66.男二人旅
イーゴリ、ヴィクトルのターン。
タイトルがむさく感じるのはきっと気のせいでしょう。。
例によって(?)軽く下ネタあり。
話は少し遡るーー
サーシャの後ろをいくヴィクトルの馬が、軽く岩か何かに脚を取られて、立ち止まってしまった。
「落ち着け、よしよし」
ヴィクトルが馬をなだめる。
すぐに馬の混乱は収まり、ヴィクトルは再び馬を進めた。
そして、山道を下る道に進んでいった。
深い霧のせいで、サーシャたちが進んだ分かれ道を、見落としてしまっていたのだ。
サーシャたちがそっちに進んでいるという頭がないから、馬の足跡を確かめることもしていなかった。
しばらく進むが、一向にサーシャに追いつかない。
「イーゴリ。サーシャに追いつけん。そんなに早く進んだと思うか?」
「いえ、すぐに追いつける距離でしたでしょう」
「おかしいな。
サーシャ!!ナターシャ!!いるか!?」
ヴィクトルは大声で呼んだが、返事はなく、こだまが帰ってくるのみである。
「姫さま!!ナターシャ!!」
イーゴリも呼んだが、結果は同じだった。
「まずい……はぐれたのか」
いつも飄々としているヴィクトルが、さすがに厳しい顔をしている。
「この先にはおられますまい。戻ってはぐれた箇所を探しましょう」
イーゴリは、すぐに馬を返し、ヴィクトルの返事も聞かないまま歩かせたーーどこで足跡が見つかるかわからないから、馬を飛ばせない。
「おい、イーゴリ。……ったく、俺よりサーシャか、まあそうだよな」
ヴィクトルはイーゴリの後について馬を返した。
イーゴリは馬から降りて、歩いて馬の足跡を探している。
イーゴリのことだから動揺は見せていないが、ヴィクトルにはイーゴリの緊迫感がビリビリと感じられた。
ったく、この男は。見事なまでに、サーシャしか頭にないな。
だが冗談ではなく、早めにサーシャを見つけてやらねば、サーシャが心配だ。
きっとナターリヤが一緒のはずではあるが、万が一ということまで考慮はしておかなくてはならない。
サーシャたちが、先に進む決断をしたのと逆に、イーゴリたちは来た道を戻って、サーシャたちの後を追う形になったのだった。
* * *
時間をかけて、ようやくサーシャたちが進んだであろう道を見つけた。
馬の足跡からして、サーシャたちがそこを通ったのは間違いがなさそうだ。
だがまだ霧は晴れない、他にも道が分かれているかもしれないし、この道を一気に追うことはできなかった。
馬の足跡を追って、歩いて進む。
そうして1時間も歩いたころ、ヴィクトルがついに口出しした。
「イーゴリ。いつまでやってるんだ。
そんなに探しながら行ったところで追いつけやしないし、サーシャたちがこの先を行ってるなら、距離は離れるばかりだ。
いっそ我々もペルーンを目指して進もう。
その方が早く合流できると思う」
「では殿下は先にお進みなされませ。私はこのまま姫さまの跡を追います」
「おい、貴様は母上の息子の護衛をしないつもりか?
サーシャが心配なのは俺も一緒だ。
だがこんな調子で追っても見つかる気がしないと言ってるんだ。
いい加減、正気に戻れ、今の貴様は気狂いじみてるぞ」
「私は冷静ですが」
「冷静な奴が馬の足跡を徒歩で追うもんか。サーシャのこととなるとダメだな、貴様は。
心配しすぎて判断がおかしくなってることに気付け」
ヴィクトルを見るイーゴリの目が、厳しいものをたたえていた。
「心配ばかりして、サーシャのこと、まったく信用してねえじゃねーか。
あいつは力がないから、俺がいなきゃダメだってか?
