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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
30/203

30.コシチェイというもの


会議の進行役は軍を仕切る将軍であった、先程の大柄な男である。

地位としてはイーゴリと同等か。


まずは黒いものについての確認である。


人を取り込んでいき、海のように広がっていく謎のもの。

西方からやってきて、今は流出が止まっているそうだ。


ちなみに、西方の海の先は、別の世界につながっているという説がある。

西方へ向かった者は帰ってこないというのが、いつの時代にも記録に残っているのだ。

大洋に面していないサーシャの国では、ほとんど聞いたことのない話である。


そしてその別の世界に、闇の化身が潜んでいるという言い伝えがあり、

この辺りではそれを、コシチェイと呼んでいる。


今回の騒動は、伝説の闇王コシチェイが実在し、地上の支配をしようとしているのではないか?というのが学者や識者の多くが推測していることである。


コシチェイを倒せば黒いものは消え、発生も止まるのではないかと予想しているのだ。

もちろんヴィクトルが、光の御子としてその役割を期待されている。



この国の建国者として祀られているのは勇士イヴァン、

勇士というが位置的には女神ヴァシリーサと同義である。


そのイヴァンがコシチェイと戦い、倒すというのがよくあるお伽話のストーリーなのだが、

今回のことがあり、

伝承は実在したのではないか?という見方が急速に広まっている。


ここで、黒いものを取り込んできたと発言するのは危険そうだ。

こちらの様子を見た途端、コシチェイの手の者と言ってきたのだから。

黒いものに襲われていると勘違いしてくれて助かったというものである。


もっとも、父にだけは昨日既に話しているし、父はそれを聞いても娘をコシチェイの手の者などとは思っていないようだ。



しかし、いきなり物語の中のような展開になった。

闇の王と光の勇士との戦い、って。

とはいえ、ヴァシリーサだって、お伽話の中のことといわれれば否定は難しいが。

だが逆に、ヴァシリーサならではの力が存在するということは、

勇士イヴァンから受け継いだ力ももちろんあろうし、

コシチェイというものだってあってもおかしくはない。


サーシャ自身、ヴァシリーサとは何者か、よくわかっていないのである。

全ては成人の儀に行ってからだったのだ。


サーシャにとって黒いものは、感情が具現化したものなのだが、

そういって果たして信じてもらえるのだろうか?

……難しいとすぐに思った。


感情だと捉えているのは自分一人のみだ。

イーゴリやナターリヤは信じてはくれているが、自力では感情と捉えることができない。


で、黒いものを取り込めるって……

コシチェイとやらが実在するとして、私はどういう関係にあたるんだ?

コシチェイの力を取ってるということか?


「イーゴリ。うちの国って、神話とか伝承の本、あったっけ?」


サーシャはこっそりイーゴリに聞いた。


「……多少はあったかと存じますが……我が国にはあまり神話の類が並んでいた覚えがございません。女神ヴァシリーサの建国史、くらいでしょうか。

神殿にならあるかもしれませんが、確認は難しゅうございます」

「だよな……私も神話とか読んだ覚えがあまりない。

ヴァシリーサの話とか、ヴァシリーサやイヴァンを生んだ、白い神と黒い神の話、くらいか」


ヴィクトルの視線を感じて、サーシャは会話をやめた。

会議中だぞ?とでも言いたげである、睨み返すわけではないが視線を返してやった。


* * *


会議の内容は、コシチェイを倒すためにどう城から出ればよいか?というところから始まった。

そもそもコシチェイの存在すら、伝承であり推測にすぎず、闇雲に探し回っても危険なだけである。

西方の海に確かめに行くという、死が前提の意見も出るが、

まずヴィクトルなしで城下町を抜けられない。


「あのー……」


サーシャが手を挙げた。

会議室がざわつく。


「諸君、アレクサンドラの話を聞こう」


国王が鎮め、サーシャに視線を向けた。


「今まで、兄上が制圧してきて、発生自体を止められていないということですよね?

何回か発生してると聞いておりますが、規模は毎回どのくらいですか?

毎回同じくらい?」


「ヤン将軍、答えたまえ」

「はっ、国王陛下。

発生する暴徒は毎回大体同じくらいかと推測しております。

ただ……アレクサンドラ殿下が襲われていらっしゃったとき、随分量が少ないという印象でしたが」

「よろしいですか、国王陛下」

「どうした、レオニード副将」


若手の副将が挙手する。

黒髪で線の細い雰囲気の男で、サーシャがむさいと思う男たちの中にあって爽やかさをもたらしている。


「暴徒が発生していると報告を受け確認に向かったとき、上からの印象では、これまでと同様、黒いものが海状に広がっていたようでした。

光のドーム状のものが見え、それがアレクサンドラ殿下の張られた結界か何かでしたのでしょう?

