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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
40/201

40.開戦宣言


城内に黒いものが確認され、城は大混乱に陥った。


旋律を訓練していても、いざ黒いものが現れると、我を見失って手が出ないものが相当数いたーー兵士でないものはともかく、兵士でさえも。

逃げ惑うもので城はごったがえした。


すぐに騒ぎを聞きつけたナターリヤが駆けつける、

量は大したことはない、旋律で対処できそうだ。


ナターリヤは旋律でたちどころに黒いものを浄化していく。

ついでに、周辺にいた兵士数人に、旋律を出すよう命じた。


そして途中から旋律をやめて、兵士たちに任せた、これもいい実践訓練だ。

焦ってうまくできないものには、声をかけて落ち着かせる。

ナターリヤがいるのといないのとでは、人々の落ち着き方が違った。

場に駆けつけた兵士たちに次々に旋律を紡がせ、最初に紡いだ兵士には休んでもらう、

本番もこの体制でいけたらと思う。


そうこうしているうちにナターリヤの見える範囲での黒いものは、姿を消した。

思わずナターリヤへの拍手が兵士たちから起こるが、ナターリヤは厳しい顔のままだ、


「城内、特に一階と地階に黒いものが残ってないか、しらみつぶしに探せ。陛下と殿下にご報告せよ!副将どもに出会うものがいたら同様に報告せよ。指揮はどこで誰が取るんだ、誰か知ってるか?」

「通常は広間です」

「一階は避けよう。二階で適当な場所があったら教えてくれ、それと副将どもをそこに集めてくれ。アレクサンドラ王女とイーゴリ総司令官もお呼びしてくれ」

「では王女様には私が」

「レオニード副将を探して参ります」

「俺たちはあっち側を」

「俺は地下にいく」


ナターリヤは少し驚いた、

この国の兵士たちが女性の指示に従ってくれるとは。

実力で認めてくれたのだろうか?


ナターリヤが案内されて二階の部屋に向かっていると、レオニードが息を切らしてやってきた、

「ナターリヤ殿!今し方黒いものが出た。貴殿のいう通り旋律で消滅させることができたぞ」

「こっちもだよ、まったくこの城の男どもは腑抜けばっかりかよ?

私が実戦訓練する羽目になったじゃねーか!」

「き、貴殿が指揮を?」

「騒ぎになってたから仕切ってやった。あちこちの隊がごっちゃになってるんじゃないか?

今一階と地階を調べさせてる、報告が上がったら貴様に引き継ごう」

「地階……」

「ボケてんのか、副将!あれは波のように地を這うんだ。地階に降りていってもおかしくないだろ?形態、性質、ちゃんと見極めろ!」

「め……面目ない」

国王方についた副将三人も、二階にやってきた。それぞれ黒いものを目撃し、なんとか旋律で対処できたという。

「ナターリヤ殿、貴殿が指揮をなさるとは」

信じられないという顔で見てくるので、ナターリヤは副将たちを睨みつける、

「私が何年軍職に就いてると思ってんだ?

10年以上、イーゴリ大将についてやってきてんだ。

女軍人は男どもの添え物とでも思ってんのか?

こちとら隊を何度も率いてきてんだ、指揮なんて特別なことじゃねぇんだよ」


いちいち説明しなければならないのがもどかしい。

女が自分たちと同様のことをするのが信じられないのだ。思い込みの部分は、そう簡単には変わらない、

彼らの常識から外れたことを見せてやるしかないのだ。


そのうち、国王と王子も到着した。

「ナターシャ、混乱を鎮めてくれたそうだな。さすがは近衛隊長、心強い。

我が軍にも大いに刺激になったであろう、礼を申すぞ」

「勿体なきお言葉」

「あとは、我が娘とイーゴリを待とう」


* * *


「……お探ししましたぞ、姫さま」


サーシャは振り向いた。


いつもにも増してしかめ面のイーゴリが立っている。


また怒ってる。最近怒らせてばかりだ。


「……城内にて黒いものが確認されました。

皆で旋律でどうにか消せたようですが、臨戦体制がとられようとしています。


……何があったのか、聞かせてもらいますぞ」


サーシャは、再び窓の方を向いた。


「人を殺したことはある?イーゴリ」


「姫さま……?」


思いがけぬ問いだったのだろう、イーゴリが息を飲んでいる。


「……昔、他国の侵略に抗戦したときに……何人か、手にかけてございます……

あとは旅の際の賊どもなども。


どうか……なされましたか」


もう一度イーゴリの方を向いて、イーゴリの前までいく。


「……膝をつけ」


イーゴリは僅かに怪訝な表情をしたが、命令通り膝をついた。


背の高いイーゴリが膝をつくと、小柄なサーシャと同じくらいになる。


その首にーー

抱きついた。


「ひ、姫さま……?」

イーゴリが若干動揺している。


その耳元で囁く、

「私……人を、殺した」


…………

…………


イーゴリの助けたメイドのこと。

将軍と4人の副将たち。

兄の思惑のこと。

メイドの体を借りた黒いものに命じ、取り込ませたこと。


サーシャはイーゴリに話した。


剣で刺したとか魔法で息の根をとめたとか、直接手を下したとは言い難いけれど、

黒いものを使い、自分の命により、命を消した。


そのとき、不思議なほど、罪悪感もためらいもなく、

冷酷にーー


処刑した。


黒いものが去ったあと、

自分にはこんなに冷酷になれる面があるのか、と、他人事のように思い返していた。


私は人殺しさえしてしまったのだ。

しなければこちらも危なかったけれど。

自分を見失った感はないが、何かの一線を越えてしまった気もする。


自分が黒くなったとでも言おうか……

だが黒いものを取り込んできているからか、違和感などない。



そして、黒いものがやってくるーー


偶然とはいえ、この城の命運をかけた戦いの引き金を、引いてしまった。


遅かれ早かれ起こっただろうことではあるが、

自分がきっかけとなると、罪悪感が押し寄せてくる。


イーゴリもナターシャも、巻き込むのだ。



「姫さま。


よくぞ、話してくださいました」


「え……」


サーシャは思わず顔を上げた。


怒られるかと、思っていたから。


「私を信頼して、お話しくださったのでしょう?

