表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第二章 旅の始まり
13/193

13.公家の城にて


夜は何事もなく過ぎ、翌朝、サーシャとイーゴリは領主の城に向けて発った。


広大な農地と賑やかな城下町を抜けて、1時間ほどで城門までやってきた。


国の総司令官の顔は、城の兵士ならば誰でも知っている。

イーゴリを認めるや否や、すぐに城へ伝令が走り、イーゴリとサーシャは城の来賓用控え室に通された。

更には同伴者がアレクサンドラ王女本人。

急な国王級の来訪に、城内が慌ただしくなっているようである。


それほど待たずに、迎賓室に案内された。

様々な用事をすっ飛ばして、領主が面会するようである。

国王と同等の者への対応としては当然であるのだが。


「お待たせいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。

当主のロスチスラフでございます。アレクサンドラ殿下、イーゴリ総司令官閣下、ご無事であらせられましたこと、心よりお喜び申し上げます」

眼光鋭い領主が挨拶した。

サーシャは顔を知っている程度である。


「ロスチスラフ殿、先日姫さまの生誕祭にご足労いただいたこと、改めて御礼申し上げる。

残念ながら、成人の儀は中断と相なってしまった、

王城に起こった異変のことは、ご存知ですかな」


「つい昨日、報告を受けたばかりでございます、イーゴリ殿。

国王陛下を始め、未曾有の厄災であったこと、

殿下と閣下がご無事であらせられましたことはこの国の希望でございます、どうぞこの屋敷にてお休みくださりませ」


領主が頭を下げた。


「ありがたくお受けします、ロスチスラフ殿。

こちらへ立ち寄ったのは他でもありません、貴方のご子息、ミロスラフ将軍について何かお聞き及びではないかと思いまして。

将軍のことですから、きっと母を最後まで護ってくださったと、信じています。

ですが今明らかなのは、母アナスタシアが……没したということだけ。

城や母を襲ったものの正体を明かすためにも、なんでもいいのです、情報があれば、教えていただきたい」


イーゴリより先にサーシャが発言した。

領主の眉が上がる。

サーシャの態度が、予想外だというかのようだ。

それも無理はない、これまで、アナスタシアの影に隠れていたような、自信のなげな王女だったからだろう。


「我が愚息へのお心遣い、感謝いたします。

……残念ながら、愚息は行方が分かっておりませぬ。

ですが……陛下を最後までお護りするよう、育てたつもりでございます、

女神ヴァシリーサに殉ずることになったのならば、我が家の誇りでございます」

「……お辛いことをお聞きしているのは承知しています、ご容赦ください。

先日の試合のことは忘れませんよ、私に花を持たせる素晴らしい腕前でした」

「ありがたきお言葉……もし万が一、息子が見つかることがありましたら、きっとお伝えいたしましょう」

多分、向こうも社交辞令だとわかっていることだろう。

サーシャはすぐに本題に入る。


「それで……もう一つ、お尋ねしたいのですが。

王城を襲ったもの……この地には被害が出ているように見えないのですが、いかがだったのでしょう?父の国の方面から、黒いものがやってきたから、この辺りにも広がっていてもおかしくないのですが」

「……この地では、そのような報告を受けておりませぬ。運良く、外れたのではないでしょうか?」

「そうですか。帰城の折、見かけたりはされなかったのですか?」

「私は部下より先に、転移門で帰城いたしましたゆえ、何も変わったことは。

その黒いものの話も、部下から聞きましてございます、ちょうど丘を超えていたので、部下たちは運よく無事だったのですが」

「母の軍は、部下の方は目にされていませんか?母が軍を進めた道は、ここへ通じているはずです」

「それが、避難しようと街道を外れていたそうで。黒いものが来ないところで日を明かし、無くなったのを確認して降りてきたとのことですから……

お役に立てず、心苦しゅうございます」


「……わかりました。

差し出がましいようですが、黒いものがどこまで目撃されたのか、調査はなさった方が御身のためだと思いますよ。また出てこないとは言い切れません、対策をせねば、あれが一国を滅ぼすのは容易いと警告しておきましょう」