俺の妹を、母上の娘をなめんじゃねぇ。
いざとなったらどうにかこうにかできる、あいつはそういう奴だ」
ヴィクトルはイーゴリに言い放った。
イーゴリのしかめ面が、いつもに増して厳しい。
「お前もそろそろあいつから子離れしろ。
さもなきゃあいつのほんとの姿は見えないままだ。
お前が今まで見てきたのは、保護するものとしてのサーシャだ。
だが俺からすれば、間違いなく俺と対等な、国を負って立つ立派な王女だ。
お前はその部分が見えてない。
大丈夫だ。
お前と限りなく対等近くやり合えるナターシャもいるんだ。
少しはあいつらを信じてみろ」
イーゴリは、目を伏せた。
実のところ、サーシャが心配で心配で、仕方がない。
体中が痛みそうなほどだ。
だが、ヴィクトルに、サーシャを全く信用していないことだと言われ、反論できなかった。
サーシャは自分がいなければ何もできない。
確かにそんな意識が、どこかにあったのだ。
サーシャが黒いものに対峙できるのも、自分がいるからこそ、だと。
サーシャの指揮力を目の当たりにしたとき、サーシャを力なき王女とどこかで思ってしまっていたことを反省したというのに。
サーシャに手合わせを仕掛けたヴィクトルだ、
守るべき対象として見ている自分には見えないサーシャの一面が見えているのだろうか。
「馬に乗れ。イーゴリ」
ヴィクトルが、命じた。
「サーシャに再会するまでは、俺の護衛がお前の仕事だと思え。
行くぞ」
ヴィクトルはそう言うと、馬を進めた。
イーゴリも、馬に乗り、ヴィクトルの後を追った。
* * *
山を抜け、町に入った。
ナターリヤがしたように、掲示板でサーシャたちの痕跡がないか探したが、それらしいものは見つからなかった。
この町は通っていないのだろうか。
宿を取って、夕食に繰り出す。
ヴィクトルが選ぶのは、庶民の入る酒場、イーゴリの嫌いな場だ。
イーゴリは、外で待つと言い張ったが、ヴィクトルは、イーゴリに付き添うように命じた。
いつもより深いため息をついて、しかめ面を深めながら、イーゴリはヴィクトルと向き合って席につく。
「イーゴリ。いい加減諦めろ。
総司令官様がなんてザマだ、腹ぁ括れ」
どことなく落ち着かないイーゴリに、ヴィクトルが言う。
「はぁ、悪かったよ、
俺が見失っちまったんだからな」
ヴィクトルは諦めたように言う、
だがイーゴリは無言だった。
「おい、何とか言え。
ほんっとに、無口な奴だな。そういや、最初はサーシャと二人だったんだって?
そのときもこんなんだったのか?」
「……ええ、まぁ、そうですが」
「マジかよ」
「……アナスタシア様を亡くされたばかりで、よく、泣いておられました」
イーゴリが、低い声で、呟くように言った。
「無理もないだろう」
「……とても気丈に、振る舞っておいででした。
私に、泣いていても気にせず進めと」
「あいつらしい」
「……あれから、姫さまは随分とお強くなられました……
魔法は使えなくなったと仰せでしたが、戦う力というわけではなく……対処する力、向き合う力が明らかに伸びていらっしゃる。
アナスタシア様の庇護の下、何もかも、これから学ばれるところであったのに、
自力で必要なことを身につけていっておいでです、しかも、わずか3か月ほどで」
こんなにイーゴリが喋るのを聞いたのは初めてじゃないだろうか?
ヴィクトルは黙って聞いている。
イーゴリがどんなことを話すのかに、興味があったのだ。
「だから言っただろ、母上の娘をなめるなって」
「……そのようなつもりではありませんでしたが」
「心配じゃなく、信頼してやれ」
「……わかっては、おりますが。気付けば心配しております」
「お前は、サーシャにうんざりしたりしなかったのか、サーシャが荒れた時期があったと自分で言っていたが」
「姫さまのお気持ちを鎮めるのに、よく神経を使ったものでした。
ですが私にしか言えなかったということも分かっておりました、確かにそのときそのときでは困ったことも数えきれませんが、お側を離れようと思ったことなどございませぬ」
「マジでべったりだな……それじゃサーシャの婿に来る奴などいないぞ」
「姫さまにふさわしい者が現れたら、私は引きます。
王配となる者に姫さまを引き渡し、国王夫妻、及び次の世代をお守りするのが私の役割だと、心得ております」
ちょっと先走ってしまったか?とヴィクトルは若干焦った。
だが、イーゴリの考えを読んでみたいと思い、問いを続ける。
「どんな男ならふさわしいと思う」
「姫さまが自然体でいることができるのがいいかと。
アナスタシア様も、姫さまを笑わせた者にすると仰せでしたので」
「あいつを手なづけられる男が、果たしているかねぇ」
「それは……なんとも、分かりかねますが」
「サーシャは、かわいいと思うか?」
「もちろんでございます、親の気持ちは分かりませんが、親代わりのつもりでお世話をさせていただいてきました、かわいくないわけがないでしょう」
「そのかわいいとは意味が違うんだけどな……
女として美しいとか魅力的だとかそういうことだよ」
「……女が魅力的だと思ったことがないので分かりかねますが……
お美しいお顔立ちでいらっしゃるのではないですか」
「ああ、やっぱりそういう感想になるのか……
イーゴリ。
もし、だ。
王族とか身分がまったくないとしたら、サーシャのこと、どうするよ?」
もしかしたら劇薬かもしれないが。
試しに、投げかけてみた。
イーゴリの顔に、戸惑いが広がる。
「どうする、とは……」
「一緒にいたいか?」
「姫さまさえお望みならば、ついていきますが」
「……で?」
「……?」
それだけか?
