26.母の肖像
イーゴリは、サーシャの前に立ち塞がるようにして、剣に防御魔法をまとい、
サーシャめがけて飛んできた白く輝く魔法の刃を剣で受けた。
「大将っ!」
ナターリヤも旋律から飛び出して、サーシャの周りを警戒する。
「うおおおっ!」
声と共に、イーゴリは白い刃を押し返した。
刃は勢いを失い、消えていく。
広場から城へと続く道の入り口付近に、馬に乗った集団が見えた。
その後ろに、軍隊と思われる一団が控えている。
「闇の者め、姿を現したな!
光の御子が打ち砕いてくれよう!」
軍隊からそんな声が発せられたかと思うと、
先頭にいた細身の男ーー光の御子とやらーーが馬から飛び降りた。
兜を装備しており、遠目では顔のほぼ下半分しか認識できない。
その男があっという間に、間合いを詰めてきた。
速い!
イーゴリは全身全霊を研ぎ澄ます。
細身の剣と、軽やかな身のこなし、相当の手練れであることがすぐにわかる。
鋭い突きを払いのけ、次々に繰り出される剣先を受け止めるが、自分の愛用する大剣では不利な闘い方だ。
切り結んで力技で仕留められるように持っていきたい。
「邪魔だ……どけろ」
剣を持っていない方の手に、魔法が輝くのが見える。
こいつは……姫さまに何をする気だ!?
「行かせん!」
イーゴリは、自らに防御魔法を最大限に施し、全身で魔法を受け止める体勢をとった。
「貴様はコシチェイの手先か?なら貴様も仕留めるまで」
強烈な魔法が放たれた、
まるで目の前で爆発が起きたかのような衝撃、白い光で視界が覆われ、吹き飛ばされそうなところを辛うじて耐え切った。
背にしているサーシャを思わず振り返ると、白い光がサーシャにまで届き、周りの黒い光も黒いものも駆逐していく。
サーシャは黒いものの中で、瞑想するかのように黒いものと向き合っていたのだ、眠ったような状態のままだった。
黒いものが取り除かれ、サーシャが崩れ落ちようとしているーー
「サーシャ!大将、サーシャは私が」
受け止めたのはナターリヤだった。
任せた、とナターリヤに頷いてみせた。
「この女がコシチェイの手のものだと……?
この女は……
同じ、髪の色……」
光の御子とやらが近づいてくる。
イーゴリは、魔法を受けたダメージをすぐに回復させると、立ち塞がった。
「我が主君に手出しは許さん。コシチェイなどというものは知らん、そちらの勘違いではないかな?」
「あの黒いものを集めていたろう。それこそ我らが駆逐すべきもの……
ふむ?貴様、見覚えがあるな」
光の御子が、兜を脱いだ。
美しく輝くエメラルド色の髪、同じ色の透き通った瞳、端正な顔立ち。
「……あ、貴方様は。ヴィクトル殿下……」
イーゴリは、不覚にも驚いてしまった。
アレクサンドル国王とアナスタシアの息子、ヴィクトル王子その人だったのである。
イーゴリはその場にひざまずいた。
「ヴィクトル殿下。ヴァシリーサの国、アナスタシア国王配下、総司令官のイーゴリと申します。
我が主君、アレクサンドラ王女をお連れいたした、国王陛下へお取り次ぎを願いたい」
「……イーゴリ総司令官か!思い出したぞ、なんだ貴様だったのか!
