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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第四章 四人での旅
53/201

53.宿泊


イヴァンの国の国境を越えた。

本当なら蛇行する山道を馬やら馬車でゆっくり進むのだが、今回は時間短縮のために、馬は麓で離して、徒歩でけもの道を進んでいる。


けもの道を進むのは、ヴァシリーサの軍が得意とすることだった、

ナターリヤを先頭、イーゴリをしんがりに、一行は歩いていく。

だがヴィクトルがとうとう野宿に音をあげた。


「これだから、王子様は」

「やめろ、王子様ってのは」


ナターリヤとヴィクトルが言い合いをする。


「ちょうど宿の近くを通ってんだ。この先はしばらく荒野と、続いて農地だ、どうせ野宿が続くなら、一晩くらい宿取ってもいいじゃねぇか。

好きなもの食わせてやる、ナターシャ」

「食い物につられると思ってんのか」

「まぁ、一泊くらい、いいんじゃね?どうせイヴァンの金だし、ね、イーゴリ」

「姫さまがよろしければ」

「助かったぜ、サーシャ。ていうかお前らは金も持たず旅なんかしてんのか、ありえねぇ」

「いや、だって、城が堕ちたから着の身着のままだったんだって。

まぁ、基本金はいらなかったよね、領主のとこと、ナターシャの村とお父さまのとこしか泊まってない、あとはほぼ全部野宿」

「……父上が自分でも旅を続けれないと言った意味がわかった……」


今更ながら、ヴィクトルはサーシャたちのサバイバル力に感心していた。

ともかくようやく一瞬でも野宿と解放されるのが嬉しく、ヴィクトルを道案内に、一行はけもの道を外れて進んだ。


この山道沿いにはいくつか宿があり、今回の宿は国の者がよく使っていた、ヴィクトルも馴染みの宿だそうだ。


サーシャたちの目の前に、そこそこ広い敷地と建物が現れてきた。

王家の者も利用するくらいだから、みすぼらしくないのは当然か。


宿の者はヴィクトルの顔を知っている、最上級の部屋を準備しようとしたが、


「今回は4人部屋でよくないか?ケチ臭い気もするが、今回は長旅になるし、王女もいるのに俺一人王子然とするわけにもいくまい」

「私はいいけど」

「私も異存なし」

「私は別室にいたします」

「イーゴリ、そりゃないぜ、真面目すぎだ、お前が一番間違いから程遠いのに何を言う」


結果イーゴリは、主君と主君の兄の命により、同室にさせられた。


* * *


食堂というより、レストランとでも言おうか、落ち着いた作りの食事処で、質もよかった。

ヴィクトルはやはり、こういうところの方が落ち着くようだ。


食後、ヴィクトルは、隣の酒場で飲んでくると言う、ナターリヤも誘われて行ってしまい、サーシャとイーゴリは置いていかれてしまった。


「……部屋に戻る?」

「ナターシャ……こういうときのために姫さまのお側におらねばならんのに……後で釘を刺しとかねば」

イーゴリが独り言のように呟いた。

すぐに釘を刺さなかったのは、誘ったのが仮にもアナスタシアの息子だったからである。


「そこに庭がありましたな、術の教授をいたしましょうか」

「うん」


サーシャとイーゴリも、席を立った。


…………

…………


イーゴリから剣舞奏の型を習うのは、かつて心が荒んでいた頃以来だった。

先日発動できた型を当時教えてもらって、後は繰り返すだけだったのだ。


今回初めて、新しく型を教えてもらっている。

いくつか型を覚えれば、既に知っている型と組み合わせることで、違う術にもなる。

型は覚えるほどに、組み合わせも増し、使える術が増えるのだ。


とはいっても、型を新しく覚えるのはそう簡単ではない。

発動の条件を満たす基準があり、

足の位置とか剣の角度とか、そうしたもののズレが大きければ発動しないのだ。


イーゴリは忠実にやるのが得意だし、サーシャもそうだった。

多分、ヴィクトルは根気よくやるのが苦手なようだから、難しいだろう。

