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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
27/201

27.父と兄


「サーシャ?どうしたの?私たちを呼んだって聞いたから、来たんだけど…」


ナターリヤの声だ。

サーシャは戸を開けて寝室から出た。


「大丈夫?」

「うん、まだ……頭痛がするけど。まぁいつものことだ、明日には治ると思う」

「ご無理をなさいますな、姫さま」

「また長いこと眠ってたんだろ?悠長にしてる時間はきっとない」

「……おっしゃる通りにございます」


また泣いているところをイーゴリとナターリヤに見られたくなくて、寝室に閉じこもっていた。

ここは……本来、王妃が使うはずだった部屋なのだーー王妃のいない父は、母の肖像画を代わりに掲げているのだ。


サーシャ、イーゴリ、ナターリヤは、それぞれソファーに腰かけた。

「さて…...まずは父上に会わねばならんのだろうな。

イーゴリ、ナターシャ、父上とは何か話をしたのか?」

「いいえ、挨拶だけされ、まずは私たちも休むように仰せつかりました。

全ては姫さまが目覚められてからにしよう、と仰せでした」

「どこの部屋を用意されたんだ?」

「この部屋に続く、おそらく本来王妃付きの侍女が使っていた部屋でしょう、そちら一部屋ずつにお許しを頂きました」

「よし。…...この城内の状況は?」

「この城は、今籠城状態にあります。強力な結界で、黒いものの侵入は許していない模様。

しかし外部から人が訪れようとするたびに、我々を襲ったように、暴徒ー黒いものが発生して飲み込まれるのだとか。

それを消滅させているのが、ヴィクトル王子です。

……姫さまはまだお姿を見られてはおりませんでしたな」


「急に、白い光に吹き飛ばされたような覚えがあるけど、それ……?」

「左様でございます。黒いものに覆われた姫さまだと分からず、攻撃をしかけていらっしゃったのですよ」


ぼんやりとだが覚えがある。

白い光に、自分がまとっていた黒いものが取り払われていったのだ。


またあの白い光に、蹂躙されるのかーー


そんな声が聞こえたような気がした。

覚えているのは、そこまでだった。


「城外に出ることはできません。

食料は、備蓄できるものはまだ余裕がありますが、黒いものの来襲時に城下町に屋敷を構えていた貴族を優先的に城へ避難させたそうです、人が増えているため、食料には限りがある状態です。

こちらでも転移門は使われていて、食料調達などに、ときどき周辺領土と行き来しているそうです」


「貴族だけ避難とか何だよ?」


思わず腹が立ってしまった。

人の形をした黒いものがいっていた、貴族だけ助かり、自分たちは見殺しにされたと。


父は、平民は道具としか思ってないような王なのか?


「……後で伺いましょう。

国王陛下は姫さまに会いたがっておいででしたが、いかがなさいますか。

もう夜が更けてきております、陛下もお休みの時間がくるかと」

「会わなきゃ何も進まないんだろう、イラつくが会ってやろう」

「私が伝えてくる」


ナターリヤが扉の外に控えていた兵士に伝えにいった。


「イーゴリ……恐ろしいことに気づいた。

こんな状況なのに、父はお母さまに応援を頼んだのか?

どう見たってやられるしかないじゃん……!

なのに何で父は生きてて、お母さまが亡くなってんだよ!?


……私さえお母さまのお側にいたら……お母さまは飲み込まれなどしなかったはずだ……」


サーシャは、震える手でイーゴリの腕をつかんだ。



「姫さま」

イーゴリが、そっとサーシャの腕に手を添える。


「アレクサンドル陛下は、みすみすアナスタシア様を死なせるようなことはなさらぬ方です。

……訳を聞いてからにしましょう」


サーシャの腕から、力が抜けた。

やはりイーゴリは、歴戦の勇士だった、

言葉少ななのに、不思議なほどに冷静さを取り戻させてくれる…

自分など、未熟な子どもに過ぎないのだ。


「……そうだった。悪かった、イーゴリ……

あそこを見て」


サーシャは、アナスタシアの肖像画がある方に視線を促した。


イーゴリも、肖像画のアナスタシアの姿を認める。


「ああ……あれは……

アナスタシア様……」


イーゴリは、肖像画を見つめ、口を一文字にひき結んでいる。

泣くまいとしているのか?

サーシャは表情をうかがうのをやめた。

代わりに、イーゴリの肩に顔を埋めた。


軽く鼻をすする音だ。

イーゴリが涙をこらえているのだーー


「失礼します。姫さま」

ナターリヤの声がして、サーシャはイーゴリから離れた。


ナターリヤが扉を開けて入ってくる。


「国王陛下が私室でお会いになるそうだ。行けるか?」

「ああ、行こう」


* * *


時間は夜の10時。

夜勤の兵士が城内で警戒を行なっている。

城の雰囲気がピリピリしている。


案内の者に続き、サーシャ、イーゴリ、ナターリヤは廊下を歩いていった。

何といってもアナスタシアの娘である王女に総司令官・近衛隊長という、一国の最上位者である、

堂々とした風格があり、城の者たちは皆頭を下げていく。


この国では、自分が出涸らしと言われていることは知れ渡っているのだろうか?

