5.少女は黄金の翼を背負って器械を駆る
突然畦道に姿を現した少女。薔薇のように美しく、しかしどこかに刺々しさも秘めた佇まいに、メリーは言葉を失う。
「君、は……」
彼が手を止めた僅かな隙に、人形はメリーを突き飛ばして少女へと突っ込んでいく。兜の口が大きく開け放たれ、獣のように人形は少女へと飛び掛かった。少女は黙って人形の目の前に手をかざし、放った金色の光でその動きを押し留めた。彼女が人形を睨むと、背中の光も輝きを増していく。
「何だあいつ。羽が生えてんぞ」
ローディは呆気に取られて呟く。少女が背に負う光の広がり方は、確かに鷲の翼のようにも見える。しかしよく目を凝らせば、その光は精緻な幾何学模様を描いている。メリーは首を振った。
「違う。あれは魔法陣だ。とても複雑な……」
人形は全身を光に包まれながら、それでも構わず少女へと手を伸ばそうとしている。
「主に逆らうな。機械のくせに」
少女はさらに一歩踏み込み、掌から光の帯を放った。兜の奥に輝く歪な赤光を吹き飛ばし、代わりに流れ込んだ金色の光が兜の奥に収まる。その瞬間、人形はきりきりと歯車を鳴らしながら背筋を伸ばし、その場で軽やかに飛び上がった。固く閉じられた兜の覗き穴からは、鋭い眼光が溢れている。寒村の中に敢然と立つその姿は、まるで騎士のようである。
「悪いけど、むしゃくしゃしてるの。憂さ晴らしに付き合ってもらうから」
「あいつ、何しやがったんだ」
ローディももはや戦う手を止めている。彼らに出来ることは、まるで人間のように滑らかな動きを見せる器械の騎士の姿を見つめる事だけだった。
「行きなさい! 叩き潰せ!」
少女は高らかに叫ぶ。金色の光を宿した騎士は、彼女の命令に合わせて軽快に動き回り、村人達を追い詰めていた人形の一体に襲い掛かる。肩を鷲掴みにし、畦道に巨体を叩きつけた。奇襲を受けた人形は全身を軋ませながら起き上がり、兜を開いて吼える。もう一体の人形も咆哮を聞いて振り返ると、少女の騎士と化した一体へと殴り掛かる。騎士は両腕の装甲でその一撃を受け止めると、素早く足払いをかけて器械をその場に蹴倒した。右手を振り下ろし、さらに兜を叩き潰しにかかる。しかし、もう一体の器械がその背後から襲い掛かり、拳を叩きつけた。騎士がよろめいた隙に、蹴倒された器械も起き上がって掴みかかる。激しく歯車が擦れ合い、火花が散った。
「ふん。やっぱり本調子ってわけにはいかないわね」
眉間に皺を寄せる少女。動きは機敏になっても、所詮は似た者同士の二対一、徐々に押し込まれていく。間合いを取って敵の攻撃を迎え撃つのが精一杯だ。ローディは剣を中段に構え、メリーを横目に窺う。
「おいどうする。このままじゃ押し切られるぞ」
「わかってる。何とかして手助け出来れば……」
少女の登場で、メリーは希望をわずかに取り戻していた。頭の血の巡りも良くなって、彼はきょろきょろと周囲を窺う。そして気付いた。取っ組み合いを続ける器械のそばには、メリーの仕事場がある。彼は表情を引き締めると、足の痛みを堪えながら走り出した。
「ねえ、キミ!」
メリーは少女に向かって呼びかける。少女はちらりと彼を見遣った。
「何? 集中してるんだから、いきなり話しかけてこないでよ」
「ごめん。でもお願いがあるんだ! あのレンガ造りの家があるだろ! あの器械をそこに押し込んでほしいんだ!」
「……わざわざ家を壊すの?」
少女は小馬鹿にするような視線を彼へと向ける。メリーは頷いた。
「いいんだよ。家は壊れたって作り直せるけど、村が壊れたらもう生きていけないんだからね」
魔導書を開いた彼は、少女の側に立ってその顔を見つめる。
「どうか、手を貸してくれないかい?」
「仕方ないわね。それで何とか出来るってんなら……」
少女はぶつぶつと呟くと、両手を騎士へ向けて差し出し、魔法陣の翼を一際大きく広げた。
「行きなさい!」
騎士は背中から蒸気を噴き出すと、一体の人形を両腕で抑え込み、そのまま跳び上がった。赤レンガの家へと突っ込み、そのまま壁を突き崩す。重い瓦礫に埋もれた二体は、そのまま身動きが取れなくなった。
「これでどう?」
「ばっちりだよ! そこなら……魔法陣がある!」
メリーは魔導書を捲り、刻まれた呪文を早口で唱え始めた。その瞬間、もがいていた人形が一体、白熱してドロリと融け始める。メリーは顔をしかめながら、器械をただの鋼鉄の塊へと変えていく。
「少し大き過ぎる……けど!」
ついに器械は、少女の騎士の手の内に収まる巨大なメイスと化した。騎士はぎりぎりとそのメイスを見下ろし、少女は肩を竦める。
「へえ。あんまり格好よくはないけど……ま、一体減らしてくれたのはよかったわ」
少女は腕を振るう。騎士は立ち上がってメイスを構え、目の前の人形と対峙する。武器さえ手にしてしまえば、もう丸腰の相手など敵ではない。突き出してくる腕をメイスの一撃で叩き落とし、その兜を力任せに叩き潰した。深紅の光が揺らぎ、器械の人形はその場でたたらを踏む。騎士はメイスの先を胸に突き立てると、そのまま大上段へと振りかぶって地面に叩きつける。錆びた装甲はその一撃を耐え切れず、ついに拉げてバラバラとなった。
村に静寂が訪れる。誰もが息を詰めて、少女と少女が操る騎士をじっと見つめていた。騎士はメイスをその場に放り出すと、少女の前へとずんずんと歩み寄る。
「こんなところまできて、ご苦労なことね」
少女は器械の胸元へ手をかざすと、鉄板を一枚引き剥がす。そこには古代の文字が三つ刻まれていた。
「さっさと寝なさい」
彼女は手をかざすと、光を放って一文字を消し去る。その瞬間、騎士はばらばらに散らばり、くず鉄の山と化した。器械の騎士を手足のように操る少女。そんな彼女を見て、メリーはおずおずと尋ねる。
「君は、一体……」
「さあ? 一体何者なんでしょうね?」
メリーに振り返った少女は、ひどく乾いた眼をしていた。