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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第四章 四人での旅
52/202

52.劣等感

ちょっと長めですが、一話完結、の感じにしてみました。


道中、ときどき、魔の者が出現する。


影のような姿で、黒いもののようだが、

黒いものとは違って人型を取っていたり、動物を模していたり、形態は様々で、人のように剣を使うものもいれば魔法で襲ってくるものもあり、動物のように襲ってくることもある。


魔の者が出ると、ここぞとばかりにイーゴリが前に出て退治する。

ヴァシリーサの国を出てからというもの、黒いものに対し、サーシャに任せるしかなかったのがかなり悔しかったのだ。


イーゴリを前にして、魔の者はあっという間に消えていく。


サーシャはともかく、ナターリヤもヴィクトルも、暇を持て余してしまうのだった。

ナターリヤは仕方がないので、イーゴリとサーシャの日課である剣の練習に付き合って一汗流す、

ヴィクトルは早くも寝転がりながら、感心してその様子を眺めるのだった。


ヴィクトルにとっては、戦場における野営の経験はあるが、

旅での野宿は初めてのことだった。

戦場では身の回りのことを心配する必要はないが、ここでは自分のことは自分でやらなければならない。

最初はやってもらうのが当たり前のような態度だったヴィクトルも、自ら準備に参加し出した。


もっともヴィクトルは飲み込みが異様に早いのだ、野宿にもすぐに慣れ、手際もあっという間にサーシャたちに追いついた。


サーシャは少し悔しく思う、

自分が苦労して苦労して、散々努力してやっとできるようになったことを、この兄は一瞬で習得してしまう。


羨ましかった。


評価も、期待も、憧れも、

この兄は全部もらうことができる。

人に苦労をかけず、自力で突破できる。

人を見抜く力があり、いつも、正しくあることができる。

その美貌で、誰も彼も虜にしてしまう。


自分がこうだったらいいのに、と昔から思っていたことを、全て持っているのだ。


飲み込みはよくなく、陰口を言われ、人に苦労をかけ、人のことも見抜けず……

甘えてしまうし、甘えたくなくても自力ではやっていけない。


いわゆる女性の可愛らしさというものがなく、立場のせいかもしれないが、噂であっても男性からそういう評価を受けたことはない。


黒いものの浄化以外、本当に、何もない人間だ。


イーゴリは国のトップクラスの一人、

ナターリヤも軍人としては何でも優秀にこなせる実力者。


ここにいる4人の中で、一番見劣りしてしまう気がした。


せめて、日々の錬磨で、実力は保っておこうと努めるのだがーー


この日はイーゴリに、いとも簡単に剣を跳ね飛ばされてしまった。


「集中力に欠けておられます。……何か迷っておいでですかな」


サーシャは、剣を失って手ぶらのまま、うつむいた。


注意まで散漫になってる。

こんなんじゃ……ほんとに、何の役にも立たねーじゃねーか!


「何でもない。剣を取ってくる」


サーシャはイーゴリに背を向けて、少し離れたところへ剣を取りに向かった。


涙が落ちる。


悔しくて。

自分が、情けなくて。


私には、何もないーー


剣を手に取って、そのまま、振りかぶる。


力任せに剣を振り下ろした、目の前の細い枝に、剣がめり込む、


だが、叩き切れない。


「うぐ……くっ!」

枝から無理矢理剣を引っこ抜いた。


「何でよ……何でこんなに、力がないの……」


涙が止まらなくなった、

その場に立ち尽くして、そして怒りに任せ、もっと細い枝目がけて剣を振り下ろす。


イーゴリは、自分の姿が見えているだろうに。


ーー泣いてんの、わかってんでしょ?

主君が泣いてるのに、なぜ慰めにこない?


普段ならば、泣いているのはほっといてもらってよかったのだが。


今は完全に、苛立ちと怒りにのまれていた。



ーーもういい。


私なんか。



さらに少し、奥に進んだ。


ざわざわと、木々が風に揺られて音を立てる。


……?


ふと、背後に何が感じて。


剣を構えて振り返った、


……来たはずの森の様子と、違う?


戻らないと!


来たはずの方向に向かって、走り出した、だがーー


開けていたはずの場所が、見えてこない。


目が届くところにいたはずのイーゴリの姿が、見えない。


「……冗談だろ」


辺りを見回す、少し走っただけだが、周りの景色が変化していないように思える。 


何かがいるのだろうか?


闇雲に歩き回るのはやめて、周りから何か感じるものはないか、神経を研ぎ澄ます、

黒いもののように分かるかどうかは、不明だが。


ーー視線?


感じた方向に目を向けるが、何もいる様子がない。


幻覚?術?

