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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
44/201

44.黒いものの先で


ヴィクトルとナターリヤの前に現れたのは、確かにヤン将軍の令嬢、ルフィーナだった。

ナターリヤもこの令嬢については聞いている、没したはずの屋敷から、生き残っていた?


「ヴィクトル様……怖かったですわ……」

「生きて……いたのか?」

「殿下。気をつけて、黒いものは人型を取れるぞ」

ナターリヤは、ヴィクトルにささやいた。

「サーシャなら生きているかどうか見分けられるけどな」

「気をつけるさ……なんせ俺が振ったんだからな」

ルフィーナが近づいてくる。


「そこで止まれ、ルフィーナ」

ヴィクトルが牽制した。


「ヴィクトル様。

アレクサンドラ王女様のようなれば、貴方様にお近づきになれると仰せでしたよね?

わたくし、力を手に入れましたの……ほら」


ルフィーナからーー黒いものが吹き出した。


「何っ!?」

ヴィクトルの顔色が変わった。

ナターリヤが、ヴィクトルの前に出る、

サーシャたちから、ミロスラフの実家でのことを聞いていた、ヴィクトルほどの驚愕はない。


「お父さま、あの王女様に殺されておしまいになったんですってね?

なんて酷い方なんでしょう、わたくし、仇を討って差し上げたくて」


「陛下に逆らったのは貴様の父だろ、

誰だ、貴様にそれを伝えたのは」

ナターリヤが、ヴィクトルの代わりに聞く。


「この黒いものが教えてくださいましたわ……

わたくしがこれをまとうならば、わたくしの願いを聞いてくださると。

わたくしの願いは……


ヴィクトル様、貴方様を道連れにすることーー


うふふふ、

ご一緒に来ていただきますわ、

手に入れたかったんですの、この世界で最も麗しい王子様」


ルフィーナの身を囲む黒いものから、触手が飛び出してくる。


「殿下。お任せを」

ナターリヤが、剣に旋律をまとわせ、飛んでくる触手を切り払っていった。


鮮やかな剣技。

ヴィクトルも引けを取るわけにはいかない、

旋律を剣にまとわせる。


「殿下、大将か副将誰かに知らせろ、私たちだけじゃ厳しいだろ?」


「ナターシャ。……下がっていてくれ」


ナターリヤは、ヴィクトルの言葉に驚く。


「俺がケリをつける。もうこの国の者にも、お前たちにも、傷はつけさせん」


ヴィクトルの迫力に、ナターリヤは剣を下げ、ヴィクトルの後ろに控えた。


「ルフィーナ……

愚かな、俺がそういう女は好まんと知ってるだろう」


ルフィーナであって、意識はもはや黒いものに乗っ取られているのだろう、ヴィクトルの言葉は届いていないようだ。


触手がヴィクトル目がけて飛んでくる、

ヴィクトルは目にも止まらぬ速さで触手を切り刻むと……


黒いものに埋れかけているルフィーナの目の前に到達した。

旋律をまとわせた腕で、ルフィーナの背に腕を回す。


「お前はもう黒いものに取り込まれているんだろう。

俺はお前のものになるわけにはいかんが、代わりにこれをくれてやろう……


受けとれよ」


ヴィクトルはそう言うとーー


ルフィーナに、口づけをした。


…………

…………


ルフィーナの腕が、ヴィクトルに巻きついていく、だがそれは……


柔らかな光になり、少しずつ、薄くなっていく。


「ヴィクトルさま……嬉しゅうございますわ」


顔を離したルフィーナの頬に、涙が伝い。


黒いものが、旋律と同じような光になり、ゆっくり消えていく。


「ルフィーナ……

今のお前が、一番美しい」


「ヴィクトル……さま……」


ルフィーナは、もう消えそうな手でヴィクトルの顔に触れ、

もう一度、口づけをした。


「……ありがとう……」


ヴィクトルの耳元に、それだけ残り、


光が昇っていき、消えていく。


ヴィクトルはしばらくの間、光を見送っていた。


