35.力を持たないもの
中盤、男尊女卑的場面あり、
苦手な方ご注意ください。
もう夕方だ。
ヴィクトルと色々話していたら、時間がいつの間にか経っていたようだ。
空は晴れているが、心なしか濁っているように見えた。
この地の閉塞感とでも言うのだろうか?
ヴィクトルは四方に結界を張った。
「これで外に衝撃は漏れない。
……では、来い、サーシャ」
サーシャは剣を抜き、少しずつ間合いを詰めた。
どこからかかろうか?
ヴィクトルには隙というものが見られない。
実戦だったらやばくね?と思う。
だが今は、仕掛けなければ何も見えない。
サーシャは瞬時に構えると、ヴィクトルに届かない程度の突きを出した。
ヴィクトルは見切っている、反応しない。
続けて突きを繰り出す、
ヴィクトルの剣がサーシャの剣に絡まった。
そのまま激しく切り結ぶ。
防御魔法など使わない、ヴィクトルの前にそんなものは無意味なのだ。
ヴィクトルは片手でサーシャの剣に対抗している、こちらは必死だというのに。
空いた片手に魔法が見えた、飛び退いて魔法に備える。
自分の防御など意味はないだろう、剣に魔法をまとって、ヴィクトルの魔法を切り裂く方が、こちらのダメージは最小限で済む。
ヴィクトルの魔法がかき消えた。
なんだ、読まれたからやめたのか?と思っていると、目の前にヴィクトルが来ていた、
慌てて剣を受け止める。
「あっぶね!手加減なしとか無茶だろ!」
「フン、俺について来れる奴なんてそもそも皆無に等しいんだ、よく見えたな」
「見るだけならなんとかな!」
「防御もしないとは」
「私の魔力じゃ、アンタに防御したって無駄なんだよ」
「なるほど?次は俺に魔法を仕掛けてこい」
ヴィクトルは離れた。
「そんなこと言ったって効果的な魔法なんかねーよ!お前こそ仕掛けてきやがれ!」
サーシャは叫んだ、ヴィクトルの表情がわずかに動く。
「そうか……ならばこちらから行こう」
ヴィクトルは瞬く間に間合いを詰める。剣先が早すぎて、一々追っていては流れを見失ってしまう。
少々の傷は覚悟の上、大きな一撃が来るのを見計らうのだ。
だがヴィクトルは容赦ない、剣でぶつかりながらも、片手で魔法を使いこなすのだ。
今度は魔法が来る。
防御も効かない、対抗しようにも威力が足りないだろう、
足掻いてみるか?
魔法を自分の前に出すのではない。
自分の剣と、それを握る手と腕そのものに魔法をまとわせ、剣と腕を盾代わりにしてしまうのだ。
ヴィクトルが剣で押してきつつ魔法を向けた瞬間、サーシャは剣と腕にーー
旋律を巻き付けた。
ヴィクトルの表情に戸惑いが見える、攻撃がサーシャに直接当たるのは想定外だったか。
「そのまま来い、ヴィーシャ!」
ヴィクトルはサーシャに向けて魔法を放った。
衝撃がサーシャを襲う。
だが、その威力が緩むのを感じた。
「緩めんじゃねぇ……最大出力で来やがれ、どこまで耐えられるかやってやる。回復は頼んだからな」
ヴィクトルの表情が歪んだ。
サーシャを打ち付ける魔法の威力が上がってくる。
腕に巻き付けた旋律で緩和されてはいるが、旋律も崩壊してきている、
旋律を紡ぎ続けるが、ヴィクトルの強さに追いつかない。
だが思いの外、押し負けてはいない。
これほどの威力なら、あっという間に力尽き、吹っ飛びそうな強さなのだが。
母が言っていた、攻撃によるダメージを全ては受け切っていないようだった、というのは、このことか。
もしかして、攻撃の類も、黒いもののように、取り込んでいるということか。
仮にそうなら、それがどこまで通用するか?倒れるまで耐えてやるつもりだ。
自分の本気を見てとったのか、ヴィクトルは威力を強めてきた。
威力はどんどん上がっていく、これが勇士イヴァンの末裔の力か!
