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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第五章 ペルーン国にて
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75.ジアーナ大使館訪問


ジアーナの国の王レギーナは、ヴァシリーサとイヴァンそれぞれに迎えの馬車を出してくれた。

サーシャは昨日と同様、セルゲイを伴って、馬車に乗り込む。

各国の大使館と、中央部の会議施設を通り過ぎ、自分たちとは反対方向の、ジアーナの大使館へと向かう。


本当はイーゴリに来てもらおうと思ったのだが、イーゴリはセルゲイと行くことを勧めた、自分は訓練の指導をするからと。

警備隊長が友人だし、久々に親交も深めたいようだった、

セルゲイは優しいし、イーゴリが言うならいいかと思って、連れてきている。


「昨日、私に付いて一日中出てて、貴方のお母さまに、怒られたりしなかった?」

サーシャはセルゲイに聞いてみた。


「いいえ、大丈夫ですよ、殿下。

それよりも、母は殿下のことを褒めておりました、行動を起こして必要なものを手にしてこられる才能が素晴らしい、と」


意外だった。

勝手な行動を怒られるとばかり思っていた。

怒られるのを覚悟で、レギーナに招待されたから行ってくると、自らエカチェリーナに伝えたとき、完全に呆れられていた。

だが息子にはそう伝えていたのか。

勝手に苦手意識を持ってしまっていたが、エカチェリーナは本質を見誤る人物ではないのは会議の様子からもうかがえた、評価は正当にしてくれているのだと思った。


…………

…………


ジアーナの国の大使館は、どんなに豪勢な館かと思ったが、ヴァシリーサやイヴァンのものと同等だった。


ヴァシリーサもイヴァンも国土としては大きめな方だし、まぁそうか、と思い直す。

ヴィクトルも護衛と共に到着したばかりで、広く上品な応接室に案内された。


テーブルに、香り立つ紅茶が淹れられる。


本当はこういう場では、護衛は立ったまま後ろに控えているのだが、レギーナの言いつけで、護衛の二人も下座に席を与えられ、紅茶を準備されていた。

礼儀作法ガチガチになるのかと思っていたが、意外と気さくな国王なのかもしれない。


紅茶で一息ついた頃、レギーナが姿を現した、ドレス姿であるが、普段着っぽく、髪は下ろしていて、オフの日、という感じがした。

それでも、実に美しい国王だ。


「ヴィクトル様、アレクサンドラ様。本日はお越し下さいましてありがとうございました。

どうぞ、お寛ぎになってくださいませ」


レギーナは挨拶すると、自分の椅子にかける。


一般的な、日柄とかそういう話題から話を進め、和やかなムードに持っていく、

にこやかで社交上手な王だ。

サーシャがこの国が初めてであることに、社交辞令なのだろうが、なんでも聞いてくださいねと声をかけてくれる。

即位する前から何度も世界会議に来ていたそうで、勝手がわかっているのだ。


「では、昨日お話の続きを伺いたいのですが。

黒いもの、という話は聞いているのですが、どういうものなのですか」


ヴィクトルが、黒いものの来襲の経過と、その性質について説明した。


対策は、旋律のみ。

全貌は未だ不明。


ヴィクトルは旋律を実際に出してみせ、ついでに教授した。

驚くべきことに、サーシャがヴィクトルに教えたときくらい、レギーナはあっという間にできるようになってしまった。

