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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
 序章 ヴァシリーサの国の王女
3/202

3.宴の裏側


城内では、晩餐の準備が進んでいた。

昨日は来賓との晩餐、来賓の退城した今夜は、城勤の重役たちが王女を囲んで誕生日と成人とを祝う晩餐会が行われるのである。


「エーリャ、ミーナと一緒にテーブルクロスを追加で持ってきてちょうだい」

「わかりました」

エーリャは、ミーナを連れて専用の物置へと向かった。


「ええと……あったあった、これですねエーリャ」

「……しっ」


何やらエーリャが壁に耳を当てている。


「……?」

ミーナもそっと壁に寄った。



「……あの出涸らしの王女にしては、思いのほか伸びていたな」


「確かにな。お前の剣をまともに受けられるとは正直、驚いたぜ」


「魔法の威力はサッパリだが、使い方は工夫してあった。

まともに受けて対抗も防御も力不足ということは、自覚があるらしい。

その上で俺の魔法に対応してきていた。

まぁイーゴリが教えたんだろう、あの男ならやりそうだ」


「教育係のイーゴリは伊達に総司令官じゃねぇってわけか、王のお気に入りなのも頷ける」


「奴の実力は俺にも読めんがな……

領地も持たん小貴族の出の癖に、王に何を気に入られたのやら。

相手の力量を見極めて、適切な指導をする力には間違いはないがな」


「王の寵愛ってやつを受けてんのか、って思ったこともあるが……

リーリヤ殿が常に王の側を離れんから、それはないんだよな」


「あの男は醜聞どころか女っ気が見事に皆無だ。

不能だったりしてな?」


「うちの女子隊員たちも、そろってドン引いてるぜ、彼の訓練には」



ミーナとエーリャは、息を飲んで会話を聞いていた。


男の声で、3人はその場にいるようで、


内容からして、一人はミロスラフ将軍だろう。



「ところでミロスラフ、王配候補の話は来たのか?そろそろそういう話が固まるんじゃないか?」


「いいや、まだ聞いてないな。父上がそれとなく王に掛け合っているらしいが。ゲオルギー、お前の方は?」


「俺は候補にも入るまい、お前が第一候補だと誰もが思っているよ。ちなみに俺の方もそれらしい話は来てないがな」


「今回の王配はどうなるか見えないな、何せ王が禁忌を破ったから」


「イヴァンの国、アレクサンドル王とな」


「あの国には優秀な王子を持ってかれ、この国には出涸らし王女が残るんだからな……こっちは女王制だから仕方ないんだろうが、まるで呪いだぜ」


「王配に納まれば、実質国王じゃね?……姑が退場したらだが」


「ただうちのじいさんには、女神ヴァシリーサとその血筋を舐めるなと散々聞かされているからな。下手なことをしたらこっちが危ないかもしれん」


「王配も考えものだな」


「まあそうなったら知略はお前を頼りにしてるよ、マカール。宰相にでもなってくれ」


「おこぼれ期待してるんで」


「人妻趣味ってどんだけだよ」


「怖いもの知らずかよ、仮にも女王だってのに。トンデモ宰相め」


「「ははは」」


「……さて、戻るか」


扉が開く音がし、コツコツと、靴音が遠ざかっていった。


…………

…………


ミーナの手は震えている。

エーリャも、動揺を隠せないでいる。


「……戻りましょう」


エーリャはテーブルクロスを抱えると、出口に向かった。


「私たちのような、剣も魔法も使えない者にはどうしようもないわ」


「……でも、もし本当なら……王女さまがおかわいそうでなりません。

誰かに……」


「だめ、ミーナ。私たちみたいな立場のないものの言うことを、誰が信じてくれるというの?

五将軍の筆頭のミロスラフ様に、第二将軍ゲオルギー様、第三将軍マカール様よ。ミロスラフ様を陥れようとしたとかでこっちが罰を受ける羽目になるわ」


ミーナはうつむいた。


「……実はね。

ミロスラフ様だけじゃなく、ああいったことはときどき言われているのよ、私たちみたいな下々の者の間でも」

「えっ、そうなんですか?」

「しっ、声を落として。……噂話や愚痴が好きな人っているでしょう?

