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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
31/201

31.いにしえの巡り


マジか。


何だこれ?


いや、王子持ち上げすぎだろ?

どういう教育でこうなった??


神の力なら、黒いものの発生止めてみろよ、

と言ったら間違いなく大荒れになるので、とりあえず今はやめておく。


「えーと……

まぁ、じゃあ、それはそういうことで。

とりあえずこちらの知り得たことはお話ししましょう。


この抱擁の旋律というのは、この旋律そのものに鎮魂の力が込められています。

術者の力により、長くしていくことは可能。

黒いものに巻きつけるとか、触れさせると、触れた部分から黒いものの浄化がなされるようです。


この旋律の根本は、愛、受容です。

対象を受け容れて、愛で包むのです。


それによって黒いものは浄化され消散していく。

つまり黒いものとは、感情が基になっているようなのです。


術者に愛とか受容の心がなくとも、

旋律さえ紡げるようになれば、旋律がやってくれますから、鎮魂の一方法として使われているようですね」


もっともらしく解説しているが、ヤロスラフのくれた旋律の教本に書かれていたことと今までの経験から導き出したことを言っただけである。


「我が国ではそれこそ、鎮魂といえば光の魔法であろう」


誰よりも早く口を挟んだのは、アレクサンドル国王だ。

国王が発言したのだ、他の者は反論だろうが何だろうが、口をつぐむしかない。


「光の魔法でも多様にあるが、今ヴィクトルが使っているのが一番強く、効果が高いとされている。というのも、勇士イヴァンが残して以来、誰も習得できるものがいなかったのだ、私でさえもな。

だから、ヴィクトルが勇士イヴァンの再来、光の御子、などと言われているのだ。

この魔法は、強力で圧倒的な光をもって、悪意を強制的に浄化できる。


アレクサンドラよ、そなたのいう愛や受容を基にした魔法ももちろんあるのだが、

これは真に願わねば発動が難しいのだ。

葬式で主に使われるが、今回のことには役に立たなかった」


「まぁ、恨みつらみは葬式で使うような魔法じゃ難しいでしょうね」

「恨みつらみ……本当に感情のようなことを言うのだな、さすがは、ヴァシリーサの末裔だ」


「父上。そんなもので太刀打ちできるとお思いですか?」

口を挟むのがヴィクトルだった。

「だが報告では、黒いものが減少していたとのことではないか?試す価値は十分にあろう。

大事なのは、発生しなくなるということなのだ、敵を切り払うことではない」

「なぜ我が国に対し恨みつらみが発生するのでしょう?我が国に不満でもあったというのか?無礼なことを言ってくれるな、亡国の王女よ」

「いや、見捨てられたら普通に恨むでしょうよ」

「国に忠義を尽くしこそすれ恨むなどとは無礼にもほどがある。

国に殉じ、満足してしかるべきところを」


「ヴィクトル」


静かなアレクサンドル国王の声。

だが、その声には誰も逆らえない深みがある。


「お前は……国民を何だと思っているのだ?

皆も聞け、私はかねがね、国民とは支配する相手ではないと言ってきたはずだ。

だが先代の影響は未だに根深く残っているというわけだ、残念ながら。


変えようと努めてきたがなかなか難しいものだ、

だが今のままでは……この国は先がないぞ。


現に私は多数の国民を黒いものの犠牲にしてしまっている。

受け容れる決定をしなかったのは私自身だ、有事の際に国が助けてくれないとなれば、国を恨むのはもっともなことだ。


守ってくれると思うからこそ彼らは国に命を預けているのだ、

我々はそうした人々を守らねばならなかったのに、それどころかないがしろにしてしまったのだ。


私はいずれ、無念にも犠牲になったものの報いは受けよう。

さもなくば次の世代に、無念が引き継がれてしまう。

勇士イヴァンの名に恥じぬ国を作るのが我々の役目ではなかったか?

支配するだけの国が、勇士イヴァンの作ろうとした国であろうか?


真に強い国とは軍事力ではない、

強いものに蹂躙されても、いつか立ち上がる力を持つ国のことだ……


無事だった国民たちを今度こそ守らねば、

この国はここで終焉を迎えるであろう。


ヴィクトルよ。

お前は1ヶ月間、野宿をしながら旅を続けることができるか?

