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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
 序章 ヴァシリーサの国の王女
10/193

10.脱出


避難が進み、アレクサンドラも一息ついていたとき。


イーゴリの目の前に、アナスタシアからの指示が出現した。

王のみが使える能力で、対象は総司令官であるイーゴリと将軍たちである。

ヴァレーリヤとドロフェイの目の前にも、同様の指示が出現していた。


3人は、その指示に息を飲む。


『イーゴリ、ヴァレーリヤ、ドロフェイに告ぐ。

こちらは今後、指示を送る余裕がなさそうだ。

この敵の正体も出所も依然不明で、かなり難航している。

帰還する予定ではあるが、残りの者で城は棄て、アレクサンドラと合流し、守ってくれ。


もし万が一、我が娘が城に戻るようなことがあったら……

そのときは、娘の指示に従うこと。


以上、あとは任せたぞ』


指示を受け取った3人は、誰ともなく集まり、顔をしかめた。

戦況は限りなく悪い。

いつ戦いが終わるか、全く先が見えないのである。

この城も、結界を張っていないところは侵食されてきている。


アレクサンドラが帰還早々に城を棄てると宣言したため、それはとっくに覚悟していたのだが、

イーゴリはこの指示を読んで嫌な予感を覚えた。


「ヴァレーリヤ殿、避難を急げるか?ペースを上げねば間に合わんかもしれん」

「そうですね、ただ実家側も人数の多さにちょっと混乱してるようで」

「城からテントや食料も持たせて移動しとるからな……ワシが行ってあちらで人の整理をしよう、姫さまも一緒にお連れ致そうか?」


「……頼みます、ドロフェイ殿」


魔力と知識の豊富なドロフェイが抜けるのは心もとなくなるのだが、受け容れ側に人が詰まっていては新たに送り込むこともできない。

まだこちら側には100人以上の人が残っている。


アレクサンドラも、そろそろ避難させねばなるまい。

アナスタシアに教育係を任された者として、アレクサンドラの側を離れるのは本意ではないが、

アレクサンドラの身の安全が第一である。

無事に脱出できたら、ヴァレーリヤの実家を訪ねればいいことだ。


一旦、ドロフェイ任せることに決めた。


…………

…………


イーゴリは大広間を出ると、廊下の窓から外を見た。


もう夜が明けてきている。


黒いものの姿が見えるようになってきていた。

波打つように出たりすぼんだりするそれ。


小さいものが足にまとわりついてくるが、まだ払えば消散する程度である。

城の外は、海が深くなるように、黒いもので覆い尽くされていた。

城の背後の神殿方面も、同様に覆われている。


そのとき、いきなり黒いものが引いていった。

黒いものが城の手前に集まっていき、ぐんぐん大きな黒い山になっていく。


まずい!