私は特に親しくもしていないけど、使用人の宿舎ではそういう話をたまに漏れ聞くことがあるわ。

ミーナ、貴女はまだ、見習い中だから、そういう人たちと鉢合わせることがないと思うけれど」

「……そうですか」


「姫さまは、アナスタシア様の二人目の御子っていうのは知ってる?」

「……いいえ。そうだったんですか」

「ええ。

姫さまのお父様は、隣国イヴァンの国の、アレクサンドル国王様よ。

姫さまにはお兄様がいらっしゃって、それがイヴァンのヴィクトル王子様、聞いたことはあるでしょう?」

「はい、故郷でもイヴァンのヴィクトル様の評判は聞こえていました。

とびきり美形で優秀で、お強い王子様だとか」


「そのヴィクトル王子様と比べて、剣も魔法も力が出ないから、


……出涸らし王女、って言う人がいるのよ」


「そんな。

あんなに剣もお上手で、魔法だって……」

「私も武術は分からないし、私はそんな風に思ってなんかいないけど、


さっきミロスラフ様がおっしゃってたことは、きっとそういう理由からなの。


……でも私も、将軍様がたのあのお考えは……

姫さまがあまりにも、お気の毒だと……


……アナスタシア様が何とかしてくれることを願うしかないわ、あの方は……女神ヴァシリーサの末裔にして、歴代最高の強さを誇ると言われているから」


「……少しでも王女さまをお守りできるように、お仕えします、私……」

ミーナは手を握りしめた。


「そうね……さ、急ぎましょ、遅いって怒られちゃう」


* * *


晩餐を終え、風呂を済ませて部屋着になったアレクサンドラは寝室に入り、ベッドに横になった。


……王位継承の、資格か。


天蓋を見つめながら、物思いにふける。


女神ヴァシリーサが建国したと伝えられているこの国。


ヴァシリーサの直系の子孫が代々女王となり、ヴァシリーサの力も継承しているらしい。


直系から離れていった者たちは、現在五つある公家こうけーー将軍家とも言われるーーの先祖であり、

公家と王家は元を辿ればヴァシリーサに行き着くというのが、神話の中で示されている。


従来は、女王もしくは王女は、大体は公家または公家に連なる家から婿をとっていた。

先々代の女王、つまりアレクサンドラの祖母の隣には、祖母に仕えとても優しくアレクサンドラや城の者、ときには身分も隔てなく接してくれた、元第一将軍であった祖父がいたのを、アレクサンドラはしっかり覚えている。


だが、アナスタシアは王配を迎えなかった。

ヴァシリーサと同様神の末裔である、隣国イヴァンの王との間に、アレクサンドラと、その兄を設けたのだ。


神の末裔である王族同士の婚姻は、禁忌であった。


異なる神の血が混ざると子を成すことができないのだという言い伝えが今でも残っており、

実際過去には王家同士の婚姻も何度かあり、いずれも子を成せなかったという記録が残っている。



だが、なぜか、アナスタシアには子ができたのである。


この出来事は当時世界中に衝撃を与え、奇跡とみる勢力と呪いとみる勢力に挟まれ、国王になって日の浅かったアナスタシアはかなり大変だったそうだ。


どちらも王位継承者であったため、婚姻を結ぶことはできない、

そもそも王家、それも神の末裔でありながら、結婚前に子ができたなど、世界的にはあるまじきことであった。


もっとも女系君主制のヴァシリーサの国では、女性は結婚して家庭に入るという意識が他国ほど強くない国柄ということもあり、

国内での反発はそれほどでもなかったという。



アナスタシアの第一子ーーアレクサンドラの兄は、男系王制の父の元へ引き取られた。

幼いときから文武に優れていて、剣の腕は神がかってさえいるらしい。

頭脳明晰、容姿端麗、質実剛健、そういった賞賛しか起こらないという噂である。


一方のアレクサンドラだが。

ミロスラフたちが「出涸らし」と評したように、兄のような資質は持ち合わせていなかった。

できないわけではないが、アレクサンドラの幼い頃からの努力にもかかわらず、どの要素も伸びないのである。


王家の人間としての教養や立ち振る舞いは、王女という立場では生活の一部であるから、さすがに完璧に身につけている。

整った顔立ちは母譲りーー父には記憶にある限り、会ったことがなく、肖像画でしか知らないーーだが、可愛らしいとか美しいとかいうより、キツい顔と評されてしまう。

侍女から、笑顔を出すように口うるさく言われるくらい、人前で笑顔を見せることが少ないからであった。


体は小柄でスレンダー、女性らしい魅力は見られない。

愛想はないものの、素直で優しい性格なのだが、兄の評判の前にはそれは評価されない性質であった。


剣に関しては、基本に忠実に沿っており、側から見ると型はとても美しい。

イーゴリ直伝の様々な技を身につけていて、相手の剣を受け止める技量は申し分ない。


だが攻撃面では、手本のようなフォームから繰り出される剣筋には一見威力があるようだが、肉体相応の力しか備わらない。

どんなに訓練していても、華奢な体格の女性の力とイーゴリのような大柄な男との力の差は埋められるものではなかった。


魔法は、10年以上、様々な種類の魔術を学んでおり、

種類は十分に使えるのだが、

最初からどの魔法も威力が伴わなかった。


国の最高実力者にして神の末裔であるアナスタシアにさえその原因はわからず、国の上層部では次期国王に対する憂いがもう長いこと囁かれているのだった。



アレクサンドラも、十分自覚はしていた。


国内トップクラスの軍人であるナターリヤに訓練の相手をしてもらうときなど、明らかに威力の差を感じるからである。


各種魔法を教えてくれた魔導師たちは、やればできると言い聞かせてくれたり、

十分だとほめてくれたりもしたのだが、


明らかにイーゴリやナターリヤに比べて威力がないのに十分なわけがないとアレクサンドラは思っていたし、

何歳になっても威力が伸びることはなかったので、これから伸びることはないだろうと無駄な期待をするのはやめてしまっていた。


幸いというべきか、ナターリヤもイーゴリも、言葉を濁して誤魔化すような側近ではなかった。


事実をちゃんと教えてくれ、その上でどう対策を取ればいいか考えてくれ、導いてくれたのだ。



数年前、出涸らし王女、の陰口をふと耳にしてしまってからも、

なんとか腐らずにやってこれたのは、


ひとえにイーゴリとナターリヤ、近衛隊のおかげだった。


…………

…………


王位継承。


こんな、力の使えない私に、できるもんなのかな。


できるようになるまでだって、人一倍時間がかかるし。


神殿で洗礼は受けることができて、ヴァシリーサに認められてるとは聞いてるけど、


本当にヴァシリーサは、私を受け入れてくれるのか。



あのお母さまから生まれたのに……


お母さまがしているように、国を治めるなんてことが、できる気がしない…



アレクサンドラがベッドに顔をうずめたとき、コンコンと寝室をノックする音がした。


「サーシェニカ。起きているか?」

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