64.蜘蛛の巣 3
目が覚めたとき。
もう日が暮れかけていて、ミーナの家の前で領主からの迎えが待っている状態だった。
慌てて飛び起き、出る準備をする。
一眠りしたナターリヤは、幾分かすっきりしたようだ。
ミーナの家族に見送られて家を出るとき、ミーナが話があるとサーシャを引き止めた。
人前で言いにくいと言うので、玄関の外で立ち話にすることにした。
「あ、あの、王女様。大変無礼な話なのですが、実は……
王女様の御生誕祭のとき、あの……聞いてしまって」
ミーナは、ミロスラフ、ゲオルギー、マカールが、王配について実権を握るだの何だの言っていたことを、サーシャに語った。
「お許しください。私は、何もできないし、ミロスラフ様方を貶めるようなことをするわけにもいかず……何もできなくて」
「ミーナ。
ありがとう」
サーシャはミーナに微笑みかける。
「そういう陰謀らしきものがあったのは知ってる。ミロスラフの実家に立ち寄ったとき、奴の父親直々に攻撃を受けたからな。
それと、私が出涸らし王女と言われていることも、知っているよ。
貴女はよく打ち明けてくれた。黒いものに襲撃されたときといい、
貴女は真に私に忠誠を向けてくれている。
私こそ貴女に大したこともしてやれないが、感謝しているよ」
「そ、そんな、王女様。
ヴァシリーサに仕える者として、当然のことをしているだけです。
もしもお国を復興なさるのでしたら、私、またお仕えしたく思っています……」
「貴女たちのような使用人がいてくれるなら、これほど助かることはない。復興した折には、待っているよ」
「はい!絶対に戻って参ります!それと、あの。
王女様は、絶対に出涸らしなんかではいらっしゃいません。
王女様はあんなに、すごい術をお持ちでいらっしゃいます。
私たちを、城の皆様方をお守りしようとされるお姿、まさに、ヴァシリーサの国の次期国王そのものだと思っています、
どうか、御身を出涸らしなどと、お思いにならないでくださいませ」
「うん、まぁ、でも、あれ、できるようになったの、最近で。
魔法は使えなくなっちゃったし……
城が墜ちるまではほんとに、何もできなかった。
まぁ言わせとけばいい。
ナターシャが代わりにブチ切れてくれるだろ」
「任せとけ」
「ありがとうな、ミーナ」
サーシャは、ミーナの肩を軽く叩いた。
ミーナは顔を赤くして、精一杯礼をする。
サーシャとナターリヤはミーナに別れを告げると、迎えの馬車に乗り込み、領主の館へと向かった。
* * *
領主に面会し、捕らえた者たちの状況報告を受ける。
パウキのメンバーの尋問からは、これといった収穫はなかった。
黒いものが取り憑いていなかった時点で、関与がより薄いことが推測はできたが、その通りで、後から加わったメンバーだったという。
ただ、そのうち、集団に貢献するようになれば力を分けてやるとリーダーに言われてはいたそうだ。
サーシャは領主から、メンバーの処遇について尋ねられた。
私が決めるのか?と思ったが、王女に対する暴行未遂なのだ、罪は十分に成り立つ。
当人たちは、王女だと知らなかったと主張するが、知らなかったで済まされることではない。
それ以前に、この集団は卑劣なことをしでかしているのだ、
集団及び3人の罪状を調べあげ、この領土で適用されている罰を与えるように指示した。
ちなみに、パウキのメンバーはこの領土の者たちではない、あくまで裁く場を借りているだけだ。
国をまたいで活動していたから、どこかの国が責任を問われるものでもないようだ。
そのため、全て裁きを下していいでしょうと領主には言われた。
簡単に言いやがる、と側に控えるナターリヤは思った。
この領主はヴァシリーサの眷属ではないから、人ごとなのは仕方がないが、それにしても王族、つまり上位の存在に丸投げするなど、サーシャを軽んじているとしか思えない。
サーシャは政治経験がないのだ。
指揮は思いがけず適性があり、いざとなったときの決断力には間違いがないが、
為政という場でも同様に発揮されるのだろうか?
