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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
43/201

43.眠りながら尚


旋律の球は、黒いものの中に浮いている。


待たせたな。

私に、抱かれに来たんだろ?

どこまでも、受け止めてやる。


サーシャは旋律の隙間から、手を伸ばした。


黒いものがまとわりつき、あっという間にサーシャの腕は見えなくなる。



国民を見捨てた国王への恨み、

蹂躙して回った王子への恨み……


父王と王子の事情はもうわかっているが、黒いものを説得などしない。

あのメイドの体を借りていたときのような、意思のコントロールはできていないだろうから。

ただただ、黒いものを感じ、受け入れる。


しかし先の見えない量だな、と思う。

時間はどのくらいかかるかなーと、なぜこんなに危機感ないんだ?と不思議なくらい、気楽になっている。


「イーゴリ、大丈夫?」

「旋律の結界は、問題ございません」


旋律の球は次々と周りの黒いものを浄化して減っていく、

ヴィクトルやナターリヤ、父王が送り込み続けてくれている旋律が、それを補っていく。


だが城の誰もがかなり力を使い切っている、このままのペースでは旋律を送り込む方にも負担がかかりっぱなしになってしまう。


それに。

かすかに、黒いものの中に、自分を呼ぶものを感じるのだ。

黒いものの、もっと奥、もっと深くに。


でも、聞き取れない。

腕だけじゃ、きっといつまでもたどりつけない。


大体、黒いものを抱きしめにきたのだ。

旋律の内側なんかにいて、何やってんだ。


腕だけで細々と取り込んでいるのが、もどかしくなった。


やっぱり短気になってしまったのかもしれない。


「イーゴリ。旋律の外へ出る。

手だけ、旋律の中へ入れておくから、握っていて」


「姫さま……」


イーゴリの顔に一瞬不安が浮かぶが、すぐ消える。

この人はほんとに凄い、これほどに私に不安を感じないとは。


サーシャはイーゴリと向き合って、両手を握り合い、背から旋律の外へ出た。



ーー突然、体中に重くのしかかる圧力。

いきなり、膝をついてしまった。


「姫さま!」


イーゴリの声が聞こえる、大丈夫だ、意識はある。

生きているのを知らせるため、イーゴリの手を握った。

でも、息が苦しい。


大丈夫。

ひたすら、感じろ。

取り込むなどと考えなくていい。


襲ってくるのは、絶望、絶望、絶望ーー

胸が締め付けられる。頭も。


黒いものは、私に抱かれにくると、確かに言っていた。

その意思が、どこかにあるはず。


意識を黒いものに向けると、


…………


ーー助けて。


小さく、聞こえる。


何から助けてほしいのかなど、どうでもいい。


私はここにいる。


ここへ来い。


ーー帰れない。


ーーあるべきところに、帰れない。


ーー溜まってしまった。


ーーあなただけが、還してくれる。


ーーだからあなたのもとへ来るの。


全身で受けているから?

鮮明に、意思のようなものを感じる。


サーシャは目を開けてみた。


旋律の光に照らされ、自分の体から、黒い光の粒が吹き出しているのが見えた。


これは……イーゴリが言っていた、私から黒い何か、光の粒が出ていたというやつか。


黒いものが、私を通して、この黒い光に変わったということか。


ーーチェルノボーグ、こんなところにいたんだね。

ーーおかげでコシチェイが完成されちゃったよ。

ーー戻ってきて。


誰に向かって話してるんだろう?

チェルノボーグ?

なんなの、それ?


ーーわたしたち、こぼれちゃったの。

ーー還れなかったから。

ーーだからコシチェイができちゃって。

ーー世界中で暴れちゃうよ。

ーーそれもこれもベロボーグが。

ーーわたしたちを消そうって。

ーー消せないのに。

ーーそんなことしたら、世界が……


コシチェイは、実在している?

ベロボーグ?

黒いものを、消そうとしているって?

いや、消えないだろ?


ーーやっぱり、あなただけが、受け入れてくれる。

ーーお願い、助けて。

ーーあるべきところに、還して。


この、黒い光になること?

それならもちろん。

まぁ……ちょっとキツイが……まだ大丈夫。来いよ。


黒いものが、再び勢いよく流れ込んでくる。

ヴィクトルと手合わせをしておいてよかった、受け止める感覚が掴めたから。

目を閉じて膝をつき、ただ無心に……ゆっくり息をする。

イーゴリの手の感触がある、彼も、自分の意識もまだ大丈夫だ。


…………

…………


もうどれだけ時間が経過しただろう。


だんだんと……意識が朦朧としてくる。

イーゴリの手を掴み、意識を保とうと努める。


なんだかんだで、私、頼まれたらやっちゃうんだよな。

まぁ、それも、自分のためだけど。

お人好しも、いいとこだーー


それを最後に、サーシャの意識は途切れた。


* * *


イーゴリは、旋律の中からサーシャを油断なく見張る。

同時に、旋律に綻びがないか、気を配る。


サーシャを連れ帰るためにも、自分がダメージを受けるわけにはいかないのだ。


国王や王子による旋律の補強は続いている。


いつ終わるとも分からぬまま、ただ、サーシャの手を握っている。

ときどき、サーシャが手に力を込めてくる。意識を確かめるため、その手を握り返す。


以前のように、サーシャの前に出て戦えないのは、正直もどかしい。

主君を絶対安全なところへ置いておくのが、本来の役目だったはずだったのだが。

今までの戦い方とは違うのだから、仕方がないけれど。


サーシャが、強く握ってきた。

握るというより、掴んでいる、手首に爪がたつ。

サーシャの握力ならば大して痛みも覚えない、掴まれるに任せ、サーシャの様子を伺う。

サーシャは膝をついて、眠っているように、頭を垂れている、

だが手は握ってくるから、意識はある。

意識が途切れそうなのか?