幻覚を破る魔法を起こしてみようとーー


「え?」


魔法が、発動しない……?


初歩の魔法を木に目がけてみるが、


何も出てこなかった。


旋律は?


こちらも、全く出てこない。


「……待ってよ、嘘でしょ……

魔法が使えないとか……」


いや、魔法が使えない空間にいるのかも、と思い直す。


ただ今は、どちらにしても魔法が使えない状況だった。


剣一本で、どうする?



…………

…………



サーシャは、両手で剣を持った。


静かに、構える。


足を動かして、重心を落とすように意識し、

あるべき角度に剣を向ける。


いつだったか、イーゴリが教えてくれた、型。


荒れていたとき、心を鎮める儀式だと言って、一連の型の流れを教授してくれたのだ。


攻撃のための技ではない、それよりも、忠実に繰り返し、美しく魅せることのほうが大事だと言われた。

いくら型通りに忠実にしても威力が伴わず苦しんだサーシャにとっては、

型通りに美しく再現するだけでいいこの儀式のようなものは、やっていて楽しいものだったのだ。


それ以来、何度となく、心が荒んだときにはこうして剣を振ってきた。


お守りのように。


最近は旋律と黒いものとでしばらく忘れていたが、


ふと、剣一本あると思ったら、これを思い出して、今やっている。



重心のかけ方。


剣の角度。


腕の伸ばし方。


肩の位置。


髪の流れる方向まで、意識する。



舞のようなもの。


意識すべきところを、細かく、細かく意識していく。


一連の型を、何度でも。


納得のいくまで、繰り返す。


* * *


何度も繰り返しているうちに、全ての型が、すっきりはまった感じがあり、


イーゴリが、完璧です、と言ってくれたような気がした、その時。


「姫さま」


近くで、いきなりイーゴリの声がした、


「えっ!?」


びっくりして、一歩飛び退いてしまった。


見ると、イーゴリが近くに立っていて、驚いたようにこちらを、見てくる。


「ひ……姫さま?そこに、いらっしゃったのですか」

「え?イーゴリこそ、いつの間に」


サーシャは剣を下ろして、辺りを見回した。


少し先には、野宿の準備をしている開けた場が見える。


後ろには、自分が叩き折った小枝がいくつもあった。


何だったんだろう?


「姫さま、どこにいらっしゃったのですか?確かにこの辺りに剣が飛んでいたと思いますが、

ふと、お姿を見失いまして」


「いや……ここにいたけど?

でもついさっきまで、様子が違った……」


「何と。……先ほど、剣を構えておられましたな?」


「うん。昔、貴方が教えてくれた型」


「……それは。

幻影を払い、真の姿を導く術。

もしや……術が発動したのか……」


「えっ?術?」


何が何だかわからない。


「サーシャ!イーゴリ!あんまり奥へ行くなよ!戻ってこい」


ヴィクトルの声が飛んできた。


「姫さま、戻りましょう」


イーゴリに促されて、キャンプの場所に戻る。


「この辺は迷いやすい。この辺りの伝承で、森の精霊が棲むと言われていてな、レーシィって呼んでるんだが。

術にかかったら森から出られなくなるらしいぞ。

まぁ、魔法が使える者なら祓えるがな」


ヴィクトルは何気なく話すが、サーシャは先ほどの異様な体験に納得がいった。


「イーゴリ。ちょっと」

イーゴリと、キャンプから少し離れる。


「……間違いない。私はさっき、その術に囚われたんだ。

見えるはずの貴方の姿も見えなかったし、視線を感じたのも、気のせいではなかったかもしれない」


「私も、急に姫さまのお姿が見えなくなりました。……そういうことと考えて間違いないでしょう。

それと、姫さま。姫さまのなさった型は……あれは、術を発動させることができるものなのです、ただし、ごく一部の剣士のみに」


「え?」


「剣舞奏、という術です」


「……知ってる。あの超マニア向けの。

って……え?

ええ?

あれ、剣舞奏なの!?

