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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
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48.兄妹対決


結局イヴァン軍全員を相手にしきったイーゴリは、ファイーナたちと見物していたナターリヤに顔を向けた。


「ナターシャ。お前が最後だ、来い」


それを聞いたナターリヤは、腕組みを外した。


女性たちばかりか、打ち負かされて座り込んでいる兵士たちからも、ざわつきが起こる。


「マジかよ、私もか」


ナターリヤは、やれやれといった様子で愛用の大剣の柄に手をかけながら兄の方へ近づく、

だがその顔には笑みが浮かんでいる。


「私も何だかんだで、訓練バカなんだよな。

行きますよ、大将」


ナターリヤは剣を抜き、悠然と構えた。


普通の勝負なら勝てるとは思えない、だが、イーゴリは一軍全員相手にした後である、疲労は溜まっているはずだ。

とは言っても、ナターリヤに仕掛けてくる以上、打ち負かすつもりでいるだろう、

疲労が足を引っ張ると考えていては負ける、それがイーゴリという武人だ。


10年以上教わり、面倒を見てもらったのだ、よく分かっている。


「はあ!」

「おう!」


勢いよく、剣が交わる。


どちらも鮮やかな身のこなしだ。


イーゴリの剣は相変わらず重い、それでも、以前よりは耐えられるようになっていると感じる。

筋肉質で大柄な体躯から繰り出される剣は、下手をすると相手の剣を叩き折ってしまうほどだ、

なのに俊敏性もあり、重い剣が速さを伴うと、破壊力も増す。


ナターリヤは、剣をゆるく握り、イーゴリの太刀筋に合わせて受け止める、

できる限り、受ける力を受け流すのだ。


レオニードも名士だから、そうやって受けていたが、大半の兵士はまずイーゴリの速さと重さについていけていなかった。


時折、感嘆の声や、驚く声などが見物しているものたちの間から上がる。


「魔法はありか?大将」

「構わん!」


魔法まで交えて、この兄がどこまでやってくるか、見てみたい。


剣に力をまとわせ、周囲の者たちに言う、


「もうちょっと離れてろ!

あと、結界を張っておけ」


副将やレオニードが結界を張るのを確認し、剣に力を込めた。


自分も、この城の者たちに全力を見せるつもりだ。


この国を担う者たちに、ここまで強くなれるということを見せておきたい。


レオニードならば、わかってくれるはずだ、強くなってくれるはずだ、

そして、皆を引き上げてくれるはずだ。


ナターリヤは、光の球を自分の周辺にいくつか浮かべる、

球から、矢のように鋭い光が飛び出し、イーゴリに向かった。

時間差で光が飛び出し、幾つもの光の線がイーゴリの周りを飛び交う。


光の先端がイーゴリに向かったところを、イーゴリが剣で払い退けた。

同時に、何本も。

時間差で向かってきたのも。


イーゴリの周りで舞う光の線は、軌跡を残したまま消えない、

イーゴリは一見、光の檻の中に囚われているようである。

何度でも襲ってくる光の先端を、いつまで捌き切れるか?


ナターリヤも、自らの周りに光の檻を作り出し、

光とともにイーゴリに斬りかかろうとした、


と、

イーゴリの檻が砕け散る。


イーゴリの前に、魔法陣というのが当てはまるだろうか、文様が浮き上がり、

そこから衝撃が発されーー


ナターリヤの光は、完全にかき消された。


何をやったかはわかっている、

光の檻の中で、光の線をさばきながら、剣の構えの型を組み合わせて、術を発動させたのだ。


ーー剣舞奏(けんぶそう)


世界中でも一握りの剣士しか習得できないと言われている、高度な術だ。


この流派の特定の構えを組み合わせると、術が発動する。

何種類もの構える型があり、組み合わせは幾通りにもなる。


魔力の有無も大小も、魔術の知識も関係ない、剣一本と身一つで、型を習得すればするほど多種多様の術が発動できるようになるのだ。


ナターリヤも教わったことはあるのだが、習得には未だ至っていない。

日々の業務をこなしながらの片手間では、十分な時間も取れないし、難しかったのだ。


というのは、これはひたすら根気を必要とする術。

型をそのままなぞっても、発動しない。

何か月も、人によっては何年もかけて、初めての発動にこぎつけるのだ。

元は、剣の修行が高じて術が発動するに至ったのが源流で、

要するに突き詰めた者の副産物である、そこまで時間をかけなければできないのだ。


暇さえあれば剣を握っていたイーゴリだから、術の発動にまで行き着けたのだろう。


研ぎ澄まされた精神と美しい剣筋が織り成す、

人間離れした技、

普通の魔法や剣、術などは、この術の前にかき消されてしまうのだ。


そしてその威力はーー


次の型を構えていく、

別の文様が浮かび上がってきた。


そりゃ、まずいだろうよ。

てかここでそんな大技、ありかよ!?


