69.ペルーン入国
4章ラストです。
サーシャが倒れ、ナターリヤは、初めて恐怖と困惑を感じた。
サーシャが倒れた原因がわからないのと、サーシャに治療を施すことができるのか、という不安からだった。
急いでサーシャの容体を確認する。
息はしている、だが呼びかけには反応しない。
疲労回復の魔法も試した。
反応はない。
今は苦しそうではないが、どうすればいいのか?
イーゴリはいつも、黒いものに対峙した後はサーシャは眠りこむから、目覚めるまで待つ、と言っていたが、それでいいのだろうか。
黒いものに意識を飛ばしてみる、と言っていたから、黒いものに関係しているのだろうか、と推測はできるが。
イーゴリなら、きっと落ち着いて対処するのだろう。
あの人はなぜ、あんなに優秀で、的確で、沈着冷静なのだろう?
どうやったらあの境地に行き着けるのだろう?
自分一人になったとき、こんなに無力に感じるなんて。
落ち着け、考えろ。
私の持てる術で、何かサーシャに作用するものはないか。
旋律は、意識に作用はするのか?
だが、効果の確認できていないことは試すわけにはいかない。
待つしか、ないのか?
いつ、目覚めてくれるのだろう?
馬をひとまず繋ぎ、サーシャを担ぎ上げ、木の裏へ寝かせた。
馬車などが通るようなら、ペルーンへ運んでいってもらえたら、と思っていた。
だが人通りはほぼ、ない。
多分一般の旅人は、大回りして平野部の道を通って橋に行き着くのだ。
ーー馬の蹄の音。
2頭以上の音だ、木の後ろから様子を伺う。
盗賊の類じゃなければいいが。
まもなく、その馬が姿を現しーー
馬上にいたのは、一目でわかった、ヴィクトルにイーゴリ。
木の後ろから飛び出して、道に出た。
「おっ、ナターシャか!?」
「ナターシャ!」
その瞬間、体中から力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
ヴィクトルが馬から飛び降り、駆け寄ってくる。
「大丈夫か」
「やばい。目が回ってる、サーシャはそこに」
「イーゴリ、サーシャは任せた。ナターシャ、ひとまず横になれ」
「くそ、情けない、これくらいで……」
「いいから。無事でよかった」
「姫さま……姫さま!?
ナターシャ、姫さまはどうされたのだ」
「サ、サーシャは、急に倒れたんだ、黒いものが今いたわけじゃないのに」
意識が朦朧としてきて、支えてくれているヴィクトルの胸に、倒れ込む。
意識はあるにはある、ヴィクトルが、自分を抱えて運んでくれているのがわかった。
重いだろうに、と思うが、目が開けられなかった。
ーーお姫様抱っこってやつか。
そういや、初めてだなーー
そんなことを思っていると、そっと地面に下ろされ、横たえられている。
頭の部分はーー
ーー王子様の膝枕とはね。
まぁ、動けないし、してくれてるなら甘えとくかーー
体中が、温かいものに包まれた。
多分、疲労回復の魔法だろう。
ヴィクトルの魔法は、実に心地いい。
魔法の質が、飛び抜けて高いからだ。
「少し、寝ていろ。じきに楽になるはずだ。
……俺がいてやる。安心して寝ていいぞ」
ああ、相変わらず見事な女たらしっぷりだ。
でも、安心できるのは本当だ。
しばらく、休ませてもらおうーー
* * *
「いやぁ、情けないところをお見せしました!何とか大丈夫そう」
「無理はするなよ」
日が傾きかけた頃、ナターリヤは目を覚まして、明るく言った。
サーシャも、頭痛が軽くなっていた。
「私も、まだまだだ。サーシャがリードして、先手を打ってくれたから何とかなった。
大将、サーシャすごかったんですよ」
「ああ、聞いている。お前も、よくやり遂げたな。初めての単独護衛としては難易度が高かったろう。よくやった」
「珍しい、大将がそんなに人を褒めるなんて。やばい、泣ける、私、まだ弱ってるわ」
「泣くな、そのくらいで」
「動揺してんの?大将」
「馬鹿いうな」
「サーシャ。お前、盗賊やっつけたんだって?しかも剣舞奏できるんだってな?