魔法は得意なのだそうだ。


神の末裔とは、本来このくらいの能力を持つものなのだろう。

やはり、自分は極端に習得能力が低いのだ。

黒いものを取り込むことを考えれば、トントンかな、という気もするが。


「この旋律があれば、一応、大丈夫と思っていてよろしいでしょうか?」


そう言われると、サーシャは考え込んでしまう。

黒いものの量にもよるし。

黒いものに取り込まれる人間がいれば、量は増すから旋律だけでは難しくなりそうだ。


「黒いものが本格的に襲ってくるとなると、難しいでしょうね。

旋律で浄化するには思いのほか気力を使います。

そう……例えばここの中庭に、深さ1メートルくらいの黒いものが溜まったとしたら、一般兵なら20人はほしいところです」

ヴィクトルが説明した。


「そんなに?裏庭ではなく、中庭の広さで?」

「ええ」

「……何とかなると楽観はできないようですね」

レギーナの表情は、険しくなる。


「イヴァンの国では、どのくらいの量が来たのですか」

「そうだな……庭が没した状態で言うと……城の敷地全体と、深さは2階の手前までだったかな」

「……まさか。それを、旋律で?」

「旋律で減らしてその量です、まぁ、囚人や反乱分子が飲み込まれたんで、増殖しましたがね。

取り去ったのは全て……」


ヴィクトルはサーシャを見てから言う、


「アレクサンドラです」


「……え?」


あー、だよねー。

サーシャはレギーナの顔を見て、そう思う。


「それは……そんな術を、お持ちなのですか、アレクサンドラ様」


怪訝な顔を向けてくる、どう答えたものか。


「……術ではないです。

私もなぜか分かりませんが、私には黒いものを取り込む性質?能力?があるようなのです。

私にとっては、黒いものは感情で、どうやら、様々な感情ーー暗い感情を、私の中で浄化しているらしいです。

私もこれ以上何と申し上げたらいいのか、わからないのですけれど」


「……不思議なお話ですね。

やはり、アレクサンドル様とアナスタシア様の御子だから、ということでしょうか」


サーシャとヴィクトルは、顔を見合わせた。


「ヴィクトル様は、神々の末裔の王族の中で、飛び抜けて優れたお力をお持ちです。私も模範試合などで存じ上げております。

我が国では、神同士の御子には、祝福と呪いが授けられる、という見解がございまして。

ごめんなさいね、アレクサンドラ様、貴女様のことを呪いと申し上げたいのではございません、

ただ捉え方として、ヴィクトル様を誰もが祝福を受けた御子として考えました。

つまり、アレクサンドラ様には、もう一つの性質が宿っているのではないか、と、考えられているのです。

今お話を伺って、その性質というのが、その黒いものを取り込むということなのではないか、と」


「神の末裔同士の子という概念は、あるんですね。一般的には宿らないと聞いていますが」

「そうですわね、我が国独特の神話と思われていたのですが、まずはヴィクトルさまのお誕生を受け、神話が実在したと我が国では注目していたのです。

そしてここへきて、コシチェイという伝説の闇王も実在しているという情報を、アレクサンドル様からもいただき、いよいよ信憑性が増しているとして、我々は神話を今一度紐解き読み込んでいる最中です」


そこまで認識してくれて、取り込んだということも一応信じてはくれたのだろう、と思った。ならば話も進みやすい。


「我々はそのコシチェイを倒そうとしているところですけれども。

レギーナ殿のお国には、魔剣クラデニエッツとか、天の門とか、そういう話はございますか?

