74.女神ジアーナの末裔
サーシャとヴィクトル、セルゲイに、ヴィクトルの護衛がついて、4人で馬車に乗り図書館へと向かっている。
ヴィクトルの護衛は20代半ばくらいだろうか、この中で一番年上、眼光鋭く無口だった、
サーシャが思うに、国のレオニード将軍より実力があるんじゃないか?という雰囲気である。
男3人に囲まれているが、美貌の持ち主ばかりだから、むさいとは思わなかった。
そういえば、イーゴリって、美貌とは違うよな、とふと思った。
顔立ちは整っているが、美しいというより男らしいという感じで、ガタイがいいからむさい分類になると思う。
ここにいる3人は細身ばかりだった、
もっとも鍛えているはずだから、脱いだらスゴい、のだろう、おそらく。
別に、見たいわけでもないのだが。
あー、私、純朴じゃねーな、と思った。
兄のように、たらしになどなりたくないが、王女という立場によるものだからとはいえ、
美形3人を伴っているというのは悪い気がしなかった。
それとは別に、ナターリヤのような軍人は別として、貴族の女性の知り合いがいないから、一般的なドレスを着て城に出入りする女性は苦手なのだ、男といる方がその意味では気が楽だ。
一般的な女性に比べ、自分は本質的に男っぽいのだろう。
…………
…………
図書館は国の中枢部、会議場一帯の施設の中にある。
窓から初めて会議施設を見て、思わず、すっげー!と驚嘆してしまった、
ヴィクトルにお上りさんだとからかわれて噛みつく。
入館ゲートでセキュリティチェックを受けて入る、
初めて来る世界の場だから、多少緊張していた。
会議日程は5日後に迫っている、そろそろ世界の首脳陣が集結しているだろう。
図書館までの館内を、ヴィクトルに案内してもらう。
会議室ーーというかホールも、見ることができた。
「さすがに緊張するな」
「お前なら大丈夫だろ、ここぞというときにはブチ切れてやれば」
「いやぁ、今回は相手も国王ばかりだろ?女王モードでも効かないかも」
「俺がついてるさ、心配するな」
「アンタも若輩者だろうに、よくそんなこと言えるな?」
「まぁ、実際に対峙してみたらそうでもないぞ」
そうなのか?と訝しみつつ、先に進む。
館内を颯爽と歩くペルーンの職員たちは、男も女も、年配も若者もいて、いかにもエリートという感じである。
なんだか、気後れしてしまう。
黒いものが来る前の、何も取り柄のなかった、自信がなく母王の影に隠れている王女。
そんな気分になっていた。
もともと、そうだったのだ。
実力もないのに、自信など持ちようがなかった。
たまたま危機に直面して、自分でも不思議なほど的確な指揮ができて。
毎回、偶然そういうモードになって、何とかなってきた、という感覚だった、
ここぞというときに絶対そうなれるかというと、イヴァンの国でも思ったが、保証はないのだ。
ヴィクトルの腕をそっと掴んだ。
「ん、どうした?」
「ううん」
そのままヴィクトルの腕をとり、兄にくっつくようにして歩いた。
「お前は、俺をキショいだとか言っておいて、しょうがない奴だな」
ヴィクトルが優しく言う。
なんだかんだで、この兄がいてよかった。
そのまま歩いていると、ヴィクトルが歩みを止めた。
前を見ると、ドレスを着て護衛を連れた美しい女性が向かってくる。
「あら?ヴィクトル様ではありませんか、お久しゅう」
女性が話しかけてきた、知り合いだろうか?
「レギーナ殿。ご機嫌麗しゅう」
「この度は未曾有の災禍でしたこと、心よりお見舞い申し上げます。
お連れ様ですか?」
「お見舞い感謝いたします。
ご紹介しましょう、我が妹にして、ヴァシリーサの国の王女、アレクサンドラ姫です。
アレクサンドラ、こちらは女神ジアーナが末裔にして国王でいらっしゃる、レギーナ殿だ」
突然の紹介に、サーシャは驚いて、ヴィクトルから離れて姿勢を正した。
女神ジアーナの末裔。
ヴァシリーサやイヴァンと同じ、神の末裔である国王に、初めて会ったのだ。
自分たちよりは年上のようだが、まだ若い、それなのに国王らしい貫禄がある。
自分が経験のない未熟者だと、思い知らされたような気がした。
「ヴァシリーサが国、アナスタシアが娘、アレクサンドラと申します。お見知り置きを」
何とか気を張って、挨拶をした。
「レギーナと申します、初めまして、アレクサンドラ様。
貴女様のお国についても耳にしております、ご無事でなによりでございました。
アナスタシア様のこと、心よりお悔やみ申し上げます」
「……ありがとうございます」
丁寧な挨拶に、うまく返すことができなかった。
やはり王侯の会話には慣れていないのだ、国外の王族と話すのは、ヴィクトル以外では初めてだった。
レギーナは堂々として、余裕のある態度だ。
だが、イヴァンの国で将軍令嬢ルフィーナから受けたような、嫌味な感じではなかった。
王侯たる風格というものか。
しかも、自分たちと同様、神の末裔の。
今はドレス姿だが、おそらく、戦うこともできるのだろう、しかも高度に。
まさに、母に近い、完璧な女王の姿だった。
レギーナの治めるジアーナの国は、ここペルーンから東方面に位置しており、黒いものの影響はないはずだ。
だから、今回の黒いものについて、ヴィクトルとサーシャに尋ねてきた。
ヴィクトルが引き受けて説明をしている。サーシャは黙って聞いているだけだった。
「コシチェイ、ですか。
闇と死、悪を司る悪魔、と聞いたことがございます。
我が国には、女神ジアーナがコシチェイを退治し、平和な世界を取り戻したという伝説がございますが、あながちただのお伽話でもないのかもしれませんね」
レギーナはそう言った。
コシチェイという伝説そのものは、世界にあるみたいだ。
その存在はある程度信じてくれるだろうが、果たして、自分がその分身らしき黒いものを取り込んだという話は、信じてもらえるだろうか?