ふと、思った、
王女を、試してでもいるのか?
ナターリヤは外交経験はほとんどない。
この辺りがヴァシリーサの国と親交が厚いわけではないことは知っているが、この領土の者がヴァシリーサをどう見ているのか?
そこまではよく知らなかった。
世界情勢を勉強しておけば、とナターリヤは初めて悔やんだ。
勉強は二の次で、武術ばっかりに励んでいたから。
今ほど、イーゴリの存在が重要に思ったことはなかった。
サーシャは、どうするのだろう?
普通に考えれば、王族への暴行未遂など、問答無用で処刑である。
だが誰が執行するのか?
この領主の刑場でしてもらえるのか?
ーーなんとなく、引き受けてくれない気がした。
王族自らが罪人に手をかけることはしない。
王が手を下すのは、直属の部下に刑を下すときくらいである。
ということは、私か?
サーシャのためならば処刑も厭わない、それは決めている。
だが決して気が進むものではない。
少々心の準備をしたい、と思う。
「一晩、あの者たちを預かっていただけますか?処遇を考えますので」
サーシャが領主に言った。
一晩この領主の屋敷に泊まることが決まっている、さすがに王族に対してそのくらいのもてなしをする礼儀はあるようだ。
領主は牢で預かることを了承し、サーシャたちにゆっくりくつろいでくれるよう告げた。
準備された貴賓室へ入り、ナターリヤは部屋に結界を張る。
これで侵入や、話を聞かれることはない。
二人とも、柔らかなソファーに腰を下ろした。
「ナターシャ」
サーシャが声をかける。
「何、神妙な顔してんの?」
「神妙にもなるだろ、処刑するにはさすがの私もちと心の準備がいるもんだぜ」
「処刑?ナターシャが?」
ナターリヤはサーシャの顔を見る、
あれ、自分が処刑する流れじゃないのか?
「ここの領主は私たちをそれほど歓迎モードじゃない感じだぞ。
処刑の執行人を貸してくれるもんなのかと思ってさ」
「ああ……でもナターシャに任せたりしないよ」
「じゃあ、どうすんのさ、まさかサーシャがやるわけないだろ?」
「そうなー」
サーシャは両手を頭の後ろで組んで、思案しているようだ。
「え、てか、処刑じゃないのか?」
ナターリヤは不思議に思って聞いた。
「うーん。未定」
「なんだよ……処刑に十分相当するだろ。
温情を与えでもするつもりか?
逃したらまた卑劣なことをやりかねないぜ。そしたらサーシャのせいにされちまう」
大体、こちらは二人のみで、この辺を荒らしている輩をとらえてやったのに、人員の揃っているこの地の為政者ではなくこっちで処分しろとは舐めているとしか言えない。
他国であれ王族は保護せよという世界規範があったはずだ。
特に神の末裔である王族は尊重されるべき存在で、末裔を軽んじる行為はその統治者の存続にも関わるほど、神の血を引く者たちはこの世界の根幹を成していると言っていい。
ここの領主はそういうことをわかってやっているのか?
そして、サーシャは自分を気遣って、処刑をしないと言っているのだろうか。
イーゴリのいない今。
サーシャに全てが委ねられている状態だ。
意見を仰ぐこともできないし、サーシャが全部負わなければならない。
いくらなんでも酷だろう。
サーシャへの負担が計り知れない、さっさと処刑してしまおう、と思った。
「サーシャ。心配するな。私がやるから」
「ん?」
「処刑だよ。貴女が負担を背負う必要はない。
私に任せておけ」
「んっ、ちょっと待ってよ、ナターシャ。私が背負うって何だ?だから考え中だって。待ってよ」
「私の覚悟が揺るがないうちにしてくれ」
「あのさ、ナターシャ。気負ってるのは貴女の方だよ。とりあえずそんな覚悟いらないから、力抜いて」
だが、どうしようというのだろう?