イヴァンの神話ではそれでコシチェイを倒すらしくて」


「女神ジアーナが神々を司るものから、武器を与えられ、コシチェイを倒すという話はあるのですが……

それと我が国の領地からは外れるのですが、大陸の東端を含む地に、神が住まうといい伝えられている秘境がございます。

その地の土地神として崇められているようですけれど、どういった神なのかは我々にもわからないのです」


「神々を司るって、ヴォジャノーイのところで聞いた、白い神ってやつか?」

「サーシャ、言葉遣い」


ついいつもの調子で呟いてしまい、あっと思ったらヴィクトルに注意された。

もう、姫モードは限界だと思った。


「あ、崩した方がよかったでしょうか?構いませんよ、その方がこちらも楽です」

レギーナが、堅苦しい笑顔を崩してそう言ってくれる、助かったというものだ。


「お前、マジで姫向いてねーぞ」

ヴィクトルも早速言葉を崩した、堅苦しかったようだ。


「しかし東の秘境、ね。確かめてみる価値はありそうだ」

「あの、私も、コシチェイを倒す一員になるのでしょうか?」


レギーナが聞いてきて、サーシャとヴィクトルはレギーナを見つめ、ついで互いに見つめ合った。


「あー……どうなんだろ。

私たちは光と闇でちょうど役割がはまったなって思ってたから、他国の末裔の可能性は考えたことがなかったですけど。

でも、現役の国王が旅になんか出られないでしょう」

「俺はサーシャの身内だし、国は父上が治めてるから一緒にいるが」

「確かに、今の状況で私が旅に出るのは困難ですね」


サーシャは次いで、世界会議本番で話す予定のことを、予めレギーナに伝えておく。

帰れそうな職員は帰郷させることや、旋律の取得はしておいて損は消してないということなど。

レギーナは真摯に取り合ってくれ、帰郷の準備をさせると言った。

さらに、


「我が国の北に位置する、男神フェオフォンが国には私から会議本番までにお話ししておきましょう。例の、東の秘境はかの国の領内にありますから」

そう、便宜を図ってくれたのだ。


神の末裔同士足並みを揃えよう、と話がまとまり、

世間話や雑談をして、サーシャたちはジアーナ大使館の訪問を終えた。


* * *


日に一度か二度、サーシャはペルーンを囲む川と海の黒いものに意識を向けていく。

大洋沖の、コシチェイの本体には近付かないように、国の周辺だけ。


黒いものは相変わらず少量で、動きにも変化がない。


黒いものを追うのは、念のために、イーゴリに付き添ってもらってにしている。

もし黒い空間へ行ってしまった場合、今まで、イーゴリの呼びかけで戻ってくることができていたから、確証はないがイーゴリがいると安心なのだ。


王族は大使館エリアから出ることが禁止されているが、部下たちは多少自由がきき、勤務中でない者は、大使館エリアを出て飲食店が建ち並ぶエリアに飲みに出たりする。


会議の2日前、イーゴリが珍しく、旧友アルセニーと食事に行くとサーシャに断って出かけていった。

この日は会議前の最後の自由時間ということで、ナターリヤも許可をもらって既に出かけていた。

イーゴリがサーシャにつけてくれたのが、ちょうど勤務に当たっていた、セルゲイだった。


多少はセルゲイとも打ち解けてきている、

付き合わすのは悪いなと思いつつ、サーシャは庭でセルゲイに剣の相手をしてもらうことにした。


剣舞奏を本格的に教えてもらい始めたから、使える型が増えている、実戦の中で使えるようにしたかった。

セルゲイはサーシャのいろんな型に合わせ、全て剣を受け止めてくれる。

剣筋が相当読めていなければ、イーゴリのように素早くはないからだとしても、受けきるのは難しいはずだ。

副長たる腕前はさすがだなと思う。

「お見事です、殿下。イーゴリ閣下のおっしゃる通り、本当に型が全て、美しいですね」

セルゲイは、心からそう賞賛してくれる、少しくすぐったかった。


「すごいのはイーゴリだよ、基礎から全部、あの人が教えてくれたんだもん」

「それはもちろんですが、型にクセがないので、閣下のお教えの通りにできるのですよ。私も目指したいです」

「貴方なら、できるでしょ」

「いえ、なかなか思ったようには参りません、隊長さえ、初歩のものは教わっておられるのに、発動に至らないとおっしゃっています、私も同じところでつまずいていますよ」

「勤務あると、自由に訓練できないしね、

イーゴリくらい修行バカならいけるって感じか」

「学校時代の積み重ねではないでしょうか、大半は、学生の頃は勉強や練習より遊びたい盛りですし」

「イーゴリなら練習しかしてなかったんだろうなぁ」

「殿下は、ずっと修行を続けてらしたんですか?」

「イーゴリが教育係だよ、どうなるかわかるでしょ」

「ああ……」

「まぁ私もバカ正直にイーゴリのペースについて行ってたからね。

要するに私も修行バカなんだよ、こうやって自由時間に剣握ってる時点でさ」

「素晴らしいと思います。我々の国王に、ふさわしいお姿ですよ」


国王、か。

そうだよな。

いつかは未定だけど、この旅が終われば、即位するんだよな。


「大丈夫かなー、私で」


ふと、そんな言葉がこぼれてしまった。


大丈夫だろうがなかろうが、どのみち国王にはなるのだが、一抹の不安は、常にどこかにある。

でもイーゴリがいればきっとーー


「我々が、お支えしますから。お一人で、悩まれることのございませんよう」


セルゲイがそう言ってくれた、純粋に、心強いし、嬉しいと思う。

イーゴリにナターシャ、セルゲイ。

味方が増えていっている気がする。


「ありがとね、セルゲイ」

「ヴァシリーサに仕える者、当然でございます」


うん。なんとかなる。


「よし、もう一丁いく。頼むぞ」

「仰せのままに、殿下」


会議がなかなか始まりません。笑

次回もまだ始まりません。

余分な話が多いのか。でもそういうアソビ部分が書きたい。

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