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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第二章 旅の始まり
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12.旅の取り決め


三日三晩、歩いては休み、休んでは歩き、父の国がある方面へと向かっている。


成人の儀を遂行すれば、母王が本当に没したのならば、そのまま王の力を継承できるのではないかとイーゴリと相談しーー力を手にしておくに越したことはないからーー神殿にまず寄ろうとしたのだが。

神殿の方面へ進んでいくと、城をまるごと覆ったままの黒いものが反応してうごめき始めたのだ。

神殿も安全とは確証できず、神殿は諦め、黒いものが反応しない距離を保ち、城を迂回して城の南西方面へ出た。

黒いものがいるから、城下町の様子を見ることも、叶わなかった。


それからは、アナスタシアが軍を率いたルートをたどっている。


道端に、兵の死骸などは見当たらない。

全て飲み込まれたのか?


この街道は父の国に通じているのは知っているが、来るのは初めてだ。

イーゴリは来たことがあると言った。

馬を駆って3日程度かかったから、歩けば十日はかかる見込みとのこと。

先の長さにため息が出そうだった、なにしろ着の身着のままで城を棄ててきてしまったのだから。


転移門でつないだヴァレーリヤの領地は、城の北西に位置していた。

そちらに行っていると一週間くらいかかってしまう。


アレクサンドラの目的は、黒いものの正体の解明と、

黒いものから城を取り戻す方法を見つけることである。


ヴァレーリヤの領地に避難していても、何一つ解決はすまい。


人の力ではほとんどどうしようもないから、軍勢を集めたところで意味はない。


アレクサンドラだけが、黒い力を浴びて何ともないという、

アレクサンドラだけが、黒いものを感情だと捉えられる、


それが解決の糸口になるかもしれないから、それについても探りたい。


父の国を目指すほか、旅に出たいと思ったのは、そういう理由もあった。


…………

…………


このまま行くと、近くを通るのは、ミロスラフの実家である公家(こうけ)の領地である。

方向的に、ミロスラフの領地はあの黒いものの襲撃を受けただろうか?

ミロスラフは、母王と共に没したのだろうか、

それとも、黒いものから逃れたり……しただろうか。

立ち寄って状況を確認したい。


まだ、母やナターリヤのことから立ち直ったわけではない。

一日に2、3回は、ふと思い出して、泣いてしまうことがある。

それでも、歩みを緩めてくれるイーゴリに、泣きながらついていく。

最初は待ってくれていたのだが、止まるなと頼んだのだ。


泣いてしまうのは仕方がないと思っている。

我慢するより泣いてしまった方が楽だということに思い至った。

だが、イーゴリを煩わせることはない。

勝手に泣かせておいてくれればよかった。


イーゴリも、表面には出さないが、小さい頃から仕えているアナスタシアと、ずっと住んでいた城、自ら訓練したナターリヤ、たくさんの部下を失ったのだ、簡単に立ち直れるはずがない。

武人らしく、感情を表に出さずひたすら耐え忍ぶ、心については不器用な男であることはよくわかっている。

そんなイーゴリに気を遣わせたくなかった。


生まれたときから遊び相手として側におり、教育係として、剣から魔法、学問、遠征のやり方まで、あらゆることを教えてくれてきたのがイーゴリである。


イーゴリについていけば、何とかなる。

その一心で前に進めている。

イーゴリの背を追って歩き続けていると、いつしか涙は消えていくのだ。


* * *


獲物を狩って、食料にしつつ、 毛皮まで処理して、少額であろうと売れるようにする。

イーゴリの腕はその点でも確かだった。


「姫さまが幼い頃までは、たまに休暇を頂いて旅をしたこともあったのですよ」

イーゴリは懐かしそうに微笑んだ。

食材は、街中ではいくらあっても困らないことから、基本は買い取ってもらえる。

街を見つけたときは、イノシシやクマなど大型の獲物を狩っては、肉を持ち込んで売っていたとイーゴリは語った。


農家に短期間滞在して、農作業を手伝ったり、駄賃としてもらった作物を町で売ったりもしていたそうだ。

聞くほどに、いろいろな金の稼ぎ方があり、初めての長旅に出るアレクサンドラにはためになる話ばかりであった。


これからの身分についても相談した。


王女が旅をすることで、いらぬ災難が降りかかっても厄介なので、一般の旅人、諸国を渡り歩いて武者修行をしていることにする。


姫と呼ばれると、不用意に人の耳に入ったときにややこしいことになりそうなので、ナターリヤのように、サーシャとよんでもらうように、敬語もやめるように、アレクサンドラは頼んだ。


