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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第四章 四人での旅
56/201

56.水の精

寄り道です。


「驚きました、こちらの術が全く通用しないとは」


男の声。


「それどころか、我がしもべに術までかけて返すとは、

相当な術者とお見受けいたします」


姿が見えない。

サーシャはイーゴリの後ろで、幻術を破った型を構える。


術が発動した。


崖の上ーー浮かんでいるーーに、老人と、若い男に女。


「お見事です、姫さま。


……人ではないようだな、何の用だ」


「これは驚きました、正体を現させられるとは。

……お話を聞いていただきたく、参りました」


「話を聞いて欲しいのなら初めから姿を現して、頼みに来るべきだろう、

酒に誘うなどとふざけたことを仕掛けてくる者の言うことなど聞けぬな、去るがいい」


「人間を甘く見ていたようですな……

酒宴へのお誘いがお気に召さぬとは、いつもの人間相手とは勝手が違うようで」


「去れと言ったぞ」


イーゴリは完全にうんざりしている、剣を老人に突き付けた。


老人が不気味に微笑み、手に魔法が紡がれた。


男がサーシャに近づき、女がイーゴリに近づく、


イーゴリは間髪入れず女に衝撃波を浴びせ、そのまま老人にも衝撃波を飛ばした。

そしてすぐにサーシャを振り返る。


「姫さま!」

「大丈夫!」


サーシャは、男をうつ伏せに倒し、首筋に剣の刃を当てていた。

イーゴリはそれを確認すると、衝撃波をくらって地に落ちた老人に迫りながら剣を振る、すると老人の体に、いつのまにか光の縄が巻きついていた。


「これ以上我々に危害を加えるならば、命はないぞ」

「こ、降参いたします、我々の術が本当に通じないとは」

「貴様らは何だ」

「わ、我々は、水の精ヴォジャノーイ、女の方は、同じ水の精、ルサールカといいます」

「水の精が何の用だ」

「それほどの術者であれば、なんとかなるかもしれん……

心よりお詫びをいたします、どうか、我々の世界をお助けください」


老人は、縛られた状態で可能な限りの礼をした。


「我々も急いでいる、貴様らの手助けなどしている暇はない」


イーゴリはにべもなくはねつける。

「お礼は、お詫びと併せて、存分にさせていただきます」

「必要ない、こいつらを連れて去れ」


「イーゴリ」


声をかけたのは、サーシャだった。


「行ってみる」


「姫さま?」


「ただし、我々を出し抜いたら、そのときは覚悟してもらう。いいな?」


サーシャは、剣の刃を当てている男に背後からそう告げた、

一瞬、声に不気味さが宿り、男は刃が離れても身動きが取れないでいた。


女の方は、イーゴリの手加減なしの衝撃波で、消滅してしまっていた。


「悪く思うなよ。仕掛けてきたのはそちらなのだからな」

イーゴリは表情一つ変えず、老人に言う。


「水に戻って土に還ってしまったようですな、ルサールカは死人が元になったもの、

人型をとり人のように振る舞いますが意志はもちませぬ、術を受け光と闇に還りましたでしょう」


光と闇?

還る?


サーシャは、その言葉に若干の引っ掛かりを覚えた。

消滅した=光と闇に還る?ってこと?


