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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
 序章 ヴァシリーサの国の王女
6/183

6.混乱と転覆

手直しが多くてなかなか投稿に進めない^^;;

突然、地響きのようなものを感じ、アレクサンドラは飛び起きた。

隣で寝ていたナターリヤも、即座に立ち上がって辺りを警戒している。


「聞こえたよな、サーシャ?」

「うん、聞こえた……」


再び、遠くで轟音が響く。

周りの木々が、衝撃音でざわざわと揺らめいている。


「……近くじゃなさそうだ。

確かそっちに、見晴らしのいい崖があったよな、行ってみよう」


抜き身の剣を手にしたナターリヤについて、アレクサンドラは走り出した。

来た道を少し戻ったところに、城が遠目に見える開けた場所があったのだ。


ナターリヤに追いついたアレクサンドラの目に、信じられない光景が飛び込んできた。


「うそだろ、城が……!」


暗闇の中、稲妻のように閃光が城の周辺を舞っており、城のシルエットと煙が上がる様子が浮かんで見えたのだ。


「戻ろう、ナターシャ!」

アレクサンドラは即座に城に向かおうとした。


しかし、ナターリヤの手がアレクサンドラの手を掴んで引き止めた。


「サーシャ、駄目だ!貴女はこのまま神殿へ行くんだ」

「何だと!?」


アレクサンドラは、信じられないという顔でナターリヤを見た。

こちらをじっと見つめるナターリヤの表情は、恐ろしく冷静で、逆らうことを許さないほどの威圧を見せている。


「貴女が王女として為すべきことは、安全に逃げのびることだ。名誉の戦死なんかじゃない」


それは、国訓である。


アレクサンドラもそのことをもちろん知っている。


全ての国民が、有事で最優先することは、王家の者、かつ将来を担う者から、生かしきることであることを叩き込まれている。

王家の者には、女神ヴァシリーサの血をつなぐという最大の使命があり、

家族を見捨てても、部下を犠牲にして逃げたとしても、恥でもなんでもない。


全てをヴァシリーサの血のために利用せよ。


幼い頃から、そう教えられてきたし、


逃げるという消極的な捉え方ではなく、

()()()()()という執念を長年かけて、当たり前の感覚であるように教え込まれてきたのだ。


だが。


今、逃げのびるという感覚が、どうも自分の意志と一致しない。



アレクサンドラは、再び城の方を見た。


城が危うい様を目にして。

母の顔を思い出して。

イーゴリや、近衛隊員を思い出して。

世話をしてくれ、可愛がってくれた城の者たちを思い出して。


いざそのときになってみると、自分の生まれ育った場をそんなにも簡単に見捨てることなど、とてもできはしない、とアレクサンドラの心が拒否してしまっている。


だが同時に、力のない自分が行ったところで、何もできることなどないのに、という思いも。


私に、力さえあれば!!

あの中に突っ込んでいって、全て倒せるだけの力さえ……あれば……!


