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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第二章 旅の始まり
18/193

18.この地で起こったこと


ボリスラフが急に復活した理由。

サーシャが黒いものに飲み込まれたときのこと。

祖母のこと。


ヤロスラフは全部話してくれた。


なんとボリスラフは、秘術にて、妻レーナと意識を入れ替えていたのだった。

黒いものが襲撃し、ボリスラフが犠牲になる覚悟をしたとき、

レーナが現れ、言った。


「あなたがいなくなっては、この家はいよいよ破滅します。

それどころか、ヴァシリーサの血筋に多大なる害を及ぼすことになる。

私が代わりに受け止めます、あなたは……勝機を狙い、どうかヤロスラフを守ってください」


レーナは穏やかだが芯は強い女性、

逃がそうとしても無駄なのはボリスラフはよくわかっていた。


「私たちの最後の役目を果たしましょう、

息子の行いの後始末は私たちがしなくてはなりません」


ボリスラフは苦渋の決断の末、レーナと意識を取り替えた。

ボリスラフの体に宿ったレーナが、黒いものに飲み込まれる。

レーナの体に宿ったボリスラフの意識には……

レーナの体を通して、レーナの感覚が流れ込んでいた。


レーナが、黒いものーー荒れ狂う力を、抱きしめようとしていた。

体中を黒いものに貫かれながら。


レーナを取り込んだところで、不思議と黒いものの活動が止まり……

退散していった。

抜け殻となったボリスラフの肉体が、その場に残っていた。


ボリスラフの意識が宿ったレーナが、体中貫かれたボリスラフの肉体に治療魔法を施し、

ボリスラフの肉体は、傷だらけながらも命の危機は免れた。


その後、レーナの外見をしたボリスラフは、少しおかしくなったように振舞っていたのである。

ヤロスラフを内密かつ早急に鍛え上げ、黒いものに対峙できるようにーー


中身がボリスラフであることをヤロスラフに打ち明けようとしていたとき、

ちょうどやってきたのが王女と総司令官であり、

予想外にもヤロスラフが助けを求めた。


領主が正体を表したところで、勝機があるかどうかはともかく、

家よりもまず王女を守らなければと、ボリスラフは自分の肉体に戻ったのである。


ボリスラフの意識が抜けたレーナの肉体はーー意識が消滅していたために、活動を終えた。

サーシャが黒いものを吸収して眠り込んでいる間に、葬儀を執り行い、

続けてヤロスラフを当主とする取り決めが行われた。


…………

…………


「す、すみません、こんな、情けなくて」

ヤロスラフは顔を逸らして顔をこすった。


「……気にするな。私も先日母を亡くしたばかりだ。

泣くのをこらえることはない」


サーシャはヤロスラフの嗚咽を聞きながら、黒いものの中でのことを思い出していた。


やはり、あそこでひとつだけ感じた”愛”は、レーナのものだったのだ。

ボリスラフの肉体まで取り込まれなかったのは……

今ならわかる、あの”愛”による足止めだった。


レーナは普通の人間だったがために、黒いものの威力に太刀打ちできなかったのだろう。

まだ予測の域でしかないが、自分は、受け入れる力を持っているようなのだ。


そして黒いものは、”愛”とか”抱擁”とか、そういったものが苦手なのだろうか。

”抱擁の旋律”も、そういう種類のものだったし、初めて黒いものに効果のあった術だった。


「……殿下、私を救ってくださり、この度は本当にありがとうございました」

落ち着いたヤロスラフが、頭を床に擦り付けんばかりに平伏した。


「祖父の言う通り、殿下と閣下を危険なことに巻き込んでしまい……愚かであったこと、お詫び申し上げます。

そして父の引き起こしたこと……この領地が没収されたとしても、私の身をどうされましょうとも、否はございません。

存分に、ご処分くださりませ」


何だこいつ、とサーシャは再び思った。

だが、今回はおかしくて笑いがこらえられなかった。


「殿下……?」

ヤロスラフが神妙な顔で見てくる。


「ふっ……ふふっ、何だ、その妙な顔は。

ああ、そういえば、私が家の取り潰しとか脅したっけ?

あいにく国は離散状態、この地を治めるのは当主ヤロスラフ、貴方の役目だ。

亡国の王女などがすることではない。

だが……貴方に偉そうにしたついでだ、命令をやろう。


この地を、豊かに治めること」


ヤロスラフは固まっている。


「城の雰囲気が、落ち着いてる。ここで働く者からも、もう変な緊張感は感じない。

貴方が適切に治めるならば、この地は物も人も空気も、よりよく豊かになるだろう。

お祖父様の言うことを聞いて……しっかりやるんだぞ」


ヤロスラフは再び平伏した。


サーシャは身を屈めると、ヤロスラフの肩に手を添えた。


「貴方はよくやったよ。私が守ってやると大口叩いたけれど……

貴方が、守ってくれただろ?

