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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
38/203

38.王子の思惑


サーシャたちが到着してから2週間が経過したが、黒いものはなりを潜めている。

城へ訪れようとする者がいなかったのもあったのだろうか?

旋律の訓練は日々行われており、かなり力はついてきた。

女性たちもそこそこ紡げるようになってきており、主力には難しいものの、時間稼ぎくらいは期待できそうである。


だが、所々、気の緩みが感じられるようなっていた。

国王の定期的な演説により持ち直すのだが、何も起こらない日々が続くとつい気が緩むのが人間というものである。

それに、長期間の籠城で、誰もがストレスを抱えているのだ。

城内での喧嘩や酔っ払ってしまう者、あるいはメイドにちょっかいを出す者ーー


ナターリヤから魔法を習っていたファイーナが、やめてください!と言い放ったのがきっかけだった、

そんなことを言われたことがなかった兵士が、生意気だと喧嘩を吹っかけたのだった。

何とファイーナは魔法で兵士を吹っ飛ばしてしまった、城内は大騒ぎになった。

騒ぎを聞きつけてナターリヤやレオニードが駆けつけ、場を納めたことで静まったが……

今度は旋律の訓練に参加していない者たちが、ナターリヤに喧嘩を吹っかけ、またひと騒ぎ起こった、もっともナターリヤに手も足も出ず返り討ちにあったが。


国王の命令である旋律の習得に従わない者たちが騒ぎを起こし始めている、

国王はついに、騒ぎを起こした者たちを捕らえ、牢に入れる決定を下した。

そもそも王命に従わなかった時点で罰せられてもおかしくなかったのだが、強権的では反発を生むという国王の方針で、旋律を覚えない者は助からないという消極的な罰のようなものだった。

だが喧嘩にまでなるようでは城内の治安にも関わる、見過ごすことができなくなった。


国王の命に従わない一派は、将軍たちに与えられている城の敷地内の屋敷に主にいるようだ。

ヤン将軍はもともと先代国王に可愛がられていた男で、アレクサンドル国王との折り合いはいいとは言えないようである。

イヴァンの国で力ある公家の出身で、一方的に従わせることが簡単ではないのだ。


…………

…………


その日サーシャは、ヴィクトルが貴族の若い女性と話しているのを見かけた。

壁の影に隠れて、聞き耳を立ててみる。


「最近、どうなさっているのか気になって、出て参りましたの」

「訓練で忙しいのだ。お父上から聞いておられないかな?

そういえばお父上は訓練にも参加されず、何をなさっているのだ」

「訓練だけが備えではありませんわ。

国王陛下は何か焦っておいでのようで、父は心配申し上げておりますわ」

「父上が何かおかしいとでも?」

「ヴィクトル様もですわ……ヴァシリーサの者に、お心を支配されていらっしゃると……

先代陛下のことをすっかりお忘れになっていらっしゃるとのことでしたが……」

「ヴァシリーサが支配だと?

そのように見えるのか?

仮にも我が母上のことをそう言われては、気分のよいものではないな。

我が国王に対する侮辱だと理解していいのかな?」

「滅相もございません、国王陛下を侮辱だなどと。私どもはこの国を誇りに思っております、

先代陛下の築かれた偉大なる国を」

「お祖父様が建てたものではなかろう?

いつまで祖父のことを言っているのだ……今はそれどころじゃないというのに。

父上の指示を聞かれぬようでは状況は変わらぬし、襲撃された日にはやられるぞ、そなたも含めてな」

「まぁ、ヴィクトル様、恐ろしいことをおっしゃいますのね……でもヴィクトル様がいらっしゃれば、大丈夫でしょう?あんなにお強くいらっしゃるんですもの」

「何も分かっておらんのだな……

状況は変わっている。もはや私一人で対処できる問題ではない。

だから皆訓練に励んでいるというのに……

私にお世辞を使っている場合ではないぞ。

……おい、サーシャ。いるんだろ」


いきなり名前を呼ばれて、物陰で一瞬ビクッとしたが、平然とした顔で姿を見せた。

「通りがかっただけだ、ヴィーシャ。

そちらのお嬢様は?」

「ヤン将軍のご令嬢、ルフィーナ殿だ。

ルフィーナ嬢。こちらが我が母上の形見ーー我が妹、ヴァシリーサの国の次期女王、アレクサンドラ王女だ」

「……ルフィーナと申します。お初にお目にかかります、王女様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

