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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第四章 四人での旅
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60.女二人旅


湖の端の町へと降り立った後、町から町へと移動した。

この辺りは君主制ではなく、町がいくつか寄り集まって国を形成している。


黒いものの影響が見られるかどうか気をつけていたのだが、町を通った限りでは異変は見当たらない。

もっとも、住人の話を聞いたり滞在したりしてみないと見えてこないし、

一々調べていては先に進めない、今はペルーンに向かうことを優先する。


大きな山脈はないが、多少の山や谷はある、町を出て国境方面に行くとまたしばらく人里離れた道を行くことになる。


馬でいける山道が控えているので、宿場町で馬を買って出発した。


山の斜面に畑が続き、農家の集落も所々に見える。

農村にも、旅人向けに簡易宿があり、道中はそれほど大変ではなかった。


…………

…………


その日は妙に霧が濃かった。

まるで雲の中にいるように、すぐ先まで白く見えなくなってしまっていた。

はぐれてもいけないので、ゆっくり進んでいたはずだし、

前を行くナターリヤを見失わないように、声を掛け合いながら馬を歩かせていた。


ナターリヤばかりに気が取られていて、後ろのヴィクトルのことをすっかり忘れていた、

いや、ヴィクトルが見失うはずがないと、たかを括っていたのである。



そういえばヴィクトルの声を聞いてない。


そう思ったときには既に、自分の後ろについていたはずのヴィクトルと、その後ろに続いていたはずのイーゴリの姿は見えなかったのだ。


「ナ、ナターシャ……待って……」

「うん?」


「ヴィーシャと……イーゴリが、いない」


声が震えた。


「嘘!マジか!?

ヴィーシャ!!大将!!」


ナターリヤは大声で叫んだ、だが返事が返ってくる様子がない。


「マジで、はぐれたのか……」


ナターリヤも呆然としている。


「どうしよう……イーゴリ……イーゴリ!!」


サーシャの叫びは悲鳴に近かった、

だがやはり、答えは返ってこない。


「やだ……嘘、イーゴリ……探さなきゃ」

「待て、サーシャ!」


馬を戻そうとした瞬間、ナターリヤに呼び止められた。


「返事がないということは、近くではない可能性が高い。この霧の中で無闇に動きまわっても、見つかるどころかあらぬ道に迷い込む危険の方が大きい。先を進もう、この道は次の町に続いてるんだから、ペルーンを目指せばきっと合流できる」


「でも、イーゴリが。何か危ない目に遭ってたら」


「サーシャ。大将がこの程度の道で危ない目に遭うと思うか?

大将の方がよっぽどサーシャのことが心配だよ!


大丈夫、きっと会えるから。

それまでは私が何としてでも貴女を守ってみせる」


ナターリヤの力強い言葉に、サーシャの表情がわずかに落ち着いたものになる。


「……行こう。大将ならどう進むか読みながら進んでみよう」


サーシャは、頷いた。


そして、頬に落ちた涙を拭う。


「ごめん、ナターシャ」

「気にするな。ヴィーシャも一人で何とでもなるだろ。

今度こそはぐれないようにしないとな」



ゆっくり進むので、なかなか次の町が近づいてこない。

霧は一向に晴れず、進みにくい時間が続いた。

曇り空で太陽が見えないから、方角も掴みにくい。

このペースだと町へと到着するのは難しいだろう。この天気では食料も調達が難しそうだ。


イーゴリがいないと、こんなに心細いなんて。


サーシャはずっと、落ち着かないでいた。


はぐれたところまで戻ってみた方がよかったんじゃないか?

イーゴリは、サーシャたちが現れるのを待ってはいないだろうか?

それとも同じように、先に進んでいるだろうか?


自分の身が不安なのではない。


イーゴリに何かあったらと思うと、心配でたまらなかった。


ナターリヤの言う通り、イーゴリならば普通に考えて、脅威になるものなど考えにくい、

むしろ身を守る術が限りなく少ないサーシャこそが、一番の心配の元なのだ。


だがイーゴリを心配するあまり、サーシャはそのことをすっかり忘れていた。


* * *


進むこと数時間、ようやく霧が晴れてきた。


ちょうど、沢に突き当たったところだった。


「サーシャ、少し休憩しよう。馬も休ませないと」

ナターリヤが声をかけた。


二人とも馬から降り、馬に水を飲ませ、馬を繋いで自分たちも喉を潤した。


「もう昼過ぎたな。少し休んで、日暮れまでもうちょっと進もうか」

「うん」

「大丈夫?サーシャ」

サーシャはうつむいて首を振る。

イーゴリが無事かどうかという不安ばかりが襲ってくるのだ。


「火を焚いてみよう。のろしがわりになるし、ここを通ったという痕跡にもなる」


ナターリヤは枯れ枝を集めると、魔法で火をつけた。

さすがはナターリヤだ、迷うという状況にも落ち着いて対処している。

二人とも、火のそばに腰を下ろした。


ナターリヤは地図で、現在地と進むべき道を確認する、

人里に到着するにはもうしばらく進まなければならないようだ。昨日宿泊した町で買ったパンを取り出して、少し火にかけてから口にする。


だがサーシャはあまり食が進まないでいた。


「サーシャ。大将のこと、そんなに信じられない?」

ナターリヤが聞く。

「言い方を変えよう、大将の不安なとこって、どこ?」


イーゴリの不安要素?

