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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
36/201

36.騒ぎのあと


ナターリヤは、広間が見渡せるバルコニーのような場所へレオニードとやってきた。

日中旋律の訓練をしていた広間は、今は静まりかえっている。


「回復したか?」

ナターリヤは、クヴァスーーレオニード持ってきた飲料ーーの瓶を口にして、レオニードに尋ねた。

クヴァスは庶民の間では広く飲まれている飲料で、喉を潤すにはちょうどいい。


「何とかな。だが一晩寝なければ完全には回復しない。

貴殿にはまったく、たまげたよ」

「イーゴリ総司令官から直々に鍛えられてるんでね」


ナターリヤの笑みは不敵だ。


「あのイーゴリ閣下からか!」

イーゴリはこの国でも勇士として評判らしい。アナスタシアの使いとしても何度か訪れているし、親交国として過去には武術指導を行ったこともあるそうだ。


「閣下は訓練のとき、女性にも遠慮されないのか?」

「まったく。男と同じだ。体力の違いはさすがに考慮してるけど、あの人は女を出すような女は嫌うからな」

「そうなのか」

「それよりここのことなんだが、文句言ってもいいか?」

「な、何なりと」

レオニードはすっかりナターリヤの傘下にいるようだ。


ナターリヤは、この城の身分のない女性たちのことについて話した。

男性の体の仕組み上、仕方がない部分もあるのは理解はしているけど、と前置きして、

国王とともに意識改革を進める必要があるのでは、と。


レオニードはちょっと困っている、自分に言われても何からどうすればいいかすぐに思いつかない、国王に進言するくらいしか。

「国王陛下は、実は前々から、女性の尊重ということは言われていたのだ。

軍に女性を入れろとはおっしゃらないが、男が女を支配するものではないとよくおっしゃっている。

だが多くの人に今までの慣習が残っているんだ、特に軍上部の世代にな。直接先代陛下のやり方を叩き込まれてるから、先代のやり方が一番正しいと思ってるんだ。現に今日、旋律を覚えに来たのは大半が若い世代だったろ?

将軍や他の副将は、やっぱりどこか先代を尊重するきらいがあるんだ」

レオニードはナターリヤと同年代、この年代で副将を任されているのは相当の実力者だということだ。

ナターリヤは内心、これで相当の実力者かよ?と思ってしまっているが。


「とはいえ国王陛下には進言してみよう。国王陛下だけが今までおっしゃっていたことだ、賛同する部下がいればやりやすくなるかもしれないし、若者だけでも意識が変われば何が変わってくるかもしれない」

ちなみにレオニードはうっかりナターリヤの質問に、一人で処理する派だと言ってしまい、大いに赤面した。

「何を言わせるんだ貴殿は!使うまいと思ったが、女のくせに、そういうことを口にするもんじゃないだろ!」

「なんで女だけが貞淑でいなきゃなんねーんだ、貴様は女のことなんかわかっちゃいねーな、

女だってそういう話はするもんだぜ?」

レオニードは変な汗をかいて目線を泳がせている、結構初心(ウブ)な男なのか。


そのとき、上の階から轟音がした。


とたんにナターリヤもレオニードも軍人の顔に戻り、上階に向けて走り出した。


…………

…………


城内が先程の轟音でざわめいている。

ナターリヤたちのいたところからは、屋上へ向かうルートが遠い。

レオニードに先導してもらって、屋上へと急ぐ。


屋上手前というところで、人混みの中から見えて来たのは、ヴィクトル王子だった。


「レオニード。皆、混乱させてしまったな、さっきの音は敵襲ではない。

各自持ち場に戻ってくれたまえ」

ヴィクトルは涼しい顔だった。

だがナターリヤには何がなんだかわかっていない、一緒にいたはずのサーシャはどうした?

コイツは旋律をちゃんと習得したのか?

ナターリヤはまだ王子を信用していないのだ。


ナターリヤはレオニードの前に出る。


「近衛隊長か。貴女の主君なら心配ない、イーゴリとすれ違わなかったか?」

「いいえ、殿下。総司令官殿は見ておりませんが、何があったのです?」

「では行き違ったか。ちょっと我が妹と手合わせをな。詳しくはサーシャから聞いたらいい、私は父に報告せねばならん」

「サーシャ?」

ナターリヤは、王子がサーシャと言ったことに気づいた。

「我が主君に滅多なことがありましたら、いくら殿下といえど、見過ごすわけにはいきませんよ」

レオニードが王子を背にしてナターリヤの前に出る、

「ナターリヤ殿、それ以上は私が引き受けますぞ。殿下がアレクサンドラ様を傷つけるとでも?殿下はそのような方ではない」

「貴様は黙ってろ」

「まぁ待て、二人とも。近衛隊長よ、貴女もイーゴリも、サーシャに対して過保護というものだ。まずはサーシャの話を聞いてからにしてくれ。なんせあいつはぶっ飛んでる、あれが妹だとは面白いものだ」


ヴィクトルはあくまで余裕のある表情だ、ナターリヤに対して構えもしない。


「レオニード、旋律の習得ご苦労だったな?

