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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
45/201

45.気づいたときには


城の中庭に、城のもの全員が集まった。


これから、勝利を祝うパーティーが開かれる。


食事は簡素ではあるが、籠城時よりは幾分種類も増え、酒も追加されている、粗食に耐えてきた者たちにとっては非常に嬉しいことであった。

酔っ払って女性にちょっかい出すことだけはならないと厳しく通達された。


今回は、何と女性は使用人も侍女もパーティーに参加するように国王から言われた、

メイドの役目は、男性の使用人と、志願した兵士たちが担う。

カップリングも目論んでのことだった。


国王が全員を(ねぎら)い、

レオニードの将軍昇格以下、大きな決定事項について表明する。

そしてパーティーが始まった。


レオニードは、部下からも貴族の若い女性からも、すっかり囲まれてしまった。

将軍となり、顔もいいし、モテて当然ではある。


イーゴリに近づきたい女性もいるようだったが……

イーゴリはいつものようにサーシャにつきっきりだった、女性が入り込む隙間はなかった。

サーシャに近づける男性は、身内のほかにはいない。

だが、サーシャに旋律の指導で感謝する女性は多かった、救世主のように崇めるので、サーシャは困って父王のところへイーゴリと逃げてきた。


ヴィクトルは、この場に残った国民を労う役を買って出ている。

この神に愛された容姿の王子に、女性の誰もが頬を染めて視線を向けるが、

さすがに王妃に名乗り出る度胸のある女性はいない。

ヴィクトルの意中の相手は、今のところいないようである。


ナターリヤはーー


男に囲まれている、といっても、姉のように慕う男性兵士ばかりだ。

女性にどうやって気に入られたらいいか?という男たちに、女心の扱いについて語っているところである。

この国にとどまるわけではないナターリヤにはぴったりの役割だった。


子を増やすのなら、国王も再婚ーー結婚制度から言えば正確には初婚だがーーすればいいのにという声もちらほら聞こえるのだが、

アレクサンドルは、アナスタシア以外は考えられぬ、ときっぱり言っていた。

サーシャもヴィクトルも、何年か後で落ち着いたら、側にいてくれる人を見つけてもいい、と父王に伝えたのだが、もう生涯その気はない、と父は言った。


その父王は少し離れたところで、イーゴリと語り合っている。

娘を護衛する一番の部下として、話しておきたいこともいろいろあるのだろう。

その間、サーシャの側にはヴィクトルがついた。


ヴィクトルから、ルフィーナの最期について聞いた。

旋律ともサーシャのの能力とも違うのに黒いもののを消すことができたのは、

ルフィーナの真の望みを叶えたことにあるんだろう、とサーシャは推測した。


そういえばーー


「ヴィーシャ、マザコンってマジ?」

「おう、俺は年上で強くて包容力のある女が好みだ」

「ええ、意外。ってかそんなに堂々と言われると逆にカッコいいな。

でもさ……この国にそういうタイプ、いなくね?」

「それが問題なんだ。お前たちに同行してればそういう機会も期待できるだろ」

「何でアンタの嫁探しに付き合わなきゃいけねーんだ」

「お前こそ婿探ししなきゃならんだろ?

あ、でも、お前は無理だ、イーゴリがべったりだから、男が近づけねぇ。

てかイーゴリを婿にしちまえよ、それが一番ピッタリだぜ」

「えー……イーゴリ?」


いまいち、ピンとこない。


ずっと一緒にいすぎて、居心地は確かに一番いいけど、


恋ってときめくものじゃない?

イーゴリは、そういうのとは違うし。


「お前らの間に他の男が入る隙間なんざねーよ、な?

つまらん男かもしれんがお前にはそういう方がいいんじゃね?

兄的にはあの男なら安心して妹をやれるな」


「そう見えるの?」

「見える」

「でも……」

「何が不満なんだ」

「いや、不満とかじゃなくて。

確かに私に全て預けてくれて、私も全て預けてるようなもんだけど。

……そういうの、よくわかんない、いきなり結婚とか……言われても」

「じゃあイーゴリが他の女と結婚するとかなったらどうするんだ」

「え、それは……」

急に、動揺がきた。


イーゴリが、ほかの女性と?

