序 ヴァシリーサの国の王女
初投稿です!
やってみたかったファンタジーものですが、物語の設定って大変ですね^^;
自分が一番楽しんで書いていますので、波長が合う!方はよかったらお付き合いくださいませ*^^*
「オリガさん、お掃除終わりました」
「ご苦労でした、ミーナ、エーリャ。ここはもういいわ、先に訓練場にお行きなさい。そろそろ模範試合が始まるころだと思うわ」
「はい」
ミーナとエーリャは訓練場へと足早に向かっていく。
「ええと、こっちでしたっけ」
「そうよ」
「訓練場に行ったことはあるんですか?」
「昨年の姫さまのお誕生日祭で行っただけです。普段は用がないものね」
「姫さまは毎年模範試合をなさっているんですか?」
「そう、お誕生日祭の演目の一つなんですよ。
私も最初びっくりしました、お姫さまが国の兵士相手に試合をなさるなんて。しかも将校級の」
「えええ!?そ、その……失礼なんですが、手加減などはなく……?」
「私も武術のことは分からないんだけど、でも本格的なの。聞いた話ですけど、准将級の方でないとお相手は務まらないそうですよ」
「すっごいですね……」
「今年は姫さまの18歳の成人の儀も兼ねているんです。お相手は将軍のお一人、ミロスラフ様ですって!」
「ミロスラフ様って……あの、金髪で、短髪で、お背が高くて、たくましいお体の……」
「顔が赤いわよミーナ、でもそうよね、あの方はこの国でトップクラスの殿方ですよね。
あくまで噂だけど……姫さまの王配候補だって考える人は多いみたい」
「あー、でも納得してしまいます。お顔も剣の腕も、大貴族のお家柄も、何もかも姫さまにふさわしいと思いますわ」
* * *
訓練場は、四方を複数の段状の回廊に囲まれた吹き抜けの場である。
回廊の上部から訓練場を見下ろせるようになっており、試合のときはそこから貴族を見下ろしてもよいことになっている。
この日は王女を見下ろすことも許可される、そのため、警備兵が数メートルおきに、各段に配置され、警戒を行っていた。
訓練場には四方に結界も張られていて、見物席に術などが誤って飛んでいかないように、
また見物席から万が一にでも術が飛んでこないようになっている。
回廊から見学する者と上から見学する者とで、訓練場はざわついていた。
見学者でひしめき合う中、ミーナとエーリャは回廊の後ろの方から、やっとの事で試合が目にできそうな位置を見つけた。
前方は主に貴族位を持つものや地位のある武官、また文官たちで固められている。
ミーナとエーリャのいる後列の周りは主に、それほど位のない役人や兵士、城の使用人である。
さまざまなおしゃべりが耳に入ってくる。
「姫さまの昨晩のダンスはとても素敵でしたわね」
「陛下も姫さまも、普段はドレスをお召しにならないから、昨晩はよかったですなぁ」
「王配候補もそろそろ決まるんじゃないだろうか」
「ここで成人なさるのだしな、そういうお話が出てもおかしくないだろう……今回は慣例どおり、将軍家から王配が出るんだろうか……」
訓練場の回廊上部のうち、城側は、国王専用の観覧席となっている。
どこからともなくざわめきが静まり……
観覧席に近い方から拍手や歓声が上がりだす。
観覧席に、王が姿を現したのである。
「「国王陛下ー!」」
「「アナスタシア陛下ー!」」
群衆が沸く。
国王アナスタシア。
軍服に身を包み、剣を腰から下げている、
これが、この国の儀式における正装である。
高く結い上げられた髪は美しく流れ、
整った顔立ちに鋭い眼光、
威厳のある姿に、観客席中から感嘆の声が漏れ聞こえるほどだった。
「アナスタシア様……いつ拝見しても、お美しくて感動してしまいますわ」
「軍服のお衣装があれほどお似合いになる女王など、我が国代々の王以外ではいらっしゃらぬ」
「流石は女神ヴァシリーサの末裔」
「豪華絢爛ではないのに威厳に満ち溢れておられる、先代よりもたくましくあらせられるようじゃ」
国王アナスタシアはしばらく席の前で立ったまま、群衆の歓声を受けた。
王の傍には、こちらも正装である軍服の、眼光鋭い女性兵士が一人控えている。
やがてアナスタシアが軽く手を上げると、群衆はみるみる静まりかえった。
アナスタシアは、それを受けてから席へ腰を下ろす。
それを確認し、杖を持って観覧席の端で待機していた係のものが、試合の始まりを告げるべく、
杖の先に浮く石の球に向かって声を投げかける。
『これより、ヴァシリーサが国、アレクサンドラ殿下の成人の儀の一環となる、模範試合を執り行います』
訓練場の四方に置かれた同様の球体から、声が増幅され、場の全体に声が行き渡る。
魔法石による、拡声器である。
『なお、殿下のお相手は、我が国の第一将軍でいらっしゃいます、ミロスラフ閣下が務められます』
ざわりと、興奮をたたえたざわめきが起こった。
「「ミロスラフ様ー!」」
あちこちから黄色い声も聞こえる。
「やはり、今年はミロスラフ様か」
「第一将軍が試合相手に選ばれたとは、殿下はそれほど上達なさっているのか、楽しみだな」
「昨年は確か、第三隊の副将がお相手をなさいましたな。なかなかいい試合でしたぞ、今年は一層期待できますな」
『それでは、アレクサンドラ殿下とミロスラフ閣下が、入場なさいます』
***
国王観覧席の下の階の扉が開き、姿を現したのはアレクサンドラ王女である。
