表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第二章 旅の始まり
17/193

17.戦いの終わり

もしかしたら残酷表現ありかも。


領主の妻も、黒いものを持っていたとは。


「くっ……貴様もか、いや、貴様が全ての始まりか!」

ボリスラフが苦々しく呟いた。


「貴様こそ、覚悟するがいい!わしの……レーナは貴様らのせいで!」

「お祖母様?お祖母様が、奴らに……?」

ヤロスラフが呟いている。レーナというのがあの祖母の名前らしい。

寝室にいるはずの祖母の安否を確かめに行きたいが、黒いもの2体を前にしている、まずはこちらをどうにかしなければならない。


「忌々しいあの女の息子!この世に残しはしないわよ!」

領主の妻は、旋律に縛られている黒いものに腕を突っ込んだ。

旋律が壊れていく。

2体の黒いものが合体し、最初のものよりも大きくなった。


「さあ……これで願いは果たされる……この男に取り入った甲斐もあったというもの……

あとは貴様らを取り込んで……あの方に捧げるの……」


領主の妻がふわりと黒いものの中心に浮かぶ。


「……父が僕を邪険にしたのは……あいつの差し金か?」

ヤロスラフは唇をかんだ。

「そういう魂胆はやはりあったのだな……愚かな息子め、あいつとともに追放すべきだった……」

ボリスラフも、苦々しげに呟いた。


「あの方って、何だ」

「ふふふ、私に力を下さった方……救世主、……きゃああぁぁっ!!」


領主と同じように、何か言いかけた瞬間、妻は黒いものに串刺しにされ、あっけなく取り込まれていった。


「……口止めか、背後に、何かがいるみたいだ」

サーシャは呟いた、そして。


「それより、残ったこいつが厄介だ」

更に大きな黒いもの。


「旋律は効くようですね、お任せください」

ヤロスラフが、三たび旋律を紡ぐ。

さっきよりも長くなった旋律が、黒いものに向かって巻きつこうとしたのだが……


黒いものから爆風が放たれ、

縛った縄が引きちぎられるように、旋律が破壊された。

ヤロスラフが続けて防御魔法を展開させるが、相当な威力だった、ヤロスラフは気力を使い果たし、膝をついてしまった。

自分に回復魔法をかけて何とか立ち上がるが、これ以上の連戦は厳しそうである。


イーゴリとボリスラフは、触手に防戦一方だった。


そして、黒いものの頭頂から、見たことのあるーーあの黒い力が発射される口ーーが浮き上がった。


あれは!


「イーゴリ、下がれっ!!」


サーシャは咄嗟に叫び、何事かと怯んだイーゴリとボリスラフの前に出る。

「姫さまっ!?」

「殿下!!」

後ろから、ヤロスラフの叫び声も聞こえる。


イーゴリとボリスラフが巻き添えを喰らわないよう、強くはないが自分の後ろに結界を張り、

二人を隔離する。


その時、黒い力が発射され、サーシャの全身が飲み込まれた。


…………

…………


欲望、野心。

劣等感、優越感、

怒りに憎しみ、屈辱……

歪んだ快感……


これは、この黒いものが飲み込んできた感情だろうか?

体中に感情が突き刺さっているのが分かるのに……頭は冷静である。

体は痛い気もするが、ダメージを受けている感じはしない。


誰の感情かなど分からないし、どんな状況で生じた感情なのかもわからない、

ただここで渦巻き荒れ狂うばかりの、多種多様な感情たち。

その中に一つだけ。



こんなところに、愛?

誰の……?


ふと感じる。

レーナ。

ボリスラフの妻。

ヤロスラフの祖母は……取り込まれたのだ。

この黒いものーー感情たちを、愛しながら。


彼女の肉体は、おそらくーー


ーー荒れ狂う感情が、サーシャの内で暴れ出す。

前もそうだった、だが、新しい感覚がある。


助けて、と。


このいろんな感情たちが、助けを求めているのが全身で感じられる。

感情はただそこにあるもののはずで、意思をもっているわけがなく、助けを求めるというのはおかしい気がするが。

でもこの感覚は……助けてほしいと言っている。


ならば、私が受け入れてやろう。

私が引き受けてやる。

私の元に来るがいい。


荒れ狂う感情が、次第に鎮まってくる。

サーシャの中で、柔らかな光の粒になり。

サーシャの体から、黒い光となって立ち上った。


黒いものに覆われていたのが、目の前が少しずつ明るくなっていく。


最後の感情が、サーシャに招き入れられーー


「姫さま!」


たくましい腕に抱きかかえられた。

気づくと、膝から崩れて前に倒れようとしている。

イーゴリの腕が、それをとどめている。


「姫さま……何という無茶を」


急に眠気が襲ってきて、まぶたが上げられない。

「イーゴリ……黒いやつは……?」

「全て、姫さまが取り込まれました」

「そうか……ちょっと無理、寝そう」


サーシャは、そのままイーゴリの腕の中に崩れ落ちた。


* * *


……暗い。

今、何時だ?

