サーシャは昨日も今日も出かけていたから、隊員とほぼ顔を合わせていない。
サーシャと接点があるのは、もう一人の副長、セルゲイだけだ。
「殿下は……一見気弱に見えるけど、いざというときはこっちが驚くほど豪胆で、冷静だよ。
いつも、指揮は見事なものだ。殿下の指揮じゃなきゃ、切り抜けられなかったかもしれないな。
あと、噂って、超優秀なヴィクトル王子と、劣る殿下って話だろ?
殿下もそれはご存知で、随分苦心されていた。
魔法も剣も、威力が出ないって悩まれてたけど……聞いて驚くなよ、大将に次いで剣舞奏を発動された」
「剣舞奏!?いや、すごいじゃないか」
「アナスタシア様でもなさると聞いたことないぞ」
「あれは我が国ではイーゴリ閣下しかできないだろ」
隊員たちが、一気に色めき立つ。あのアナスタシアさえ習得していなかった剣舞奏ができるとなれば、評価は格段に上がるのも当然だった。
「ヴィーシャとも仲良くやってるし、国王としても実力は十分だと私は思ってるよ」
「ヴィーシャ?」
「ああ、ヴィクトル王子のこと」
「きみはヴィクトル殿下を呼び捨てするのか」
「あいつがそう呼べって言ったんだ」
「出世したな、ナターシャ」
「イヴァンの兵士は傘下に入れたようなもんだ」
「どうやったらそうなるんだ、きみは前よりぶっ飛んでるぜ」
「単に私の方が実力があっただけだよ?」
自慢ぽくなってしまったが、事実だったからしょうがない。
隊員たちは、改めてナターリヤを見直したようだ。
サーシャのことも、不安そうだったのが、近衛隊長ナターリヤが言うのならと見直してくれているようだ。
まぁサーシャの指揮を受ければわかることだろう。サーシャには従うしかない、そんな独特の威圧感が潜んでいるから。
…………
…………
酒も回ったし、まだ宵の口だがぼちぼち帰館しようとみんなで店を出た。
エカチェリーナの目があるから、みんなきっちり門限に間に合うよう早めに引き上げるのだ、
真面目なことである。
「ユーリ、肩貸して」
ナターリヤはユーリに体を寄せた。
「おい、大丈夫か。酒に弱くなったか?
皆、先に帰っていてくれ、ナターシャをちょっと休ませてから戻る」
「了解です、副長」
隊員たちの姿が見えなくなったところで、ナターリヤを支えていたユーリは、ナターリヤの肩を軽く叩いた、
「行ったぜ」
ナターリヤはまだユーリに寄りかかったまま、顔を上げてユーリを見る。
酒に呑まれた顔ではなく。
大胆な笑みが浮かんでいた。
「やっと、二人きり」
「ああ。……飲み直しだ。いい店がある」
「そうこなくちゃ」
* * *
隠れ家のような、細い路地を入っていったところに、その店はあった。
店というより、家のようだ。
各国貴族や武官たちが姿を隠してこっそり来るという、上客向けの店だ。
店内も、客同士があまり顔を合わさないようにとの配慮だろう、入り組んで作ってあり、
各テーブルが個室のようだ。
そして上の方の階は、完全に個室である。
ユーリはナターリヤを上の階の一室に連れていった。
建物の入り口は狭いのに、一室は意外に広い。窓からは光で彩られたペルーンの下町や、向こうのほうには美しく照らされた各国の大使館が見える。
ナターリヤは窓の向こうを眺める。
「いい場所じゃん、ユーリ」
ユーリが近づいてきて、
ナターリヤの肩に腕を回してきた。
ユーリに顔を向けると、ユーリもこちらを見ている、
そのまま、顔が近づき、唇が触れ合った。
「……やっと会えた。
お前を心配してた」
「半年ぶり。お前はこっちに勤務しててよかったな。
ま、これからどうなるかはわからんが」
「万が一何か起こっても、後悔はない、お前に会えたからな」
「私も」
向きあって、互いの身体に腕を回し、触れ合いながら、接吻を繰り返した。
ナターリヤは、部屋の様子に気づいていた。
「この部屋、仕掛けがあんだろ?
魔法の空間か?」
「そう。ほら」
ユーリは鍵を手にしていた、下の階で酒と一緒に買っていたものだ。
それを壁に近づけると、壁に鍵穴が現れる。
そこに鍵を差し込むと、扉が現れ、それを開けるとーー
小さいが美しい空間に、ゆったりとしたベッドが準備されている。
「ああ、もともと、逢引に使う部屋だったのか」
「隠れ宿ってやつかな」
「いい相手でも連れてきたのか?」
「いや、そっちの玄人に何回か世話になっただけだよ。お前は?
