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3.ひとりでに動く器械の人形

器械人形:オートマタ

 天来として降ってきた器械の人形。その中は歯車や、大陸の人々が見たこともないような複雑なパーツが詰まっている。その鎧は天来の武器と同様の鋼鉄が用いられており、鎚を以てさえ叩き潰すことは容易ではない。上から糸で吊られたような不気味な挙動も、見た者に恐怖を抱かせる。

 結局、少女は一日目覚める事は無かった。傍らに座ってその様子を見守っていたメリーだったが、彼女はまるで蝋人形のように、指一つ動かさない。白んできた窓の向こうを窺い、彼は小さく溜め息をつく。


(この子に、一体何があったのかな)


 天来は神の落とし物。つまり少女も元を辿れば神の居所に属する者というわけだ。つまりは天使か、精霊か。メリーはそう考えていた。


『天来の言い伝えは、所詮不思議を無理に理解するために捻りだした言い訳に過ぎない。古代から伝わる神話のどこにも、神が落とし物をするという話はない』


 だが、父はそう言って一笑に付した。これまで落ちてきた天来も、この少女も、どこかから飛ばされてきたに過ぎないというわけだ。メリーにしてみればそれも突飛な話に思えたが、父の言葉に真っ向から異を唱えることも出来なかった。




 何か声を掛けたら起きやしないか。そう思ったが、掛ける言葉が見つからない。出会ってからずっと眠り続けたままだから、彼女の名前すら、まだ知らないのだ。


「俺の名前はメレディス。みんなはメリーって呼ぶけどね。……君の名前は何て言うんだい?」


 そっと尋ねてみるものの、彼女はやはり目を覚まさない。メリーは肩を落としながら、彼女の顔をじっと見つめた。閉ざされた瞼の奥にある瞳はどんなに美しいのかと、思わずメリーは思いを巡らせる。陽光の下を流れる清水のように、澄んだ光を湛えているに違いない。そう思ったあたりで、慌ててメリーはかぶりを振る。


「何考えてるんだか」


 自嘲するように呟いて、メリーは彼女のそばを離れ、のろのろと家の外に出た。何とかして『天来の少女』を一目見ようと躍起になっていた村人達だったが、さすがに夜明けともなると誰もが諦め自らの家へと引っ込んでいた。座りっぱなしで強張った全身を伸ばしつつ、彼は紫色の空を見上げる。今日も昨日に引き続いて雲一つない。静かな空だった。


「今までずっと看てたのか? 随分熱心だな」


 そこへローディがやってくる。薪割り斧を肩に担ぎ、大きな丸太を小脇に抱えていた。


「ああ。気が付いたらもうこんな時間さ」

「いつも誰よりも早くに寝てるようなお前が夜更かしか。これは間違いなく惚れたな」


 昨日に引き続いてメリーを揶揄うローディ。メリーは顔をしかめた。


「うるさいよ。君が変なこと言うからだ」


 目を背けたメリーは、再び空へと目を向ける。空が裂けて少女が現れ、抱き留めた瞬間のことを思い出す。濡れた目元が、メリーの脳裏に強く焼き付いていた。


「……まあ、気にはなるさ。泣いていたから」

「泣いてた? ただ気を失ってるようにしか見えねえけど……」

「そんなことない。何だかとても悲しそうに見える。ここに落ちてくる前に何かあったんだ」


 口を結んで真剣な顔をしているメリー。ローディは眉を開くと、斧を置いてメリーの肩を叩いた。


「あの子が起きたら、聞いてみないとな」

「うん」




 結局朝まで少女を介抱していたメリー。ほんの少しだけ仮眠をとって、彼は今日も七色に輝く泉を訪れていた。天からの落とし物は、まだ拾いきれないくらいに残っている。


(さて、取り掛からないと)


 夕べの説教のおかげで何となく厭な気分もしたが、鋼鉄を得るには天来を拾い集めるしかなかった。革袋の口を開いた彼は、目の前に転がっていた鉄の腕を拾い上げる。昨日は女の子が降ってきたおかげでしっかり眺めることが出来なかったが、今日は小さな歯車が噛み合って出来た五本の指の先まで、事細かに見て取ることができた。


 こんなものを、一体どんな目的で作ったんだろう。


 メリーは誰にともなく問いかける。最初は精緻な義手かと考えた。しかし、どこにも拳を開いたり閉じたりするような仕組みが無い。こんなものを無くした腕の代わりに付けたところで、風変わりなお洒落にしかならないのだ。


 あの子なら知っているだろうか。


 ともすれば、メリーは少女の事を考えていた。彼女が蝶や花のように美しいからというだけではない。少女は、天来として落ちてくる品々がいかにして作られているのか知っているかもしれないのだ。


 それを知ることができれば。武器だけじゃない、みんなの使う農具だってもっと丈夫なものに出来るし、この腕みたいに、今まで誰も考えつかなかったような細工物が作れるようになる。そうなれば、みんながもっと豊かに暮らせるようになるかもしれない。


 錬成士の卵として、彼は少女に一つの希望を見ていた。天来は鉄を与え、麦を奪う。かくして人々は与えられた鉄で武器を作り、わずかな麦を奪い合って戦う。それが当たり前となっていた世界が、もしかしたら少しは変わるかもしれない。メリーの中で、思いが泡のように膨らんでいく。