護衛はいるがそれをやり遂げて、お前の妹はここにいるのだ。

……私でも、ひと月も野宿をして歩き続けることなどできぬと、はっきり言おう……

お前の母が成し遂げ、遺したものが、お前の目の前にあるのだよ。


アレクサンドラをよく見て、お前にも足りないものがあることを、受け入れなさい。

お前の母がいかばかりのことを我々に遺してくれただろうか……

偉大なるヴァシリーサの血筋、我がイヴァンの血もそれに負けてはならぬ、

だが力で勝てという意味ではない、力で勝って何も意味などないからだ。

偉大なるイヴァンの血筋と後々まで継がれるように、今を生きよということだ。


皆、これから抱擁の旋律を身につけるのだ。

ヴァシリーサのゆかりのものにしか使えぬ可能性もある、この城より、ヴァシリーサの地にゆかりのあるものを探し、広間に集合させよ。兵も貴族も、使用人もだ、男も女も関係なく、探し出せ」


アレクサンドル国王の気迫に、異をとなえるものはいない。

皆一様に、押し黙っている。


ヴィクトルは、ふてくされた表情でそっぽを向いてしまっていた。


今までちやほやされてきたのだろう、突然現れた妹を見本にせよなどと言われて面白くないのはよくわかる。

だがあれでも、母の面影には逆らえないのだろう。


王は一息つくと、サーシャの方を向いた。

「そなたたちに協力を仰ぎたい、抱擁の旋律を我が軍に叩き込んでやってほしい」

「ええ、ただ、軍の皆さまに、女に教えを乞う気がありますなら」


サーシャは周囲の男たちををちらっと見ながら言った。

一同がサーシャの視線に一瞬怯む。


「王よ……お言葉ですが……女性に戦わせるなど、無理がありますかと」

将軍が言い出した。

「魔法に筋力はいらないでしょう?素質と性別は関係ありませんよ」

サーシャが遮る。

「さっきからちらほら気になってたんですが、この国では女性に発言権も権利もなさそうですね?女のくせにという言葉を、今日だけでもう数回耳にしましたよ。まさか女性があなた方の従属品とか、おっしゃいませんよね?

女性には無理とかおっしゃいますけど、

それならうちのナターシャのように、主君を庇って黒いものに飲み込まれて生還してみるんだな、

私たちへの文句はそこまでできてから言え」


* * *


あちゃー、とナターリヤは頭に手をやった、

女王モード出ちゃったわ、この権力者だらけの場で。


「サーシャ、知らねーぞ、煽っちゃって」

わざと全体に聞こえるように言う。


「だってそうだろうよ、王子一人に任せっきりの軍隊じゃ、国の存続の危機感も見えねーし、

覚悟のほども見えやしねー。覚悟のないものが束になったってたかが知れてんだよ」


ナターリヤが見るとイーゴリと国王もため息をついている、サーシャがキレてしまったと。


煽られた軍の連中は当然のように炎上した。

「なんだと、言わせておけば、女風情が!」

「我が軍を侮辱するとは、いくら王女だからといって許せるものではない!」

「ヴィクトル殿下、神のお力を見せて差し上げてくだされ!」


さすがに王の娘に対し、剣でかかってくるものはいなかったが。


ヴィクトルが敵意に満ちた目でサーシャをにらみ、立ち上がる。


「我が国への侮辱、いくら母上の娘だからといって、許されるものではない。

この私が成敗してくれる。

父上。お止め下さいますな。我が国の誇りが傷つけられたのです、勇士イヴァンの名にかけてこの無礼者を反省させてみせますよ」


「やめよ、やめるのだ、ヴィクトル、アレクサンドラ!

今そんなことをしている場合ではなかろう?

皆、私の命令が聞こえなかったとでも言うつもりか?

早々に仕事にかかれ!」


「お父さま。お怒りはごもっともですが、この状態の軍ではそれこそ話になりませんよ。

旋律を覚える気など、この連中にはさらさらないでしょう?