「く、うぁぁぁ!」
「うおおおお!」
ヴィクトルも全身で力を込める、
爆発とともに結界が破壊された。
ヴィクトルは膝をついた、
「サ、サーシャ!」
煙が風に流れていき、その中に人影がうっすらと見えてくる。
ヴィクトルは駆け寄った。
サーシャが倒れている。
急いで状態を確認した、大きな怪我は見られないが、体力、魔力ともに底をついていて、意識を保てなかったようだ。
「無茶苦茶だ……お前」
ヴィクトルは呟くと、疲労回復の魔法をかけてやった。
体の内部にも損傷はなさそうだが、そこかしこに小さい切り傷は見える、怪我に特化した回復魔法もかけておく。
自分もかなり消耗した、サーシャを運んでいく余力は今はない。
ヴィクトルはサーシャの横に寝転んで、回復を待つことにした。
「何てやつだ……体当たりとはとんでもない戦法を取りやがる……
俺の力を受け切った奴なんて、前代未聞だぜ……」
* * *
訓練を終えたイーゴリは、サーシャを探しにまず会議室に向かった、
だがサーシャもヴィクトルもいなかった。
誰かサーシャとヴィクトルを見かけた者はいるだろうか?
城内を探そうと踵を返す。
と、通りかかった一室から、どうにも不穏な空気を感じる……
小さい窓には内側から布が貼られていて、中は見えない、だが城内にこんな危険な雰囲気があるものを放置していてはまずかろう。
イーゴリは剣を抜くと、ドアノブに手をかけた、鍵は閉まっている。
鍵の部分を魔法で爆破させ、ドアを蹴った。
「おい、なんだぁ!?」
「まずい!」
男が複数いたようだ。
イーゴリは中に足を踏み入れた。
そしてーー
目を疑った。
5人の下級兵士らしき男、その奥に、
今にも襲われそうになっていたらしき、若い女性。
男の手が女の服にかかっていたところだった。
「……これはどういうことかな」
イーゴリは静かに言ったが、内心は混乱と怒りで渦巻いている。
「う、うるせえ、誰だてめぇ!」
「クソ、やっちまえ」
兵士たちが殴りかかってきた、全員剣は外しているし、狭い部屋で剣など抜けない。
イーゴリは容易くよけると、瞬く間に全員を殴りつけて倒してしまった。
「なんとも卑劣なことだ……処分してもらうしかあるまいな」
気絶している兵たちを部屋に押し込め、イーゴリは自分の上着を脱ぎ、震え慄く女性に羽織らせた。
「もう大丈夫だ、ここから出よう」
女性は怯えていて、立ち上がることもできなさそうだった。
イーゴリはため息をついた、本当のところは、見知らぬ女性に関わりたくはないのだが……
「手を貸そう、俺はヴァシリーサの国の王女の護衛をしている者だ、安心してほしい。
部屋まで送ろう」
イーゴリは視線は外して身をかがめ、女性に手を差し出した。
女性はおずおずとイーゴリの手を取り、やっとのことで立ち上がると、部屋の外へ一歩踏み出した。
「姿が見えなくなる魔法をかけてやる。部屋はどこかな?」
「……1階の、使用人の寮です」
女性は消えるような声で言った。
イーゴリは女性に魔法をかけ、姿を消した。上着を羽織ったとはいえ、服はあちこち破られていて、人前に出られる姿ではなかったのだ。
女性を部屋から出すと、男たちが倒れている部屋の戸をそのまま閉め、魔法で閉じ込めておいた、これで勝手には出てこられない。
イーゴリは女性がついてきているのを確認しながら、前を歩く。
女性に部屋への行き方を聞く以外、何も喋らなかった。
さっきのことを聞いて蒸し返すのもよくない気がするし、かといって話したいことなど特にない。それに慰める方法など知らないのだ。
部屋に着いたところで、イーゴリは女性の方は見ずに尋ねた、
「上の者に話しておこうか?」
「いいえ……助けて下さったことには感謝しておりますが、何も……他へはどうか、お話しくださらぬよう……
私が油断してしまったのがいけなかったんです、今後は気をつけますので」
「しかしあの兵士どもを放置してはならん。どこの隊のものかわかるか」
「いいえ……お願いですから何もおっしゃらないでください。大丈夫ですから……」
「あんただと分からなければ言ってもよかろう?