「処刑はさ……多分、一般的にはやることで。
普通のやり方なんだろうけど……
なんかしっくりこないんだよねー」
サーシャは、気負っている様子がない。
それを見て、ナターリヤも気持ちを落ち着けた。
「別に温情とか許してとかのつもりじゃないんだよね……
領主に、処刑しろと命じてもいいけど……
その前に、ちょっとね」
何をやろうとしているんだろう?
「脅してみようかと思って」
「はっ?」
「脅したらまあまあの罰になるだろ」
「なんだそれ……」
「夜、付き合ってよ。夕食済んで休んだら決行だ」
「何、やらかすんだよ……」
* * *
今日は宿を出発して以来、食事らしい食事をしていなかった、
サーシャたちは振る舞われた食事を存分に堪能した。
ついでに、領主がヴァシリーサをどう思っているのか探ってやろうと思っていた、
ヴァシリーサの国が堕ちたことはどうせこれから世界会議で皆が知ることになるのだから、もう表明しておく。
だがそれは既に知っていたそうだ。
確かに2ヶ月も前のことだから、そんな噂も広まっていて当然だろう。
旅をしてきたことも話してみたが、領主がサーシャを見下すような感じはなかった。
アナスタシアに追悼の意を表してくれ、建前かもしれないがここまでの旅路をねぎらってくれた。
出涸らし王女の名は知られているのか?と思って、ヴィクトルの話なども交えてみる。
一緒にいたがはぐれたということは言わない。
「イヴァンの国のヴィクトル様は、世界会議にも出席しておいでだったと聞き及んでおります。
アナスタシア様とアレクサンドル様のご子息らしく、非凡な才能をお持ちとの噂でしたな。
ヴァシリーサの国の王女様がいらっしゃるとお聞きしてはおりましたが、どういう方なのか、失礼ながらあまり存じ上げてはおりませんでした、何しろお姿をこの辺りでは誰も拝見しておりませんもので。
ですが、アナスタシア様を彷彿とさせるお姿でいらっしゃることがわかりました、
お国もきっと、復興を成し遂げることができましょう」
当たり障りのないという感じだ。
いまいち、この領主の立ち位置がつかめない。
敵じゃなければいいか、と思い、夕食の礼を述べて部屋で少し休む。
ナターリヤに、仮眠を取っておくように言った。
結界は張ってあるが、味方とも言えないこの屋敷で、二人とも眠ってしまうのは得策ではない。
いざというときにはナターリヤの戦力が必須だ、ナターリヤに十分休息を取ってもらいたかった。
ナターリヤがソファーに横になって寝入ろうとする頃、サーシャはバルコニーに出てーーそこそこ、広さがあるーー剣舞奏の型を練習していた。
自分にできる唯一のこと。
たまたま、敵が剣を交えてくる前に型に入れたから、術も作動できたが、
敵に詰め寄られていては落ち着いて型がとれない。
イーゴリのように、剣を交えながらでも型をとり、術を発動させるのが目標だ。
スムーズにかつしかるべき位置に、型がはまるようにできなければならない。
発動はできたから、高めるだけだ。
だが新しい型を、早く教わりたい。
できることが増えると思うと、胸の高まりが止まらない。
早くイーゴリに会いたい、いろんな意味で。
今できることは、ただ今持てる型を高めること。
無心で剣を振った。
気が済んで、そろそろ尋問に行こうか、と思って剣をしまう。
ふと、中指の指輪に目がいった。
光ってる?
いや、月明かりを反射している?
指輪がうっすら光ったような気がしたのだ。
だが月に目をむけて、再び指輪に目を落としたとき、もう輝きは消えていた。