「なんて、期待しすぎたらあの子に失礼だね」


 ふと気づいた彼は、膨らんだ泡をぱちんと弾けさせる。壊れた武器を持ち込む兵士達の話は、いつも西に行って誰かを殺しただの、東に行って誰かが殺されただの、そんな話ばかりだ。世の理と受け入れつつも、メリーはそんな話を聞くたびに胸を痛めた。何とかならないかと考え込むこともあった。しかし下手の考え休むに似たり、村人はそんな彼をオスティアのアンゲロスなどと呼んで揶揄った。学のない人間の思索ほど無意義なことはないのである。


「とりあえず持って帰るかな……」


 聞く者のない独り言を呟き、彼は革の袋に器械の腕を放り込む。さらに池の側に落ちていた鉄の板を拾い上げようと手を伸ばす。




 刹那、泉が紅く光った。




 メリーは咄嗟に手を引っ込め、二歩三歩と後ずさる。間もなく水底から何かがざぶんと飛び出した。泉の底に積もり積もった錆と汚泥に塗れたそれは、鎧を着こんだ騎士にも見えた。しかし兜の奥は虚ろだ。覗き穴の奥から、深紅の光が爛々とこぼれている。メリーは息を呑んだ。


「な、なんだ……?」


 ただ事ではない。メリーは咄嗟に袋を放り出し、懐へ手を突っ込み一枚の紙片を取り出す。幽霊騎士は不気味な唸り声を上げると、右腕を突き出しのろのろと泉から上がってくる。全身が露になって、メリーは気づいた。


(器械だ。全身が器械で出来てる)


 拾い上げた器械の腕と全く同じだ。肩や腰、太ももから爪先まで、全て鉄で出来ていた。メリーが幽霊から器械へとその認識を改めた瞬間、騎士は錆だらけの全身を軋ませながらメリーへと襲い掛かってきた。メリーは横っ飛びになって躱すと、紙片を慌てて開く。魔法陣と呪文が細かく書き込まれていた。


「いきなり何だよ!」


 メリーは叫ぶと、呪文を指先でなぞり、魔法陣の面を騎士へ向けて突き出す。火の玉がいきなり飛び出し、騎士の顔面に直撃した。元々片腕の騎士はぐらりとバランスを崩したが、すぐに態勢を立て直してメリーへとのろのろ迫ってくる。


 逃げるべきか、ここで叩きのめすべきか。逡巡している間に、背後で大声がした。


「メリー!」


 泉に駆け込んできたローディが、背負っていた幅広の長剣を抜き放つ。


「これでもくらいな!」


 ローディは雄叫びとともに、騎士の顔面に一撃を叩き込んだ。火の玉に炙られ脆くなっていた兜は一撃で砕け、そのままバランスを崩した騎士はひっくり返った。それでも全身の歯車をかちかち言わせながら起き上がろうとする。ローディは舌打ちすると、さらに一撃、念入りに叩きつけた。腰を砕かれても騎士は動き続けていたが、もう二度と起き上がる事は無い。メリーはそれを見下ろし、小さく溜め息をついた。


「ありがとう、ローディ。でもどうしてここに」


 素直に笑みを浮かべたメリーだったが、ローディの顔は蒼白だった。メリーの肩を叩き、村の方へと手招きする。


「早く戻るぞ! 村が今大変なことになってる!」

「大変……?」

「ああ、早く来い! お前の手もねえとまずいんだ!」


 幼馴染がここまで焦る姿を、メリーは見たことが無かった。ただ事ではないと知った彼は、頷き彼の後を追いかける。獣道を駆け抜けると、鹿が慌てて森の奥へと逃げていく姿が見えた。


「ローディ、一体何が――」


 その時、雷が空で鳴り響いた。メリーが空を見上げると、木々の隙間から、巨大な亀裂が見える。今までメリーが見たことのない規模だ。村の端から端まで届かんばかりの罅からは、何かが次々に落ちてきている。


「また来やがった! 急ぐぞ!」

「う、うん」


 あっという間に地上へ迫ったのは、泉に現れた器械騎士を一回りも二回りも大きくしたような器械の群れであった。メリーはようやく何が起きたか気付いた。


「くそっ!」


 メリーは吼えると、ローディと共に森を抜けた。その瞬間に見えたのは、土壁をぼろぼろに突き崩され、無惨に崩れた村人達の家。逃げ惑う子供や老人達の姿。村長の家の前に張られた結界が、彼らの命を辛うじて守っている。


 急いで助けなければ。二人は駆けだそうとしたが、いきなり目の前に巨大な鉄の塊が墜落してきた。土煙が巻き上がり、足元が揺れて二人はその場にひっくり返った。


「神様はなんて落とし物をしたんだ!」


 メリーは叫ぶ。器械の群れはそんな彼の叫びに気付き、ゆらゆらと彼の方へ振り返る。虚ろな兜の奥で、血のように赤い光が揺らめいている。




 立ち上がった巨大な器械の騎士は、歯車を唸らせながら、二人に向かって襲い掛かった。



アンゲロス

 旧帝国に存在したといわれる伝説的な哲学者。無欲を説き、実際に彼は私財を捨てて酒樽に住まい乞食をしていたと伝えられている。時の権力者は彼の姿を羨んだというが、現在にも『間抜け』の比喩としてその名が残っているように、一般人からの評価は芳しくなかったようである。

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