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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
41/202

41.生き残る方法


昼間なのに、辺りが暗くなってきている。


もうすぐ嵐がやってくるのだ。


王子に頼るのではない、はじめての戦い方に、皆緊張した面持ちだった。


先ほど、最後の集会が行われたところである。


王に請われてナターリヤが登壇し、黒いものに取り込まれながらも生還した話をした。

黒いものに取り込まれても必ずしも終わりというわけではない、という、希望の話だ。


主君を守れて満足だったこと。

そのくらい全力で対峙していれば、結果がどうであろうと受け入れられる、

その心境が大事なのだ、という話をした。


黒いものに取り込まれて全身を貫かれても、回復魔法で一命を取り留めた自分の実例も話し、

そして発破もかけておく、


「兵士諸君!国王陛下と殿下のために死ねることは、何よりの満足のはずだろう?

ならば、まず陛下と殿下のために死んでこい!

生き残ることはその先にある!」


勇ましいナターリヤの言葉に、今や国王方の兵士は皆応えてくれる。

今は他国の経験豊富な近衛隊長だが、それでも女性が扇動するとはこの国にとって相当な変化だった。



サーシャと国王を最重要護衛対象とし、全員持ち場につく。


イーゴリがサーシャの護衛につき、王には側近がつく。

目立たずにいた王の側近だが、きちんと旋律も習得し、王を守るには十分な使い手となった。


ヴィクトルは前線に出て、ナターリヤとレオニードを従えている。

兵は前方後方に分かれ、交代で旋律を紡ぐ予定だ。


持ち場に向かう途中、レオニードは、なぜだか要らぬことをナターリヤに言ってしまった、


「貴殿が危なくても、俺は貴殿を助けないから、そのつもりでいてくれ」


……ナターリヤの拳を腹に受け、崩れ落ちてしまう。


「馬鹿か、貴様は!

貴様が守るのは私じゃねぇだろ!ふざけてんじゃねーぞ!?

殿下と陛下だけお守りすりゃいいんだよ、

貴様に助けられるくらいならもう一回死んでやるよ!」


軍において、仲間など構っている暇はない、

そんなことより主君を守ること考えねばならないのだ。


なぜわざわざよくわかっているナターリヤにそんなことを口走ってしまったのか……


腹を押さえて立ち上がる、

もう一つだけ、本当に聞きたいことがあった。


「一度死にかけて……貴殿は、また同じことになるかもしれないのに、怖くはないのか?」


ナターリヤは少しの間無言になる。

持ち場近くまできて、立ち止まりーー


「私はさ、自分が不甲斐なかったんだ。

……姫さまを、自分で守り切るより、イーゴリ大将の方が安心だ、と思って……城に戻ってしまった。

姫さまを守る責任から逃げて、大将に丸投げしたんだ。

その判断は間違ってはいないと今でも思うけど、そんな自分が悔しくて。

だからこそ、姫さまを庇えた時は、本当に満足した。

今でもそうだ。

私は、もう二度と……死のうとも、もう逃げたくなんかない、それだけだ」


このひとは……自分の信ずるもののために、どこまでも強くなれる人だ。

レオニードは、ナターリヤの言葉をかみしめる。


黒いものの討伐には加わったが、何だかんだいって安全なところにいた。

黒いものは全て王子が消し去ってくれていたから。

本当の意味で戦場に立つのは、今が初めてなのだと思う。


この人は、自分の数段階先にいる。

ならばせめて、この人に恥じない戦いをしたい。


剣の柄を握る手に、力を込めた。


* * *


サーシャは、父王と共に、庭に面した二階のバルコニーにいた。

ここから戦況を把握する予定である。


兵士でない、裏方を任せている者たちは、城の中程、3階に集め、回復や休息の準備をさせている。


サーシャは、黒いものの気配を感じようと意識を集中させる。


…………


これは……


城内?


