表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
28/201

28.イヴァンの国で起こったこと


剣をとったヴィクトルと、サーシャは睨み合う。


「マジかよ……ヤバい、大将、これは止めないと」

ナターリヤが呟いた。

だが口を出していいものか?

「待て」

イーゴリは、その場を動こうとしない。


父王は完全に力が抜けているが、さすがに止めようと試みる、

「ヴィクトル、やめよ……

アナスタシアの形見を傷つけてはならん」


「傷つけなどしませんよ。女性に乱暴なことなどいたしません。

ですが少々、勇士イヴァンの末裔の力を見せてやりますよ、母上と違い聡明さに欠けるようなのでね」


「ならぬ、ヴィクトル。

そなたはあらゆる力に恵まれてきたが、アレクサンドラは……」


「出涸らし。でしょう?父上」

そう引き継いだのはサーシャだ。


「母上から聞き及んでおりますか?

そうですよ、私は出涸らし王女、みんなそう言ってます。


力の伴わない剣に、威力のない魔法、兄とは正反対。


ですが母上は、何かが私に備わっているはずと最後まで信じてくださっていました。

父上にお見せしましょう、力を持たないものの戦い方を。


ですが、今ではありません」


サーシャは堂々と宣言した。

ヴィクトルが剣を抜こうとしているのに、腕を組んだまま、全く動揺を見せない。


「フン……怖気づいてんのか?」

「父上のお部屋でそういうことしていいのか、ってことだ」

「……なんとも可愛くない妹だ」


ヴィクトルは、眉を寄せると、剣を壁掛けに戻した。


「……ヴィクトルよ、もう下がって休むがよい。

短気を起こすな、謙虚になれと言ったのを忘れたか?」


「……父上……申し訳ございません。

ではこれにて失礼いたします」


アレクサンドル王は、一言で息子を下がらせた。

超優秀な王子も、父にはまだ敵わぬようである。


王は、サーシャたちにソファーに座るよう促した。


「アレクサンドラよ……

啖呵の切り方まで、出会った頃のアナスタシアを彷彿とさせるな。

息子を厳しく育てたつもりでも、甘かったようだ。許せよ。


……なるほど、アナスタシアがそなたに何か感じると言っていたのが、垣間見えた気がする」


伊達に母が愛した男ではないということか。


「……取り乱してすまなかった。

あの時のことを話そう、黒いものの襲来から、今に至るまで」


* * *


黒いものは、西方からやってきた。

ここから西方は、この国が治めており、西端は海になっている。

海から、黒いものが潮が満ちるように上がってきて、深さを増し、西方を埋め尽くし、この地にまで押し寄せてきたのだ。


黒いものの通り道になった領地は壊滅、標高のあるところは埋没せずに済んだが、孤立状態となった。

山を切り拓いて作られたこの城も同様に、天然の絶壁の壁と後ろの山により、埋没はせずに済んだのだ。

城の塔から見ると、黒いものの流れてきた方向と向かう先が見える。

低めの丘を越えた向こうは、アナスタシアの国だった。

アナスタシアの国は丘に囲まれた平野部にある。黒いものが流れていけば、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。