「サーシャ!早く行きやがれ、この馬鹿!」


突如ナターリヤの怒鳴り声が響いた。

言葉はともかく、聞いたこともない叫び声に驚いて振り返ると、ナターリヤがアレクサンドラを引きずるようにして、神殿の方へ向かおうとしていた。


「アナスタシア様がいるんだ、大将もいる、将軍共もいるんだ、貴様は何も心配せず、行くんだ、ほら!」


わかりすぎるほどわかっているのだが、足が神殿の方にどうしても向かない。


もちろん正しいのは、一番安全と思われる神殿に行くことなのだが……


なぜだろう。


私は、あの場に行かなければ。


何か芯が定まったような、揺るぎない感覚が体を貫いた。


ナターリヤやイーゴリみたいな、もちろん母王みたいな、力はないのに。


何か強烈に、城の方に引かれるような感覚がある。



アレクサンドラは、その場で踏ん張り、歩みを止めた。

動かなくなったアレクサンドラを、ナターリヤが恐ろしい形相で睨んでくる。


その目を、じっと見つめ返し。


「ナターシャ。城へ戻る」


静かに一言、ナターリヤに告げた。


ナターリヤは、力づくででもアレクサンドラを神殿に引っ張ろうとしていたが、

急に力が抜けたかのように手を放した。


アレクサンドラの言葉には、有無を言わせぬ荘厳さがあったのだ。


ナターリヤはアレクサンドラに向き直り、軍人らしく頭を下げた。


「は……はい……我が君。全力で援護いたします。……先程はとんだご無礼を」


「ナターシャの言うことが正しいんだ。分かっている。でも……私はあの場に行かなければならない。

何かに、求められているような気がする。

さっきの崖から飛ぼう」


「……そうだな」

数時間かけて登った山の中腹から飛び降りれば、一気に城に近づける。


ナターリヤは一瞬俯いたが、顔を上げ、アレクサンドラに行こうと促した。


二人は城を見た崖まで戻ると、飛び降りるべく、肩を組んだ。


「いいか?サーシャ」

「よし。

せーの、はっ!」


二人は助走をつけて、一気に崖から飛んだ。

その瞬間、ナターリヤは風の魔法を発動させた。

二人の足元に風圧が起こり、落下速度を殺す。

山の麓、木々の生い茂る森の中へゆっくりと降り立った。


後は崖から反対方向へ走ればいいだけだ。

だが、森の中は当然、真っ暗である。

アレクサンドラは地図を取り出すと、魔法で光の球を作り出し、地図にかざした。


「ここにもう一つ崖があるな。ここを下りれば平野に出れる。

ここまで出るには……

ナターシャ、この先の木を剣圧でなぎ倒せる?ここを突っ切りたい」

「……結構とんでもないこと言うな、サーシャ。

まぁやってみよう、離れてろ」


ナターリヤは剣を抜き、力をまとわせる、

力を増幅させる魔法を加え、力を剣に溜めていく。


剣を振りかぶり、溜まった力で重みの増した剣を構え、助走をつけた。


勢いがついたところで、思いっきり剣を振り下ろす。


「……ぅおおらあぁぁっっ!!」


剣から放たれた威力が、前を遮る木々を次々になぎ倒した。


「すっげ、さすがナターシャ」

「どんなもんだ……」


ナターリヤは呼吸を整え、剣をしまった。

木々のなぎ倒された上を進み、蛇行して登ってきた山を一直線に城の方へ向かっていく。


きっと1時間もかからずに、戻れるだろう。

みんな無事だろうか、心が急く。


「サーシャ、もう一度ぶっ飛ばすから離れてろ。これで開けるといいんだが」


ナターリヤが再び、同じように気合を入れて、立ち塞がる木々をなぎ倒した。


するとその先に視界が開け、先ほどよりもはっきりと、煙と、所々火が上がる城の様子が見える。


「クソっ、間に合うか……?

一体何が起こってるんだ……

サーシャ、飛ぶぞ、行けるか」

「うん」


再び崖から飛び、風の魔法で無事に着地すると、もう山裾に降りてきていた。

後はひたすら、城に向かって走るだけである。


林を抜けるのに、結構時間はかかりそうだ。

二人は疲労軽減の魔法を施し、走り出した。


* * *


魔法をかけていても、全く休まないわけにもいかない、

普段の訓練で持久力もそこそこあるとはいえ、何十分も走り続けられるわけではない。

気ばかり急く中、もどかしく思いながら体を休め、ようやく城の裏手の平野部に出た。


だが、見たことのない光景に、アレクサンドラもナターリヤも思わず立ち止まって息を飲んだ。


城の周辺一帯が、浸水しているように見えたのだった。


「何だ、あれ……水?」

「……違う、水じゃない。

城の火が水面に写ってない」

「……黒い、雲海みたいな?」

「その方が合ってる」


城の方から轟音が響き、閃光が起こっているのが見える。


「……なんか、城の向こうに、黒いものが見えねぇ?黒煙か?」

「黒いものは見えるけど……わからないな。

あの光も稲妻じゃないみたいだ。魔法攻撃か?」

「サーシャ。誰か来る」


ナターリヤは、サーシャを木の後ろに導いた。


馬が数頭、こちら向かっているようだ。


「……あれ、エドガルか?