このままにしていれば、また同じことが起こるぞ。
なぜ襲われた方が、油断したからと責を負わねばならんのだ?」
「……何を言っても、責められるのはこちら側なのです……身分があれば別ですが、使用人など兵士様に逆らってはならないのです……」
イーゴリは後ろを向いたまま顔をしかめた。
そんなことがまかり通っているのは、どうにも許しがたい。
内々に処分してもらうことはできるだろうが、あの一団がいなくなったところで軍の本質は変わらない、同様のことは繰り返されるだろう。
この規模の軍の意識を変えるのは容易ではないのはよくわかるが……
一応、城下町があり、兵士たちが発散させる場があるときにはそこまで問題にはならなかったのかもしれない、ないとは言わないが。
とはいえ、自分は何よりも主君を守らねばならない、ほかの者に構ってなどいられないのだ。
それなのに下手に関わってしまっても、その後の責任は取れない。
見なかったことにしておくのが一番か、とも考える……
女性が身だしなみを整えて部屋から出てきたところで、魔法を解く。
「騎士様、上着をどうもありがとうございました。
私は仕事に戻らねばなりませんので、どうか、先ほどのことは見なかったことになさってください。ですが感謝の気持ちは、私、一生忘れません」
女性はきれいにたたんだ上着をイーゴリに差し出し、一礼すると、去っていった。
……あんなことがあった後で、そんなにすぐ仕事に戻れるものなのか?
イーゴリは疑問に思った。
表情が抜け落ちたような顔だった。
なぜこれほど頑に、告発を拒むのか。
母国の女性とは考え方が全く違う、どうすればいいかわからなかった。
ヴァシリーサの国では、使用人であっても兵士と同等だったのだ、だらしない兵士などは使用人に母親か姉のように怒られたりしていたというのに。
旋律の教授のときにも感じたが、そもそも強い意志を持っているような女性が少ない。
大人しく従順で、命令を決して拒まないようなタイプばかりなのだ。
ナターリヤを見て一様に驚いていたほどだ。
イーゴリは上着を着ると、歩き出した。
そういえばもともとサーシャを探していたのだ。
ヴィクトル王子はどこへ行っただろうか?
通りかかった兵士にヴィクトルの部屋を聞き、そちらに向かった。
* * *
突然、轟音がした。
敵襲か!?
身構えて四方を伺う、周りでも皆驚いている。
姫さまは!?
どこにいるのだろうか、ご無事だろうか!?
外で音がした気がした、屋上から様子が見られるだろうか。
イーゴリは階段を探し、見つけては駆け上がった。
他にも兵士たちが屋上に向かおうとしている。
「イーゴリ閣下、今の音は!?」
「わからん、どこからしたかわかるか」
「城の上部かと!」
屋上に出る扉を開け放つと、
遠目に、倒れている人影を見つけた。
慌てて駆け寄るーー
「おう、イーゴリ……」
ヴィクトル王子の声だ。
隣で倒れているのは……
「姫さま!?
殿下、一体何が」
「まぁ落ち着け、心配はいらんよ。
ちょっと手合わせをしたら、全力出し過ぎて共倒れだ。
いや、母上の娘はすごいな」
「それどころではありませぬ、姫さまを」
「そう怒るなって、回復魔法はかけてある。少しすれば目覚めるさ」
イーゴリは倒れているサーシャを抱き起こす。
「お部屋で休ませます」
「過保護か?お前は。そんなヤワな姫じゃねぇだろ?」
寝転んでいたヴィクトルも起き上がった。
それはそうなのだが。
この二人の間に何があったのだ?
手合わせで倒れるなどと……
さっきのことがあったばかりだ、この城で安心してサーシャを置いておけないのだ。
「失礼仕ります、殿下」
イーゴリはサーシャを抱き上げ、部屋へ戻っていった。
騒ぎを聞きつけて屋上にやってきた兵士たちが驚いている。
「皆、敵襲ではない、手合わせしたら威力が出すぎて結界が壊れたんだ。
安心して中に戻れ」
ヴィクトルは、先にいくイーゴリの背を眺めていた。
サーシャが全てを預けているといった男。
あの膨大な力をも受け止められるサーシャを、さらに、包み込むような大きさをその背に感じる。
サーシャからの絶対的な信頼に、全身で応えているのが、イーゴリの背からはよくわかるーー自分にだけかもしれないが。
もし、あんなに信頼し合える部下か誰かが、自分にもいたらーー
ヴィクトルは、いや、と思い直し、自分の部屋へと方向を変えた。
父王に、サーシャとのことを報告しておこうと思いながら。