…………

…………


「真面目に構えてて損したぜ」


少し離れたところで、ナターリヤはヴィクトルを待っていた。


「フン……なんだかんだで何年も付き合いのある令嬢でな。

ちょっとヒネてた奴だったが、まぁ……それくらいはわかるってもんだ」

「そうな……あれでよかったんじゃねーの。

想い人にああされたらまぁ、嬉しいわな」


ヴィクトルは、ルフィーナが消えた方を一度振り返ると、

顔を戻して歩き出した。


ナターリヤは何も言わず、ヴィクトルの後に続いた。


* * *


暗い中で、目を覚ました。


ベッドに眠っていたのかと思ったら、ベッドに横たわっているのではない、周り一切が黒い、空間に浮いている。


起きようとすると、体が垂直になった。


ーーどこ、ここ?

まさか、私、死んだ?

いやいやいや、ちょっと待って。


『我らが主よ、あなた様のご帰還を、待ちわびておりました』


ーー声?どこから?

え、主って、もしかして私?


声の主の姿は見えない。


『どうか、我らが前に、お姿をお見せくださいーー』


ーーいや、そっちこそ姿を見せてほしいんだけど。


言葉に出しているつもりが、どうも声が出ていないようだ。

こちらの意思は通じていないようである。


『我らのところを見失っておられるようだ』

『我らの声は届いているのか』

『まだそのときではないのかも』

『しかし、急がねば』

『地上に出るか』

『光の者に見つかっては一貫の終わりだ』


声のする方向が、いまいち掴めない。

足を踏み出してみるが、その先には何もない。


ーーどこにいるんだよ?誰なんだ?


「姫さま」


イーゴリの声がする。どこから?


「イーゴリ。イーゴリ、どこ?」


辺りを見回すが、黒い空間があるばかりだった。


「イーゴリ!」


そのとき、急に目の前に光が差し込んできてーー



「姫さま」


目の前に、イーゴリの顔があった。


「イーゴリ……本物なの?」


「いかがなされましたか。……お加減は」


いつもの、イーゴリだ。

起き上がろうとしてーー

突然、頭が締め付けられるように痛くなり、ベッドに倒れこんだ。


「姫さま。ご無理はなりません」


「痛……頭、痛い……」

「鎮痛薬をお持ちします」

「待って。

……行かないで……」


一人になったら、またあの黒い空間に、落ちてしまいそうだった。


不意に、頭に冷たいものを感じた。

少しだけ、頭痛が和らぐ気がした。


イーゴリが、ハンカチを水差しの水で濡らし、頭にあててくれたのだ。


「これで少しはごまかせるかと。……ほかに、お加減の悪いところは」


首を振る。

手を、イーゴリの方へ伸ばした、体力がなくなっているのか、腕ごと手が震えている。

イーゴリが、その手を受け止めてくれた。


「……睡眠術をおかけしましょうか、

もうしばらく眠られれば、頭痛も和らぐのでは」

「ううん……今は、眠りたくない」

「かしこまりました」

「眠ったら……黒い空間に行ってしまいそう」

「黒い、空間……」

「よくわかんない」

「お加減がよくなられましたら、お伺いしましょう」


イーゴリが椅子を寄せて、ベッドのすぐ脇にきて腰掛けた。


今までにない激しい頭痛、そして起きれないほどの倦怠感。

ーー今までと、黒いものの量は桁違いだったもんな。


だが以前よりも、黒いものの中で、意思というか何か、具体的に聞くことができた。


コシチェイって、確かに言ってた。

それと……

チェルノボーグ、

ベロボーグ。


聞き覚えのない言葉ばかり。


何を意味するのかーー考えようとして、頭痛に邪魔された。

頭痛が引くまで、考え事も無理そうだ。


諦めて、考えることをやめる。

イーゴリに聞きたいことはたくさんあるが、会話も、今は辛い。


ーーイーゴリの手を、感じている。


武骨なのに、優しい手。


安心できて、何よりも居心地がいい。


せめて、この頭痛がなくなるまで、ここで甘えてていいよね?


