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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第二章 旅の始まり
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14.領主の企み


「我が願い、お聞き届けくださり、感謝してもしきれませぬ」

サーシャの客室の応接間にて、次期領主ヤロスラフは、大仰に平伏する。

後ろに立つイーゴリを思わず見ると、イーゴリも何だコイツは?と言いそうな顔をしていた。


「……あの、挨拶は今いいですから……貴方の願いといいますのは?」

サーシャは一応姫らしく聞いてみた。


「……はい……じ、実は。

……我が祖父を……助けていただきたいのです」


祖父を、助ける?


「どういうことでしょう?」

「姫さまを危険に晒すことならば、お力添えはできませんな」

イーゴリが遮る。


いきなり断る?とサーシャは少し驚いて、イーゴリを再び見上げた。

イーゴリが何か分からないが、目配せしてきたので、そのまま任せることにした。


「当然でありましょう?私も姫さまの護衛という任務があります、

おいそれと危機に飛び込んでいくわけにはいきません」

「そ、それは……」

「貴殿の祖父、ボリスラフ殿については存じ上げております。

引退される前は、私もよくお世話になりましたからな。

ちょっとやそっとのことでどうにかなるお人ではありますまい?その祖父殿が助けを必要とされるほどのものを相手にするとなると、危険は大きそうですな。むしろ私が姫さまをお連れしてすぐにでも出立すべきかとも思えます」


「……お、お待ちを。ひとまず、もう少し、聞いていただきたいのです……どうかお願い申し上げます」


「お父上はなんと?」

サーシャが聞く。


ヤロスラフの表情が一層険しくなった。


「……父上は、何も……

そう、小耳に挟んだのですが、『黒いもの』の襲来があったそうですね?

祖父は、その犠牲になったのです……

引き換えに、この地は被害を免れたのですよ」


「何だと……」

イーゴリが呟いた。


…………

…………


黒いものがやはり関係しているとなると、身の安全も確保しなければならないが、

同時に調査もしなければならない、敵の情報を少しでも得なければ、危険なままだからである。


関係あるか分かりませんが、と前置きして、ヤロスラフは領主一家に陰謀がある、と語った。

そこそこ魔術は使えるようで、話が盗聴されないよう魔法で防音効果をかけてである。


何でも、父は領主として忙しいからと、自分は祖父っ子だったこと。

自分の母は早くに亡くなっており、ほぼ祖父母に育てられたそうだ。

物心ついたころ、父が後妻を迎えた。既に子がおり、それがミロスラフだった。

ちなみにミロスラフは連れ子でなく父の子だと、祖父から聞いたとのこと。


後妻にそそのかされたのか元々そのつもりだったのか、父はこの家の力を伸ばそうとし始めたそうだ。

次男であるミロスラフを城に仕えさせるのはどこの領主でもやることだが、

ミロスラフに手柄を立てさせ出世してもらい、行く行くは王配に据えたかったそうだ。

そうなれば、立場は婿であっても、王女サーシャを上手く操れば、事実上の王になることも可能だと。


領地の方は、ミロスラフが王家に潜り込むまでは父が支配し、

ミロスラフが王家に入ってしまえば、実家のこととしていいように采配できるし、ヤロスラフが継いでいたとしても王家の意向に逆らうことはできず、事実上領地も支配できる、というわけだ。


それに気づいて止めようとしたのが、前領主である祖父。

父は祖父の目をかいくぐりながら裏工作を試みていたが、祖父の目はごまかせなかった。

一家の膿とばかりに逆クーデターを計画するほど、引退しても豪胆な祖父なのだが……


その時、黒いものはやってきた。

領地を襲ったわけではなく、城の広間に現れて、

強い者を一人くれればこの地は見逃してやろうと告げた。

名乗り出たのが祖父だった。

城で仕える者や領民のために、祖父は自らを差し出したのである。


* * *


そんな簡単に行くか馬鹿野郎!と途中で思わず言いそうになったサーシャだった。

母アナスタシアがまず見逃すはずがない。

イーゴリと近衛のエドガル以外の男性は、事実上ほぼサーシャに近づく機会をもっていなかった。

何よりヴァシリーサの教えとして、ヴァシリーサの子孫を宿す身として細心の注意を払うことを徹底されてきたのである。

エドガルはアナスタシアの命で、サーシャを口説く汚れ役を引き受けてくれた。

おかげで、いいのか悪いのかは別として、女性を(おと)そうという言葉や立ち振る舞いに耐性ができてしまっている。

そこまで知ってこの領主どもはしかけようとしたのだろうか?