手を握り返して、反応を確かめた。


……反応が、ない?


「姫さま!!」


呼びかけるが、サーシャは反応しない。


まずい。意識が途切れたか。

サーシャを旋律の中へ引き入れようとした、その時ーー


黒いものが、一気にサーシャへ流れ込んでいく。


そして、黒い光が、勢いよく上部へと吹き出していった。


サーシャの手首を確認する、


脈がある。


見る限り、体を貫かれている様子はない。


……まさか、眠りながら。

いや、この状態の方が、黒いものの浄化速度が上がっている?


だが、このままにしていいのだろうか、逡巡する。


サーシャのダメージはどうなっているのか。


ともかく、サーシャを引き入れようとする、しかし。


かすかに、サーシャが拒否したのを感じた。


意識がないのではなかったか?

だがーー


腹を括った。


姫さまのご意志だ、間違いない。


このままにしておけと、望んでおられる。


最後まで、取り込み尽くすおつもりだ。



ーー黒いものが、晴れてきた。


だんだんと、旋律の周りの黒いもののかさが下がっていきーー


イーゴリも旋律の外へ出た、


力の抜けたサーシャの体を支え、膝をつき、抱きかかえる。


最後の黒いものがサーシャの胸へと吸い込まれ、黒い光の粒となり、空中へ解き放たれた。


「姫さま」


眠っているのはわかっているが、呼びかける。

脈を確認すると、問題なく打っていた、傷は見当たらない。


「姫さま……終わりました。

よくぞ、最後まで、なされましたな」


イーゴリはサーシャを抱き上げて、城の方を振り返った。

いつの間にか、皆が起きてきていて、こちらを見ている、王と王子、ナターリヤがバルコニーから駆け下りてくる。


「アレクサンドラ!イーゴリ!」

王が息を切らせて、イーゴリとサーシャの前に膝をつく。


「アレクサンドラ……しっかりしてくれ……サーシェニカ……」


「陛下、ご安心ください、眠っておられるだけです。

お目覚めまで1日程度かかるやもしれませぬが、ご心配はいりません」

「サーシェニカ……そなたがこの国を救ってくれたのだな……

なんということだ……アナスタシア、私たちの娘が……やってくれた……」


王は、サーシャの手を押し抱いて、慟哭した。


ヴィクトルが、父王の肩を優しく抱いている。


と、王がその場に崩れ落ちた。


「陛下!?」


イーゴリと、後から追ってきていた側近や副将たちが驚く。

ヴィクトルとナターリヤだけが、冷静でいた。


「心配するな、父上は誰よりも、旋律を紡ぎ続けていたんだ。

これまでの心労もあっただろう、気が緩まれただけだ、お部屋へお連れしてくれ」


側近と副将たちが担架を準備して、国王を運んでいく。


イーゴリがよく見ると、王子もナターリヤも疲れた顔をしている。

そんなに旋律を紡ぎ続けたのか。


「こっちが危なかったぞ、イーゴリ。

お前らが飛び込んでから2時間……城の皆と交代で旋律を送り続けたんだ。

いや、厳しかった。メイドたちも鍛えておいて本当によかったな」

「2時間……そんなに経っていたとは」

「ファイーナがかなり助けてくれましたよ、大将。

……大将、手首に傷が」


イーゴリは言われて初めて、手首がちくちくと痛むのに気づいた。

「ああ、心配いらん、姫さまが握られた跡だ」

「マジっすか、なんかエロいな」

「馬鹿者!姫さまに失礼だろうが、全力を尽くされたんだぞ」

「はいはい、ほんと冗談が通じないんだから。サーシャなら怒らないって」


イーゴリはため息をつき、サーシャを抱えたまま立ち上がった。


「姫さまをお部屋へお連れする。また、しばらくお目覚めにはならんだろう。

外の様子も聞いておいてくれ、念のために警戒も解かん方がいいだろう」


「もちろんです、大将。あとで報告に上がりますね」


* * *


ヴィクトルとナターリヤは、余力のある兵士を庭に再配置させ、城門の塔で見張りをしていた兵に外の様子を聞いた。

城下町には、もう人の姿がない。おそらく、すべてサーシャに取り込まれたとみていいだろう。

一休みして皆の疲れが取れたら、城門の外へ出て確認することにする。


皆気が張り詰めていたのだ、休んで、食事の準備もしなければならない。

城外の無事が確認できたら、食料を確保しに遠出する必要もある、

まだ重要な仕事は残っているのだ。


「メイドたちも疲れていようが……もうひと頑張りしてもらわねばな。

ナターシャ、お前には本当に世話になったな、うちの副将たちを上回る働きだった」

「光栄です、殿下。

皆、だいぶ私のことを認めてくれたようでね。これからいい方向に変わっていくことだろう。

それにしても殿下が意外に素直で、驚いた」

「フン……仮にも母上の息子だぞ?

母上に恥じない生き方をしているだけだ」


ヴィクトルとナターリヤが話していると。


城の裏手から、女性が一人、歩いてくる。


「……ルフィーナ……?」


ヴィクトルが呟いた。


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