観衆が拍手と歓声で王女を迎える。
甲冑を身につけ、戦闘用の装いである。
細身で、緩くカーブした剣を背負い、堂々とした足取りで、訓練場の中心へと向かう。
国王アナスタシアとよく似た顔立ち。
王と同様に髪を高く結い上げ、きりっと引き締まった若々しい表情である。
ただ、国王たる母に比べ、当然ではあるのだが威厳や重みといったものには欠けていた。
だが、いずれ王位を継承したら、貫禄が出るだろう、
何せ女神ヴァシリーサの末裔なのだから。
人々はそう思っている。
城中の人々に加え、城下町に屋敷を構える貴族はもちろん、国に仕える地方の貴族の土地からも人が集まり、この場には普段の何倍もの人々でごった返している。
その後ろから、ミロスラフ将軍が王女に付き従うように訓練場の中心へと向かう。
第一将軍らしく、体格はよく長身で、国の守護を任されている迫力がある。
やがて位置につくと、王女と将軍は向かい合う。
どちらからともなく、ゆっくりと剣を抜き、手に馴染ませるように素振りを行う。
両者が準備を終え、構え。
『始め!』
合図とともに、剣の切っ先が触れ合った。
…………
…………
王女は、果敢に攻めていく。
剣筋は鋭く、素早い。
立て続けに繰り出される攻撃に、観客からは感嘆の声が上がる。
だがミロスラフ将軍は、王女の剣を全て受け止める、
第一将軍の実力を余すところなく見せつけている。
王女は華奢で小柄な体躯であり、その身軽さを活かして立ち回っている、
一方大柄な将軍も、無駄なく鍛え上げた筋肉により、王女以上に俊敏に反応してみせる。
将軍の体にふさわしい大剣が振り下ろされれば、細身の王女の剣など叩き折られるのではないか、
多くの観客はハラハラしながらも見守る。
王女は見事に、剣を折られることなく、将軍の剣を跳ね返した。
そして鍔迫り合い。
将軍が体重をかけて王女の剣を押し、
王女は剣の先端を左手で支えて耐えている。
将軍の体重に、小柄な王女が耐えられるはずがない、とその場の誰もが思う。
と、王女の剣が一瞬光り、両者は離れた。
剣に一瞬、魔法をまとわせたのだ。
一瞬に魔力を集中させることで、その瞬間だけ将軍の剣と同等の威力を乗せると同時に、
一瞬ひるんだ将軍との鍔迫り合いから離れた。
しばらく見合った後、再び両者は激しく剣を交える。
剣の撃ち合う音が、場内に響き渡る、
音が澄んでいるということは、両者とも理にかなった動きをし、無駄な力の入らない剣捌きをしているということである。
ある程度剣を使う者なら、両者とも、一定以上の実力者だということを感じることができる音だった。
…………
…………
「す、すごい……ああっ、危ないっ」
「大丈夫よミーナ、将軍閣下は姫さまを傷つけるようなことはなさらないわ」
「そ、そうですか……でもハラハラしてしまいます」
「まぁ、その気持ちは分かるわ」
周りからも、緊迫した場面になるたび、人々の声が上がっている。
みんな同様にハラハラしているのだろう。
ミーナとエーリャは、時折背伸びをしながら、王女と将軍の戦いを見守っていた。
今度は将軍が、自らの周りに魔法で水を呼び起こしている。
水が王女に向かい、王女の姿はたちまち水の球の中に見えなくなった。
だが、その水が動きを止めーー
水が凍り、その場に氷の球ができていた。
そして氷の球が、砕け散る。
中からは剣を振り下ろした王女の姿が。
周りから歓声が上がった。
「な、何をなさったのかしら、姫さまは……」
ミーナは思わず声に出していた。
「あれは、魔法で水を凍らせて、中から衝撃波で割ったんですよ」
「まぁ!そんなことが」
たまたま隣にいた女性兵士が解説してくれた。
この場にいるということは、軍では下っ端なのだろう。
だが、魔法についてよく知っているようだ。
「殿下の戦いは初めて見られるので?」
「は、はい。まだお勤めに上がって日が浅いもので」
「そうでしたか。
私も試合は初めて拝見します。
軍事学校を修了したばかりでして」
この国には、王立の軍事学校がある。
入学希望者も多いが、厳しい訓練で有名で、修了できない者が数知れないということは、広く知られている。
教師を務めるのは退役・現役の軍人であり、少数精鋭のヴァシリーサ軍は世に名高い。
そこを修了したということは、下っ端といっても相当の実力者ということだ。
しかも、この国は代々女王制ということもあり、女性兵士が珍しくない。
男性と同じ訓練をこなすと聞いたことがある。
それをいずれ背負って立つ王女が、将軍とやり合えるほど強いのも当たり前である。
そして国王アナスタシアは、国内最強、そして世界でも有数の武人であると言われている。
メイドである自分には想像もつかない世界だ、とミーナは感じていた。
* * *
『それまで!』
魔法を交えた戦いがひとしきり行われた後、試合終了の合図が発せられた。
王女も、将軍も、肩で息をしながら向かい合い、一礼する。
そして両者とも、王のいる観覧席に向かって礼をし、退出を始めた。
四方の見物席から、割れんばかりの拍手が起こり、歓声が上がる。
「王女殿下、万歳!」
「アレクサンドラ様、万歳!」
「国王陛下、万歳!」
王と王女を賞賛する声が、いつまでも続く。
ミーナとエーリャも、その歓声に合わせて、王と王女に万歳を送った。