とりあえずミロスラフは反旗をひるがえす1人だったようだ。


もしかして、母の最期に関わっている?

だが、母の方がミロスラフを援軍の供として指名したと聞いたような……


「ミロスラフか……」

イーゴリが険しい顔になる。


サーシャはミロスラフとほとんど接点がなかったが、イーゴリは将軍たちを束ねる者として、戦場も共にしてきたし、多少なりとも関わりがあっただろう。


「公家から長子以外が士官に上がるのは当然のことだし、国としても断る理由もないのだがな……

あの男は実績も多かったし、評価こそすれ不安な要素などなかったんだ。

……だが、俺がもし気づけていたら……今、こんなことになっていなかったかもしれんな」


イーゴリは独り言のように呟いた。


「祖父の推測も一部入っているかと。弟は……もしかしたら、王配を目指すくらいまでしか聞かされていなかったかもしれません、だからといって許されぬこととは承知しております 」

ヤロスラフの補足が入る。

「私も、これは全部祖父から聞いたことでして……私自身が突き止めたことは、恥ずかしながら何もないのです、何しろ何も知らされていなくて。

父には……ずっと除け者にされてきました、祖父に懐く私が気に食わなかったんでしょう。私が領主になったとしても、父の言うように動くことしかできません……」


「待ちな、次期領主」

いきなり口調が変わったサーシャに、ヤロスラフが驚愕の表情になる。


「さっき、黒いものが、(にえ)があれば襲わないと言った、って言ったよな?」


* * *


黒いものに意思はなく、ひたすら波のようにやってきて飲み込んでいく、と思っていたが、

コントロールできているときもあるようだ。

同じようで違うものか?


「黒いもの自体が喋ったのか?」

「そ、そのようでした……」

サーシャは考え込む。

「大きさは?」

「この城の大広間を埋め尽くしそうでした」

前と同じ規模は十分ありそうだ。同様の対応で、受け切れるだろうか。


「貴方のお祖父様が犠牲になったと言ったが、助けてほしいと言ったな?どういうことだ?」

「祖父は……辛うじて一命をとりとめたのです。ですが……それから目を覚まさないのです」

黒いものに取り込まれたのではないのか?

肉体は無事なのか。

では魂とか精神とか、そういうものを持っていかれたのか?


「敵の様子がいまいち掴めないな、私たちが襲われたものとはかなり様子が違う。

貴方のお祖父様の状態がわからないし、現時点でできることはないな。

それと次期領主よ、貴様、この私に王家乗っ取りの陰謀を話すとは、どういうつもりだ?

私が即位した暁には、陰謀を企んだこの家は取り潰しだぞ?貴様も、私にチクったくらいじゃ許されんぞ、お父上のなすがままになっているわけだからな」


サーシャはヤロスラフに睨みをきかせる。

戦う能力は高くないのによく言うよなと、自分でも自分の態度が滑稽に思えるのだが……


ヤロスラフは分かりやすく縮み上がっている。

ハッタリの才能はそこそこあるのかもしれない。


「そ、それでも、私は……祖父を失いたくないのです……!

私など、このまま何も起こらずとも、父の支配下にあるのみ。

それならば、私などが処分されようとも、祖父が助かるのならば……その方がマシです!」


ヤロスラフは俯き、震えながらも言葉を絞り出した。

「……私は祖父が襲われたとき何もできず……後悔しかありませんでした……!

祖父が命をかけているのに……私は何をしているんだと!情けなくも……私は動けなかったのです……」


サーシャはイーゴリと顔を見合わせた。

要するにコイツはおじいちゃんがいないと何もできないってことか?