嫌だ。

嫌だけど……


「私、独占欲強いから、

イーゴリを自分のものにしときたいだけだよ」

「だったら唾つけとけよ、つまらん男だがステータスも見た目もいいから、いつよその女に狙われるかわからんぞ」

「つまらん男とかいうのやめてよ」

「ほら、お前もいい男だと思ってんだろ?何なら俺が言ってやる」

「ま……待って、ちょっと待って」


サーシャは混乱しそうな頭を必死で保とうとする、


「イーゴリに余計なこと言わないで。

あの人……女嫌いだし、そういうの、興味ないからさ……」

「父上が命令すりゃ断れないだろ」

「だめ、あの人に、命令でなんて押し付けたくない……

私、あの人に苦労かけ通しだったのに……」

「でも独占はしたいんだろ」

「そうだけど、でもそれって、そういう意味じゃないと思う」

「じゃあどういう意味なんだよ」

「……んなこと言われても……」


サーシャは、まともに思考することができなくなった気がしていた。


「……断られたら、そこで全部終わっちゃう」


ふとそう呟いて、

気がついた、


私、イーゴリのこと、好きなの?


やばい。


私はもう、完全にイーゴリに心を預けてしまってる。


引き返せない。


「ヴィーシャの馬鹿……

気づかなければ、楽だったのに……」


急に、涙がこぼれてきた。


「サーシャ」


ヴィクトルは素早く、サーシャを抱き寄せて自分の体で隠した。


「……悪かった。少し、涼もう」


そっとパーティー会場から抜け、城内に入った。


「……部屋に、戻る」


ヴィクトルはサーシャの肩を抱いて、一緒に来てくれる。

部屋に入るとき、サーシャは泣きながら、念を押した、

「イーゴリには、言わないでよ?」

「わかってる」


ベッドに上がって、しばらく泣き続けた、

なぜ泣いてしまうのかもわからないまま。


…………

…………


ノックの音。


返事をしないのに、扉が開く。


「姫さま」


サーシャの背に、イーゴリの声が届いた。


「いかがなされました」


サーシャは……首を振る。

どうしたもこうしたも、自分でもわからないのだ、答えようがない。


「ヴィクトル殿下に、お加減がよろしくないと伺いましたが」


「……一人にして」


「……かしこまりました。では隣におりますから、いつでもお呼びください」


イーゴリは、そっと出ていった。



……イーゴリの馬鹿。


ヴィクトルが気を利かせてイーゴリを寄越したに違いない、

だが、イーゴリは、側についていて欲しいなどという隠れた本音は読み取れないのだ。


イーゴリを責めることじゃないのに。

なのに、自分の言葉通りにしかしてくれないイーゴリに、腹が立ってしょうがない。


ーー私が、王女だから。

王女だから、大切にしてるだけでしょ?

女として、大切にしてるわけじゃないんでしょ?