ヴィクトル殿下に即お知らせし、制圧に出た時、随分浅くなっていると感じたのです。

これは今までで初めてのことでございましょう。

アレクサンドラ殿下がどのような術をお使いになったのか、お聞かせいただければと存じます。

アレクサンドラ殿下は勇士イヴァンと女神ヴァシリーサの末裔であらせられます、ヴィクトル殿下のように、特別なお力をお持ちでいらっしゃいましょう」


えっ?

出涸らし王女って話は伝わってないのか?


あれは抱擁の旋律で、つくったのは私じゃないけど?


昨日既に、ヴィクトルと王の側近もいる場で、出涸らし王女だと自分でバラしてしまっている。

出涸らしと表明する必要もないが、

どうせそのうち力に乏しいことは露見するだろうから、自分の力だとは言わない方がいいだろう。


「アレクサンドラよ、説明できるかね?」


父王が聞いてくる。


「ええ、父上。

使っていた術は、これです、

あのドームをこれで作ったのはイーゴリとナターリヤですが」


サーシャは、短い旋律を紡ぎ出した。


「ご存知の方は、いらっしゃいますか?抱擁の旋律と言います」


「……何だ、それは?」


そう言ったのはヴィクトルだった。


…………

…………



ヴィクトルも、国王も、重鎮たちも、誰も抱擁の旋律を知らなかった。


……そういえば自分も含めて、ヴァシリーサの城にいた者からは誰も発案されなかった。


ヤロスラフが使うのを初めて見たのだ。

ヤロスラフに教えてもらったのだ。


「魔術の中には、後継者がおらず使えるものがいなくなったものもある。

古い文献にはある可能性もあるが、文献に残らず忘れ去られたものもあるだろう、

そういう類のものかもしれぬな。

または、ヴァシリーサの系統にのみ伝わるものであるかもしれぬ。


同様の術がないか、念のため、我が国の文献も探してみよ、魔術班は部下を検索に向かわせること」

「はっ、承知致しました!」

「あ、文献の種類はわかりませんが、鎮魂の系統か、感情に対処する術に関すると思います、

違ったらすみませんが、参考までに」

サーシャが一言付け加えた。

娘の頼もしい姿に、国王の目尻は下がってばかりである。


「鎮魂は我が国でも効果が発見されたが、感情だと?

なぜそんなものがコシチェイに関係あるのだ」


ヴィクトルが言い放った。


「説明してみせろ」


どうにも挑発的な態度である。

説明してもいいがその前に言ってやった、


「事実を受け容れるつもりがおありですかね?お兄様」


会議室がまたざわついた。


「ヴィクトル様に逆らうとは……」

「妹御とはいえあの態度は捨て置けぬ」

「女の分際で」


こちらに聞こえるような聞こえないような声で、何やら言っている。


「貴様、この私に向かって口ごたえとはいい度胸をしているな?」


「私が即位した際は貴方に従えとでも?

一国の王として対等な関係は築かせていただきたいのでね」


「……フン、国は墜ちたというのに即位という言葉が出るとは、大きく出たな、もう国王気取りとは笑える」


「はっ、受け容れようとする意識がまったく見られない。

お兄様は地位に任せて、相手の言うことなんか聞いたことがないんじゃないですか?

どうなんですか、それ?独裁者にでもなるご予定ですか?」


ヴィクトルが挑発するなら挑発し返してやろうと思って、ぶつけてみたところ。

誰もが一様に驚き、混乱した。


会議室がさらにざわついたとき、

ヤン将軍が、サーシャに向かって、太い声で威嚇するように言った、


「アレクサンドラ王女様、お控えなされませ。


ヴィクトル様はいつも正しくいらっしゃるのです、我々が殿下に対し何か申し上げることなど畏れ多い。ヴィクトル様の知識、戦略、何一つ欠点はございませぬ!

光の御子であらせられるヴィクトル様は、いつも我々を教え導きくださるのです、我々に至らぬことこそあれ、ヴィクトル様にお間違いなどあり得ませぬ!


他国からいらっしゃったアレクサンドラ様にはまだお分かりになれぬやもしれませんが、じきにお分かりになりましょう、我が国の王子様がまさに神の力を持たれることを」


あまりの王子の持ち上げように、サーシャは意味がわからず絶句してしまった。


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