そう直感したとき、黒いものから大きな触手のようなものがとんできた。

回廊の壁を破壊しながら、イーゴリに向かってくる。

剣を抜く間もなく、イーゴリは身を伏せた。

頭を触手がかすめ、扉を守っていた兵士たちを連れ去っていった。


それに動揺している暇もない。

イーゴリは飛び起きると、とっさに結界の張ってある大広間まで後退し、

剣を抜いて構えた。


黒い山から、触手が無数に生えてきて、こちらに飛んでくる。

結界で弾かれているようだが、衝撃で大広間の壁が次々破壊されていく。


「イーゴリ!こっちへ来い!退避だ!」


その声に思わず振り返ると、なんとアレクサンドラが礼拝堂から出てそこにいた。

「姫さま!?避難されたのでは!?」

「貴方を置いて逃げるわけにはいかない」


触手が飛んできた。

結界がもう脆くなっており、触手が突き抜けて向かってくる。

イーゴリは剣を振るって、触手を断ち切った。


「礼拝堂からの通路を開いた!ヴァレーリヤはもう実家に行ってもらって、転移門は閉じた。礼拝堂の通路は、残った者に先導を任せている」


有事の際は、王族を礼拝堂で守れ、と取り決められている。

だが、通路があったとは初耳だった。

王族にしかその存在は知らされていなかったのだろう。


触手が何本も、結界を破壊しながら大広間に落ちてきた。

「イーゴリ、もう城は棄てろ!早く礼拝堂へ!」

「御意!」

イーゴリはアレクサンドラに続き、礼拝堂へと走りだした。


…………

…………


礼拝堂で祀られている、ヴァシリーサの像の後ろ側に、その入り口はあった。

扉ではなく、壁に直接穴が開いている状態で、中は暗い空洞になっている。


礼拝堂を、触手が打ち付ける音がする。

厳重に結界を張ってはいるが、結界の張り手もほぼ避難を完了した今、ここもまもなく破られるだろう。


「殿下、もうお入りください」


礼拝堂に残った兵士たちは、みな覚悟を決めていた。


「イーゴリ様も。閣下が姫さまをお守りするのに一番です、一緒にお入りください」


最後まで部下たちを守りたいという思いで、アレクサンドラもイーゴリも、一瞬入るのをためらってしまった。


そのとき、


「サーシャっ!!」


ナターリヤの声がしたと思うと、いきなり突き飛ばされ、後ろのイーゴリにぶつかった。

その目の前に、礼拝堂を突き抜けた触手が落ちてきて、再び引き上げられていった。


振り返ると、触手に捕らわれたナターリヤが、黒いものに飲み込まれていくのが目に映った。


「ナターシャ……ナターシャ!!?」


初めて、アレクサンドラに動揺の色が走った。

イーゴリはアレクサンドラの手を掴んで、通路に飛び込んだ。


* * *


どのくらい、手を引かれて走っただろう。


頭が混乱して、今が夢なのか現実なのか、分からなくなってきた。


ナターシャが、目の前で。


嘘だろ?

何かの……間違いだろ?


ふと、視界が開けた。

見覚えのない、丘の上にいる。

通路から通じていたのか?どこに出たんだ?


「姫さま……姫さま!気を確かに!」


イーゴリの声が聞こえる。


「姫さま……ナターシャのことは仕方がありません。

後悔しては彼女も浮かばれない。

姫さまにとっては、戦友を失うのは初めてでいらっしゃいましょう、お気持ちはわかります。

ですが乗り越えねばなりませぬ」


イーゴリの声が、静かに響いた。

幾多の戦場を経験し、時には戦友も失ったであろう、イーゴリの言葉はとても重かった。

……これが、本当の戦場というものなのだ。

乗り越えねば、前には進めない。


目の前が霞んでいて、いつの間にか泣いていたのだと分かった。

アレクサンドラは腕で目をこすって、ようやく顔を上げた。


イーゴリの顔も、厳しかった。

ナターシャを失って……彼も平気なはずがないのだ。


まだ体が震えているが、今は仕方がない。

アレクサンドラは、意識のしっかりした目でイーゴリを再び見た。


震える手を、イーゴリが力強く、包み込んだ。


「……お察しいたします、姫さま。

どうやら、我々はほかの者たちとはぐれたようです。

あの通路の先には、何やら転移する術が埋まっていた様子。あちこちに飛ばされた可能性があります」


黒いものは辺りにはいない。

見渡すと、城が遠くに見えた。

城は全体が、襲ってきたと思われる黒いものに覆われている。


それを眺めていると、再び涙が溢れてーー



轟音が起こり、目の前がいきなり黒くなった。


「姫さまっ!!」


声と共に、イーゴリに抱きかかえられ、地面に転がった。


イーゴリはすぐに起き上がると、アレクサンドラの前に立ちはだかる。


「こいつは……城のやつから分離したやつか?こんなところに出てくるとは……」


盛り上がった黒いものが、イーゴリの前にいた。

城を襲ったものほど大きくないが、崖一つ分くらいはありそうである。


「姫さま、お逃げください!ここは私が」


イーゴリは剣を構える。


ところが、アレクサンドラは逃げるそぶりもせず、逃げる前と同じような、落ち着いて不敵な表情に戻っていた。


「……お前は……何を怒っているんだ?」


アレクサンドラはイーゴリの前に出て、黒いものにそう話しかけたのだ。



10話で区切りよくと思っていましたが収まらなかった……^^;

シリアスなのは苦手なんですが、思いの外シリアスだったかも……?

書いてるほうは、あんまりそんなつもりないんですけどね^^;

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