それを伝えるにしても、立ち話じゃちょっとな、と思っていた。
「ヴィクトル様、アレクサンドラ様。よろしければ、明日にでも、我が国の大使館にいらっしゃいませんか。同じ神の末裔として、お話を詳しく伺いたいのです。
我が国にもいつ影響が出るか、用心するに越したことはありませんし」
レギーナはそう申し出た。
「では、明日、伺いましょう。構わないな、アレクサンドラ?」
「ええ、お兄さま」
「では、明日、お待ちしております」
* * *
「つ、疲れた」
サーシャは図書館に着くと、本を探すどころか、ソファーに突っ伏した。
「おいおい、サーシャ、それじゃ本番もたんぞ」
「無理、あの女王さまはいい人っぽいけどああいう会話、無理」
「お前、一応王女だろ……」
隣でヴィクトルが呆れ、セルゲイがどうすればいいかおろおろし、ヴィクトルの護衛は無表情だった。
「まぁ明日ジアーナの大使館行って、慣れようぜ、それに事情を分かってくれる者が増えるとこっちも心強いってもんだ」
「はー、よし、がんばろ。私にできることをするしかない」
サーシャは体を起こして、本を探すべく、立ち上がった。
神話のコーナーに案内してもらっていくつか手にとってみたところ、各地の神の末裔がそれぞれコシチェイという悪の化身と戦うというストーリーが記されていた。
各神話でのコシチェイは、大半が醜い老人の姿で描かれている。中にはドクロの姿であったり、悪魔の姿であったりするものもあり、いずれも大方人が避けたいであろう内容を象徴したような姿形だった。中には艶かしい裸婦のような描かれ方もあった、多分禁欲主義の人が情事を悪とみなしたのだろう。
「子どものしつけでも使われたりしますね、早く寝ないとコシチェイが来るよ、とか、いたずらするとコシチェイが食いに来る、とか」
とはセルゲイの情報。
子どもの頃、使用人からそんな話を聞いたことがあるそうだ。
コシチェイとは漠然と、悪いものの象徴として一般には伝わっている感じだ。
それを教育目的で物語にした人が昔からいたということだろう。
「イヴァンで見た神話が、勇士イヴァンが残したっていう話と一番近いと思うけどな」
一通り目を通したヴィクトルが言った。
あれはお伽話の扱いではなく、学術書として専門家が編纂したものだから。
「父上は、神話や歴史に造詣が深いから、そっちの研究にも力を入れているんだ。こういった物語的なものよりは史実に近いと思うぜ」
「ロマンチストって言ってたね。お母さまは全然そんな感じなかったけど……」
「女って現実的だからな」
「人によらない?」
「お前全然ロマンチストじゃねーじゃん、ナターシャも」
「まぁ……そうか……」
「男ってロマンチストなところがあんだよ」
「アンタが言うとキショいわ」
「イーゴリがロマンチストだったらどうする?」
「イーゴリはいいの」
「現金なやつだな」
図書館では成果らしい成果は得られなかったが、初めて会議場に来たり、他の神の末裔と出会えたり、収穫もあった。
神話の研究については、こういう各国からの寄せ集めよりも、一国へ赴いたときにその国の歴史書を紐解く方が、求める情報に近づける可能性が高いという結論に達した。
特に神の末裔が治める国の方が、そういう情報を持っている可能性が高いだろう、この国は国王でなく民間から上がった首相と執行部が治める国であり、余計に神話という要素からは離れると推測できる。
明日、レギーナ王にも改めて聞いてみることにして、サーシャたちは図書館を後にした。
街の様子なども見てみたかったが、この国では王族は大使館エリアを出てはならないことになっている。
だがサーシャは何となく大使館に足が向かず、ヴィクトルも男ばかりでつまらんと言うので、ひとまず揃ってイヴァンの大使館に戻り、セルゲイも交えて、夕暮れ時まで話をして過ごしたのだった。
やっと「女性らしい」キャラが出ました。
作者はドレスもジュエリーも大好きです。




