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7.少年は少女を追いかけ共に旅立つ

ラティニア帝国

 かつて帝国全土を手中に収めていたという伝説的な国家。帝国について伝える文献は今の世にほとんど残っていないが、各地に敷かれた街道や、帝国の植民都市であった各国の王都の遺構などにその栄華の名残が残っている。

 少女は村の畦道を歩く。陽は既に森の彼方へ沈み、すっかり暗くなっていた。それでも、家の窓からは村人達が刺すような視線を彼女へ送っていた。少女はその視線の冷たさに身震いしたが、表向きは素知らぬ顔を繕っていた。


「待ってくれ!」


 そこへメリーが駆け付けた。両手に旅嚢をぶら下げている。少女は無視して歩き去ろうとしたが、メリーは少女を一気に追い抜き、目の前に立ち塞がる。


「待つんだ。待ってほしい」

「な、なによいきなり」


 これまで何を言われても動じなかった少女だったが、必死な顔のメリーを見て思わず後ずさりする。彼は、そんな彼女に深緑色の旅嚢を投げてよこした。受け取った少女は中身を覗く。黒パンやら干し肉やらが込められた麻布の包みやら、粗末な毛布やらが詰め込まれていた。


「これって……」

「君はああ強がってたけど、この村から出ていく用意なんて何一つ無いじゃないか。これを持ちなよ」


 少女は旅嚢を握りしめたまま黙り込む。メリーは自分も旅嚢を背負うと、さらに少女の懐へと踏み込んでいく。


「そして俺も君と一緒に行くよ。俺もこの村から出たことなんてほとんどないけど……それでも少しは君の助けになれると思うし」


 仰け反る少女に、メリーは勢い任せに言い放った。さしもの少女も目を白黒させてしまう。


「一体どうしてそうなるわけ? それであなたに何かいいことがあるの?」

「あるさ。君を助けられる。いきなり天からここに放り出されて、その上誰の助けもなしに生きていけなんて、あんまりひどいじゃないか」


 彼の言葉に一瞬目を泳がせた少女だったが、すぐ不機嫌そうに眉を寄せる。


「別に助けてほしいなんて頼んでないわ。ついてくるなら勝手にすればいいけど、あなたに何かあっても私は助けないから」

「それでもいいよ。俺は君と一緒に行くんだ」


 少女は腕組みして溜め息をつく。ほとほと呆れたとでも言わんばかりだが、拒むつもりもなさそうだ。メリーはにっと歯を見せた。


「俺はメレディス。みんなはメリーって呼ぶよ。よろしく」

「……よろしく」




 こうして二人が村の外へ向かうと、そこには獅子の紋章が縫い込まれた外套を着込んだローディが立っていた。メリーの姿を見たローディは眼を見開いたが、決心に頬を引き締めている友人の顔を見るなり、納得ずくで頷いた。


「なるほどな。何だかそんな気はしたよ。お前は思い込んだら止まれないやつだ」

「きっと俺のおばあさんがそうさせるのさ。俺のおばあさんもマグナスからいきなり飛び出して、この村に流れ着いたんだ。まあ、いい機会さ。俺も魔道を学ぶために、いつかは大きな都市に行ってみたいと思ってた」

「前向きなのは良いこった。悪い事ばかり考えていたら、ほんとに流れが悪くなる。折り重なるように凶事が舞い込むようになるもんだ。目の前に見える事をなるべくいいように捉えるのが良いんだ。そうすれば、本当にいい事がそのうち起きるようになる」


 ローディは自分の言葉に納得したように頷きながら、ちらりと少女の横顔を見遣る。まるで興味が無いと言わんばかり、少女はローディに一瞥すらくれない。彼は歯噛みした。


「お前に言ってんだよ、ガキ」


 しかし彼女はまるっと無視した。ローディは呆れかえって首を振り、励ますようにメリーの背中を叩いた。


「じゃあ俺は行くぜ。……だが俺もそのうちお前に追いつくよ」

「来てくれるのかい?」

「ああ。今回の出来事を王都で報告したら、とりあえず暇乞いをするつもりさ。俺の見えねえところで野垂れ死にされてもたまらねえからな」

「大丈夫だよ。ちょっとは準備したし、それに、彼女は俺よりずっと強いわけだし」

「まあ、そうか」


 ローディは肩を竦めると、その場でピタリと足を止めた。三人の目の前には東西に分かれた岐路がある。西はブリギッド王国の都、アルフォンスへと続いている。東はルイーナの大河を越えて、東方の海洋大国エルメースへと至る道だ。ローディは二人に向き直る。


