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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
49/201

49.発つまでの義理


イーゴリとナターリヤはそれぞれ部屋でシャワーを浴び、汗を流して着替えを済ませた。

サーシャは今は父王の部屋で過ごしているとメイドから言伝があり、

イーゴリは自室で一休みすると言った。


ナターリヤはーー

レオニードに、部屋に来てくれと言われていた、明日は出立だし、時間が許す限り共に過ごしたいのだろう。


あの男は、自分の戦いを見て何を思っただろう?

イーゴリは、イヴァンの国の兵士たちには出さなかった大技を、自分のときに初めて出した。


イヴァンの軍隊には、それを出さずとも勝てるというわけだ。

まず戦うことはないが。


ーーもし私がイヴァンの軍隊を相手にするとしたら?


多分、何とかなってしまう。


自惚れではなくそう感じてしまうのだ、

つまり、イヴァンの軍隊の立て直しには、少なくとも自分と互角にはなってもらわなければ、話にならないのである。


これまでヴィクトル任せにしてきたことも、あるのだろう。


持ち上げるばかりで、自らを高めるという意識に欠けていたのだろう。


むしろ、自力で戦いたいと願った女性たちの方が、向上心が高かったと感じる。


レオニードには、軍事力についての危機感を持っていてほしい。

あの男ならばやってくれる、それは感じているから。


武人同士としての話もしたくて、レオニードの部屋に向かっていた。


すると途中で、


窓際に腕を組んでもたれかかっていた、

ヴィクトルが目に入る。


ヴィクトルがナターリヤに気付いた。


「見てたぞ」

「はい?」

「兄妹対決」

「そうだったんすか」


ナターリヤは、ヴィクトルの前で止まった。


「あの修行バカもそうだが、お前も大概だな?

剣舞奏に隙を見出すとは」

「どうも。貴方は、剣舞奏、できるのか?」

「まさかだろ、知ってるがあんなもん、おいそれとできるもんか」

「まぁ……だよね」

「それより」


ヴィクトルがナターリヤに一歩近づく、


「俺の技を盗んだな?」

「人聞きの悪い、参考にしたと言ってよ」

「フン、そうとも言う。

……見事だった」


ヴィクトルは、ナターリヤの顎に指先をかけてきた。


「何の真似?殿下」

「別に。褒めてるだけだ」

「手慣れてますね?」


ーー顎クイとか本気でやってんのかこの王子。

別に、て、どこのツンデレだよ。


見事なまでにその所作が堂に入っているのが、何となくイラついた。


女に慣れていない男がこんなことをしても滑稽なだけだ。

何か女性の憧れのシチュエーションとか吹き込まれてやってきた奴もいたが、まったく様になっていなかった。

だがこの王子がやると何とも自然で画になっている、

但しイケメンに限るどころではない美貌に目を合わせられ顎クイとくれば、これはほぼ女は陥ちるだろう。


……生憎私はそんなものに引っかかるほどピュアじゃないが。


こいつは、どう見ても反応見て面白がろうとしてるだけだ。


マジもんの女たらしだ。


あえて、この麗しい王子の目を真っ直ぐ見つめ返してやった。


普通の女なら、あまりの美貌にまともに目を合わせていられないだろう。

下手をすると失神するものもいるかもしれない。


さあ、この女たらし王子は、どんな反応を示す?



そのとき、ヴィクトルの視線が僅かに自分の後方に逸れたのを、ナターリヤは見逃さなかった。


顎からヴィクトルの指を振り払って、振り返ると。


レオニードが、通りかかったのか、そこにいた。

許されないはずなのだが、主君であるヴィクトルを見る目に、僅かにだが対立心が宿っている。


「レオニード。見ていたぞ。

イーゴリにだいぶ善戦していたな?