城内の深くから……


何か、来ている。


「お父さま。地下からやってきます、外の階段から城内に退避できるようにしておいてください」

「……ついに来たか」


国王は、各持ち場のリーダーがもつ石を通じて、号令を下す。

外からだとばかり思って前線にいたヴィクトル、レオニード、ナターリヤに、引き返すよう命じたのだ。


突如、城の正面入り口から、黒いものが噴き出した。


瞬く間に、城の庭へと広がっていく。

入り口近くを守っていた兵士たちは、ほとんど対処できないまま、逃げ惑う。


「くそ、あんなところから!」

ヴィクトルが即座に、旋律を投げかけた。


レオニードも向かおうとする、

ナターリヤがその肩を掴んだ。


「待て。貴様の隊は城門の方を注意するようにしておけ。私がいく。

外からの警戒も怠るな!」

「お、おう、気をつけて」

レオニードはいきなり出鼻を挫かれたのだが、ナターリヤの言うことは尤もだ、

自分の部隊に命じて、外の様子を警戒させる。

それにしても、ナターリヤのなんと冷静で的確なことか。

驚嘆してばかりだ。


ヴィクトルは、剣に旋律を巻きつけて、庭に広がる黒いものを片っ端から切っていく。

「細かくして手分けして浄化するってのはどうだ?皆、次々消せよ!」

副将たちやナターリヤが、旋律が発動できているか見回る。

ナターリヤが指揮した兵士たちは、前回よりずっと落ち着いて対処できるようになっていた。


黒いものは、城内から次々溢れてくる、

ヴィクトルが細切れにしていくが、その速度を上回る。

ナターリヤも、ヴィクトルに加わった。


城内から報告が届く、

黒いものが、地階から噴出し、一階を覆っていると。

庭へ流れ出ているから、深さはまだ一定だが、庭がいっぱいになれば下の階から没していくだろう。


庭ではあちこちで旋律が輝き、黒いものが消えていっている。

だが少しずつ、広がりを増している。


「私も降りよう。イーゴリよ、娘を頼む。

私も少しでも黒いものを減らしてくる」


王は庭へ通じる階段を降り、旋律を紡ぎ始めた。

王の力はさすがに大きい、黒いものが一気に浄化されていく。


サーシャはここで大人しくしておくほかないのだが……

戦況把握という大事な役割がある。

疲労の大きい者は見つけて休んでもらわなくてはならない。

重要なのは、犠牲者を出さないということだ。

犠牲者が増えれば、それだけ黒いものが増えてしまい、こちらの負担がさらに増える。

無理をしないことを最優先に、指示している。


黒いものの反応は見えるだろうか……

意識を研ぎ澄ましていく。


…………


まだ、地階からの噴出が止まる気配がない。

将軍以下、力あるものを取り込んだから、ここまで増えるのか?


ヴィクトルが消滅させてきた反動か?


…………


地階。


牢がある場だ。


囚人が、飲み込まれたか。


喧嘩で牢に入れられた者が、相当数いたはずだ。


チッ、と舌打ちをする。


イーゴリが振り向いた。


「姫さま、いかがなされましたか」

「……地下牢が飲み込まれたはずだ。あの気の荒い連中を飲み込んだとすれば、黒いものの量が増しておかしくない。

地階からくるのは盲点だったな、結界も地下への階段には張ってないだろ?」

「なるほど」

「それと、城後方にある貴族の別邸だ。

反乱分子はあそこに固まってんだろ?

