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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第九章 東の秘境
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186.秘境への手がかり


なんとドミートリィ王子は、十歳ということだったが、一人で馬に乗ることもできなかった。

サーシャは六歳の頃には、訓練で仔馬に一人で乗り降りしていたというのに。

サーシャと一緒だと安心してくれるようなので、イーゴリが馬上のサーシャに王子を渡す形で乗せた。

ドミートリィは、高い、怖いという始末。

サーシャは、大丈夫だよと明るく言った。


サーシャはドミートリィの怖さを紛らわすために、いろいろ話をした。

引き離されたという母のことを考えないためにも、会話がちょうどよかった。


ドミートリィが外国のことをーーヴァシリーサの国のこともーーほとんど知らないので、ヴァシリーサの国の話を聞かせた。ずっと旅をしているということや、自分たち神の末裔の話なども。

自分が王子だということさえ認識していないドミートリィである、国の仕組みなどについては何も知らなかった。


ドミートリィに今までどんな生活をしていたのか、聞いてみた。


「ぼくはママと、じいやとばあやと暮らしてる。

ママとお花の世話をしたり、絵本をよんだりしてる。

じいやの釣りを見たり、ばあやが庭のくだものでジャムを作るのをてつだうの」


……住んでいる世界が違うのかと錯覚しそうになった。


母親は仕事をしていないようだし、この子はなんの教育を受けることもなく育っている、しかも同年代より物事を相当知らないだろう。

サーシャが同じ十歳の頃には、イーゴリにどれだけ難しい魔術やら、歴史学やら地理学やらを学ばされていたことか。剣や遠征術は言わずもがな。


それにこの子は、釣りを見ると言った、釣りをする、ではなく。


男の子だからといってやんちゃでわんぱくな子ばかりではないとは思うが、それにしてもおとなしすぎる。

ジャムを作るのは結構だが、聞く限り行動のどれもに覇気がないというか。


じいやとばあや、という呼び方から、祖父母ではなく使用人のことだろう。

王からは認知もされているようだし、素朴だろうが生活は保証されているといったところか。


王族どころか平民の少年ともかけ離れた暮らしの様子に、サーシャも流石に驚いた。


…………

…………


そうして話をしているうちに、森を抜け、古いが風格のある建物が見えてきた。

人里からは離れていて、周りは広大な野原になっているが、建物の背後は崖になっている。

その野原を建物の方に進むと、先導のラヴィルが馬を止め、何やら術を発動した。

フェオフォンの教会であるから、きちんと結界を張っていたようで、サーシャたちが通れるよう操作してくれたのだ。


一同が馬を降りると、馬番が出てきて馬を繋いでいく。

ラヴィルの案内で、教会の扉をくぐった。



「さてサーシャ、事情を聞かせてもらおうか?」


夜、食事を終えてドミートリィを寝かせた後、サーシャたちは暖炉の前に集まっていた。

教会の奥は思いの外広く、寝室も何部屋もあるし暖炉のある広間から台所、バスルームなど、長期滞在できる設備が整っている。


「うん、なんかね、あの子……フェオフォンの血と別に、なんか分かんないけど特別なものを感じた。

……ヴィーシャの雰囲気に似てる気がする」


「……何だって?」

「母親由来のものかもしれない。

ラヴィル殿、彼の母親について、何かご存知ですか?」


ラヴィルと、もう一人の男、それから母親と御者ーードミートリィがじいやと呼んだ人物だったーーを家に送り届けて戻ってきた男も、この場に同席している。


「殿下の御母堂は、東の秘境に住む娘だそうです」


東の秘境の出身者。

さすがに全員が驚く。


「後でその母親に会ってみる必要がありそうだな」


ヴィクトルが呟いた。


「たしかに遠目で見ても、あの母親はかなり特殊な気がした。

髪は世界でも類を見ない、老人性のものではない白髪だった。

魔力に溢れてる感じはなかったのに、なんだろうな、あの透き通るというかそんな雰囲気は」

「あー、分かる、魔力はなさそうだったな」


一緒に見ていたナターリヤも同意した。


「東の秘境の住人ってのは、ああいうもんなのか?」

「いえ、我々も詳しくは分からないのです、そこの住人はあのリーナという女性しか、我々は見たことがありません。陛下が十数年前御自ら調査に赴かれたことがありましたが、途中で迷われて結局村に辿り着くことさえできなかったと。

私も話を聞いただけなのですが。

麓へ下りてみれば、陛下と、警護するに足る数人のみしか、帰還できなかったということです」


一同は顔を見合わせた。


一体何が起こったのだろう。

そして、東の秘境出身の女性がドミートリィを身ごもり、その村を出てこの地域で暮らしている過程とは。


「サーシャ、あの王子が俺の雰囲気に似てるってのは、何なんだ?