「女に手加減しないとは本当だったんだな、大したものだ」

ヴィクトルがいつの間にか起きていて、木の幹にもたれたまま悠然としていた。

ナターリヤも、物音で起きてきている。


「俺の術が効いていたようだな?」

「女に術をかけてたのか」

「そう、術者の命に従う術をな。主人のところへ戻れと命じておいたんだ。

向こうは、人間如きに術をかけられた、言うことを聞かせてやる、てな具合にノコノコとやってきたってわけだ」

「あの女たちが人間じゃないって、分かってたの?」

「まぁな。

父上が神話や伝承にお詳しいのでな、何かと知る機会があったんだ」

「女たらしと思ってたがちょっと見直したよ」

「俺のイメージはそれかよ」


* * *


「で、何に困っている?」


老人、ヴォジャノーイの(おさ)を詰問しているのはサーシャだった。


妙に態度のでかいサーシャの後ろに、イーゴリが控え、ヴィクトルは木の幹に寄り掛かったままだ。


ヴォジャノーイの長によるとーー

下でキャンプをしていたのは、ヴォジャノーイとルサールカたちで、

人間を呼び込むための酒宴を開いていた。


彼らの住処に困りごとが発生し、誘った人間を使ってそれを取り除こうとしていて、しかしそれが相次いで失敗していたのだという。


だが酒宴の誘いにも、歌や踊りによる術でもサーシャたちを呼び込むことができず、

ルサールカが二体術をかけられて戻ってきたものだから、水の精たちは驚愕した。


実はサーシャたちのキャンプ地まで歌や踊りの術が飛んできていたそうなのだが、

結界を張っていて聞こえず術にかかっていなかったのだ。


ヴォジャノーイの長が直接術をかけてサーシャたちを使役しようと目論んでいたわけだが、

サーシャとイーゴリの反撃に遭いその思惑はあっけなく砕かれたというわけだ。


「実は、我々の住処に、黒いものが流れ込んできまして」


サーシャ以外の3人の表情が変わる。


「我々の何体かが、とらわれてしまったのです、

我々の使い得る魔法を試しましたが、取り除くことができず」


「取り除く?飲み込まれたりはしていないのか」


「いいえ、からだにまとわりつき、じわじわと同化していくのです。

もう2ヵ月ほど経ちますが、早いものはからだの半分ほども同化して黒くなってしまっております。

あの黒いものは、精霊と似たような性質のものだとは思うのですが、何分、正体が解明できませぬもので、困っていたのです、

こちらの道を通る人間は、大体それなりの強さや魔力がある者たちですから、誘い込んで取り除かせようとしてきたのですが、黒いものに飲み込まれる始末。

しかし貴女様がたほどお力をお持ちでしたら、きっと今度こそ……」


「先に報酬の話をしよう」


サーシャの言葉に、ヴォジャノーイはおろか、残りの3人も驚いた。


「まず貴様らには、我らがしもべとなる術をかけさせてもらう。

我々の仕事が終わったら解放しよう。

そして、我々を襲ってきた詫びとして何をどのくらい寄越せるのかな?」


「おいおい、サーシャのやつ、結構エグいことやんじゃねーか」

「向こうの態度があるからこんなもんでしょ」

ヴィクトルとナターリヤがささやき合う。


「我らが財宝を……金銀、宝石、水晶、酒などございます、まずはひと樽相当を差し上げます」

「まぁ、いいだろう。

次に黒いものの始末についてだが。


……貴様らの住処に行ってから決定する。

ただ、あの黒いものはかなりの厄介ものだ、こちらにも相応の負担がかかる、

安く済むと思うなよ。

さて、案内せよ」


「は、はい」


長はようやくイーゴリの縄を外してもらい、体を震わせた。

ヴォジャノーイの男と共に、サーシャたちを案内すべく、背を向けて進み出したーー

精霊だからだろうか、足が僅かに地表から離れて浮いていて、地の上を滑って移動しているように見える。


サーシャたちも後に続く。


「サーシャ、やるな」

ヴィクトルがサーシャの背を軽く叩く。

「ヴィーシャも」

「黒いものがあるとは奇遇だな」

「だから、行くって言ったの」

「……分かってたのか、黒いものがいるって」

「なんとなく。呼ばれた気がした」


* * *


水の精たちとサーシャ一行が、水辺に集合した。


何体ものヴォジャノーイたちとルサールカたちが、宴会をやめ、長についてきたサーシャ一行を神妙に迎える。


サーシャはヴィクトルに、ヴォジャノーイの長に服従術をかけるよう頼んだ。

これで、長を筆頭に、ヴォジャノーイたちは敵対行動は取れなくなる、

神の末裔であり、多種多様の魔術に通じ、かつ魔力の豊富なヴィクトルだから使える、使い手を選ぶ術である。


「では、我々の住まうところまでご足労お願い申し上げます」


ヴォジャノーイの長は、湖に向かって合図をする、

すると、巨大な長い体の生物が現れた。


「ナマズか?」

「ナマズだな」

「この辺にはそんな精霊の伝承があったのか」

「ああ、湖の底に宮殿があると言われてる」


「こちらに乗ってくだされば、人間でも水中で適応できます。

どうぞ、お乗りくださいませ」


ナマズのような生物は、背だけ水面に出している、

長に続いて、サーシャたちは水際から飛び乗った。


「では、参ります」


長の合図で、ナマズが泳ぎ出した。


一気に、水中に潜っていく。


だがサーシャたちには、水の中のトンネルを通って行っているかような感覚だった。

水に濡れもしていないし、呼吸も問題ない。


しばらく水の中を下に下に進むと、やがて、視界の先に何やら光るものが見えてきた。


「すげぇ、マジもんの宮殿か?」

ヴィクトルが言う。


夜だし光は届かないはずなのに、

深い青色に透き通る、大きな建物。


不思議と気持ちが落ち着く気がした。


桟橋のようなところに、ナマズの背がちょうどつき、

長について、サーシャたちは建物へと降り立つ。


「ようこそいらっしゃいました、我らが宮殿へ」


長は改めて頭を下げる。


もう一匹ナマズが到着して、その背からヴォジャノーイやルサールカたちが降りてきた。


「問題のところを見せてもらおうか」


サーシャは早速長に言う、

長は命令通りに案内に立った。



ルサールカって今のロシア語では人魚の意味だそう。

ですが当作では水の精(淡水)の方で。

元ネタはWikipedia先生に教えてもらい、名称を拝借して当作用に創作しています。

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