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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第三章 父の国
26/203

26.母の肖像


イーゴリは、サーシャの前に立ち塞がるようにして、剣に防御魔法をまとい、

サーシャめがけて飛んできた白く輝く魔法の刃を剣で受けた。


「大将っ!」

ナターリヤも旋律から飛び出して、サーシャの周りを警戒する。


「うおおおっ!」

声と共に、イーゴリは白い刃を押し返した。

刃は勢いを失い、消えていく。


広場から城へと続く道の入り口付近に、馬に乗った集団が見えた。

その後ろに、軍隊と思われる一団が控えている。


「闇の者め、姿を現したな!

光の御子が打ち砕いてくれよう!」


軍隊からそんな声が発せられたかと思うと、

先頭にいた細身の男ーー光の御子とやらーーが馬から飛び降りた。


兜を装備しており、遠目では顔のほぼ下半分しか認識できない。


その男があっという間に、間合いを詰めてきた。


速い!


イーゴリは全身全霊を研ぎ澄ます。

細身の剣と、軽やかな身のこなし、相当の手練れであることがすぐにわかる。


鋭い突きを払いのけ、次々に繰り出される剣先を受け止めるが、自分の愛用する大剣では不利な闘い方だ。

切り結んで力技で仕留められるように持っていきたい。


「邪魔だ……どけろ」

剣を持っていない方の手に、魔法が輝くのが見える。


こいつは……姫さまに何をする気だ!?


「行かせん!」

イーゴリは、自らに防御魔法を最大限に施し、全身で魔法を受け止める体勢をとった。


「貴様はコシチェイの手先か?なら貴様も仕留めるまで」


強烈な魔法が放たれた、

まるで目の前で爆発が起きたかのような衝撃、白い光で視界が覆われ、吹き飛ばされそうなところを辛うじて耐え切った。

背にしているサーシャを思わず振り返ると、白い光がサーシャにまで届き、周りの黒い光も黒いものも駆逐していく。


サーシャは黒いものの中で、瞑想するかのように黒いものと向き合っていたのだ、眠ったような状態のままだった。

黒いものが取り除かれ、サーシャが崩れ落ちようとしているーー


「サーシャ!大将、サーシャは私が」

受け止めたのはナターリヤだった。

任せた、とナターリヤに頷いてみせた。


「この女がコシチェイの手のものだと……?


この女は……


同じ、髪の色……」


光の御子とやらが近づいてくる。


イーゴリは、魔法を受けたダメージをすぐに回復させると、立ち塞がった。


「我が主君に手出しは許さん。コシチェイなどというものは知らん、そちらの勘違いではないかな?」

「あの黒いものを集めていたろう。それこそ我らが駆逐すべきもの……

ふむ?貴様、見覚えがあるな」


光の御子が、兜を脱いだ。


美しく輝くエメラルド色の髪、同じ色の透き通った瞳、端正な顔立ち。


「……あ、貴方様は。ヴィクトル殿下……」


イーゴリは、不覚にも驚いてしまった。


アレクサンドル国王とアナスタシアの息子、ヴィクトル王子その人だったのである。

イーゴリはその場にひざまずいた。


「ヴィクトル殿下。ヴァシリーサの国、アナスタシア国王配下、総司令官のイーゴリと申します。

我が主君、アレクサンドラ王女をお連れいたした、国王陛下へお取り次ぎを願いたい」


「……イーゴリ総司令官か!思い出したぞ、なんだ貴様だったのか!