イーゴリの手を握りながら、そのまま、時を過ごしていった。


* * *


調査の結果、この地における黒いものは全て消えたことが確認され、

国王が終戦を宣言した。


黒いものによる国の損害は莫大なもので、なんとか滅亡を逃れたという程度にまで様々なものが失われていた。

この国は建て直せるのだろうか?と、先行きを不安に感じる者も少なくなかった。


意外にも、力強さをみせたのが、ファイーナやレオニードの母を中心とした、戦いに参加した女性たちだった。

メイドも貴族も一丸となって食事をしっかり準備し、疲弊した兵士たちに声をかけ、城内で明るく振る舞い、ダメージに沈んでいた男たちを少しずつ、だが確実に、元気付けていったのだ。


少し元気になった男たちが、城に残って使い道のなかった財を持って、隣国へーーヤロスラフの領地にもーー食料を調達しに出発した。

彼らが帰ってくれば、今後のこともあるのでささやかにだが、勝利を祝うパーティーが行われる予定だ。

レオニードは無事に意識を取り戻し、身を呈して王を守った功績と、今後の国の建て直しへの貢献を見越して、将軍職に昇格することになった。


ヴィクトルは、サーシャたちと共に行くと父王に宣言したーー国の建て直しのためにも王は留まって欲しがったが、いかなければならないサーシャの身もまた案じ、ヴィクトルの同行を認めることとなった。

その代わり、様々な政策決定のため、サーシャも含めてもうしばらく城へとどまることが決まった。

城の重役が何人も失われ、王一人では手が回らなかったのだ。


ナターリヤも、国の政策に協力を申し出た。

今や副将扱いとなったナターリヤのいうことは、男たちの誰もが聞いてくれる。

発つまでに短期間ではあるが、男たちーー将軍レオニードさえ含むーーに戦術や訓練法を叩き込み、野戦用だが食料調達も伝授する、

国王派として若い世代が多く残ったので、軍事知識は必要だったのだ。


人口を増やす必要があるため、結婚の奨励がなされた。

だが、以前のような、男が女を選ぶのではなく、双方が対等に合意した場合のみ、国が認めるという形になった。

ーーというのも、男性兵士が圧倒的に数が多く、女性といえばメイドか、生き残った貴族の女性のみなのだ、今までと違い女性が生きやすい国にするためにも、事実上女性に決定権を与えたのだ。

夫を亡くした女性は、何とこれまで再婚が禁止されていたのだが、その法は撤廃された。

若い未亡人ならば、再婚して子を成すことが期待できるし、子をなせないとしても、伴侶を得ることの利点はある。

急にそうなってもすぐにすぐ相手を見付けるのは簡単ではないが、しばらくは、婚姻を結んだものに支援金という名目で褒賞を出すこととなった。


サーシャはーー

いつもより回復に時間がかかったが、無事元気になり、国の救世主と讃えられた、

本人はあまり乗り気ではなかったのだが。

イーゴリはサーシャにつきっきりで、国のことにはほとんど関わらなかったが、国王からは前にも増して信頼を得ていた。

そして旅先で農業経験もあったことから、兵士たちに農業を伝授することになった。

この国の農民が激減し、食料の自給自足は急務だった、体力のある男性兵士により、瞬く間に城の庭の一画が畑と化した。


そして、サーシャが、今回黒いものの中で得た情報と、夢かどうかわからないが黒い空間にいたことを話す、

今後の方針が決められようとしていた。


41〜44話のイメージソング:

Dream Theater, ‘In the Name of God’


ちょうど42、43話辺り書いてるときにヘビロテしてました。

曲の雰囲気と気分が乗って筆がよく進みましたw

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