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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
33/201

33.別の脅威

セクハラを連想させる可能性のある表現があります。

苦手な方はご注意を。


日が暮れる頃。

皆疲れてぐったりとしている。

元気なのは国王、イーゴリ、ナターリヤのみだった。


「皆、よくやった。これを高めていけば、少しでも脅威に対抗できるはずだ。

明日からも引き続き訓練に励むように。では本日は解散としよう。

教授くださったイーゴリ閣下とナターリヤ殿に礼を述べよ」


一同が二人に頭を下げ、場は解散となった。


「レオニードよ、しっかりせぬか。

どうだ、真に強い者とは何か分かったであろう?」


国王がレオニードに声をかける。

レオニードはナターリヤにしごかれてへたり込み、立つこともできない。


「め、面目次第もございませぬ……」

「だがこれでそなたも成長できているぞ。頼りにしている」

「はっ、ありがたきお言葉……」

レオニードはようやく立ち上がり、国王の後に続いた。


イーゴリもその場を去ろうとしている、ナターリヤが声をかけた。

「大将!どちらへ?」

「姫さまがどうされているかと思ってな、おそらくご無事だとは思うが」

「私も」

ナターリヤもイーゴリに続こうとする、


「ナターリヤ様!」

一番に旋律を習得した女性に呼び止められた。


「あの……不躾ながら、お願いがございます」


ファイーナという名の若い女性、城の使用人だ。

一人だけ残って、どうしたというのか?


「何か?」


「私に……剣を教えてください。いえ、剣でも体術でも魔法でも、なんでもいいのです、

……身を守る術を教えてください」


「身を守るとは」


「……この城の、男からです」


* * *


ナターリヤはイーゴリと別れ、ファイーナを連れてあてがわれた部屋に戻った、

彼女の上司に、彼女を借り出すことを頼みーーというより、他国ではあるが近衛隊長という目上の権力をもって、彼女を使う許可を出させたのだ。


「まずは話を聞かせてくれるか……言えるところまででいい。

まぁ、予想はつくけどな」


男から身を守りたいとは穏やかではない。

だが今は城には男性兵士が大半を占め、女性は少数。


そして。

男性兵士が生理的な欲を満たす場が、今はないはずだ。


軍隊にいたナターリヤは知っている、

少なからずの男性兵士が欲を満たすため、下町に女性を買いに行くことを。

ここでも必ずそういう店はあったはずだ。

だが城下町は全て失われている。


城の庭は広いが、城には閉じ込められた状態、それがもうひと月続いている、

そういう気を起こす男性がいてもおかしくはない環境なのだ。

特に、女性が尊重されていないこの国では、その可能性は言わずもがな。


「私自身は大した被害に遭ってはいません。

ですが……お察しの通りでございます、いつこの城のものに襲われるか、使用人の女たちは怯えながら毎日を過ごしているのです」


「大した被害ではないというのは、つまり何かはされてるってことだな?」

「……」

「いい。さて……」


ナターリヤは、何を教えようか考え、


「魔法が一番応用もきいていいかもな、知っているのと知らないのとでは自信も違う。

よし……初歩のものを教えよう」


ファイーナは疲労しているはずだったが、ナターリヤはあえて教えることにした。

明日教えるのでは間に合わないかもしれないのだ。

初歩でいいから教えるだけは教えておきたい。

今晩はここで寝てもらえばいいのだ。


魔術は使ったことがないファイーナだった、これも一から教えなければいけない。

だが旋律を少しでも取得したのだ、魔法の感覚はつかめているはずだ。


学問的なものはいらない、

意志と、イメージの力を使う種類である。


集中力と、望む結果に導く強い意志が必要となる、

精神力は一番使うものだ。


ファイーナなら強い意志を持っていると感じたナターリヤの選択である。


…………

…………


部屋に結界を張った。

ファイーナの肩をつかみ、その手を意志の力で跳ね飛ばしてもらうことを目標とする。


そう説明して、ファイーナの肩に手を置くと。


ファイーナが一瞬、びくっと身を震わせた。


目の前にいるのは、女性のナターリヤなのに。


既に、こういうシチュエーションに対して、恐怖が植え付けられているのだ。


「怖いか?」

「……は……はい……」


「まずは、安心しろ、私は女だからな。

一旦落ち着け、それで、自分が何をしたかったのか、思い出せ」


ナターリヤは、ファイーナの肩から手を離した。

ファイーナの緊張が緩むのが分かる。


ファイーナはしかし、何度か深呼吸をすると、再びナターリヤに向き合った。


「お願い、します、ナターリヤ様」

「ん、いい顔だ」


恐怖があって尚、乗り越えようという意志は間違いなくある。


もう一度ファイーナの肩に手を置く、

その体から恐れによる緊張が痛いほど伝わるが、同時に恐怖に耐え、踏みとどまっているのもまた感じられた。


「よし。

じゃあ、この手を振り払いたいと、意識しろ」

「はいっ」


少しずつ。

少しずつ、ファイーナの内に、意志が力となって存在していく。


「その調子だ。

強く、思うんだ、この手を払いたいと」

「はい!」


だが、思ったよりも力が溜まってこない。

強く思ってはいるだろうに、何が足りないのか。

荒療治になるだろうが、男の手だとイメージしてもらうことにする。


「もっと。もっと強く思え!