そう思えてくると、悔しくて、立場に腹が立って、……

どうしようもない感情が、暴れ出す。


前も感じたことがあった、王女だから、敬語を取ってくれなくて、残念に思ったこと。


王女と家臣という間柄を、イーゴリからどうしても取り払えない。


王女じゃなかったら。

いや、王女でなければ、イーゴリの視界にも入らないだろう。


王女という立場を取ったら、自分など、その程度なのだーー


たまらなくなって、ベッドから降り、扉を開ける。


イーゴリは、部屋のソファーにいた。

立ち上がろうとするのを妨げて、イーゴリに体を寄せて座る、


「嘘。側にいてほしいの」


イーゴリの腕にしがみついた。


「迷惑をかける。ごめんなさい。

でもしばらくこうさせて」


イーゴリを命令で縛りたくなどなかった。

でも、混乱していて、半ば衝動的になっている、先に謝っておくのが精一杯だった。


「構いませぬ、姫さま」


「何で、出てったの」

「お一人になりたいのではありませんでしたか」

「違う……あれは……」

「そう言ってくだされば」

「分かってない」


イーゴリが、明らかに困っている。

「……違うの。ごめんなさい、私も何言ってるか分からない」

「まだ、完全に回復しきれていないのでは」

「うん……うん、そうかも、そういうことにしといて」


今なら、黒いものを大量に取り込んだせいにできる。


イーゴリにひっついて、溢れるままに涙を流した。


「ごめんね。貴方に当たる」

「お気になさらず。何なりと」

「こういう女は嫌いでしょ?私、分かってるんだから」

「姫さまは別です」

「私が王女だから、受け入れてくれるんでしょ?お母さまの命で私を守ることになったから」

「仮に不服ならば、アナスタシア様のご命令と言えどお受けしておりません」

「でも……やっぱり、王女だから、側にいてくれるんでしょ?私が王女じゃなかったら」

「ただ王女だからというだけではありません、

姫さまであらせられるから、です。

……姫さまというお方が王女の座におられるからであって、

単に王女という立場に対して命をかけようとしているわけではありません、説明が難しいのですが……」

「…………」

「…………」

「うん、ごめん、私も今ちょっと混乱してきた」


「難しく考えなされますな」

「貴方が難しくしたの」


ひと息、ついた。

イーゴリがややこしいことを言うから、我に返った気がする。


「ごめん、イーゴリ。なんか頭回り出した」

「そうですか」

「私、うっとうしかったでしょ」

「構いませぬ」

「パーティーに、戻る?」

「……姫さまがお望みならば」

「ううん、別に。もう、いい時間だったし」


イーゴリを見て、ふと思った、

今まで混乱してたから気づかなかったけれど……


イーゴリが、元気がない?


「……どうしたの、イーゴリ?」

「なんでもございませぬ。私も多少、疲れが溜まっていたのかもしれません」

「……もう、休もう?」


調子狂う。


サーシャの戸惑いをよそに、イーゴリはソファーを立つ、サーシャも一緒に立ち上がった。


「では……失礼いたします、姫さま。

もし何かございましたら、遠慮なくお呼びください」


イーゴリは礼儀正しく一礼すると、

割り当てられていた部屋へ入っていった。


サーシャは、部屋に飾ってある母の肖像画を見上げる。


ーーお母さま。

どうしよう。

どうすればいいわからない。

あの男は、立場を超えては絶対にこない。


お母さまはなぜ、あの男を私につけたの?


母のすることには、何が理由があったはずなのだ。

優秀な女性の教育者は、国にたくさんいたのに。

イーゴリをつけたことには、何か母の意図があったのは間違いないと思う。


ふと、はめている指輪ーーヴァシリーサの指輪の、対になるものーーに目がいって、


指輪の石が、淡く光っているように見えた。


なに、これ?


光はすぐに消えた。

見間違い、か?


……疲れた。

気分が乱降下して。

私も休もう。


…………

…………


目の前に光。

その後ろには……アナスタシア様?


イーゴリは目を開けた。


……夢か。


いや、どこかで見たような……

気のせいか。


サーシャもどこかおかしかったが、自分もなんだかおかしい気がする。


受けていないはずだが、黒いものの影響だろうか?


アナスタシア様が出陣される前、何か、お話に来られたような気がどうもする、

何か……とても重要なこと……


どうしても思い出せない。

その前後のことは、はっきりと覚えているのに。


あの光が、関係あるような気がするのだが。


いくら考えても、それ以上進まなかった。


イーゴリは寝返りをうち、寝苦しい夜を過ごすのだった。


* * *


パーティーがそろそろお開きになろうとしている頃。


適度に飲んだし、楽しんだし、そろそろ部屋に帰ろうか、とナターリヤは考えていた。


「ナターリヤ殿」


レオニードが、ワインの瓶を一本持って、ナターリヤに駆け寄ってくる。


「レオニード。今日はモテてたな?さすが将軍様」

「よしてくれ、貴殿にまだ教わってる、将軍なんて名ばかりだ。

もう、だいぶ酔ったか?」

「いや、酔うほどじゃない」

「……よかったら一緒に飲まないか?俺、挨拶ばかりでほとんど飲めてなくてさ」

「うん?いいよ」

レオニードの顔が明るくなる。

「……貴殿には、礼を言いたいことがたくさんある。……俺の部屋に来ないか、その、静かに飲みたいと思って」

「ああ、それもいいな」

「じゃあ。……こっちだ」


ナターリヤは、レオニードに続いて歩き出した。


ようやく恋愛要素投入。

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