そこまで信頼してくださいましたこと、教育係冥利につきます。


将軍たちを処刑なさったことについては……

いずれ、国王になられましたら、せざるを得なくなるときがくるやもしれません。

アナスタシア様も、御自ら敵を始末されたこともございました。

慣れることがいいかどうかは申し上げにくいですが、国王になられる御身としては通らなければならぬ関門でございます。


……もしや私やナターシャが引くとでも、心配なされましたかな?」


瞬間、サーシャの胸に、何かが溢れた。

止められず、涙が溢れ出てくる。


「姫さま」


サーシャはまたイーゴリの首に抱きついてーー


「イーゴリ……ごめんなさい」


「大丈夫です、姫さま……

申し上げましたでしょう、姫さまが悪になっても私は従うと。

どうかご心配などなさいますな。


私もナターシャも、やむを得ず人の命を手にかけること、よく存じております。

それに、完全なる正当防衛です、今回は、よくご決断なされたと申し上げるべきでしょう」


イーゴリの手が、背中を優しくさすってくれる。


「違う……そうじゃなくて」


何かが溢れ続けて、止まらない、何もしゃべれない。


イーゴリが、まるごと受け入れてくれたから。

人を殺しさえした、自分でも。


…………

…………


しばらく泣いて、やっと落ち着いてきた。

イーゴリから離れて、目をこする、


ああ、みっともない、ひどい顔をまたイーゴリに見せてしまった。


イーゴリは黙って待っていてくれる。


嗚咽が止まって、やっとしゃべれそうだ。


「そうじゃないの。


貴方に、ちゃんと筋を通したくて……本当は話すつもりだった。

貴方のところに向かっていて、あのメイドが目に入って、貴方に話す前に全てが終わってしまった。

黙ってやろうと思ったわけじゃないの」


「そう思ってくださいましたこと、嬉しゅうございます」


「でも、話せないままで……ごめんなさい」


「……珍しく、素直に謝られるのですな」

「ちょっと、私、悪いと思ったらちゃんと謝ってるけど?

なんだ、私がいつも謝らないみたいな言い方」


イーゴリが珍しく笑っている。

ワザとか。


ーー気にするなということか。


「陛下には説明なされますか」


「私からお父さま、ヴィーシャにも伝える。

……行こうか。


開戦だ」


* * *


国王は、サーシャの話を聞いても、怒ったりはしなかった。


「分かった。


そなたの責ではない、アレクサンドラ。

そなたを危うく我が国の諍いに巻き込むところだった、詫びねばならぬのは私だ。


……無事でよかった」


王の顔は険しかった、だが、サーシャに向ける目だけは、優しい。


サーシャの肩にそっと手を置いて、まるでその手で癒すように。


「そなたは何も心配することはない。


旋律を習得しなかったものが、黒いものになす術なく飲み込まれたというだけだ。


その結果、黒いものは増殖し、城に迫っている。


いいな。


ヴィクトルも。


そういうことだ、それ以外のことは考える必要はない。


では、私はこれから、開戦の宣言を行ってくるが、

城内が落ち着くまで、ここで過ごすとよい」


国王は、踵を返し、部屋を出て行こうとする。


「ーーお父さま」


国王は、娘の声に振り返った。


「案ずるな、我が娘よ。


この国は、私が守る」


聞くものを落ち着かせる、包み込むような父の声。

何を言われようとも、この父がしっかり立っているから、この国は存在していられるのだ。


サーシャは、椅子に座り直し、出て行く父の背を見送る。


「サーシャ」


ヴィクトルが、サーシャに声をかけた。


「……悪かったな。


俺の読みが、甘かった」


「……ううん……

本当に、たまたま、だった。

私だってそんな予測はしてなかったよ」


「お前に、手を汚させてしまった」


「…………


大丈夫」


「祓おうか。

穢れているとは思っていないが、お前の気持ちの問題だ」


「……ううん。


このままで。


私はきっとこれからも、黒いものを取り込み続ける。


同じことは、きっと起こるだろうし、


そしたら私はまた同じことをすると思う。


だから、大丈夫」


憂いた表情だったヴィクトルが、不意に、不敵に笑った。


そして、サーシャに手を差し出す。


そこへ手を添えると。


ぎゅっと、握られた。


「俺も、共に背負う」


「……大丈夫だって、言ってんのに」


サーシャも、微笑んだ。


尊大に感じたのが嘘のようにーーそう振る舞っていただけだがーー、

この兄は、思いの外、気遣い屋で優しいのだ。


むしろ、自分の方が、黒いんじゃないだろうか?


でも、そんな黒い自分と分かってこうしていてくれるのは、素直に嬉しい。


受け取っておこう、この優しさも。


この兄の言う、膨大に受け入れることができる性質であるのなら、

愛とか優しさとか、ーー白い感情、と言っていいのだろうか?ーーそういったものだって同様に受け入れられるのでは、と思う。


「ありがと。


ヴィーシャ」


まだ手を握られたまま、サーシャはヴィクトルの肩に顔を寄せた。


旧サブタイトルがもしかしたら期待はずれ(?)かもしれないので変更しました。

嘘はついてない……うん。

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