70.王女と外交大臣
お待たせしました!新章開始です。
サーシャ一行は、丁重に迎えられた。
外交担当大臣のエカチェリーナは、母アナスタシアと同年代で、大使館を国王の代わりに守るだけの貫禄がある。
国元で文官として勤務し、約5年大臣職を務めたのち10年ここで勤めており、アナスタシアの信頼厚いベテラン政治家で、イーゴリも一目置いているほどだ。
だがサーシャは、名前は知っていたもののほとんど会ったこともなく、覚えていなかった。
ナターリヤも接点はなく、その人となりについては知らなかった。
居並ぶ職員は、ヴァシリーサの国の者と、ペルーンの国の職員が半々くらいとのこと。
ヴァシリーサの者が主に外交の仕事をし、
ペルーンの者は、一部が職員、残りは使用人ということだ。
応接室にてサーシャたちは一息つき、改めてエカチェリーナの挨拶を受けた。
もう夜だし、話は全て明日に回すことにして、滞在する部屋を案内してもらう。
ここでヴィクトルはつまらんと文句を言いながら、自国の大使館へと帰っていった。
サーシャの部屋は、国王の使う部屋。
イーゴリは側近用の近くの部屋、ナターリヤは、サーシャの部屋に付随している国王専属護衛の部屋。
シャワーを浴びて旅の汚れを落とし、広いベッドに思いっきり寝転がった。
頭痛は治まっていたが、体は疲れているままだ、母が使っていた上品な部屋に思いを馳せる間もなく、寝入ってしまった。
…………
…………
国の者がいるということで、安心していたのだろう、
翌日、目は覚めたものの起き出したくなくて、しばらくベッドの中でうとうととしていた。
体もだるい感じがする。
旅の疲れは出てるかもな、と思いつつ、うたた寝して、起きて、を何度か繰り返していた。
時計が10時を過ぎた頃、寝室の扉をノックする音がした、
「サーシャ?起きてる?」
「あー……起きる……」
ナターリヤに起こされ、だるい体を起こして、着替えを済ませる。
寝室を出るとプライベートルームで、ナターリヤが待っていた。
「サーシャ。……大丈夫?」
「だるい……ナターシャはもう平気?」
「私もまだだるいよ」
「休みたいな……でも黒いもののこともあるし、会議するんだろうな」
「うん、私も休みたい。でも大将に起こされてさ」
プライベートルームをさらに出ると、国王用の執務室兼応接室となっている、
イーゴリがそこで待っていた。
「姫さま、おはようございます。
お加減はいかがですか」
「まだだるい。休みたい気分」
「エカチェリーナ殿にお伝えしておきましょう、
でないと王族とはいえ咎め立てられてはなりませんから。あの方はやり手ですので」
「え……あの人、肝っ玉母ちゃんタイプ?」
「……まぁそういう表現が妥当でありましょう」
「マジかよ、私、喧嘩になりそーだな」
「ナターシャ、短気は起こすなよ。若輩者とあしらわれるのがオチだ」
イーゴリと対等に渡り合える数少ない国の重役ということだ、
味方になれば頼もしく心強いのだろうが、きっと敵に回すと厄介なのだろう。
母の影にいればよかった以前と違い、自分が上に立っていかなければならない、
女王モードがうまくはまれば多分大丈夫だとは思うが……
そうでなければ以前の弱気な出涸らし王女なのだ、不安が尽きなかった。
イーゴリに食堂に案内してもらい、遅い朝食をとる。
イーゴリは先にエカチェリーナに説明をしに行った。
サーシャとナターリヤは、ぐだぐだ言いながら食事をする、
そうしているとイーゴリが戻ってきた。
「11時から会議をするそうですが、行けそうですか」
「えっ、あと15分じゃん、なんで急かすの」
「エカチェリーナ殿はもうしびれを切らしておりました、もう少し時間が必要なら、伝えて参りますが」
「……あー、いや、いい、私たちが急ごう。
イーゴリを板挟みにしちゃいけない」
「事情は説明したのですが」
「いいよ、貴方のせいじゃない。……なんか、お母さまがおられたら、こんな感じだったよな、お母さまが出張中は朝ゆっくりして、戻られたらちゃんとして」
「あー、そうだったな、旅続きでそういう感覚も忘れてた、それどころじゃなかったもんな」
* * *
食事を急いで終え、会議室に向かった。
扉の前で、何とエカチェリーナ自ら待っている。
エカチェリーナは、王女であるサーシャを咎めるように、見据えてきた。
「アレクサンドラ殿下。
今、何時か、お分かりでいらっしゃいますか。
皆とっくに集まって、殿下をお待ちしているのですよ。
もう昼前、仕事を始めるには遅い方です。
今回は未曾有の被害が我が国に出ているのです、一刻も早く、対策を練らねばならないことくらい、ご存じでいらっしゃいましょう?