侮辱というなら、ヴァシリーサの末裔を驚嘆させる指揮を貴方がしてみるんだな、兄上」

「この……」

「あいにく私は国のものではありませんから、別に今から立ち去ってもいいのですよ。

ただお父さまを見捨てるのは忍びないので……お父さまのために協力はして差し上げたいと思っています。

国の誇りとか言うなら、その誇りが誰の目にも、私にも分かるように、やれっつってんだよ!」


ヴィクトルは、サーシャを睨むが、それ以上動きはしなかった。

サーシャを倒したところでなんの得にもならないことは、分かったのだろう。


サーシャの迫力に、一同は圧倒されたようで、誰も反論しなくなった。


「……諸君、仕事にかかれ。

この戦いを生き延びようという覚悟のないものは必要ない、休んでおれ。

覚悟がある者は、素質のある者を見つけ出し、我が娘と側近の者に教えを乞うこと。

さもなくばこの城は長くは持たぬ。

いいな……これ以上は言わぬ、生き残りたければ、やり方を変えるのだ、

イヴァンの血を絶やしたくなければ、ヴァシリーサに助けを求めるのだ、もともとそういう役割だったのだから。

我々はいにしえの関係を繰り返しているのだ、

勇士イヴァンはヴァシリーサの抱擁により、力を発揮すると……

ヴァシリーサの抱擁が受けられるよう最善を尽くせ。

さすれば我々の道は続くであろう」


王の言葉に、一同は頭を下げると、それぞれに退出していった。


* * *


サーシャは、ヴァシリーサの抱擁という神話の一部を思い出していた。


勇士イヴァンとヴァシリーサはかつて世界の脅威に立ち向かうとき、共闘したと言われている。

イヴァンは敵を攻め、ヴァシリーサは戦い傷付くイヴァンを深く癒したそうだ。

ヴァシリーサのおかげでイヴァンは戦う力を得、脅威をついに葬り去り、

そして結ばれたと言われている。


その子孫のうち、男はイヴァンの国、女はヴァシリーサの国を継ぎ、脈々と今まで続いているという。


「お父さま……

神話と事実とは、だいぶ異なっているようですね。

先代国王というのは、私のお祖父さまでもあるわけですよね。

その影響で、こうなっているのですか。

……お母さまには、こういったことは、成人してから話すと言われていて」


「……そうであったか。

私とアナスタシアが互いに配偶者を迎えず、このような形で世継ぎを授かったことにはそれは批判も多かったが、一方で我々の神話を知る者には、いにしえのつながりが巡り、結ばれるべくして結ばれたのだと、そう受け入れられたのだ。

まぁ、批判に屈するようなアナスタシアではなかったがな。


先代国王……我が父はそうした話があまり好きではなかった。

根っからの実力主義者で、強さをひたすら求める国王だった……

私は精神が貧弱だとよく言われていたものだ、先代の教えを受け継いでいる家臣たちにも、ロマンチストだなんだとよく言われている。

父がアナスタシアのことなど当然、認めるはずがなかった。

女性は力を求めるのに邪魔だとしてな。その影響は未だに国内でも根強いのだ……

だがヴィクトルは我が父になぜか可愛がられていた、奥底にある力に気づいていたからだろう。だから祖父の影響が強いのだ。


私の一存ではどうにもならなかったこととはいえ、私は息子に母の器の大きさを教えることがついにできなんだ……

そこへこうしてヴァシリーサの血、アナスタシアの分身が舞い降りてきてくれたこと、

ヴァシリーサの、アナスタシアの計らいだと私には感じられてならんのだ、ヴァシリーサがイヴァンを助けに来てくれたのだと。

もちろんアレクサンドラにそんなつもりはなかろう、我が国の厄介ごとを押し付けるつもりなどない。

だが……お前たち二人とも、私とアナスタシアの子どもなのだ、いがみ合わず互いを思いやってほしいのだ……」


そこへ、知らせが来た。


「国王陛下。ヴァシリーサの国ゆかりの者たちを集めております。

それと旋律の習得を希望するものも集まっております、ご教授をお願い申し上げます」


「わかった。では旋律の指導はイーゴリ、ナターシャに頼みたい、私も一緒に学ぼう。

アレクサンドラは……ここでヴィクトルに教えてやってはくれまいか?

無理にとは言わぬが……ヴィクトルの力があれば、相当の効果が期待できるのだ。

ヴィクトルよ……国を背負うことを考えよ、そのために何が自分に必要なのか、見極めるのだ」


国王は、側近と、イーゴリ、ナターリヤを伴い、会議室を出ていった。


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