ルフィーナは挨拶したが、相手が王女だから仕方ないという気持ちがありありと出ている。

「アレクサンドラと申します、ルフィーナ嬢」

サーシャも形だけの挨拶を返した。

兄はなぜ自分を呼んだのだろう?

しかも、この令嬢に当て付けるかのように、自分のことを紹介した。

というか、今のこの状況がわからない。どういう話の流れ?

この令嬢と兄は、知らない仲ではなさそうだが。


と、いきなりヴィクトルがサーシャの肩を抱き、

頬がくっつくほど顔を近づける。

兄妹でなければとんでもない展開だ。


「ルフィーナ嬢は、祖父が俺の妃にと望んでいてな。

俺の機嫌伺いと称してときどき会わされていたんだが……

だが王命に背き、我が母を蔑ろにするような女性では、考えものだ」


ヴィクトルが言い放った。


「おい、いいのかよ、そんなバッサリ言って」

サーシャは小声で兄に言うが、あえて言ったという感じだった。


「サーシャ、お前が俺の妹じゃなければ、お前を妃にしたところだ」


「はっ!?」


「ただのハッタリだよ」


ヴィクトルに囁かれて正気に戻るが、背中に変な汗が流れた。


「そういうことだ、ルフィーナ嬢。

俺の気に入りたければこういう女を目指してみるんだな、俺は母と離れて育ったから、マザコンなんだよ。

行くぞ、サーシャ」

「えええ!?何か私悪モンじゃね!?

てか通りすがりなのになんで巻き込まれなきゃなんないんだよ!?」


ヴィクトルはサーシャの肩を抱いたまま、ルフィーナに背を向けて歩き出した。


* * *


「キショいこと言うんじゃねーよ!このボケ!」

「くっくっく、あははは!」


顔を真っ赤にして王子を怒鳴りつけているのはサーシャ、

爆笑しているのは王子。


周りにいた人々が、その異様な光景に恐れ(おのの)いている。

ーーどこに王子を罵倒する度胸のあるものがいるというのか?


「あー、面白かったな!あれが《信用できない王妃の予定》だったんだ。

いやー肩の荷が降りたぜ」

「私をダシに使うんじゃねーよ!あいつらヴァシリーサにいい感情持ってねぇんだろ?余計な刺激すんなよ、バカじゃねぇの!?」

「そんなに怒んなよ」

ヴィクトルは再びサーシャの肩を引き寄せた。

「むしろ、煽ってんのさ」

サーシャの耳元で、そう囁く。


ヴィクトルはサーシャの肩を抱いたまままた歩き出す、

周りがざわめくが一向に気にしない。

人気のないところまでやってきて、ようやくサーシャを解放した。

サーシャの背に、ヴィクトルの細身だがたくましい身体の感触が残っている。

何しろ国一番の美男子なのだ、兄妹でなければーー


「いや、ないわ」

「ん?」

「なんでもない……それより」


ヴィクトルが煽っているというのが気になる。

勝算はあるのか?全貌は掴めているのか?