初めて戦ったとは思えないくらい、見事な術展開だったよ。

だからお家取り潰しは、帳消しだ」


「どうか、それ以上仰らないでください、殿下……涙が一向に、止まりませぬ……」


* * *


翌日、改めて、ボリスラフからも、ここで起こった一連の出来事について聞いた。


強いものを、と要求され、ボリスラフが城のものを遠ざけて黒いものと向き合ったとき、

黒いものの中に、見知らぬ男が佇んでいたという。

領主や妻と同様に、黒いものをまとっていたのだ。


黒いものそのものが意思を持っていたわけではなく。

領主が持っていたように、それをまとって操るものがいたということだ。


領主とは結託していたのだろう。

領主自身が黒いものを持っていることが露呈しないように。


そして、黒いものをまとうものによって、黒いものはある程度制御できるようだ。

だからこの地は黒いものに覆われなかったと推測できる。


領主はいつからあの黒いものを持っていたのか。

生誕祭で登城していた時には、すでに持っていたのか?

だとしたら、国王の側に控えたときに、母王は気づかなかったのだろうか。


父がそうなら、ミロスラフは?


仮に黒いものがミロスラフの命を奪ったのなら、

領主は仇であるはずの黒いものをまとったりするだろうか?


もし、ミロスラフも、同様に黒いものをまとっていたら……


黒いものに対峙しても、無事でいる可能性は、残る。


領主と同様取り込まれた可能性もまた、あるけれど。


ミロスラフは生きている可能性を考えて、王をおとそうとしたのならば、サーシャを狙う可能性もあると考えて用心しておかなければならない。


そして、黒いものをまとう者の正体も、突き止めたい。

領主や妻の言う、あの方、という存在も。


…………

…………


ちなみに、領主の妻の企みは、妻の言うこと以上の情報もなく、分からぬままとなった。

ただ妻の企みが何であれ、もう叶うことはない。

それより、黒いものの原因を追う方が重要だ。


不謹慎だが厄介払いができた、とボリスラフが呟き、

醜い感情で恥ずかしいが、いなくなって良かった、とヤロスラフも言った。


「あんな女に気を使うことはないよ。

聞いたよ、あの女の言うこと。

ヤロスラフ、貴方のお母さまを蔑むようなことを言ってたし、ミロスラフを産んだ時点で、貴方のお母さまを侮辱してたってことだ。

許さなくていい、そんな出来の良い人間にならなくていい」


サーシャがそう断言すると、ヤロスラフもボリスラフも、驚いた表情をしながらも、安堵していた。


「殿下がそうおっしゃってくださるなら……多少なりとも、気が晴れます。レーナの無念は、簡単には忘れられん」


「いいんですよ。それで。

よからぬことを企むから、還ってきただけなんじゃないですか?」


「……意外です、女神ヴァシリーサの末裔であらせられる殿下なら、こんな醜い感情はお嫌いかと。

……父の冥福を祈るどころか、父が黒いものに殺され、ほら見たことか、と思ってしまって……

それで、鎮魂の魔法もほとんど発動できなくて……」


「そう思われるだけのことを、あの領主がしてきたんだから、当然でしょう。

それよりも貴方は、これまでで唯一黒いものに作用し得る術を見つけ出したんだから。

城の将軍たちでさえ、見つけ出せなかったことだから。


さすがは私のお祖父さまの縁続きになる公家の当主だよ。

これまであの父親に評価されなかったが、そんなもの一切気にするな、

女神ヴァシリーサの末裔たる私が、貴方を認める。


これからは貴方は自由だ、貴方の思うようにこの地を治めたらいい。

きっと貴方はいい領主になる」


ヤロスラフは、歓喜で身を震わせていた。

ボリスラフが、孫の背を叩いて喜びを伝える。

揃ってサーシャに頭を下げるが、サーシャは内心、ちょっと居心地が悪くなった。


……うっわ、私、めっちゃ偉そうだし。

ヤロスラフって私より10くらい歳上だよな、そういえば。

出涸らし王女なのにハッタリだけすごいわ。


でもまぁ、ハッタリだけかまして、あとはイーゴリが何とかしてくれるだろう。

父の国の、超優秀な兄に会うのは今から少し気が引けているが、

城の襲撃によって思いがけず開花したハッタリの才能らしきものがあることがわかって、

それも乗り切れそうな気がしている。



父の国に、背後にいるものの手がかりはあるだろうか?

一日休んで頭痛も治まったし、明日には発とう、とイーゴリと話した。


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