ここは……私は何をしてたっけ……?


ふかふかのベッドで寝ているのに気づいた。

雨の音がする。

窓があり、かなり雨が降っているのが見えた。


全身がだるい。

頭がガンガン痛い。

……起きたくないな。もうひと眠り……


扉がそっと開いた。

まだ寝ていたい。片目だけ、薄目を開けておく。


入ってきたのは、イーゴリ。

イーゴリならば安心だ。

目を閉じて、寝返りをうって背を向け、眠りに落ちようとする。


イーゴリが、部屋にあるらしい椅子かソファーに腰掛ける音がした。

そのまま……

何をするようでもなく、黙ってそこにいる。


コンコン、とノックの音。

イーゴリが立ち上がって、扉を開ける。


「……閣下。殿下のお加減は?」

ヤロスラフの声だ。

「まだお休みだ。大降りになってきたが、終わったか?」

「ええ、先ほど。……こちらでお話しします」

小声でやり取りした後、二人は出て行った。


そっか、多分、最初にいた客室だ。

ヤロスラフの部屋は大破してたし。


そのうち再び、サーシャは眠りに落ちていった。


…………

…………


再び目が覚めたとき。


部屋にはロウソクが柔らかな光を灯していた。


窓のカーテンは閉まっている。

雨の音が、まだ続いていた。


まだだるいし頭痛もするが、そろそろ起き上がってみようと思えるようにはなった。

何か飲みたい。


そっと体を起こして辺りを見る。


部屋にある一人掛けソファーで、イーゴリが寝息を立てていた。

多分、自分の様子を見ながら寝てしまったのだろう。


……この人も、あの日から戦い通しだったもんな。


自分一人で戦うより、誰かを守りながら戦う方がはるかに難しい。

イーゴリは、ずっとそれをこなしてきたのだ。


今しばらく、寝かせておいてあげよう。

しかし、寝ていても敵の気配を感じると起きてしまう根っからの武人である、

サーシャは弱いものの姿を隠す魔法をまとい、そっと寝室を出て、客室から廊下へ出た。


夜間の見回りの兵士に出会った。

何やらとても自分を心配しているようだ。

何と今は夜中の1時、丸1日眠っていたらしい。

メイドをよこすと言ってくれたが、夜中だしそれは悪いと思い、食堂に行っていいか聞いた。

城の者たちが使う食堂には、夜勤の者のために飲み物が準備してあるからどうぞ、と教えてもらった。


心なしか、兵士から張り詰めた気配が消えている。

城全体が、最初に来たときより落ち着いて感じる。


食堂に行くと、休憩中だったらしい夜勤のメイドが二人、慌てて立ち上がる。

気にするなと声をかけたが、お茶の準備をすると言ってくれた。

悪いので自分ですると言ったら、ひどく驚かれた。

野宿もできると話すと、もっと驚かれた。

メイドたちにとって、王女とは、軽々しく話が出来る相手では本来ないのだ。

うちの城ではそこまでじゃなかったけどな?とサーシャは思い返すが、自分がちょっとずれていたのかもしれない。

それでもやはり、あの妙な緊張感が消えている。

飲み物を準備してもらって、一息入れた。


メイドたちはまもなく、それぞれの業務に戻っていった。

サーシャが一人、食堂に残った。

黒いもののことを、ぼんやり考えていると。


食堂に誰か入ってきた。


「で、殿下!?」

随分驚いた、ヤロスラフの声だ。

ヤロスラフが駆け寄るようにしてサーシャの側までやってくる。

「殿下、お加減はいかがですか?もう大丈夫なのですか?」

本気で心配してくれているようだ。


「貴方こそ、どうした?今夜中らしいぞ」

「その……私は、どうも寝つけなくて」

「私、丸一日寝てたんだってな。その間、何かあったか聞かせてくれるか」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