ナターリヤは、様々な立ち位置で万遍なく役目を果たすのが得意で、一つのことを突き詰めるのはあまり積極的ではないようだ。


イーゴリとサーシャには、向いている流派なのだ。


型を教えてくれるイーゴリが、珍しく楽しそうだ。

型についてよく喋るし、いい感じにできると顔を明るくして褒めてくれる、

それほどこの剣舞奏が好きで、一緒にできる者がいることが嬉しいのだろう。


高度ではあるが、使い手は少なく、目指す者も、決して多くはないーー


実戦に持ち込みにくいのである。


相手が切りかかってきているのに型を取るのは、至難の業であることは想像に難くない、

剣を得意とする者ならわざわざ魔法を使うよりも、威力は確かに勝るのだが、

ナターリヤに対抗されたように、術の発動を防がれては使えない。


実戦の剣を基にはしているが、実戦向けというより、剣が好きで仕方のない者がハマるのがこの流派なのだ、

極めていくものだから、威力は出るが、一般向けでは決してない。

同時に、最強の技というわけでもない、

ヴィクトルのように、瞬時に詰め寄られてこられては使えない。


サーシャがマニア向けと言ったのは正しいのだ。


もっとも、ナターリヤは優秀な剣士だから、妨害に成功したのであって、

並の剣士相手ならば、対応しながら型を取れるほど、イーゴリは極めている。


世界でも指折りの剣士として知られているわけである。


「姫さま、角度はもう少し」


不意に、イーゴリがサーシャの腕に触れた。


「顔はこの位置で」


イーゴリの手が、サーシャの頬にも触れる。


「重心をもう少し落として」


続いて、腰に。


集中していたのに、変にイーゴリを意識してしまう。

イーゴリに、他意がないのはわかっているのだが。


「その角度です。美しい」


イーゴリから美しいという言葉など、聞いたことがない。

剣のことになると言えるのかと思うと、剣への思いに呆れるというか、感嘆するというか。


さて、余計な考えは振り払い、今の型を体で覚えるべく、頭に叩きこむ。

ヴィクトルと違い、一度では覚えきれない。

今までもそうだったが、何度も教えてもらわなくては完成しないのだ。


剣を下ろし、もう一度、さっきの型を再現する。


覚えきれていない部分を、イーゴリが指摘し、覚え直して、の繰り返しだった。


だが苦痛ではない。


新しくできるのが楽しかったし、念願の戦力になれるという喜びも大きかった。

イーゴリも教えるのが嬉しいようだし、互いに、よかったのだ。


時間を忘れて稽古をし、休憩しようと思ったら、もう月がだいぶ移動していた。


「もう寝たほうがよくない?戻ろうよ」

「ナターシャが戻っていればいいのですが……」

「ナターシャがいなくても、大丈夫でしょ」

「姫さま。それはなりません。

いえ、私がやましい思いを持っているという意味では決してありません、

しかし、姫さまが男と二人きりで部屋に入るなどということは行ってはならぬのです。どこに人の目があるか、わかりませんので」

「……?」

「あらぬ誤解から、変な噂など流れでもしたら、アナスタシア様に申し訳が立ちませぬ」

「有名人のヴィーシャじゃあるまいし、誰も私のことなんかわかんないって。

噂なんか気にしなくても」

「一国の王女たるお方、おかしな噂が立っては将来に傷がつかぬとも限りませぬ、慎重になさらなくてはなりません」

「いや……大げさだろ……部下と同室だったくらいで、そんなに神経質にならなくても」

「私が汚名をかぶろうと一向に構いませぬが、姫さまにご迷惑はかけられません、

アナスタシア様は、決してアレクサンドル様以外の男性と二人きりになられることはありませんでした。噂とは、いつしか他人にとっての真実になることがあると仰せでした」

「もー……だから大げさだって……

じゃあ、ナターシャが戻ってなかったら、連れて帰ろう、時間的にもいいでしょ」


サーシャは呆れてため息をつき、ひとまず、部屋に戻ってみることにした。


一話完結のつもりでしたが長くなったので二話に分けます。

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