アレクサンドルはアナスタシアに長距離通信魔法にて黒いもののことを知らせた。

まだ対処法も何も分かっていない状況である、とにかく高所に避難せよ、

対策を試してみるから、分かり次第知らせる、と。


アナスタシアの国は、確か城の北方には高い山があったはずだ。一刻も早く山まで避難するように、伝えたのだ。


こちらは無事だから、心配せぬように、と付け加えて。


孤立状態だが無事だった領地から、報告が届き始めた。

どこの領主も優秀な魔法の使い手は抱えている、城の魔術師も交え、魔術に長けた者たちを総動員しての対策が練られた。


結界を地面に対し水平に張ると黒いものはわき出てこないことや、鎮魂の類が効果があることは、サーシャたちが行ったのと同様だった。

そういう情報を逐一アナスタシアに報告していたのだが……


アナスタシアからは、最初の報告に一言、

ありがとう、感謝する、と返答が来ただけで、その後は音沙汰がなくなった。


遠距離通信には、専用の魔術が張り巡らされた機器を使う。相手の魔術を受信し、通信文が文字となって浮き上がるものである。

そこそこ大きさもあり、持ち運びは基本しないと思われる、

だから城から離れて無事に避難したに違いないと希望をつないでいた。


やがて状況が一変した。


黒いものが高い波のように盛り上がり、上からの襲撃が始まったのだ。

結界で侵入を何とか防ぎはしたが、所々で黒い攻撃が発射され、結界を破り、犠牲者が出始めた。


これに立ち向かったのが王子ヴィクトルである。


ヴィクトルは、光を主に使う魔法で黒いものが駆逐できないかと提案し、実行した。

しかし驚くべきことに、何人もの優秀な魔術師たちが同じ光の魔法を使ったが、ヴィクトルのものだけが黒いものを祓うことができたのである。


ヴィクトルは一気に国の希望となった。


もともと剣技も魔法も抜きん出て強かったのだ、

勇士イヴァンと女神ヴァシリーサの血を引くヴィクトルは、やはり特別な力を持つのだと。

勇士イヴァンの再来か、という声も聞かれたほどだった。


ヴィクトルを筆頭に、城からの反撃が行われた。

城を下ったところにある城下町を埋め尽くす黒いものを、大規模な光系統の魔法で数日かけて消し去ったのだ。

そのまま遠征し、近隣の地まで黒いものを掃討して周り、やがて黒いものの流出が収まったため、城へ帰還しようとしたのだが。


城下町になぜか人々の姿がある。

ヴィクトルたちが通り過ぎようとすると、暴徒となって襲いかかってきた。

サーシャたちが遭遇したのと同じである。

ヴィクトルがそれらを掃討して城には戻れたのだが、

城から出ようとすると倒したはずの人々が道に出ているのだ。


これではアナスタシアの様子を確認しにも行けない。

しかも、黒いものが去ったため外部から城を訪れようとした者たちがことごとく襲われるのだ。

間に合えばヴィクトルが制圧し、救出できるのだが、駆けつけるのが間に合わないことも何度もある。


倒すことはできるが、発生を止めることができない、

籠城するしかない中、サーシャたちが突破してたどり着いたというわけだった。


* * *


やっぱりな、とサーシャは納得した。

そんなとこだろうと思った。


「で……なんか貴族に恨みがあるみたいだったけど、どういうことですか?」


詰問する風ではなく普通に聞いてみた。


「最初の黒いものの報告は、西方に駐留する我が軍からのものだ。

馬を走らせると黒いものより速かったから、報告に辿り着けたのだ。城に報告がきて、我々はすぐに、避難するものを選別せねばならなかった。


黒いもののことを触れ回れば、城に人が殺到する、城にそこまでの物資の余裕はない。

だからこの城内に勤める者のうち、財のある家族から優先的に、財と引き換えに受け入れたのだ……

備蓄可能な食料を優先的に、他国に援助を頼むための金や財産、彼らの世話ができる使用人なども一緒にな。


必然的に、貴族が助かり国民が犠牲になる、ということになった。

……私はとてつもなくむごい国王だ……

国民には何も知らせず、飲み込まれるままにしたのだ、

いずれ報いは受けねばなるまい。


だがほかに為すすべはなかった……

そう割り切るしかないのだよ」


一同が黙り込み、それぞれが事実をかみしめた。


サーシャも、父を責める気にはもうならなかった、

あの黒いものは本当に、どうしようもなかったのがよくわかるからだ。


自分も、手当たり次第、ヴァレーリヤの実家に人を送り込んでしまった、

後のことは丸投げしてしまっているのだ。

今考えてもそうするしかなかったのだが、ヴァレーリヤの領地に多大な迷惑をかけてしまったと今更ながら気づいた、

相当な混乱が生じていることだろう。

国を復興したら詫びをいれ、相当額を償わねばならない。


助かるものが多いのはいいことだが、

物資が限られた場合、少ない物資を大人数で分け合うことが平和的にできるものだろうか?

場合によってはそれはそれで地獄のような環境になるかもしれないのだ。


ーー上に立ち決定することの、なんと難しいことか。


全員が救われることなど、不可能なのだ。


だがそれをこなしていかなければならないのだ、王である限り。


「まぁ、犠牲になった国民には恨まれますね。

でもどうしようもないし、仕方はないです、

恨ませておきましょう」


「さ、サーシャ、何その軽い感じ……」


ナターリヤが小声でサーシャを小突く。


「父上のおっしゃる通り、割り切るしかないですね。

……割り切ると言いながら、父上は全て背負おうとしていらっしゃるように見受けられますが」


サーシャは真っ直ぐに父を見つめて言った。


父王が、驚いたように娘を見つめ返す。


「なんと、アレクサンドラ……」


「むごい王だと認めればいいじゃないですか?

全て自分のために利用していると。


だってそうでしょう?私だって、国民を助けようとはしましたが、別に国民のためじゃありません、良い王でありたいという自分のためですよ?


……何もせぬまま黒いものにやられたくないから、抗ってみてるだけです。

黒いものを救おうとすることだって、黒い物のためじゃない、自分のためですよ。


私はそーいう人間なんです。

ちちう……お父さまだって、そんな出来た人間ですか?

そんな綺麗な人間じゃない、黒くドロドロしたもの持ってるって、認めたらいいんじゃないですか、持ってれば、ですけど」

サーシャの声は、この重苦しい城の雰囲気を打ち破るように、明るく軽やかだった。


「……アレクサンドラよ……そなたは何と慈愛に満ち溢れているのだ……

私は父であり王でありながら、そなたに何も示してやれぬ……情けない限りだ。

私の代わりにたくさんの愛情を受けて育ったのだな、アナスタシアや、イーゴリも含む……

そなたのこのような姿を見ることができるとは、喜ばしい限りだ」


慈愛に満ち溢れてって……何?

サーシャは父の言うことがよくわからなかった。

私はワガママに生きてるのに。

お母さまの前ではちゃんとしてたけど、イーゴリの前では一番ワガママだった。


「そんなんじゃないんだけどなー……

大げさだよ、お父さま。

……疲労心労が溜まってますね?今日はおやすみになってはいかがですか」


「アナスタシアのことが聞きたいのだ。今晩はアナスタシアを側に感じて眠れそうだ……

アレクサンドラよ、母上の話をしてはくれまいか」


「はい……お父さま」


サーシャは、初めて父の前で笑った。


為政者視点はあくまで想像です。。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