ていうか、私、それ、まさか」


サーシャの顔色が変わっている、ただし、喜色に。


「左様でございます。

姫さま、剣舞奏を発動させることが、できたのですよ」


「嘘。……うそ……」


「やりましたな、姫さま」


サーシャは、体中が震えるのを抑えられなかった、

また涙が落ちてくる。

だが、笑みもまた、こぼれて止まらない。


イーゴリが珍しく、笑顔でサーシャを見てくれる、

よほど嬉しくなければ笑わないのがイーゴリなのだ。


「ま、待って、待って、

幻覚かも。気のせいだったりして」


「ならばもう一度、試されますか」


イーゴリが、魔法でサーシャの前に幻影を作り出した。


サーシャは同じように、剣を構え、型をとるべく動く。


一度目、集中できていなかったのだろう、発動しなかった。

さっきは何回繰り返したかも覚えていない、そのくらい集中すればできるはずだ、

さっきのことが現実ならば。


幻影よりも、自分の体に集中する。

力のかけ方や角度、筋肉の使い方。


「姫さま……姫さま。ご覧あれ」


イーゴリに声をかけられて、ふと気づくと、幻影は消えていた。


「発動しております。間違いございませぬ」

「あれっ、いつの間に」


拍子抜けしてしまった、術の発動の瞬間がよくわからなかったのだ。


「積み重ねればわかるようになります。

……おめでとうございます」


サーシャは剣を下ろした。


「できたんだ?私……

……嘘だ……ほんとに……」


手から力が抜け、剣が手から滑り落ちた。


それにも構わず、イーゴリの両腕を、無意識に掴んでいた。


「イーゴリ……やったよ、できた、

信じらんない……!」


イーゴリが、サーシャの腕をそっと握り返してくれる。


「姫さまも、これで剣舞奏の使い手です。

……ナターシャやヴィクトル殿下にも、できぬことです」


「やばい、やばいやばい私、

……嬉しい」

イーゴリに、思わず、体ごとぶつかった。

イーゴリが、肩に手をかけ、軽く抱き寄せてくれる。


「一度発動にこぎつければ、あとはそれほど発動に時間はかかりませぬ、

そして技を高める方法はいくらでもございます。ともに高めて参りましょう」


「うん……うん、これでやっと、私も戦える……やっと……」


イーゴリの胸に顔を埋めたまま、また、泣いてしまう。


戦力になれず、手加減され、陰口を言われ、何度悔しい思いをしただろう。

今やっと。

望んで望んで仕方がなかった戦力になる可能性が見えたのだ。


いい加減、この人の前で泣きたくないのに。

子どもみたいで。


イーゴリの、一緒にやろうという言葉もまた、嬉しくて仕方がなかった。


「剣舞奏は、魔力も身分も血筋も問わぬ、己の鍛錬のみが尊重される流派です。

嬉しゅうございます、姫さまと、立場を超えて同志となれる気がしまして。

……不届きなことを申し上げておりますこと、どうかお許しを」


「不届きって何だよ、ずっと、立場なんか取っ払って欲しいって言ってるじゃん……

何がお許しをだよ、この頑固者、分からずや。

私の言うこと、全然わかってないんじゃん」

「……申し訳ございませぬ」


サーシャは顔を離して、顔をこする、一息ついた。


「まぁ、貴方はそういう人。分かってたよ。

要するに喜んでくれてるんだよね?いいよ、それで」


イーゴリなりの、喜びの表現なのだ、

立場を超えてという言葉が出るほど、嬉しいということだ。


サーシャの要望より、サーシャが主君であるという枠組みが優先されて、

立場を超えていいという発想が出てこないのだ、

謝ってはいるが、何に謝っているか、本人はわかっていないのがサーシャにはよくわかった。


サーシャは、イーゴリから離れて、イーゴリに背を向けた。


「……あー、そうだ。私、なんか魔法が使えなくなっちゃった。

魔法が使えたら祓えるってヴィーシャが言ってたよね?

魔法が出なかったんだよ、私」


「なんと……」

「旋律もほら、この通り。

術ができなかったらほんとに何もできない出涸らし王女に戻るところだった」


「黒いものを取り込む力があるではありませんか」

「あれは……最後の最後にしか使えないでしょ。戦力とは言わない」

「姫さま、なにも、戦力になられずとも、私どもがお守りするのです、そこまでお気になさいますな。

姫さまの努力は、この私が誰よりも存じております。己を高めることを諦めず、努力なさるお方だからこそ、私もお守りしたいと思ってきたのです」


「私は……嫌なの、黙って見てるのが。

自分でできるなら、守られる場所にじっとしていたくなんかない。

……だから、早めに剣舞奏の型を教えてほしい」

「……姫さまらしいと申しましょうか、そうおっしゃるだろうと思っておりました。本日から早速伝授いたします」


サーシャは、ふと心が緩むのを感じた、

イーゴリはイーゴリで、自分のことをちゃんとわかっている、と。


自分の言いそうなことをわかっていてくれるのが、嬉しかった。


「大将!こいつを捌くから手伝ってよ!」


ナターリヤの声が飛んでくる、今夜の食事を獲ってきたようだ。


「私もやるよ、ナターシャ!」


サーシャは、剣を拾ってキャンプの方へ向かって歩き出した。

イーゴリも後に続いた。


寒い。

冬眠したい。

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