この手はお前が振り払いたい男の手だ。跳ね返せ!」

「うっ……く……」

ファイーナはうめき出す。

とたんに、力を妨げるものがファイーナを支配する。


男の手だと、意識したから。


今まで男に言い返せたこともなかったのだ、

従わなくてはならないという長年に渡る刷り込みが邪魔をしているのだろう。


「まだ足りない。

嫌だと言ってみろ、拒絶してみろ!


いいか……魔法が使える使えないじゃない。

嫌だと言えるかどうかだ!

嫌なことを、嫌だと言え!」


そう、拒絶する意志を持てるかどうかが、ファイーナにとって最初の関門なのである。

ファイーナはなかなか言えない。

言う前に、嫌だと思うことから始めなければならないのだ。


何度か口を開きかけては、やめてしまう。


「嫌だと思え。嫌だと思っていいんだ。拒絶していい!」

少しだけ表情が変わった、

嫌だと思えたか?


「さあ、言ってみろ。嫌だと」


「う、い、……嫌……」


やっとのことで、小声で言った。

これをもっと高めねば、拒絶はできない。


「もっと強く!もっとだ、この手が吹き飛ぶのをイメージしろ」


「い……嫌!」


何度かそのやり取りを繰り返した、

だがまだ力が発動している感じがない。

回数を重ねるうちに、出てきそうな雰囲気はしてきた。

あとひと押しを畳みかける、


「まだだ!

もっと拒絶していい!全身全霊で拒絶しろ!」


「ーーーっ、

いやああぁぁーー!!」


ナターリヤの腕に衝撃が走り、

ナターリヤは上がってくる衝撃を慌てて抑え込んだ。


「うあ………きいたー……

やったなファイーナ」


ファイーナはへたり込んで、肩で息をしている。


「大丈夫か、横になれ」

多分、目眩を起こしている。

ナターリヤは肩を貸すと、ファイーナをソファーに寝かせた。


「ナ、ナターリヤ様……怖かったです」

「そうだと思う。荒療治だったがよくついて来たな、

嫌だと思えることが始めだ。

……もう安心していいぞ」


ファイーナの目から涙がこぼれ落ちる、

安堵したのだろう。


「……今まで、嫌と言ってはなりませんでした……

貴族はともかく、城勤の女に拒否権などないのです。

……国王陛下は、優しいお方ですけれど……

この国を仕切っている方々にとって、女とは道具のようなもの、

意志を持ってはならなかったのです……


ナターリヤ様が、レオニード様にあんな風におっしゃるのを見て、

初めて、男性にあんな態度が取れることを知ったのです。

ナターリヤ様、貴女様はこの国の女性の希望です」


「またえらく持ち上げられたな……

だがあの王子は確かにいけ好かない、顔は良いがあれが国王になるといろいろ心配だ。


私たちもここにずっといるわけではない、

貴女たちが自分で自分を守れるようにしなければいけない。

その土台を作るところまでは、乗りかかった船だ、責任をもってやろう。

あとは貴女たちが、圧力に屈しないよう、強く意志を持ち続けることだ」

「はい」

「これだけの規模の軍だ、簡単には変わらないだろう。

だがやり続けろ。一人ずつでも変えられたら、いつか勢力は増す。

ファイーナ、貴女は強い意志がある。必ずできる、大丈夫だ」

「……ありがとうございます……!」

ファイーナは何度も頷いて、鼻をすすった。


「この手をめがけてもう一度、力を出してみろ。

できたら今日はそのまま寝たらいい」

「はいっ……」


ファイーナは手を出すと、ナターリヤの手に向かって念じた。

軽い衝撃が、ナターリヤの手のひらに当たった。


「よし。魔法を出す感覚はそこそこつかめている、あとは旋律も魔法も、強く願うんだ。

明日のために休んでくれ、この部屋は私が結界を張っているから、心配することはないから」

「はい……ナターリヤ様、ありがとうございました……」


ナターリヤはシーツをベッドから取ると、ファイーナにかけてやった。

このままでは気が高ぶって寝付けないだろう。軽く、気分を抑える魔法をかけてやった。


ほかの女性たちは、どうしたいだろう?

彼女たちが踏みにじられて泣くことを、ひとつでもなくしたい。

この国の方針としては余計なお世話なのだろうが……

同じ女として、この国の女性が男の影で怯えるのをみすみす見逃すのは、どうにも許せない。

幸いにアレクサンドル国王は、アナスタシアという女性を知っている、

女性が力を持つことを拒否はすまい。

レオニード副将も女性が旋律を学ぶことを認めていた。この辺りを突破口にしたい。


大将っぽいヤン将軍とやらは何をしているのだろうか?

ほかの副将たちは?


ヴィクトル王子はどうなっているだろう?サーシャに任せっきりだった。


……ファイーナは寝入ったようだ。


* * *


部屋の戸をノックする音がした。

サーシャの部屋付きの侍女だった。


「ナターリヤ様、レオニード様がお呼びでございます」


サーシャが使う王妃の部屋からしか、ナターリヤの使う侍女用の部屋には入れないから、

就寝時以外は基本侍女が部屋についている。


ナターリヤはサーシャの部屋の戸を開けた、

飲み物の瓶を2本持ったレオニードが立っている。


「ナターリヤ殿、よかったら少し話さないか?」

「ああ……いいよ」


レオニードが瓶を差し出してくる、ナターリヤは受け取った。


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