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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第五章 ペルーン国にて
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71.現場を知らぬもの


イーゴリの説明に質問が相次ぎ、話はなかなか前に進まなかった。


ここにいるのはヴァシリーサの中堅以上の者たちばかり、質問というより、詰問というか、まるで尋問である。

サーシャは椅子にゆったり腰掛け、だが油断なくイーゴリを見守り、文官たちを観察する。


誰もが、アナスタシアが死なずに済む方法はなかったのかと、イーゴリを問い詰めた。


だがアナスタシアが出陣しイーゴリが城に残ったのは、あくまでアナスタシアの命令であったため、部下がそれ以上言えるものでもない、イーゴリは、自分に非はないと信じているから、落ち着いてそう説明する。


事実、イーゴリになにも非はない、サーシャも断固としてそこは譲らないつもりでいる。

ヴァシリーサの血を守りきるという目的において、イーゴリを城に残したことが最適であったことは間違いない。


しかし、そこから話が一向に進まないのだ、アナスタシアがなぜ出陣したのか、なぜ逃さなかったのかということばかりが飛び交う、誰にも分からないし、そこを今更議論しても、何の意味もないというのに。


サーシャはだんだんイライラしてきていた。

そろそろ、キレてやろうか?


「皆、やめなさい。

アナスタシア様の出陣の理由は、誰にも分からない。

どうすればよかったのか、ここで議論しても、アナスタシア様は帰っては来られないのです。

イーゴリ、続けてください。

陛下の出陣の後、何が起こったのか」


場を鎮めたのは、エカチェリーナだった。

イーゴリに続きを促す、イーゴリは後を引き受けた。


サーシャは、書記官の報告書に目をやるエカチェリーナに目を向けた。


さすがはベテランの重役である、

本質を見失ってなどいない。


サーシャは視線を戻し、再びイーゴリの話に耳を傾けた。



だが、またもや尋問時間が訪れる、今度の標的は、サーシャとナターリヤだった。


なぜ神殿に避難せずに、城に戻ったのかという点である。

王女なのに責められるサーシャだった。


くそ、うるせーな。

サーシャはまだ答えず、頬杖をついて、質問という名の尋問を受ける。

いつキレてやろうか?