子どもの頃以来で顔をよく覚えていなかった、許せ。


おい、母上のお国から我が妹が到着した!父上に知らせよ!!」


ヴィクトル王子は、後方の部下に命じると、イーゴリの後ろでナターリヤに抱きかかえられているサーシャに目を向けた。


「これが……母上の娘……我が妹か。

……母上と、同じ髪の色だ。

怪我はしていないか?黒いものに襲われてたんだろ?」

「いえ、襲われていたわけではなく……眠りに落ちておられます。休ませて差し上げたいのだが頼めますかな?」

「もちろんだ。城へ入ろう、コシチェイの手の者はとりあえず取り除いた、またいつ出現するかわからん。イーゴリよ、何があったか聞かせてもらうぞ」

ヴィクトルはすぐに背を向けて城へ向かい始める。

イーゴリは立ち上がり、ナターリヤとサーシャのところに再び膝をついた。


「大将……あの方……」

「アナスタシア様のご子息、ヴィクトル殿下だ。

……姫さまは俺がお連れしよう。お怪我は……なさそうだな」

「眠っておられます」

「それは今までもそうだった、黒いものを取り込んだ後はな。心配はいらん。

お前は、怪我はないか」

「大丈夫ですよ。……大将のほうが、王子にやられた跡が残ってるじゃないですか」


ナターリヤは、イーゴリの腹部に手を触れ、回復魔法をかけた。

ヴィクトルの強烈な攻撃は、体の奥にまで入り込んで負荷をかけていたのだ。


「すまんな」

「王子の噂は噂じゃなかったってことっすね」

「ああ……剣も魔法も突き抜けてる。……だが姫さまが黒いものを取り込むのを邪魔してしまった。いささか心配になってくるな」

「ええ……姫さまが仰ってましたね、反動って言葉を」

「それのことだ」


イーゴリはサーシャをいつものように抱え上げ、ヴィクトルの後に続いた。

サーシャの剣を持ったナターリヤも、その後に続いた。


ついに、アレクサンドル国王の住まう王宮へ、到着したのである。


* * *


……私はさ、できた人間なんかじゃないんだよ。

ーーなぜお前たちを救ったかって?

自分が助かるためだよ。

黒いものがいると私が危ないんだから。

お前たちのためでもなんでもないの。


私はそーいう人間なんだよ。

自分勝手で。

ワガママな王女なの。


独占欲が強くて。

一人じゃ戦えないし。

支えが必要だし。


正義なんかじゃねーんだよ。

自己犠牲なんかでもないんだよ。

だって自分のためだから。


私は、キレイな人間なんかじゃねーよ。

神?んなわけねーだろ。


………………

…………


また眠っていて、目が覚めたら頭痛と倦怠感。

薄暗い部屋に、ロウソクの火、なんかデジャヴだ。


変な夢を見た。

沢山の人に救済者とか呼ばれて崇められた。

違うっちゅーに。

そんな立派な人間じゃねーんだよ、私は。

なんかそうやって誰にともなくぶーたれてた。


……そう、私は自分が助かりたいからやってるだけ。

みすみすやられたくなんかないから、抗ってるだけ。

ヴァシリーサのためでもなきゃお母さまのためでもない。

イーゴリだってナターシャだって、いなきゃ困るからいてもらってるだけ……


私は自分のために全てを利用してる。

そんな人間なんだよ……


ーーそういえば、イーゴリとナターシャは?

夢から覚めてきて、少し頭が回り出したようだ。


なんだか随分立派なベッドだ。

ヤロスラフのところよりも。

部屋も調度品も、高級感あふれるものになっている。

ベッドサイドのテーブルに水差しが置いてあるのを見つけ、グラスに注いで喉を潤した。


……頭痛い。黒いものを取り込んだ後はいつもこれだ。


サーシャは再びベッドに体を埋めた。

高級なベッドだから、敵の手の内じゃない……はずだ。


いや、そう思い込むのは危険だ。

イーゴリやナターシャがいれば敵の陣地じゃないのはわかるけど。


頭は痛いが、ベッドから出て、扉をそっと開けた。


「アレクサンドラ王女様、お目覚めでございますか。お加減はいかがでしょうか」


扉が開いたのに気づいて声をかけてきたのは侍女だ。


続く部屋を見渡したが、この侍女しかここにはいない。


「……よくはない。ここがどこか……お聞きしても?」


「勇士イヴァンが国、現王アレクサンドル陛下の居城でございます」

侍女は淡々と答えた。


お父さまの、城。

とうとう、着いたのか。

お兄さまも、近くにいるはずだ。


「医術師をお呼びいたしましょうか」

「……いや、原因はわかっています、それよりも、我が共の者たちはいるでしょうか?

呼んで頂きたいのですが」

「かしこまりました」

侍女は一礼して出て行った。


夜なのだろう、部屋は薄暗い。

だが、とても広い部屋にいるのはわかる。客室ではなさそうな……

大きなソファーに腰掛けた。

ふと壁に、肖像画がかかっているのが見えた。


……あれは……お母さま!?


驚いて、肖像画の下まで駆け寄った。


間違いない、母アナスタシアの肖像画である。

まるで母が目の前にいるような……

でも、高いところにいて、手は届かない。

そう、お母さまも、手の届かないところへいってしまった……


壁にすがりついて、サーシャは肩を震わせた。



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