「正直、状況はかなり切羽詰まってきている。

喧嘩も増えて、牢に送られる者が増えてる。

国王と、先代勢力との溝がはっきりしてきてるんだ。

先代勢力が国王と折り合いをつけ、共に国を作り上げるという姿勢でないのなら、

やつらはただの足枷だ、つぶさねばこちらが危うくなる。


まぁ今はそれでも、奴らじゃ黒いものに太刀打ちできないのは明らかだからな……

黒いものがある限りは奴らは大きくは動けん。

そのうちに、奴らの力を削いでおきたいんだよ、

黒いものに集中するためにもな。

もしくは黒いものに飲み込ませるか」

「飲み込ませたら黒いものが増殖するぞ、やめとけ」

「そうか。ならば今のうちに奴らを弱らせたい。……そこでだ、サーシャ。

お前に手を貸してもらいたいんだよ」


サーシャの眼光が鋭くなった。


「お前を囮に、反王政派を探りあて、始末する。

さっきの令嬢にお前を紹介したのは小手調べだ。

あれで将軍どもがどう動くか見てみたい。

お前に反抗する者が出てきたところを、俺が処刑してやる、国王の娘に刃を向けた罰としてな。正当な手順で反乱分子を始末できる」


…………

…………


サーシャは、すぐには決断できなかった。

ヴィクトルの提案は、どうにも危険な賭けである。

自分の命も危険に晒すし、ヴィクトルがいくら強いからと言って、相手の規模も不明なのである。


ーーイーゴリなら……手は出さない。


イーゴリに、余計な心配もかけたくない、

既にヴィクトルとの手合わせはやらかしてしまっているが。


「父上が不自由なく国を治められるようにしておきたいんだ。

黒いものを消し反乱分子を始末したら……俺はお前たちと一緒に行く」


ヴィクトルがサーシャをまっすぐ見て、言った。


「戦力はあったほうがいいだろ。

俺も……母上がなぜ行かねばならなかったのか、知りたい。


この世界に何が起こっているのかも。

俺の力は何のためにあるのかも。

お前と俺とが正反対の性質であるのはなぜなのか、も。


……ここでいつまでも敵を待ち構えて時間を潰すわけにはいかん。

事実上、黒いものと反乱分子、二つの敵を抱えてることになる。

証拠を挙げてできるだけ早く、不安要素は消しておきたい。


既に父上は十分過ぎる温情を奴らに与えている、これ以上奴らの改心を待つ必要はないと思う」


ヴィクトルの言うことも、もっともだ。

敵の出方をいつまでも待っていても、解決にはならないのだ。


「イーゴリにまた説教くらうな……」


「お前はいつまでイーゴリ、イーゴリ言ってるつもりだ?

奴は確かに素晴らしい武官だが、お前を過保護にし過ぎだ。

お前もそろそろ奴から自立してみろ、頼るのはいいが、奴の判断基準にまで従うことはない、

お前自身がどう感じるか、やってみろ。

てか今までも仕切ってきてんだろ?奴の評価など気にするな」

「いや、別に評価なんて思ってないけど」

「奴の前で大人になってみせろ。

自力で歩めるとな。お前から離れないと奴は過保護だってことに気づかない、この前俺が言ってやったがな。

失敗したら一旦奴のところへ戻ればいいだけのことだ。奴なら受け入れてくれるだろ」


サーシャは腕を組んで考え込んだ。


「……うーん、ヴィーシャの言うことは分かるし、今の状況を打破する必要があるのも分かる。

でもちょっと考えさせてくれ。

迷いがあるまま実行に移すのは危険だと思うんだ。

イーゴリに、話だけはしてくる。あの人の意見を聞くかどうかはまた別だけど、勝手に行動するのでは筋が通らない。

あの人は、私を心配しながらも、大分私のやりたいようにさせてくれてるよ。

その信頼には応えたい」


「大胆だったり慎重だったり、お前の考えはなかなか読めんな……

いいだろう、猶予をやる」


二人はサーシャの部屋に向かって歩き出した。


* * *


部屋の近くでヴィクトルと別れ、扉へ向かったとき。


サーシャの目は、廊下の奥に、一つの人影を見つけた。


なぜか、妙に気になってしまい、目が離せなかった。


引き寄せられるように、その人影を追う、メイドの後ろ姿をしている。


サーシャは小走りで、メイドに追いついていった、


そしてーー


「あの」


声をかけた。


「はい、御用でしょうか」


メイドが振り返り、頭を下げた。


「えと……」


メイドは目を伏せたまま顔をあげる、


表情の抜け落ちた顔。


ーーイーゴリの助けた女だ。直感でわかった。


「私の部下に、会ったな?」


ヴィクトル様、マザコン疑惑。


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