返答するタイミングではなく、キレるタイミングを見計らっている。


ナターリヤも、なぜ主君をどうにかして避難させられなかったのかと問い詰められる。

こちらも、サーシャと共に戻ったことは間違っていないと思っているから、気には留めていない。


「私は殿下の指示が最も理にかなってると判断したまで。殿下がお戻りになったおかげで、救えた人間は多かったですよ」


現場を体験した感をたっぷり含ませて、ナターリヤは答えた。

現場を見ていないものがごちゃごちゃ言うなということである。


それを感じ取ったのか、文官が数人口出しをし始めたとき。


「クラヴジイ、おやめなさい。

皆、鎮まりなさい。

……質問は後からにします。

まずはイーゴリ殿のお話を聞きなさい。

そして、なぜそうなったか、ではなく、何があったのか、をしっかり見極めなさい。全てはそれからですよ。

いいですか、今まで起こったこと、その時々の判断を、今検討したところで、意味はありません。

これから何が起こり、そのときどうすればいいのか、それを頭に置いて聞きなさい」


またも、エカチェリーナが場を鎮めた。

決してサーシャを庇ったわけではないことは、分かっている。


だがおかげで、ようやく話が前に進むことになった。

サーシャと同じこと、これからどういう対策を立てればいいか。

この大臣は、きちんとそこを見据えている。

そのために、今まで起こったのかことを材料にするのだ。


* * *


サーシャの指揮、

ナターリヤが取り込まれたこと、

そして脱出、黒いものを取り込んだこと。


全員が、信じがたいと言わんばかりの表情をしていた。

エカチェリーナも、同様だった。


それはそうだろう、出涸らしと言われている王女が、誰にもできないことをしたのだから。


そこから旅を始め、ミロスラフの実家でのこと、

ナターリヤとの再会、

そしてイヴァンの国での、黒いものとの戦い。


イヴァンの国で聞いた、黒いものの来襲について。


コシチェイを倒すため、旅を続け、ここへ至ったことを、イーゴリはつつがなく話し終えた。


多分、山ほど聞きたいことがありそうだが、しばらくエカチェリーナ含む全員が黙っていた。


「……えー、では、ご質問のある方……」

進行役が戸惑いながら言った、


「喋ってもいいかな?今の状況を追加したいんだが」


サーシャがついに、口火を切った。


全員がサーシャに注目する、エカチェリーナまでも。


「そのコシチェイとやら、本体は、この南洋にいるみたいだ。

四方を水に囲まれたこの地は、黒いものの格好のエサ場だと思っておいた方がいい。

現在黒いものはこの周辺には少ないが、下手したら私めがけて黒いものが動くかもしれないな。


黒いものは人間にも取り憑いていることがあるから、この国にいる人々にもその可能性があると頭に入れておく方がいい。


コシチェイがもし動くなら、まず逃げた方がいいことを言っておく。

私でも力が及ばない。

退避の準備はしておくべきで、国外に避難できるものはしておいた方がいいと思っているから、会議本番でも言うつもりだ、

まぁ……どのくらいの人がこの話を信じ、実行するかだな、

ヴァシリーサとイヴァンの国の者以外は、黒いものを見たこともないわけだから」


「各国に、黒いものに襲われたという人間の情報がないか、会議で問い合わせましょう」

イーゴリが言う。


「そうだな、国にいる人間全員を見て回るわけにもいかないし。

ただ、大使館の外の住居や店といったところにいる国民までは、会議で把握できないだろ」


「それはペルーンの国家として調査してもらうことにいたしましょう」


「うん、それしかないな。もっともペルーンの元首が信じて調査してくれるか、だけど」


サーシャとイーゴリの間で、勝手に話がまとまっていく、

ヴァシリーサの職員たちは置いてけぼりであった。


「イーゴリ、待ってください。

突拍子もない話で、我々には全貌が掴めません。

その黒いものとは、そもそもどういうものなのですか」


エカチェリーナが苦い顔で尋ねてきた。

職員たちも同様の表情をしている、何をどうすればいいのか全く見当もつかないのだろう。


実物を見せるわけにはいかないから、具体的な説明が難しい。

イーゴリが細かく説明していく、

触手で人間を捕らえたり、黒いものが集中すると黒い攻撃を発射することなども。


「アレクサンドラ殿下が、それを取り込むとは、どういうことなのですか、もう一度お聞かせください」


サーシャも説明した。

それこそ、自分以外の者にはできないことだから、分かってもらえているかどうか。

しかもとりこんでいる間は、自分も意識がなかったりするし、

黒い空間にときどきいることも、自分にもまだよく分からないのである。


エカチェリーナは、書記官の走り書きを何度も見ながら、状況を把握しようと腐心しているようだ。


「黒いものについては、我が兄も分かっているから、我々で説明すればいい。

対策としては……ないんじゃないか?

イヴァンの国にあった伝承を、我々がなぞっていくくらいしか。

個々でできることといえば、抱擁の旋律を身につけることくらいか。


あ、そういえば、コシチェイっていうのは、世界共通で認識されているものなんですか?

ヴァシリーサの国にはあまり神話がなく、私はイヴァンの国で初めて知ったのだけど」


「確かに、我が国には神話の類が少ない」

「だが、伝説というかお伽話としては、世界的に認識されていると思います、

喧嘩の捨て台詞で、コシチェイに喰われてしまえ、というのがありますから。この国の下町で聞いた台詞なんですけどね」

「コシチェイという言葉は聞いたことがあります」

「この国の図書館で昔、そんな本を読んだことがありますよ」


職員から、いくつか情報が出る。


「その本は読んでみた方がいいな」

サーシャは呟いた。

自分の得た情報と照らし合わせるためにも。


「よし、じゃあ、皆さんには抱擁の旋律を身につけてもらいましょう、

黒いものに対抗するには今のところ、それしかない。

ああ、さっきイーゴリ、言い忘れてたけど、黒いものには魔法も剣も通用しません。

一度は消失しますが、勢いを増してどこかで反動が起き、どこからか再び湧き起こってきます。

それなりに訓練しないと、精神力は思ったより使います。


私は兄ヴィクトルと合流して、経過を聞きます。

その図書館とやらにも行きたいし。

イーゴリ、ナターシャ、旋律の教授を頼める?」


「もちろんです、姫さま」

「仰せのままに」


「お待ちください殿下。

勝手にお決めにならないでいただきたい」


エカチェリーナが発言した。


「会議の内容も、何も決まっていないじゃありませんか。

我々の方針も立てねばなりません、お一人での行動はお慎みなされませ」

「会議の内容?私が話した中にある。

黒いものの説明に、この国の置かれている状況、我々経験者の解決策。それ以外に話せることがあるんですか?

私にもまだ全貌は分からない。私自身が黒いものに対峙して、情報を得るしかない。

各国ができることも、ぶっちゃけ特にありませんよ、用心して、逃げてもらうことくらいしか。それを言うしかないでしょう」


サーシャは一気に言った。


とっくにこの場にイライラしていたのである、

高官が雁首を揃えたところで、自分たちが今までやってきた方法以外に、対処法は今のところないのだから。


「対策を議論とか、時間の無駄です。

そんな時間があったら旋律を身につけることです、生き残りたければ。

私はとにかく情報がほしい。

魔剣クラデニエッツの存在や、神の世界といわれるところへの行き方も知りたいですし。

この世界会議では、私は説明と、そうした情報収集を行うことにします、以上」


サーシャはそう言うと、席を立った。


「じゃ、解散で!私は兄のところへ行ってきます」

「殿下!」


エカチェリーナが止めるのも聞かず、サーシャは一人でさっさと会議室を出て行った。


「セルゲイ。お供して差し上げなさい」

「はっ、はい、閣下!」


エカチェリーナは、扉のところへ控えていた武官に、素早く命じた。


ちょっと更新に時間がかかっています。

いろいろやっておりまして。いろいろ……

すみませんが気長に待ってやってくださいませ。

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