やっぱりお前は只者じゃねぇよ」
「成功してよかったよ」
「イーゴリのやつ、血眼になってお前を探してたから、子離れしろって言ってやった。
奴にもいい経験になったろうよ、お前がいなかったらみっともないったらありゃしねぇ」
「え、そうなの?」
「今のところは、親心の心配のような感じだけどな。
まぁ、簡単には変わらねぇわな、表面的には。
……むしろお前が、少し成長したんじゃねぇの?
イーゴリっていう安心感があるのないのとじゃ勝手が違ったろ」
「そうかな。確かに、イーゴリがいないならいないで何とかしてやるって感じだった。自分で状況判断するいい機会だったかもね」
「お前は状況の変化に対応するのが上手いな」
「はぐれたときはどうしようかと思ったけど、ナターシャがいたら心強かったから。
女同士の旅もよかったよ?」
「あー、イーゴリじゃおしゃべりできねぇしな」
サーシャとナターリヤが落ち着いたところで、いよいよ、ペルーンに入国するための橋を渡る。
夕方で、もう人通りは少なくなっていた。
サーシャは、右手側ーー大洋の方向ーーを眺める。
あの先に、コシチェイの本体。
本体が、あそこから動き出してくることはあるだろうか?
それにこの周辺には少ないが、黒いものがいることはいる。
コシチェイが取り付いているものが、国内にいる可能性も、十分ある。
この国は、各国の大使館があるから、自国大使館で亡き母国のように寛げるだろうか。
だが決して油断はできない。
コシチェイが沖にいると思うと、落ち着いていられない。
無事に出られればいいのだが。
* * *
入国ゲートをパスし、いよいよ、ペルーンに足を踏み入れる。
各国首脳が定期的に集まる国だ、王族の扱いには慣れているのがよくわかる。
国賓専用のゲートを通り、最高レベルの敬意で応対されるが、旅装束の自分たちよりゲートの職員の方が高貴な格好で、場違いな気がしてしまった。
王族への対応が決まっており、その規定に基づいて専用の馬車に乗り込み、大使館まで連れて行ってもらう。
乗ってきた馬は職員が引き取ってくれた。
サーシャとナターリヤは、初めて来る国だ。
日が暮れて、街灯が美しく灯っている、
石畳の通りに、木造の建物や、区域によってはレンガ造りの建物が並んでいる。
しばらく大通りを通って、大きな広場を曲がった。
各国大使館は専用エリアに集中しており、馬車がそちらの方向へと進んでいるのだ。
大使館エリアのゲートを通ると、また街並みの雰囲気が変わる。
美しく装飾の施された大使館や、
どっしりとした無骨な建物、見たことのない屋根の建物、
いろんな国が一堂に会したという感じか。
サーシャは次々に訪れる驚きで、口が開きっぱなしだった。
何もかもが新鮮で興味深い。
コシチェイのことがなければ、ただただ楽しめただろう。
頭痛と疲れを忘れて見入っていた。
「ヴィクトル様。お待たせいたしました、到着致しました」
御者が、イヴァンの国の大使館に到着したことを知らせる、
だがヴィクトルは。
「先にヴァシリーサの方へ行ってくれ。俺も一旦そこで降りる」
「は……はい、左様でございますか。かしこまりました」
御者は再び馬車を進めた、といってもヴァシリーサの大使館はイヴァンの隣である。
「もしかして、寂しいんすか?ヴィクトル王子様」
ナターリヤが言う。
「うるさい。うちは話相手が男しかいねーんだぜ、つまらんったらありゃしねぇ」
「いや寂しいんじゃん」
「ならお前が俺の代理部下になれ」
「あっ、私からナターシャ取るなよ」
なんのかんの言って、ヴィクトルは4人で行動したいようだ。
寝るときは自国の大使館に戻ると言って、4人でヴァシリーサの大使館の門をくぐる。
アナスタシアが没した今、サーシャがここのトップということになる、
サーシャを先頭に、正面玄関の扉から、建物に入った。
堂々たる佇まいの女性を筆頭に、ずらりと職員が並んで出迎えていた。
「アレクサンドラ殿下。
お待ちしておりました、この度は、ご無事で、何よりでございました。
ヴァシリーサの国、外交担当大臣であります、エカチェリーナと申します」
第四章 了
思いの外ボリュームもあり投稿ペースも遅めで、時間がかかりました;
R 15的刺激が少なめですみません(^^;(?)
例によって次章準備とストック作成他でまた少しお休みします。3月再開を目標に頑張ります。