「俺は王都に行くが、お前らは……」

「アンタと同じ道を取るわけないでしょ」


 素早く言い放った少女は、さっさと東の道を取って歩き出す。ローディは去り行く少女にも聞こえるよう、大きく長い溜め息を吐いた。


「あーあ、わかったよ。じゃあなメリー。無事でいろよ」

「ああ。ローディもね」


 二人は握手を交わすと、互いの道を選んで歩き始めた。ローディは稜線の頂上にそびえる巨大な城を目指し、メリーは少女の背中を追って足を速める。しかし、反対に少女はいきなり足を止めてしまった。勢い余ったメリーは、少女の背中にぶつかってしまう。


「痛っ! いきなりぶつかって来ないでよ、ばか!」

「だ、だって急に君が足を止めるから」

「誰か追いかけてきてるからよ! 少しは気を張りなさい」


 そう言って少女は背後へ目を光らせる。メリーも耳を澄ませてみれば、確かに背後から蹄の音が高らかに響いていた。メリーが振り返ろうとすると、小山のように大きな馬があっという間に二人を追い抜き、二人に立ち塞がるような形で立ち止まった。メリーは咄嗟に飛び出すと、少女を庇うような形で立つ。


「待て、メリー」


 溜め息交じりの押し殺した声。何よりも聞き慣れた声色に、メリーはおずおずと緊張を解いた。


「何だよ、父さん。俺は行くって決めたんだ。今更止めないでくれよ」


 小柄で痩せ気味なメリーが凄んでも、さしたる迫力はない。ただ馬の不興を買い、荒々しい鼻息に当てられるばかりだ。雨よけ頭巾を外した父親は、いつも通りのしかめっ面で息子を見下ろした。


「お前はお前のばあさんにそっくりだ。一度これと決めたら何も考えずに突っ走る」

「機会は待ってくれないよ。俺達が足踏みしたら、あっという間に離れてしまう」

「それもばあさんが言った事だ。お前はばあさんに一度も会ったことがないというのに」


 父は肩を落とすと、懐から羊皮紙の束を取り出しメリーへと差し出した。


「これは?」

「どうせどこにも行く当てはないんだろう。それならマグナスに行ってみろ。いざとなれば親戚が頼りになってくれる。それに、マグナスには旧帝国の遺産が少なからず残っている。行けば、お前に天啓の一つや二つ与えてくれるかもしれん」


 早口で言い放つと、彼はさっさと馬の腹を蹴り、メリー達の脇を抜けて村への帰路につく。


「行くなら、その眼で見てこい。天から投げ捨てられたものが俺達に与えたものを。何から何まで」


 彼は言い捨てると、馬の腹を蹴って一気に馬を道の彼方まで走らせた。見送った少女はふんと鼻を鳴らす。


「知ったような説教を垂れてくれるわね。全く」

「行くなって言われなかっただけ良かったよ。喧嘩になったら俺は絶対勝てないしね。まあ、これで万事準備は整った。目的地だって決まったし、後はなるままになるだけさ」


 メリーが陽気な調子で言うと、少女は白い目を向けた。


「どうして私の行き先をあなたに決められなきゃならないのよ?」

「そんな言い方したって、どうせ君はマグナスに行くよ。他にこれって行き場所だってないんだしね」


 少女は押し黙ると、そのまま歩き出した。返す言葉が見つからなかったが、首肯するのも癪で仕方ないというところだろう。メリーはくすりと笑うと、その後を追いかける。


「ねえ、君の名前をまだ聞いてなかった。なんて言うんだい?」


 メリーは少女に尋ねる。さっさと街道を歩き出していた彼女は、不機嫌そうに地面を蹴って振り返る。固く腕組みして、唇をへの字に曲げた少女。それでもその整った顔立ちから美しさは失われる事なく、ただ芯の強そうな印象をメリーに与えていた。


「どうしてあなたに名前を教えないとならないわけ?」


 放たれる言葉には、刃のような冷たさがある。メリーは思わずその冷たさに当てられて鳥肌が立ったが、それでも彼は目を細め、辛抱強く訴えた。


「だってこれから一緒に旅をする仲間じゃないか。名前くらい知っておかないと、困るよ」

「別に一緒に来てくれなんて頼んじゃいないでしょ」


 少女はつっけんどんに言い放つ。メリーはたじろぐことも無く、少しでも少女が心を開いてくれる時を黙って待ち続けていた。だが少女の方も、そう簡単に気を許してなるものかと、眉間に皺寄せメリーに対峙していた。


 道のど真ん中で続く沈黙。近くを通りかかった鳩がばさりと舞い降り、意地を張り合う二人の姿を不思議そうに眺めていた。


「……まあいいわ」


 やがて、折れたのは少女の方であった。うなじの上で束ねた髪をさらりと流すと、メリーに背を向け歩き出す。


「私の名前はイレーナ・ヒュパティア。イレーナで良いわ」

「イレーナか。……よろしくね、イレーナ」

「はいはい」




 かくして、メリーとイレーナの旅が始まったのであった。



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