イーゴリ殿、貴殿は殿下を甘やかし過ぎです。こんなことでは危機に立ち向かえませんよ、
気を引き締めなさい」
イーゴリに、それ、言う?
「いや。待って。
イーゴリにそれはないでしょう」
とっさに、口をついてそんな言葉が出た。
「命懸けで私を守ってきたこの人を、何だと思っている?」
ほぼ初対面の、母のような迫力を持つこの大臣に、サーシャは言い放った。
「姫さま。私のことは構いませぬ」
「いいの。重役だろうと聞き捨てならない」
「おやめください、姫さま、もう会議の時間ですから」
サーシャはそう言われ、エカチェリーナから視線を外した。
音を立てて扉を開け、憮然とした表情のまま、国王の席へ向かう。
会議室は静まり返っていた。
席につき、傍にナターリヤを案内し、その後でイーゴリとエカチェリーナがそれぞれ席につく。
進行役が、会議の開始を告げているが、サーシャは全く別のことを考えていた。
甘やかしてる、だと?
ふざけんな。
甘やかされた者が、今まで、何度も悔しい思いをしてきたなんてことがあるのかよ。
甘やかした者が、黒いもの中に一緒飛び込んでくれるか?
一刻も早い対策ったってさ。私が取り込む以外にできることなんてねーよ。
緊急会議なんて今更じゃん。
それよりこっちは原因の黒いものに対峙して疲れてんのに。私の休息が先じゃね?
同郷の者とはいえ、ここの人たちは渦中にいたわけではない。
渦中にいて、その後ずっと黒いものに向き合い続けているサーシャにとって、国のことは既に遠い昔のような感覚になっていた。
この近くにコシチェイがいるというの分かっている状態で、国をどうこうより自分たちが無事でいられるかどうかのほうが今は重要で、何をどう会議するのか意義をちっとも感じなかったのだった。
「殿下。
アレクサンドラ殿下。ご挨拶を」
エカチェリーナの声が響いて、我に返った。
挨拶?何の?
イーゴリに聞こうとした、それをエカチェリーナが遮った。
「話を聞いておられなかったのですか?
殿下は初めてこちらにいらっしゃるので、ご挨拶を賜りたいと、申し上げているのですよ」
内心、舌打ちをした。
王女相手だから敬意を払ってはいるが、言いたいことはつまり、同じこと2回言ってやったぞ、ボーッとしてんじゃねーよ、ということなのだ、
この人、なんでこんな機嫌悪いわけ?
言葉の端々にトゲがあって、受ける印象は、決してよくない。
王女、っていうか、人を迎える態度かよ?
そういえば大臣が何人かいたな、こういうタイプの、と思い出す、
苦手に思っていた大臣たちだった。
だがとりあえず挨拶は必要だ、サーシャは椅子に座り直し、会議室の面々を一望し、始めた。
「私がヴァシリーサの国、アナスタシア国王が娘、アレクサンドラです、
この度は皆さまにご心配をおかけいたしましたが、イーゴリ総司令官とナターリヤ近衛隊長、そしてイヴァンの国が王子であります我が兄の助けにより、無事にここまでたどり着くことができました。
とはいえ本当の脅威はまだ全貌を表しておりません。
我々が直面したことを踏まえ、世界会議に向け、対策を練ることができればと思います」
国王として弱みを見せてはいけないというのは、こういうことか、と感じた。
疲れているからといってそれを表に出しては、国王といえど見下される。
そんな雰囲気を、この場から感じたのだ。
だが、堅苦しいな、と思う。
もう少しゆるくできたらいいのに。
こんなガチガチの雰囲気じゃ、危機を煽るばかりな気がする。
うーん、ナターシャと話すような雰囲気でいこうか?
多分エカチェリーナを筆頭に、ここの人々と信頼関係が作れていないからなのだ。
信頼もなにも、昨日初めて会ったのだから、なくて当たり前だが。
あちらも、王女がどんな人間か、探っているのだ。
ーーお母さまの影に隠れている、出涸らし王女、と評判の、私が。
多分、ヴィクトルのような実力でもあれば、表面的にでももうちょっと愛想笑いをしてもらえるかもしれない、
だが力のない自分ではーー黒いもののことは、伝わっているのだろうか?ーー尊敬に値すると思われないのかもしれない。
「では、まず……我が国の状況を、お聞かせ願えますでしょうか、
何が起こって、アナスタシア様がお亡くなりになったのかということ、アレクサンドラ様方がイヴァンの国にいらっしゃったこと、順を追って、お願いいたします」
「では私が申し上げましょう」
イーゴリが引き受けてくれた。
「ご質問は随時、してくださって結構」
イーゴリは端的かつ的確に、黒いものの襲来から順を追って話し始めた。
ストック作成との兼ね合いもあり、更新頻度はまた緩めになると思いますが、ご容赦くださいませ^^;