そんなもの、まずない。

強さは言わずもがな。

一人旅は経験済み。

多分どんな困難でも乗り越えられる、タフさも知恵も力も持っている。


イーゴリを心配する要素など、何も見当たらなかった。


「サーシャさ。大将のこと、好きなんでしょ」


唐突に言われて、サーシャは赤面する。


「……ヴィーシャが言ったの?あのバカ……」


「うーん、まぁ、それに近いけど、

でも私、サーシャの王配には大将がいいって前から思ってた。

特に城が堕ちた後、貴女たちに再会してからね」


そう見えるのか?


「サーシャ、貴女は大将に、命をかけてる。

いつからかはわからないけど。

大将は立場上、昔から貴女に命をかけてるけど、でもそれも、今じゃ立場とか関係なく、

あの人はサーシャに命を預けてるよ。

サーシャも同じように、私には思える。


だから不安なんだよね?」


サーシャは、思わず身震いした。


「大将は絶対に貴女のところへ帰ってくる。

私だって、絶望的な中から生還して、今こうして貴女の下にいるんだもん。

同じことを、いやそれ以上の状況でも、大将ができないわけがない。


命をかけてるっていうのは、貴女のために命を落とすことじゃない。

貴女のために生きるということだよ。

生きて貴女を守ることがあの人の全て。あの人は死んでもそれを放棄しない。


……って、あれ?死んだら放棄になるな、今のなし」


「ナターシャ……」


サーシャは、焚き火をぼんやりと眺めた。


「……ナターシャはさ……どうして、私に付き従ってくれるの?」

「ん?」

「もう国はないし、貴女の主君であるお母さまはもういない。

私のために、命まで落としかけて。

……そこまでして、なぜ私のところにいるの」


「え?そりゃあ……理由っつーか……


何ていうかな、こういうのは理由とかじゃないんだよ。

貴女に仕えるときに既に決めてたことだし……

うん、もう、貴女のために生きるって前から決めてるの。それだけ。ほんとに」


「国を再興すれば、貴女の望むものをあげられる。でもそれまでは、無給で、休暇もなくて、地位もないも同然。国を再興する保証だって……」


「サーシャ。一体どうしたの?

私はそんなもののために貴女といるんじゃない。

10年も一緒にいて、まだ貴女は私を信用してないのか?

私は確かにヴァシリーサの国に仕える身だけど、

それ以前に、貴女という人に惚れ込んでる。

だから側につかせてほしい。

私が望むのはそれだけだ」


ナターリヤは、サーシャをまっすぐ見て、きっぱりと言った。


「サーシャ。貴女は何も心配しなくていい。

私と大将は何があっても貴女と共にいる。

国の再興だって、再興しなくてもいいじゃん、3人で貴女を担ぎ上げて新興国作れば、再興になる。

貴女は扇動力に長けてるんだから、人は集めれるよ。

だから何も心配することはない」


ナターリヤはサーシャの肩を抱いて、軽く叩いた。


そう、何も心配することはない。

ナターリヤにそう言われると、その気になってしまうから、不思議だ。


「もしかして、貴女を庇って黒いものに飲み込まれたこと、引け目に感じてるの?

私はあれを誇りに思ってるよ?

文字通り命がけのことをしたら、むしろ自信になってさ。

あれで生還したから、そうそう怖いことはもうないよ」


ナターリヤはそう言って笑う。


ナターリヤに抱きついて、言った、


「ナターシャ。ありがとう」

「いいの。貴女に命をかけれて、こんなに幸せなことはない」

「ナターシャは、幸せなの?」

「うん。もちろん」

「私なんかで。……何もできないのに」

「サーシャ。私が私でいられるのは、貴女がいるからだよ?

貴女のために強くなろうって思ってきたし、貴女はこんなガサツで男勝りの私に心を許して慕ってくれる。素でいられるって最高に楽だよ。

アナスタシア様に見られたら怒られたかもね、王女に向かってこんな口聞くとかさ」

「イーゴリは全然敬語崩してくれないんだもん」

「大将ってほんと頑なだよなー」

「私はナターシャがそういう態度でいてくれるから、やって来れた。

私が返せるものってほんとに何もない。

それでも、私と……いてくれるの」

「だからそんな自信なさげなこと言うなよ。

貴女は私をいくらでも強くしてくれる。武人として最高じゃん。

貴女は何もないなんてこと、ないんだよ。

大体、私が嫌なのを我慢して仕えるとかできない性格だって、分かるだろ?」


ナターリヤはそう言って抱き返してくれる。


いつか、絶対に、何かの形でナターシャに恩返しをするんだ。


サーシャは心の内でそう決めた。


「行こうか」

「行こう、もう少し進もう」


焚き火の火を消し、二人は馬にまたがった。


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