……自分も母やイーゴリがいないと何もできる気がしなかったから、あまり人のことは言えないが……


それにしても、後悔しているというが、だからどうしたいのかが見えてこないのである。

一応自分は敵を見極めようと努めているつもりだが……

コイツは何かやろうとしたのか?

何も力がないからといって、足掻いた様子でもない。


イーゴリを見ると、やれやれとでも言いたげである。

埒があかないので、少し助け船を出してやることにした。


「私もこのイーゴリがいなければ何もできない、貴方の弟に言わせると“出涸らし王女”なんだよ。貴方の置かれた状況はわからんでもない。

だがな、何もしようとしない奴など、こっちも危ない橋を渡るんだ、そう簡単に手を貸す気にもならないってもんだ。

貴方はどうしたいんだ?危険を冒してでもお祖父様を助ける気があるのか?」


ヤロスラフは目を泳がせて、震えるばかりである。


しばらく逡巡して、やっと口を開いた。


「わ……私は……そ、祖父をこのまま、死なせたくありませぬ……

あの、た、戦います、失敗するかもしれないけど……」


少しでも、自力でどうにかしないことにはどうにもならないということが、伝わっただろうか?

とりあえずの決心を表明したところで、この箱入りおぼっちゃまを許してやることにした。


「ボリスラフ殿も、孫には甘かったということか」

イーゴリが先ほどとは違って、優しく言った。

「歴戦の勇士だったボリスラフ殿と、戦いに出たこともない若造では覚悟が違う。ボリスラフ殿には、()()()を鍛え直していただかねばならんな」

遠回しに、ボリスラフを助けるという意志を伝えている。


「まぁどちらにしても、この家の立て直しにお祖父様は必要だからな。正直救う手立てがあるのかどうかもわからんが……

まずはお祖父様の様子を伺おう」

「あ……ありがとうございます……!」


サーシャが言うと、ヤロスラフは平伏した。


「ただし、貴方にも戦力になってもらうぞ。出涸らしの私は戦いの戦力にはならないからな。自分の身は自分で守れ。それと私の援護も頼んだぞ?魔術、使えんだろ?」

「は、はい!」


「それとイーゴリ。ミロスラフのことは気にするな。お母さまは気づいていたか知らないが、結果として最後まで将軍として仕えさせていたんだ。お母さまの判断だ。貴方に責はない」


サーシャの言葉に、イーゴリは黙って頭を下げた。


* * *


3人はヤロスラフの魔術で姿を隠し、サーシャの寝室の窓から外に出た。


領主ロスチスラフに見つかっては、妨害されてしまうだろうから。


祖父はヤロスラフが自室に寝かせているという。

その部屋というのが、城の正面扉を挟んで向かい側の方向にあるのだった。


姿を隠す術は、それなりに技術が必要で習得にも数年かかると言われている。サーシャは知識はあるのだが、やはり威力が弱いため、ぼんやりと薄まるくらいにしかならない。


術はかなりのもので、正面扉を横切っても、警備の兵に気づかれなかった。

ヤロスラフはなんだかんだでそこそこの魔法の使い手ということである。

気が弱く、決断力に今ひとつ欠けるために、そうした優れた面が影を潜めてしまっているのだ。


城の横側に回り込んで、2階にあるヤロスラフの部屋に上がるのだが、

うまい具合に木が生えていて、2階の窓の前に枝が届いていた。

ヤロスラフは魔法で枝を呼び寄せた、というのも枝が、馬が首を下ろすように地面に降りてきたのである。

ヤロスラフがまず枝に乗って、窓の開印をする。

領主の城だけのことはある、窓は魔法で専用の印を解かなければ開かないのだ。

部屋に降り立つと枝を下ろし、サーシャが乗り込む。

最後にイーゴリが部屋に降り立った。


部屋のベッドには、ヤロスラフの祖父・ボリスラフが、死んでいるかと思われるほど静かに眠っていた。


謎を作るのは苦手です^^;

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