父は、私のことをどのくらい知っているのだろうか?


初めて父と兄に会うことに、緊張は多少あるが、楽しみは特にない。


やがて、ある一室の前で案内の者が止まった。


「失礼いたします。国王陛下にお取り次ぎを。

アレクサンドラ王女様と、イーゴリ総司令官様、ナターリヤ近衛隊長様をお連れいたしました」

「こちらへ。国王陛下がお待ちです」


サーシャは、案内された部屋に、足を踏み入れた。



一目で、国王と分かる佇まいであった。

深い緑の髪と目をもつ、気品に溢れた男。


傍らには、エメラルドのような美しい髪と目のーーひと目で兄だとわかったーー若者。


「アレクサンドラ、か。

私が、アレクサンドル……そなたの父である。

……おお、なんと、アナスタシアの生き写しであることよ……

顔をよく見せておくれ」


サーシャは、ゆっくりと父の前に近づいていった。

何から言ってやろうか?と、父を睨みつけるようにしながら。


「なんと、あの時の赤ん坊が、立派になったものだ……

アナスタシアの誇りであったことだろう」


生まれたときの自分には、父は会っているのか?


「……アナスタシアは……もう、おらぬのであろう?」


いきなりの言葉に、サーシャは息を飲んだ。

そこから言うのか?


「まだイーゴリからは何も聞いておらぬ。

だが……アナスタシアがこのような危険な中、そなたを遣いに出すわけがない。


そなたの国は……堕ちたのだな?


……よく、ここまでたどり着いてくれた」


アレクサンドル王の声は震えている。


深い、深い慟哭が聞こえるかのようだ。


「はい……父上。

母上は……自ら出陣なされ……既に散ってございます」


アレクサンドルは、目を閉じている。


「おい……母上が、亡くなった、と……?

今、そう言ったのか」


横に控えていたヴィクトルが、サーシャに一歩踏み出した。


「母上が出陣とは……どういうことだ……

護衛の者は何をしていたんだ?


そうだ、なぜ王たる母上が出陣なさるのだ?

そこがおかしいではないか!

説明せよ、総司令官イーゴリ」


「お待ちくださいませ。……兄上」


サーシャは、兄ヴィクトルを静かに見つめる。


「全ては母上の決定でございました。

イーゴリ総司令官及びこれに控えるナターリヤ近衛隊長は、私の護衛を母上より仰せつかったのでございます。

非常事態でございました、我が国では王女が第一に生き延びることが優先されますので、

母上のご決断は正しかったことが、今わたくしがここにいることで証明されましたでしょう」


「……何だと?」


「そもそも事の始まりは、こちらの国から応援を頼む知らせがあったと聞いておりますが?」


「応援を頼む、だと?」

アレクサンドル王が驚いたように反応した。


「……アナスタシアに……私がこの状況を知らせたのは事実だ……

だが援軍などと言った覚えはない……


まさか、アナスタシアは私を助けようと……?


なんということだ、それでは私のせいで、アナスタシアは出陣してしまったというのか……!」


「父上……」


青ざめる王に、ヴィクトルが寄り、倒れそうになる父の体を支える。


「なぜだ……アナスタシア……

逃げるよう、用心するよう言ったのに……

なぜ自分と国を守らなんだのだ……!」


王は膝をつき、慟哭する。


「ああもう、訳わかんない!」

サーシャは思わず叫んだ。


その場にいた全員がーー王の侍者も含めーー唖然とした。


「お母さまが、早まって勝手に出陣するとか、あるかよ?

どう思う、イーゴリ?」


「……通常ならば考えられませぬ、アレクサンドル国王陛下とヴィクトル殿下が本当に危ないほどであれば、アナスタシア様もご自分で何とかできるとは思われないはずです」


「そう、通常ならば、な。


父上。今回のことをお母さまに知らせたとおっしゃいましたね?

母上は何と仰せだったのでしょうか?」


サーシャの態度は、まるで詰問するかのようである。

色々確認したいのに、なかなか話が進まずイラついているし、

王女らしく振舞うのに既に飽きがきてしまった。


たかだか数週間程度の旅で、どうも短気になってしまっている気がする。


「……アレクサンドラ、父上に向かってなんだ、その物言いは!

王女としての気品を忘れるとは嘆かわしい、母上がそんな態度、お許しになるとでも?」


ヴィクトルが咎める。


「王女の気品だと?そんなこと言ってる場合か、うちの国が無くなってんだぞ?

大体この城は籠城状態って言うじゃねーか、悠長にしてる場合か?


私が知りたいのは、黒いものの襲来パターンと今までの対処法、

これからどうなるかの予測、それからこの国は今からどうしていくかってことだ。


王女だとか今どーでもいいんだよ」


「……この、女のくせに」


「母上に向かってもそういうこと言えんのか?建国以来の超優秀な王子様とやら?」


サーシャは腕を組んで半眼である、完全に兄を圧倒してしまっている。


「……この私に大口叩いて、ただで済むと思うなよ……そういうことはこの私に勝ってから言うんだな!」


ヴィクトルはそういうと、壁にかけてある剣に手をかけた。



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