29.女性の立ち位置
翌朝、国王の側近が王の私室に来て、びっくりしていた。
王、サーシャ、イーゴリ、ナターリヤが部屋のソファーで揃って眠っていたのだ。
王が娘とはいえ客人とソファーで眠るなどありえない、何がどうなってこうなったのか、側近は混乱してしまった。
そうこうしていると王が目覚め、混乱する側近を見て愉快そうに笑った。
「アナスタシアのことをいろいろ教えてもらったのだよ」
王は最近では見られなかった笑顔を見せていた。
イーゴリ、ナターリヤも、アナスタシアに直接指導も受けてきたし、気にかけてもらっていた、
アナスタシアの子のようなものだった。
王自ら紅茶を入れようとして、やり方がよくわからないので代わりにイーゴリが引き受け、
お茶をしながら夜遅くまでアナスタシアの思い出話に浸ったのである。
アナスタシアとは年に数回会えれば多い方である、そんな状況がずっと続いていたのだ、
アナスタシアの側近く仕えていたイーゴリやナターリヤからもアナスタシアの話が聞けるのが嬉しかったのだ。
アナスタシアが既に逝ってしまったことについては、
半分覚悟はしていた、返事がこなかった時に、嫌な予感がしたからである。
逃げたから返事ができないのだと、思いたかった、希望を持ちたかったのだが……
直感に勝るものはなかった。
サーシャが到着したと報告を受けた時点で、アナスタシアのことを悟ったのである。
アナスタシアを最後まで知るのはイーゴリのみだった、
サーシャとナターリヤは神殿に向かっていたから。
イーゴリは出陣の様子を語った。
上位3将軍が指名され、城の守りが手薄になると反対意見もでた、
だがアナスタシアは、イーゴリを城側の総大将に命じると、アレクサンドルの国の異変に対処する、と決定したのだ。
今まで決して言うことのなかった言葉ーー
「我が命令が聞けぬというのか?」
ーーを放って。
アナスタシアはそれ以上語らぬまま、戦闘準備を指示し、早々に出陣してしまった。
結局、アナスタシアの出陣した理由は正確には誰もわからないこととなった。
アナスタシア自身と、将軍たち、その優秀な部下たちの強力な魔法によって、黒いものの中で戦っていたのが、イーゴリら残ったものに届く指令から垣間見えたが、力尽き飲み込まれてしまったという推測になった。
アナスタシアは何をしようとしたのだろうか?
愛する男を助けるためか?
無事だと言っているのに、自分の国を置いてまで助けに行こうとするか?
「我が国に駆けつけるというのは……口実のような気がするな」
アレクサンドル王が言い、皆が同意した。
アナスタシアの性格からして、国と、半人前の娘を置いてまで他国の男を助けにいくとはとても考えられないのだ、
アナスタシアだけにしか分からぬ別の理由があると考えるのが一番しっくりくる。
「公家の一つで、私の婿になって国を事実上支配しようと企んだ勢力がいたって話もありましたからね。
そういうのももしかしたら関係してるのかも」
サーシャが思い出したように言った。
「そういえば奴はお母さまと出陣したな、お母さまが指名したんだよな?」
「左様でございます」
サーシャは少しの間沈黙してーー
「お母さまも、そういう勢力に気づいてた、とか?
……いや、でも、連れていくってのがうまく説明できないな、国を利用しようとする奴を自分の護衛に選んだってのが考えにくい」
「アナスタシア様ならばお気付きでもおかしくはありませんな。それに、御自らが出陣なさる理由としても考えにくいかと」
また振り出しに戻ってしまった。
今いくら推測しても答えはアナスタシアにしか分からないのだ。
話題は続いてサーシャが黒いものを切り抜けた話になった。
出涸らしと言われていたことから、初めて指揮をしたこと、黒いものを取り込んできたことなど。
父王も、サーシャのここまでの旅路に驚くばかり、
黒いものを取り込んだことには大いに興味を持った。
だがサーシャが眠気で限界になった、その場で寝てしまおうということになったのだった。
* * *
サーシャたちは一旦あてがわれた部屋に戻り、身仕度を整え、王と共に朝食を取ることになった。ヴィクトルは今朝は顔を見せていない。
物資も十分ではないので簡素な食事である、もっともサーシャたちは慣れているし、これでも野宿とは比にならない豪華さである。
サーシャは遠慮なく父に指摘した、戦場と同様の食事で十分では、と。
王の前で個々の表情を見せない使用人はともかく、護衛につく兵士たちが一様に驚いているのが伝わってくる、王女の言うことではないというかのように。
王女ってドレス着ておしゃべりしてるだけとでも思われてるのか?