だが18年、姫と呼び敬語で接していたのにそれは難しいとイーゴリは渋る。


「そもそも、人前じゃなきゃ、敬語なんかいらなかったのに。

ナターシャになんか、私が神殿に逃げなかったとき、逃げろ貴様、この馬鹿!って言われたし」

「ナターシャが?なんと無礼なことを……」

「じゃなくってさ、そういう勢いで接してくれればいいわけ。貴方はバカ正直で頑なすぎる。

まぁ、お母さまがああいう威厳のある人だったし、堅苦しい雰囲気じゃなきゃいけなかったから仕方ないけど…

しばらくは身分は取っ払うわけだしさ。かしこまってないイーゴリも見てみたいし」


イーゴリは、少し困ったように唸ったが、姫さまの望みなら致し方ありませんが……と敬語のままで答えた。


「……それに、これから先、そう、私がいつか王になってからも、私に遠慮してほしくない。気軽に言いたいことを言ってほしい、私がイーゴリにしてきたように。

ああ、もしそれまで私に仕えてくれたらの話だけど」

「もちろんお仕えいたしますとも、姫さま。とっくに女神ヴァシリーサに誓っております、この命ある限り、姫さまをお守りいたします、と。今更何をおっしゃいます」

「そういう返しは早いのな、さすが仕事馬鹿……」


今までもそうだったが、イーゴリが生真面目すぎて、ときどき居心地が悪くなってしまう。

気軽に話してほしいという気持ちは伝わっているのか?

多分、アレクサンドラの思うようには伝わっていない気がする。


身分を解いて旅をするのだから、もう少し気楽にいきたいものである。


18年の習慣を変えるのは、一朝一夕ではいかないか。


「めんどくさいからもう命令だ。姫さまと呼ぶな。敬語禁止!

間違えるのは仕方ないからさ。慣れてってよ」


だが、イーゴリは食い下がった。


「せめて、お嬢さま、ではいけませんか」

「えー……お嬢さまって……

だからいいとこの人間だって思われないために言ってんのに、それじゃ意味ないじゃん。

じゃあ、私が貴方を師匠とでも呼ぼうか?

でも、敬語は嫌だな、貴方にも敬語を取ってほしいのに、私まで敬語になるなんて」


しばらく押し問答が続き、とうとうイーゴリが折れた。


「わかりました、そこまで姫……サーシャが言うなら、努力はいたしましょう」


イーゴリは、アレクサンドラにはっきり分かるほどのため息をついた。


「もう、なんでそんな、頑ななのさ……

普通に、サーシャって言ってくれれば済むのに……」


友人向けではなく、単なる知り合い相手にするような固い返事に、今度はサーシャーーこれからアレクサンドラをこう呼ぼうーーが大きなため息をついたのだった。


* * *


それからも、姫さまと呼ばれながら魔の者退治をし、歩いては休みを繰り返しながら、サーシャとイーゴリはミロスラフの実家の領土に入った。広大な農村地と町を経て、領主の城が建っている。


黒いものの被害は、見られないようだ。

農民が普通に農作業をしている。


「イーゴリ、野宿続きだったし、この辺で宿取らない?」

サーシャが提案した。

農村にも、行商人や旅人のための簡易宿はある。

取りためていた毛皮と、採ったばかりの肉が宿代に足りるか?という心配はあったが、夕食つきでなんとか間に合った。

ただし、男性・女性で部屋を分けただけの、雑魚寝スタイルである。

もっとも、戦場では雑魚寝も珍しくなく、サーシャも別段戸惑うことはない。


…………

…………


夜、宿に併設された食事処で食事を取りながら、イーゴリは店の者にこの辺で最近変わったことがなかったか、尋ねてみた。


この辺では何もなかった、らしい。


店の者が嘘を言っているようでもなかった。



アナスタシアが出陣した方向の先に位置し、隣国イヴァンとの間にある地である、


普通に考えれば、黒いものの通るルートとなっていたはずなのだが。


「明日、領主に会ってみたい」


サーシャは言った。


「そうですな……ですが、黒いものが通っておかしくないのに、何もなかったというのも妙です。

用心して参りましょう。


そういえば、ここの領主……ミロスラフの父親ですが、ミロスラフを姫……サーシャの王配にしたそうだとアナスタシア様が以前おっしゃっていました。

私もいますから大丈夫かとは思いますが、一応用心してくださいませ」


「マジで?いや無理……

ナターシャが彼、女好きって言ってた。そういう人マジで無理」


サーシャの即答に、イーゴリは苦笑した。


「彼の領地ですから、これ以上は控えましょう。間違ってもお一人で外出なさいませんよう、サーシャ」

「敬語もやめろっての、変な感じだから…」


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