ナターリヤは内心悪態をつく。


さっきの魔法で結構な気力を使ったというのに。


文様から術が飛び出す、ナターリヤが放った光の線に似ているがーー


「くっそ!なんてぇ厄介な奴!」


飛んでくる光に、剣とか鎌そのもののように、刃がついているのをナターリヤは見逃さなかった。


必死で払い続けるが、捌き切れない、防御魔法をまとっているため深くはないが、体のそこかしこに切り傷ができる。

ナターリヤの魔法と違い、幸いというべきか、光の刃は一度剣を交えたら消えていった。

次の術が繰り出される前に、何とかしなければ、いよいよやばそうだ。


回復魔法をかける時間も惜しかった、


魔法で移動速度を上昇させ、イーゴリに一気に距離を詰める、


ーーヴィクトルがやったように。


術の発動を妨害すべく、イーゴリが型を取るのを切りかかって防ぐのだ。


速度が上がっているから俊敏性も上がっている、その状態でイーゴリと剣を交え、あるべき型に構えようとする剣を押しとどめる。


イーゴリに力技が通用するわけがないのはわかっている、下手したら自分の剣が歪んでしまいそうだ、

すぐに飛び退いて再び斬りかかる。


イーゴリの表情が一瞬歪んだ、その隙に、


両手で握っていた剣を片手に持ちかえ、同時に空いた手に、全力で魔法を集中させる、


ヴィクトルと同じ技が通用するか?


賭けだったが、少しでも、驚きでも感心でも何でもいい、心の揺れが生じるならば、つけ込む隙は皆無ではない、と狙っていた。


妹であり弟子である自分だから、可能性のある攻め方だ。


剣を握っている手にも、ありったけの集中力と魔法をかけ、

片手でイーゴリの重量級の剣に対峙する、魔力も気力も、限界のところまで。


そしてーー


一瞬のイーゴリの怯みを見逃さず、魔法ごと、イーゴリの懐に飛びこんだ。



光が炸裂し。


衝撃波が一帯を襲う。



光が収まり、周りの者たちがようやく視力を取り戻したとき、

光の中心があったところに、膝をつくイーゴリと、倒れているナターリヤの姿があった。


* * *


レオニードは、真っ先にナターリヤに向かって駆けた、


「ナターシャ!ナターシャ、大丈夫か!」


抱き起こそうと地に膝をついたところで。


「あー、きっつかったー……

大将、マジで容赦ない」


ナターリヤは仰向けに倒れたまま、笑みを浮かべて言った。


その顔にも、体のあちこちにも、切り傷が見え服に血が滲んでいる。

レオニードはナターリヤに急いで回復魔法をかけた。


「ナターリヤ様!ご無事ですか」

「姐さん!大丈夫すか!」


ファイーナたちや、指導した兵士たちも、心配して駆けつけてくる。


「あー、大丈夫、大丈夫。久しぶりだけど慣れてっから」


ナターリヤはまだ仰向けのまま、手をひらひらと振った。


「ナターシャ」

心配で仕方がないというような顔のレオニードが、手を差し伸べてくる。

皆の前だし、断るのもなんだから、と思い、レオニードの手を取って体を起こした。


レオニードが、しなくてもいいのに肩まで支えて起こしてくれる、

そしてそのまま肩を抱いているから、誰の目にも気があるのが分かるじゃねーかと内心思う。

自分は別に、関係がバレても問題ないのだが。


「あっ、役得じゃないですか、閣下!」

「さすが将軍、良いとこ見せますね」


そりゃそうだ、あからさまだもん、とナターリヤは思う。


「ばっ、馬鹿か、これはその、我々の恩人を介抱して差し上げるのは当然だろ!」


からかわれ慣れていないのだろう、レオニードはナターリヤから離れて立ち上がり、顔を赤くして部下たちに言い返している。


「大将、大丈夫かな?」

周りを心配する者たちで囲まれてしまって、イーゴリの様子が確認できなかった。


ふと、人垣の端が崩れ、その先からイーゴリの姿が見えてきた。


自分はまだ立ちたくないのに、この兄はもう立ち上がって歩いている、

なんという底力だろう?


イーゴリが、ナターリヤの前までやってきた。


「ナターシャ。……俺の負けだ」

「はあ?」


意味がわからず、まだ座り込んだまま、兄を見上げた。


「魔力も精神力も、国にいたときより格段に上がったな。

ヴィクトル殿下の技まで再現してみせるとは、見事なものだった。

俺に膝をつかせたのは初めてだったな」


「いや……負けって、一軍相手にした後でんなこと言われても、意味ねーし。

マジでどんだけ強いんすか、大将」


「いや……俺も、限界だ」


イーゴリは、ナターリヤの前に腰を下ろし、剣を地に突き刺して、体をもたせかけた。


剣舞奏ーーそこはかとなく厨二感!でもこれで押し通す(〃ω〃)

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