父上や母上とは関係ないんだろ?」

「うん、血縁とかいう感じの似てる、じゃないんだ。

私もなんて説明していいかわかんない。母親を見てみてどう感じるかだな」


そのとき、寝室の扉が開く音がした。


ドミートリィが起きてきたのだ。


「サーシャ、いっしょにきて。一人はこわい」

「ミーチャ」


サーシャはソファーを立った。


「じゃ、今日はこの辺で。ナターシャも来て」

「ん、分かった」


サーシャはナターリヤを連れて、ドミートリィと寝室へ入った。


…………

…………


ドミートリィは毎晩母親と一緒に寝ていると言った。

サーシャはベッドには入らないものの、ドミートリィに寄り添って手を握ってやった。

まもなくドミートリィは、寝息をたて始める。


「……五、六歳くらい、いや、三、四歳くらいな感じがするな」

ナターリヤが呟いた。


「うん」

「サーシャ、随分懐かれてるな。意外だ」

「私、なんか赤ん坊にも懐かれたんだよね、ミーチャもそんな感じがする。黒い神の性質のせいなのかも」

「へえ。東の秘境への手がかりが一つでも掴めたのは、収穫だったな」

「漠然と向かうより、いいだろうね。

焦ってそっちへ向かうより、私はもうちょっとこの子自身について掘り下げてみたいと思ってる。

フェオフォンの内情はニキータから聞いた通りだけど、あのラヴィルからも確証を得たい」

「サーシャが感じることが最優先でいいと思うよ。

てかサーシャ、そういうの見えるようになったの?魔法使えなくなってるのに」

「そうなんだよね……

この子発見したときも、魔法で存在を隠されてたのに、いるのがわかったんだ。

神の末裔の感じがしたんだけど、今思えばそれだけじゃない。もう一つの、ヴィーシャに似た感じっていうのがあったから。

多分私の感覚はそっちに反応してるんだ。黒い神の性質と、何か引き合うものがあるような気がしてる」

「黒いものと関係してるのか……?」

「ううん……黒いものはこの子にはない。

それに黒いものは、この子みたいに意思の曖昧な人間には取り憑かないよ」

「たしかに、強く望むこともなさそうだな」

「私も黒い神のしもべに確かめにいきたいんだけどねぇ……

強い感情を持つか、黒いものを取り込んで昏倒しないといけないとこだからなぁ。自分で情報を探し出すしかない」


ノックの音がして、ナターリヤが開けに行った。

ノックしたのはヴィクトルだった。

少しラヴィルたちと今後の計画を話していたというので、サーシャたちに共有しにきたのだ。


明日からはドミートリィ王子の教育をここで行うそうだ。

学問もだが、王族としての礼儀作法、心得、そして剣や魔法も教えていくとのこと。

普通の王族がもっと小さい頃からそれらを叩き込まれてきたことからすれば、急いで遅れを取り戻さなければならないだろうことは想像に難くない。

ただこの王子がちゃんとついて行くかどうかはまったくの未知数である。

今まで厳しくされたこともないだろう、挫けず立ち上がれるとはちょっと期待できない。


サーシャが気になったのは、ニキータから聞いていたことだが、この王子は魔力が決して強くはないということだ。

自分も第二子で、魔法も剣も威力がなくずっと過ごしてきたから、どれだけ頑張ったとしても強くはなれないことは身をもって知っている。


ラヴィルたちがなぜ第二王子を育て上げようとしているのか、これは王の指示なのかそうでないのか。

疑問に思うことはいろいろあったが、サーシャは深く考えることはしなかった。

他国のことを心配したところでこちらには何のメリットもない。

ただもうちょっとこの王子に関わってみようと感じただけである。


出涸らしとささやかれていた自分と、重なるものを感じたのかもしれない。

それと同時に、ヴィクトルと似て見える性質にも興味があったのだ。

それこそ姿を隠されていたときに、人型ではなく光り輝く何かに見えていたから。


オレグに話したいな、と思いながら、サーシャは毛布をかぶって、ナターリヤとドミートリィと川の字になって眠った。


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