子どもの頃以来で顔をよく覚えていなかった、許せ。
おい、母上のお国から我が妹が到着した!父上に知らせよ!!」
ヴィクトル王子は、後方の部下に命じると、イーゴリの後ろでナターリヤに抱きかかえられているサーシャに目を向けた。
「これが……母上の娘……我が妹か。
……母上と、同じ髪の色だ。
怪我はしていないか?黒いものに襲われてたんだろ?」
「いえ、襲われていたわけではなく……眠りに落ちておられます。休ませて差し上げたいのだが頼めますかな?」
「もちろんだ。城へ入ろう、コシチェイの手の者はとりあえず取り除いた、またいつ出現するかわからん。イーゴリよ、何があったか聞かせてもらうぞ」
ヴィクトルはすぐに背を向けて城へ向かい始める。
イーゴリは立ち上がり、ナターリヤとサーシャのところに再び膝をついた。
「大将……あの方……」
「アナスタシア様のご子息、ヴィクトル殿下だ。
……姫さまは俺がお連れしよう。お怪我は……なさそうだな」
「眠っておられます」
「それは今までもそうだった、黒いものを取り込んだ後はな。心配はいらん。
お前は、怪我はないか」
「大丈夫ですよ。……大将のほうが、王子にやられた跡が残ってるじゃないですか」
ナターリヤは、イーゴリの腹部に手を触れ、回復魔法をかけた。
ヴィクトルの強烈な攻撃は、体の奥にまで入り込んで負荷をかけていたのだ。
「すまんな」
「王子の噂は噂じゃなかったってことっすね」
「ああ……剣も魔法も突き抜けてる。……だが姫さまが黒いものを取り込むのを邪魔してしまった。いささか心配になってくるな」
「ええ……姫さまが仰ってましたね、反動って言葉を」
「それのことだ」
イーゴリはサーシャをいつものように抱え上げ、ヴィクトルの後に続いた。
サーシャの剣を持ったナターリヤも、その後に続いた。
ついに、アレクサンドル国王の住まう王宮へ、到着したのである。
* * *
……私はさ、できた人間なんかじゃないんだよ。
ーーなぜお前たちを救ったかって?
自分が助かるためだよ。
黒いものがいると私が危ないんだから。
お前たちのためでもなんでもないの。
私はそーいう人間なんだよ。
自分勝手で。
ワガママな王女なの。
独占欲が強くて。
一人じゃ戦えないし。
支えが必要だし。
正義なんかじゃねーんだよ。
自己犠牲なんかでもないんだよ。
だって自分のためだから。
私は、キレイな人間なんかじゃねーよ。
神?んなわけねーだろ。
………………
…………
また眠っていて、目が覚めたら頭痛と倦怠感。
薄暗い部屋に、ロウソクの火、なんかデジャヴだ。
変な夢を見た。
沢山の人に救済者とか呼ばれて崇められた。
違うっちゅーに。
そんな立派な人間じゃねーんだよ、私は。
なんかそうやって誰にともなくぶーたれてた。
……そう、私は自分が助かりたいからやってるだけ。
みすみすやられたくなんかないから、抗ってるだけ。
ヴァシリーサのためでもなきゃお母さまのためでもない。
イーゴリだってナターシャだって、いなきゃ困るからいてもらってるだけ……
私は自分のために全てを利用してる。
そんな人間なんだよ……
ーーそういえば、イーゴリとナターシャは?
夢から覚めてきて、少し頭が回り出したようだ。
なんだか随分立派なベッドだ。
ヤロスラフのところよりも。
部屋も調度品も、高級感あふれるものになっている。
ベッドサイドのテーブルに水差しが置いてあるのを見つけ、グラスに注いで喉を潤した。
……頭痛い。黒いものを取り込んだ後はいつもこれだ。
サーシャは再びベッドに体を埋めた。
高級なベッドだから、敵の手の内じゃない……はずだ。
いや、そう思い込むのは危険だ。
イーゴリやナターシャがいれば敵の陣地じゃないのはわかるけど。
頭は痛いが、ベッドから出て、扉をそっと開けた。
「アレクサンドラ王女様、お目覚めでございますか。お加減はいかがでしょうか」
扉が開いたのに気づいて声をかけてきたのは侍女だ。
続く部屋を見渡したが、この侍女しかここにはいない。
「……よくはない。ここがどこか……お聞きしても?」
「勇士イヴァンが国、現王アレクサンドル陛下の居城でございます」
侍女は淡々と答えた。
お父さまの、城。
とうとう、着いたのか。
お兄さまも、近くにいるはずだ。
「医術師をお呼びいたしましょうか」
「……いや、原因はわかっています、それよりも、我が共の者たちはいるでしょうか?
呼んで頂きたいのですが」
「かしこまりました」
侍女は一礼して出て行った。
夜なのだろう、部屋は薄暗い。
だが、とても広い部屋にいるのはわかる。客室ではなさそうな……
大きなソファーに腰掛けた。
ふと壁に、肖像画がかかっているのが見えた。
……あれは……お母さま!?
驚いて、肖像画の下まで駆け寄った。
間違いない、母アナスタシアの肖像画である。
まるで母が目の前にいるような……
でも、高いところにいて、手は届かない。
そう、お母さまも、手の届かないところへいってしまった……
壁にすがりついて、サーシャは肩を震わせた。