……後ろは……ソーニャと、ガーリャだ」


ナターリヤ配下の近衛兵3名であった。


「サーシャ、あれ、貴女の護衛に来たんじゃねぇか?」

「城があんななんだ、そうだろうな。


みんなには悪いけど、ナターシャ、見つからないように城へ行きたい。

見つかったらまず、城には帰してくれないだろ」

「サーシャ……」

「ナターシャ、貴女だけ付き合わせるけど、いい?

何なら城の手前まででも構わない」

「あのな、サーシャ、貴女のために命をかけるのが私の使命だ。

手前までなんてふざけたこと吐かすな。

こういうときの覚悟はとっくにできてんだよ。

分かったら、行くぞ、姿を消す魔法をかける」

ナターリヤはそう言うと、アレクサンドラに魔法をかけ、続いて自らにも魔法を施した。


二人の姿は木々に紛れ、念のため、木々を伝って存在感を消しながら城の方へと進む。


近衛兵3名は、馬を駆ったまま森へと入っていった。


すれ違ったのを確認すると、アレクサンドラとナターリヤは、再び城へ向かって走り出す。


城まで、走ればあと数十分というところか。


…………

…………


林を抜け、城の裏手までたどり着いたところで、再びアレクサンドラは異変に気付いた。


城から山の方へ逃げる、人、人、人。


馬車で逃げる者から、走る者、おそらく王都の住人たちだろう。

貴族も平民も入り混じって、怒涛のように押し寄せてくる。


「……チッ、流れに逆らって進むのは厄介だな、もう少しで城なのに」


木の影でひとまず立ち止まったナターリヤが呟いた。

二人の姿は、魔法を施しているうえ夜であることもあり、闇に紛れたままである。


こんな人波の中を城へ進めば、おそらく来た道を押し戻されてしまうだろう。


ナターリヤとはぐれないよう、腕を取り合って、人の流れの少ない西側の端の方へと少しずつ移動した。


「王都中の人が避難してるのか?

何が、どうなってる……」


アレクサンドラは呟いた。


ここからはもう平野部だ。


そして、浸水しているかのように見えたところへ、足を踏み入れていく。


「これは……

魔の者、じゃないよな……」

「私も初めて見る。何だ、この黒いもの……」


たしかに、水ではない。

だが、浅瀬のように、黒いものが広がっていて。

波のように、尖ったりへこんだりしている。


足首まで来るか来ないかの深さで、蹴ってみれば煙のようにはらわれる。

だがまた、水が空間に入り込むように、黒いものは戻ってくる。


「サーシャ?

なんか……貴女の体から、光が沸いてるように見えるんだけど……」


ナターリヤが、妙なことを言い出した。


訳がわからず、自分の手を開いて見つめてみる。

次いで、自分の体のあちこちを見てみる、

だが何も、変わった様子はない。


ナターリヤはどうなのか、と思い、目を向けてみると。


「ナターシャ、足……」

「え?

っうわ!」


ナターリヤの足に、黒いものが巻きついていくように見えたのだ。

ナターリヤ自身にも、見えているようだ。


アレクサンドラが身をかがめてナターリヤの足元の黒いものを、手で払う。


アレクサンドラの手から、たしかに、光のようなものが散ったように見えた。


「走るぞ、サーシャ、立ち止まってたら危ないみたいだ。

その前に……おらっ!」


ナターリヤが剣を一振りすると、目の前の黒いものが一掃された。


「よし!剣は効くらしい。あとは平野だ、城まで突っ切るだけだ」

「でかした、ナターシャ!

行こう」


二人は、再び走り出した。


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