何もできない連中が飲み込まれたら、それもこちらの負担になる。広がるのを阻止したいところだが……浅く流れていってる、時間の問題かもな。

首謀者を失ってどうなってるか……」


「私が様子を伺って参りましょう」

そう言ったのは、王の側近だ。

「イーゴリ殿に陛下のことはお頼みしたい」

「了解した。お気をつけくだされよ」

「可能ならば説得して参りましょう」

「ヴィーシャが振った令嬢とかもいるんだろ?重要な戦力の減少は極力避けたい、決して無理はするなよ」

「もちろんでございます、アレクサンドラ殿下」


* * *


時間が経過していく。

だが、黒いものは減る様子がなかった。


兵を交代させながら旋律で浄化していくが、終わりが見えそうにない。


一番長く戦っているのがヴィクトルだった。

皆の前に立って自ら旋律を紡いでは、勢いが衰えることなく黒いものを消していく。


その右腕にナターリヤ、リーダーのように兵士たちに指示を出しながら、自らも旋律を紡ぐ。


兵士たちも、疲れを見せながらも、王子と他国の近衛隊長を前に引き下がるわけにはいかない、

限界まで旋律を出していく。


ナターリヤは、疲弊した兵士に交代する指示も出す、

少しでも回復してまた頑張ってもらわなければならない。


既に1階は埋没しており、黒いものの源泉となってしまっている地階の入り口の封鎖は、不可能だった。

1階の正面玄関や窓から庭に流れ出てくるのを食い止めるのが、精一杯だ。


黒いものの量は、初めてのときを上回っていると見られる、

なのに、対処できる人数が圧倒的に今回は少ない。


王子が前のように光で吹き飛ばしてくれればいいのに、と愚痴る者も出るが、

それをすると……反動で今度こそこの城は飲み込まれる、とサーシャが確信を持っていたので、ヴィクトルも吹き飛ばしたいのを抑えている。


「姫さま。私が殿下とナターシャとしばし交代いたしましょう。

休憩していても姫さまの護衛はできますでしょう」

イーゴリが提案した。

「そうだな、頼んだ、イーゴリ。

……私のもとに戻ってこいよ、貴方には私を補佐する仕事も残ってるから」

「もちろんでございます。殿下とナターシャが戻る間、陛下に戻っていただきましょう」


イーゴリが階段を降り、国王をサーシャにつける。

それでも国王の旋律の力で、かなり減ったのではないか?


「お父さま、大丈夫ですか」

「なぁに、まだまだ大丈夫だ」

「あちらの兵を休ませましょう。お父さま、指示を」

「わかった」

「外の様子は、報告可能でしょうか?」

「レオニードの隊が担当している。レオニードを呼ぼう」


* * *


ヴィクトルとナターリヤが、サーシャのもとに戻ってきた。

他の兵よりも長時間旋律を紡ぎ続けたのだ、疲れはみえている。

だが城内では休まず、サーシャの側で座り込んで休息をとる。


「戦況はよくはないな」

「ああ……止まる気配がないな。いつまでも続くと士気にも影響する」

ヴィクトルとナターリヤは、いつのまにか同志のように語り合っている、共に戦って意気投合したようだ。


サーシャは庭を眺める、イーゴリが旋律のドームを作っている。

自分が城下町で出した指示だ、あれならば何人か、ドームの内部で休める。


レオニードがバルコニーの下に到着した、国王が自らレオニードの方へ降りていく。


「どうだ、レオニード」

「はっ、城門の外の様子ですが、黒いものはこの城周辺を取り囲み、量は依然、城壁に迫るほどあるようです……

一時は城門手前まで迫っていたことを考えると、やや低下したようですが、先は見えないかと……

恥ずかしながら、部下の中に絶望感を持つものが出ている模様。鼓舞してはおりますが、状況は厳しいかと存じます」

「うむ……旋律は実際黒いものに対峙すると、予想以上に精神力を使う、

庭と1階は捨てるのも時間の問題かもしれぬ」



レオニードは、背後に不気味な気配を感じた。

振り返ると……


黒いものが集まり盛り上がって高さを増してくる。


初めて襲撃されたとき、上部から攻撃してきたのと同じ、


ーー黒い攻撃が来る。


国王目がけて。


「陛下っ!!」


国王を突き飛ばした、瞬間、全身に衝撃が走った。


……周りがゆっくりと見える。


体が、力を失って崩れ落ちていく……


「レオニード!」

「俺が旋律を!」

「回復を急げ!」


周りでそんな声が、遠くに聞こえる。


ーーやられたか。

体を動かすことができない。


だが後悔はなかった。

己が主君のために死ねるのなら。


……少しはあのひとに、近づけただろうか?


あのひとの前で、何一ついいところを見せられなかった。


あれ、いいところ見せてどうするつもりだったんだ、俺?


可笑しくなって、笑えてきた、そのまま、まぶたが重たくなっていく。


馬鹿野郎、という罵声が聞こえた気がした。


あのひとなら、そう言うだろうな。

あのひとの罵声を浴びて死ぬのも、悪くない。


目の前が、暗くなっていった。


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