本気でそれだけなのか?
だがどうも、こちらの意図を汲み取っていないようである。
会話がいまいち噛み合ってない気がする。
ーー本当に、まったく、サーシャをものにしたいとか、考えたことがない?
手強いな、こいつ。
次の一手を打つ。
「お前、いつまで童貞でいるんだ?
自分の子とか、ほしくないのか」
「私は姫さま以外、目を向ける気はありませぬ。
いずれ自分の子ほどの年頃の者たちを訓練して育て上げることになるでしょうから、自分の子は特に思っておりません。
それに、アナスタシア様からも、姫さまのお側に着くにあたり、身体を穢さぬよう命じられておりますから」
「なんだって?
なんだ、それ」
「理由までは存じませんが、王族の側に付くということはそういうことなのでしょう」
「いや、……」
同じ側についているナターリヤはとっくにそんなの破ってる、と言いかけて、厳格な兄であるイーゴリにそんなことは言わない方がいいだろうと思って口をつぐんだ。
それにサーシャから聞いたが、近衛隊員同士で結婚している者もいるらしい、
それはどう違うんだ?
イーゴリ自身はそこに疑問を持っていないようだ。
母アナスタシアは何を思ってそんなことを命じたのか。
「さて、ぼちぼち、行くかな。
俺はちょっと抜いてくるけど、お前もどうだ?」
わざと言ってみる。が。
「抜く、とは……」
「……嘘だろ。
え、お前、溜まんねぇの?
いや嘘だろ、男の身体としてそれはありえねぇ」
「……?」
「もしかして……お前、昇華術かけてる?男の部分に」
「ええ、かけておりますが。私には必要ありませんので」
「……いつから?」
「さて、13くらいでしたでしょうか」
「は、初めてのはあったんだよな?男になったっていうしるしは」
「……それがあってからの施術ですので」
イーゴリのかけている術とは、生殖能力を戦闘力に昇華させる術である。
従って本人には性に関する欲がなくなるのだ、術を解けば戻るとはいえ、去勢のようなものである。
イヴァンの国では一般的ではない。
女を買えば済むとみんな思っていたからだ。
イーゴリは、ヴァシリーサの軍人はやっている者も多いと言った。
「ときに殿下。
殿下こそ、どこでそういうことを覚えられたのですか。
ヴァシリーサの国とは違いはありましょうが、殿下は王族でいらっしゃるのに、ご結婚前にそういうことをしても大丈夫なのですか」
抜くという言葉の意味を教わったイーゴリが、急に詰問調になった。
「……これは祖父に教わったことでな。
祖父は女を支配したがるタイプだった、男たるもの女の扱いは心得ろと。
父上に知られたときは、嘆かれたんだが、祖父の手前、父も文句は言えなかったようだ。
俺も別に女を支配したいわけじゃない、悪いクセだと思うんだが、なかなかやめられん。お前も知ってんだろ、俺がマザコンだって。包容力のある女に触れていると、安心するんだ」
「他国の王太子様をお諌めする資格などありませんが、アナスタシア様の部下としてせめてこれだけは言わせて頂きます、
女に陥れられるようなことのないように、くれぐれもご用心くださいませ」
「そういう女はすぐ分かる。というかお前は俺にも説教するのか」
「余計なこととは承知しておりますが」
「まぁいい、とりあえず俺は行ってくる」
「……私は先に休ませていただきます」
ヴィクトルとイーゴリは、酒場を出て、別々の方向に向かった。
…………
…………
イーゴリは、宿に戻って休む準備をする。
サーシャは無事だろうか。
ヴィクトルと話していて一瞬サーシャから意識が離れていたが、一人になると、またサーシャのことが心配になってくる。
ナターリヤがついているはずだから、ナターリヤならば何とか切り抜けられるだろう。
仮にも王族たるヴィクトルを一人にするわけにはいかないから、仕方なく宿にいるが、サーシャをすぐにでも探しに行きたい気持ちでいっぱいだった。
ーー当のサーシャは、ナターリヤと、イーゴリのいない場でのお喋りを楽しんでいたところだが。
気が急いて落ち着かない。とにかく寝て時間をやり過ごすしかなかった。
頑張ったけどいつもの字数に収まりませんでした。
男子(?)トークは下ネタが付き物というのは偏見だったらごめんなさい。
でもサーシャ・ナターシャチームより控えめっていう。