お母さまって確かこの国に来たことあったよな、
お母さま見ればわかるだろうに。
うちは代々女王制だぞ?
と、思うのだが、男性君主の国では女性はやはりそういうイメージなのだろうか。
女王って、守られて地位だけトップにいるとでも思われてる?
城内の兵士は男ばかりだ。
女性の姿といえば、使用人か、助かった貴族の奥方や令嬢くらいである。
特に貴族の女性たちは、男性と同様の服装のサーシャとナターリヤを見ると、ありえないとでも言いたそうな顔で驚くのだ。
朝食後、サーシャたちは再度アレクサンドルに呼ばれている。
黒いものへの対処を話し合うためだ。
こちらからも確認しなければならないことはたくさんある、最初にヴィクトルが、イーゴリに気付く前、こちらをコシチェイの手の者と言っていたことだ。
サーシャたちが王の指定した会議室に向かっているとーー
「女のくせに、男に張り合って剣なんかぶら下げてよ、役に立つわけねぇだろ」
「王子様がお助けにあがらなかったら飲み込まれてただろうよ」
すれ違う兵士から、聞こえよがしに蔑まれた。
ナターリヤがムッとして睨んだが、兵士たちは鼻で笑って去っていく。
装備からして、下級兵のようだ。
「ナターシャ。捨て置け」
イーゴリが少し振り返って声をかけた。
「わかってますよ。教育がなってませんね」
「私がお父さまに言ってやるよ」
「末端まで行き届かせるのは容易ではございませぬ、姫さま。
我が国は少数精鋭でしたから、行き届いていた部分もございまして」
「お兄さまの性格が分かる気がするな、ああいう連中に囲まれてたんじゃな……」
「女性が意見など言えそうな感じがしませんね。王室に女性が長くいないのもあるんですかね」
会議室に到着すると、武官・魔術師・大臣等、国の重鎮が集合していた。
見事に男ばかりである。
むさいわ!と思わず言いそうになった。
席を案内され、王に近い方にサーシャとイーゴリ、ナターリヤは離れた末席に呼ばれる。
「お待ちいただきたい」
サーシャ自ら声をかけた。
「我が近衛隊長を末席に据えるとは、父の命令でしょうか?」
おそらくこの中で最年少、少女と言われてもまだ通りそうなサーシャから、威厳ある声が会議室に響く。
「左様でございます、アレクサンドラ王女様。
我々の国のことです、貴女様は我々がお守りいたしますので、参考までにお話を伺うべくお呼び申し上げておるのです。
状況は厳しく、女性では話になりません、貴女様の側近の方として、この場に参加することだけは許可して差し上げますが、許可なく発言は差し控えていただきたい」
大柄な男だ、将軍あたりか?
「そうですか、では父に聞いてみます。
ちなみに我が兄にはお付きの兵士の方はいらっしゃらないのですか?」
男が眉をしかめる。
「お知りになる必要がありますかな?」
「兄に近衛隊がいたならば、その隊長なりを我が国で末席に差し置いたなら、貴方がたはどうおっしゃるかと」
男の顔が厳しくなったとき、王と王子が入ってきた。
「どうした、アレクサンドラよ。遠慮せずかけるがよい」
「我が近衛隊長であるナターリヤが末席に呼ばれまして。重要な戦力ですので、常に側に置いておきたいのですが、お許しをいただけませんでしょうか?父上」
サーシャは周囲の重鎮たちを見渡しながら言い放った。
「構わぬよ、我が娘よ。気心しれた護衛の方が何かとよかろう。ナターシャよ、イーゴリの隣にかけるとよい」
「お心遣い、感謝いたします」
ナターリヤは一礼した。
サーシャは、父王がナターリヤでなくナターシャと呼んでくれたことに、父に向かって微笑んだ。
会議室はざわめいた、国王が、他国の王女の側近の女性に対し、親しげに呼んだからである。
王がその女性を認めているということなのだ。
「皆、いつまで立っておる、早急に始めねばならん、席についてくれたまえ」
王の一言で、全員急いで席についた。
サーシャは、自分の前を通り過ぎる兄ヴィクトルの顔を見る。
目が赤い?
ヴィクトルは、昨日のことでサーシャにいい感情は持っていないようなのが分かる。
兄妹とは言っても、初めて会ったのだ、感覚としてはほぼ他人である。
超優秀と聞いているのに、素直に驚嘆する気が起こらない、いかにも王子様という高飛車な感じがするからだろうか?
父王の隣にヴィクトルが座り、会議が始まった。