どうせ途中で男引っかけたろ?」
「どうせってなんだどうせって。
……引っかけたけどな」
「ははは、やっぱりか。よく分かってるだろ?」
「まったくだ。
まぁいい、久々にお前と楽しみたい」
「お前は変わんねぇな、付き合ってたときから」
「別れて正解だったろ」
「全くだ、今の方が楽しくていい」
「いろいろと、ちょうどいいよな」
「俺もそう思う」
…………
…………
昔国にいたとき、付き合っては喧嘩別れをし、それでも気が合うから、また付き合い、再び喧嘩別れをし、の繰り返しだった。
ユーリが異動で国を離れるのもあって、出した結論が、友達以上恋人未満、の関係だった。
パートナーという関係に縛られないのがどちらにとってもいいということが分かって、年に1、2回のユーリ帰郷のときに逢っていただけだった。
好きだと言い合うし、男女関係でもある、だが、逢うときだけ、と互いに決めていた。
そしてパートナーがいるときは、やらない、と。
だが結局、パートナーを持つのがどちらも合わず、今の関係を続けている。
「傷が増えたな」
ユーリが言う。
「立派だろ?」
ナターリヤは、傷跡新しい身体を、ユーリの目の前に晒す。
「ああ」
「お前はますますいい身体になったな」
「満足できたか?」
「うん、十分。
でももう一回」
「門限がくるぜ」
「なんとかしてよ」
「しょうがねぇな」
接吻を交わし、身体を絡ませる。
互いに勝手知ったる身体だが、相性は抜群にいいと思っている。
多分、いつになっても付かず離れず、それでもときどきこうやって相手を感じ合うのだろう。
今だけは言ってしまいたくなる、
「愛してる、ユーリ」
いつものように、同じ答えが返ってくる、
「俺も愛してる、ナターシャ」
* * *
部屋を出れば、もうナターリヤから甘い雰囲気は消えている。
いつもの、頼もしい近衛隊長ナターリヤだ。
ユーリと連れ立って、店を出ようとするとーー
ちょうどカップルが入ってきた、フードをかぶった男と、落ち着いた雰囲気の女。
「……マジかよ、ナターシャじゃねぇか」
男の声に驚いた。
「……勘弁してくれ、こんなとこで会うとか。……ヴィーシャ」
まさかの、ヴィクトルとの遭遇だった。
というか、王族は大使館エリアから出てはいけないのではなかったのか。
「ヴィーシャって……ヴィクトル王……」
「シーっ、ユーリ!」
いてはいけないはずの王子と言いかけたユーリを、ナターリヤは慌てて遮った。
多分お忍びでこっそり出てきたんだろう。
ヴィクトルなら変装もできるし危険な目に遭うようなこともない。
そのヴィクトルはおもむろにナターリヤに近づいてきて、肩を抱いて引き寄せてきた。
「ちょっと、何だよ」
「ちょっと姿を見ないと思ったら……もう男捕まえてやがる」
「アンタこそ、よろしくやってんじゃねーか。
ていうか、放せ、アンタもカノジョに怒られるぞ」
「この俺から取り返せるか?」
ヴィクトルはユーリに目を向ける、
ユーリは当然のことながら、王子に口ごたえできるはずもなく、動けないでいる。
「いや、マジで、冗談キツすぎるから。
放して、ヴィーシャ」
「フン、好きな男の前だから焦ってんのか?」
ヴィクトルはようやくナターリヤを放し、連れていた女の肩に腕を回す。
「会議は明後日だな、そのときに会おうぜ、じゃあな」
ヴィクトルは手を上げて、階段を上がっていった。
ナターリヤもユーリも、少しの間言葉を失って、ヴィクトルが消えるのを見送るばかりだった。
「……お前、王妃も夢じゃねぇんじゃね?」
ユーリが呟いた。
「はぁ?そんな訳ないじゃん、あの女たらし、ちょっかいばっか出してきやがって。
マジで鬱陶しい」
「いやぁ、あれは気があるんじゃねぇかな」
「ないない、私がちょっかいに流されないだけ。
自惚れて仮に気があるとして、私の血筋じゃせいぜい妾だろうよ。
ってか、私、サーシャの元を離れたりしないし」
「お前らしいぜ、
はは、お前に王妃なんて無理だろーよ」
「全くだ、息詰まって狂死しそう」
「お前には隊長格が一番似合ってるよ。
……戻るか、門限ギリギリだ」
ナターリヤとユーリは、大使館に向けて戻っていった。
久しぶりのロマンス。久しぶり!
作者が一番楽しみにしてました。^^;