「ご忠告、ありがたくお受けいたします、早速調査させます」

「一時的に効果があったのは、鎮魂歌の類でした。少量ならば防げるでしょう」

「殿下より直々にお教えくださいましたこと、深くお礼申し上げます」


* * *


サーシャとイーゴリは、それぞれ客室に案内された。

専用のメイドがつき、サーシャは着替えを準備してもらい、シャワーを浴びに入った。

ある程度の力のある貴族の館ならば、魔法を利用したシャワーを備え付けているところが一般的である。

大理石の洗面台には多数の香水が備え付けられており、タオルはふかふかで、貴人を迎える部屋なだけはある。

昨日までの野宿と宿とは正反対の世界であった。


サーシャの部屋が最上級だろう、応接間と寝室の二部屋の他、侍女などが控える部屋も付随している。

シャワーを済ませてさっぱりしたサーシャに、メイドが紅茶を入れてくれるのだが、

無表情で淡々と仕事をこなしている。


王城とは随分違う印象を受けた。

もちろん、王城であからさまにふざけるものなどいないのだが、どこかこう……もう少し温かみがある気がするのだ。

もっとも、王族の客を迎えるのに、感情は一切不要ということか。


ソファーで紅茶を飲みながら、どうも、緊張感が抜けない。

ミロスラフが戦死したか、よくても行方知れずだというのに、この城からは兵士からも、執事や使用人たちからも、悲壮な感じがしない。

家族のものはどうだろう?父親である領主にしか会っていないが。


王女の前で動揺をおさえているようには……どうにも思えなかった。


サーシャはメイドに断って部屋を出た。

客室の前には番兵がおり、サーシャの部屋には左右二人もついている、厳重なことであった。


そのとき、隣の部屋からイーゴリが出てきた。

イーゴリもシャワーを済ませたようで、着替えてこざっぱりしている。

が、剣や短刀は身につけたままでいる。


「姫さま」

今はその呼び方で正解である。

「イーゴリ。貴方のところに行こうと思ってたの、一人だと心細くて」

城の者の前ではか弱い姫らしく振る舞ってみたが、内心は自分の台詞に鳥肌モノである。


サーシャはイーゴリを招き入れ、メイドにイーゴリの分の紅茶を頼んだ。

紅茶を準備してもらうと、メイドには外してもらった。


「何となくですが…普通ではない気がしますな」

「うん、ひとりにならない方がいいかと思ってね」

「私はこちらにおりましょう」

「頼んだ。城内を歩きたいと言ってみたが、断られてね」

「私も、姫さまのところへ行くというので部屋を出るのを許されたのですよ」

「姫っぽく言ってみたけど男物の服じゃ違和感あるな。すぐメッキはげるかも」

「姫さまらしくありませんでしたな」

「うるさいよ。性に合わないの!イーゴリって昔からそういうとこ遠慮しないよね!」


* * *


やがて夕食時になり、サーシャたちは食事の席へ案内された。

領主と、妻にしては若い女性、ミロスラフに似た青年、年老いた女性が同席する。

領主が家族だと紹介する。

妻と、長男つまりミロスラフの兄にして次期領主、そして領主の母であった。

長子が土地を継ぐので、次子以下は城勤めになるのが一般的である。


息子が不明であることに母親は落ち込んでいるようだ。

一方長男ーーヤロスラフと名乗ったーーは冷めているようである。

弟と仲が悪かったのか、それとも悲しいが押し殺しているのか。

領主の母には伝わっていないのか?老人らしく孫の自慢話をしてくる。

第一将軍として、ミロスラフの武勇伝には事欠かないので、立派な働きを語っておいた。


当たり障りのない会話ばかりが続いていく。

ほとんどは、その辺りの付き合いに慣れているイーゴリが対応してくれた。

領地で採れた農作物をふんだんに使った食事と酒が振る舞われる。

もっとも、イーゴリは酒は一切やらず、サーシャも飲まないので、驚かれた。


ほとんど会話に入り込まなかった長男ヤロスラフが、早々に食事を終えて退席する。

ちょうどいいとばかりにサーシャとイーゴリも食事を終えることにした。

貴族との会話は疲れるのだ。

客室に戻ろうとしたとき、近くからささやくような声が聞こえた。


「アレクサンドラ殿下、イーゴリ閣下。お願いがございます、どうか話を聞いてくださいませんでしょうか」


無表情で先に席を立ったヤロスラフが、壁に隠れるようにしながらも、なんと膝をついて願い出てきたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