俺がいない間、父上のことはお前に任せた」


「はっ、ありがたきお言葉。

陛下はこの命に替えましても、何度でもお守りいたします」


「だがまだまだ、強くなってもらわねばな。

この国のトップのお前が、この近衛隊長に及ばんようでは、笑い者になるのでな」


ヴィクトルの手が、ナターリヤの肩に周る。


一瞬、レオニードの眼光が鋭くなり、

レオニードは目を伏せてそれを隠そうとした。


「……お前が食ったのは、あの男だったか」


ヴィクトルが、唇が触れそうなくらいにナターリヤに近づいて、耳元で囁いた。


ナターリヤは、ヴィクトルの胸部に手を当てーー


ヴィクトルを押し離す、


「……出立までは、義理は果たしたいんでね」


小声で言うと、踵を返して、レオニードに歩み寄った。


「じゃあ後で、殿下」

「おう」

「失礼いたします、殿下」


レオニードは一礼して、先に歩き出したナターリヤに急いで追いついていく、


追いついて、ナターリヤの背に腕を回したのは、意図的だろう。


ヴィクトルは、笑みを浮かべて二人の背を見送るのだった。


* * *


部屋に入っても、レオニードは無言のまま、紅茶の準備をしていた。


疲れているナターリヤは、ソファーに寝そべっている、夕食時まで一眠りしようかとも思っていた。


レオニードが紅茶をテーブルに置いてくれる。

ナターリヤは体を起こして、紅茶を口にした。


レオニードは、ナターリヤに体をくっつけるようにして座り、紅茶に手をつける。


「……嬉しかった」


レオニードが、呟くように言った。


「殿下より、俺の方に来てくれて」

「だから今だけだって」

「それでも」

「あの王子は何のつもりなんだ、まぁちょっかい出してみたかっただけだろうけど」

「殿下になびかない女性はいないと言われてる。

きみが初めてじゃないか?殿下の手をよけたのは」

「いちいちやることがキザなんだよ、天然なんだろうが癪に触る」


レオニードは、カップを皿に置く、

ナターリヤの腰に腕を回して、もたれかかってきた。


「……ありがとう」

「何が」

「……俺の実力じゃ、全くきみには釣り合わないのがよくわかった。

だけどこうして俺のところにいてくれる」

「今だけはお前の女でいると了承しただろ。

私は言ったことには責任を持つ」

「……俺は……いや、軍隊全員が、いつの間にか忘れていたんだ、上には上がいて、強くなる余地がまだまだあることを。

ヴィクトル殿下が飛び抜けてお強いのは、イヴァンの末裔だからで、王家でないものがあそこまで到達できるわけがないと思い込んでいた。


だがきみと閣下を見て……自分を高めないとと危機感を持ったよ、ありえないが、きみの国と戦争になったらうちはひとたまりもない、あれでは殿下と陛下がいらっしゃっても敵わない」


ナターリヤは、目を閉じて微笑んだ、

よかった、この男はわかってくれた。


「閣下もきみも、だからあそこまで実力を見せてくれたんだろ?

……感謝している、本当に」


ナターリヤは、肩にもたれかかっているレオニードの頭を抱き、ついでに額に唇を触れさせた。


「さすが、将軍。

体張った甲斐があったぜ」


多分、イーゴリは訓練したかっただけだと思うが。

ナターリヤの意図は、その通りだ。


「そこまでわかってくれる男だと思ってたよ。だからお前のこと、受け入れたんだ」

「ナターシャ……」

「言っとくけど男は選んでるぜ?そんなに誰彼構わずするもんか」

「そんなことは思ってない。

……もし次会えることがあったら……そのときは、きみと対等に戦えるようになっておく」

「いい嫁見つけて子どもも作っとけよ」

「それは……約束できない」

「なんでだよ、それが一番お前のためだから言ってる」

「俺のため?今愛してるのがきみなのに、そんなこと考えられない」

「バカか、お前は。……本当に」


レオニードが唇を塞いでくる。

ナターリヤも、レオニードに応えた。


レオニードがナターリヤの隣から正面に回り込み、ナターリヤをソファーに押し付けるようにして接吻を繰り返す、


ナターリヤはーー

レオニードのなすがままに、身を任せている。


……愛してっていうより、単に楽しむためだったから。


純粋に愛されているのは、今が初めてかもしれない。


悪くはない、が、多分、期間限定だからいいのだ。


今後も続くと思うと、早くも飽きてしまいそうだ。


恋愛とかそういったものは息抜きであって、


本命は、あくまでサーシャなのだ。


ーーこの男にこれほど情熱を傾けられながら、頭の中ではそんなことが冷静に浮かんでいるーー



唇を離したレオニードが、覆いかぶさって抱き締めてくる、


今だけは、応えてやろう、


ナターリヤもレオニードの背に、腕を回して抱き締めた。


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