もう休め、体力が残ってないのに無理をするな」

「……はっ、畏れ多うございます」

「俺も明日から指導に回ろう。引き続き頼んだぞ?レオニード、ナターリヤ隊長」


ヴィクトルはそういうと、二人の前を通り過ぎていった。

ナターリヤは拍子抜けしている、

王子はどうやら旋律を習得し、しかも教えられるほど理解を進めているようだ。

……秀でているのは間違いない。


それよりも気になるのはサーシャだ。

イーゴリが部屋に連れ帰ったようだ、急いで戻らねばならない。


「じゃあ、レオニード、明日な」

「あ、ああ、また明日よろしく頼む、ナターリヤ殿」


* * *


ーー気づいたらベッドに寝ていた。

また、薄暗い部屋にロウソクの光。今度はどのくらい眠っていたのか?

黒いものを取り込んだのではないせいか、頭痛はしない。ただひどく疲れているだけだ。


で、寝室を出ると、

恐い顔をしたイーゴリに長々と説教をくらった。


いつ黒いものが出現するかわからないのに、力を使い果たすとは何事だと。

それに、城内は安全ではないのに意識を失うようなことをやらかすとは、等々。


疲れていたので半分くらい聞き流していたら、真剣に聞けと怒られた。


途中で戻ったナターリヤにも事情を説明したら、ナターリヤにも怒られた。

でももう、兄のことは信頼している、兄といれば何も心配はいらなかったのだ。

二人はまだ兄のことを疑っているようだが。


説教して気が済んだのか、イーゴリがいつもの寡黙な男に戻った。

夜食あるかな?と言うと、呆れられてしまった。

ナターリヤは笑っている。


部屋付きの侍女は、夜は頼まないことにしていたので、食堂に何かないか行こうとしたところ。

イーゴリに止められた、女性一人では危ないと。


ーーそしてそのまま、イーゴリが助けたというメイドの話を聞くことになった。


「この子じゃないよな?」

ナターリヤが自分用の部屋のドアをそっと開け、ーーソファーで何とメイドが寝ていたーーイーゴリと確認する。

別のメイドのようだ。


そのメイドが、名を明かさなくても告発を拒んだこと、3人で考えたがどうすればいいのかわからなかった。

ナターリヤからも、今寝ているメイドに魔法を教えたことを聞いた。


「しかし……見なかったことにするのも……」

「それこそ次の被害者が出るよな」

「情報としては不足してる。告発するとヤバいことになるのかもしれない」

「男どもは閉じ込めたままだ。騒ぎにはなるだろう。だが解放するわけにもいくまい」

「勝手に処分しても許されるのは、王か王子くらいか?」


「ごちゃごちゃ考えても、答えは出ないよ。

どれがベストかも、やってみなきゃわからない。そのメイドにどういう事情があってどういう展開になるかは読めないから、転び方が悪ければ諦めてもらうしかないな、気の毒だが。

どっちにしてもその男どもは閉じ込めてるんなら、放置はできないな、何らかはしなきゃ。

既に他の誰かにバレてるかもしれないし。

部屋を確認して、お父さまに処分の許可を取ろう」


サーシャはきっぱりと言った。


イーゴリが少し迷っているように見える。

「イーゴリ……気になるの?」

「いいえ。気にしてなどおりません」

イーゴリは言うが、顔が晴れてはいない。

自分の行動で一人の運命が変わるかもしれないのだ、穏やかではいれまい。

だが……イーゴリになんの責任があるというのか?

たまたま遭遇した出来事のために。


サーシャは、自分の手を握りしめた。

ーーこの人に忍び寄る闇は、私が代わりに受ける。


「例え悪い結果になったとしても、貴方の責任じゃない、それだけは言える。

貴方の心を曇らすものは……全て私が引き受けてやる。だから何も心配するな」


私はいつからこんなに偉そうになったのか?

貴方がいないと何もできないのに。


でも代わりに……

貴方の負荷は全て私が引き受ける。

貴方が私にしてくれているように、自分の全身全霊をかけて。


ヴィーシャとやり合って、全身全霊で戦うという感覚が分かったのだろうか?

どこまでも私を受け止めてくれるのはイーゴリの方だと思っていた。

でも、今は私にも、貴方をどこまでも受け止める力があると思える。


「姫さま……」

イーゴリの目力が強くなった。


それを合図にするように、サーシャはソファーを立つ。

イーゴリもナターリヤも、続いて立ち上がった。


「行こう」

ナターリヤが先導して、3人は部屋を出た。


* * *


イーゴリについて、例の部屋の近くまでやってきた。

イーゴリは、少し離れておくようにサーシャとナターリヤに合図し、一人で戸を開けに向かう。

用心しながら戸の横の壁に背をつけーー


戸にかけていた魔法が消えている!?


ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。

戸を開けるとーー


中には誰もいない。


「……どういうことだ」


あの男たちが魔法を破ったのか?

それとも、これを発見した者が誰かいたのか……?

ある程度魔術が使えなければ、戸は破れなかったはずだ。


用心深く部屋の中を見渡すが、狭い物置のような部屋には何の気配もしない。


「誰もいない。魔法が破られている」


サーシャとナターリヤも集まった。


「マジかよ」

「逆に不穏になったな」

「とりあえず戻るか?」

「そうするしかあるまい」


来たときよりも用心して、3人は部屋に戻った。

「姫さま、これからは決してお一人で行動してはなりませんぞ。

必ず私かナターシャを伴ってください。

ナターシャも、油断するな。いくら腕に覚えがあっても、一人では行動するな」

「わかってる、大将」

「貴方もな、イーゴリ。男なら大丈夫と思うなよ」

「……姫さま……かしこまりました」


そして、3人はそれぞれの部屋で眠りについた。


一瞬下ネタ失礼しました。

R 15ですので。

今後も予告なく下ネタ混じることがあります。

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