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18.逃げてきた王女と獅子の花

「ルシエンヌ王女……ルシエンヌ王女だって? そんな!」


 メリーはうろたえると、慌てて跪いて頭を垂れる。隣でぽかんと突っ立っているイレーナに気付くと、メリーは慌ててローブの袖を引いた。


「イレーナ! イレーナ! 何突っ立ってるんだよ! 王女様が目の前にいるんだぞ!」


 しかしイレーナはそんなメリーの手をあっさり払いのけた。腕組みしながらぐっと目を凝らし、彼女の翡翠色の瞳を覗き込む。


「王女様? あなたが?」

「その通りです。それゆえに正体を明かす事がしばし憚られておりました。名乗るのが遅れてしまい、本当に申し訳ありません」


 王女は恭しく頭を下げる。慇懃な彼女の振る舞いに、イレーナは思わずバツの悪そうな顔をする。


「……頭なんか下げないで。貴方の立場なら、法に従えなんて言うのも納得だわ。こっちこそ、散々失礼なこと言って悪かったわね」


 ぺこりと頭を下げ返すイレーナ。その態度はまるで友人に接するかの如くである。そんな彼女を見上げて、メリーはそわそわとその身を揺すった。


「ねえ、イレーナ。あの方はその辺の人と違うんだから」

「メリーにとっては違うかもしれないけど、私にとっては同じよ。この世界のヒエラルキーなんか、私には関係ないし」

「そんな事言わないでよ、ねえ」


 口を尖らすイレーナを必死に諫めながら、メリーはこわごわと王女達の様子を窺う。王女は仮面の男と何やら目配せすると、くすりと笑って二人の方へ歩み寄ってくる。頭を伏せるメリーを見下ろすと、王女は柔和に微笑みかけた。


「もし、貴方の名前は何とおっしゃるのですか?」

「メレディスと申します」

「ふむ。メレディスですか。それはかつて様々な武具を作り出したという偉大な魔導士と同じ名前ですね。よい名です」


 王女はこくりと頷き、跪いてメレディスに視線の高さを合わせた。正拳突き一つで大木を打ち倒した剛腕とは裏腹に、目尻がほんの少し下がった彼女の顔は、温和な雰囲気を醸していた。


「メレディス、私は一向に構いませんよ。むしろ貴方も平素の在り方で接してくださいな。そのように礼節を尽くされると、こちらもそれなりの態度で迎えなければなりませんから。そのように堅苦しくあらねばならない場面があるのも確かですが、いつでもそのような形で来られては、私も疲れてしまいます」

「そう……ですか。ではそのようにします」


 メリーは小さく頭を下げ、静かに立ち上がった。イレーナはどこか得意げな顔で彼を見遣ると、王女の隣の青年にも目を向けた。


「貴方は名乗ってくれないの?」

「こちらにもこちらの事情があります。今はただの王女の従者として遇していただきたい。王女が名乗った以上、私の正体はあまり人目に触れる場所で明かしたくないのです」

「込み入った事情があるってわけね。まあ王女様がたにこれ以上わがまま言う気は無いわ」


 仮面をつけたままの青年もまた、二人へ静かに頭を下げる。


「感謝いたします」


 仮面の表情は相変わらず不気味だったが、その落ち着き払った佇まいはメリー達に王女と同じ誠実さを感じさせた。彼はベルトからぶら下げていた細いロープを手に取ると、ひっくり返ったままの男達を後ろ手に縛り始めた。


「さて。これよりこの盗賊達をノエルの街まで連行します。ついては貴方達にも同道をお願いしたい。貴方の言う通り、四人を二人で連行するというのは骨が折れますので」

「ノエルということは、ここからさらに北へ行くという事ですか」


 メリーは旅嚢から地図を取り出して尋ねる。道中で旅の商人から手に入れた、少しはまともな地理が示された代物だ。王女は地図を覗き込み、ノエルの街を指差した。


「距離だけで言えばジルベルが近いのだけれど、私達の目的地は北にあるので。なるべく寄り道はしたくないのです。よろしいですか」

「願っても無いことです。俺達もマグナスへと向かっているところでしたから」

「では決まりですね。よろしくお願いします」


 王女は目を細める。メリーとイレーナも彼女へ微笑み返した。




 数珠繋ぎにされた男四人が、仮面をつけた王女と従者、それからメリー達の手で連行されていく。しかし男達は気を失ったままだ。イレーナの魔法が彼らの自由を奪い取り、街道を北へ向かってひたすら歩かされているのである。


「貴方の魔法は自由自在ですね」


 王女に褒められたイレーナは、自慢げににんまりと笑う。彼女がぱちりと指を鳴らすと、その指先で光が小さく弾けた。


「ま、私には天賦の才能があるのよ。これくらいは朝飯前ってね。むしろ、貴方達は私達まで取り押さえたとしたら、一体どうやって街まで連れていくつもりだったの」

「至極単純です。この賊と一緒に縛り上げ、気が付くのを待ってから歩かせていましたよ。それ以外に術はありませんから」

「ふうん……てっきり彼以外にも配下の人間が近くにいるもんだと思ってたわ。どうしてわざわざ二人っきりで旅しているの。いくら貴方の腕っぷしが強くても、身一つじゃ危ないわよ」


 イレーナはふと笑みを潜めて尋ねる。相変わらずぶっきらぼうな口調だが、彼女なりに気を遣っているらしい。王女は困ったように肩を竦める。


「むしろ多勢で歩き回る方が危険な状況なのです。今日のように人手があればと思う時もありますが、二人きりで良かったと思う事の方が多いのですよ」


 すらすらと話す王女。その話を背後で聞きながら、メリーはじっと考え込んでいた。辺鄙な村に住んでいたが、それでも聞こえる噂は聞こえてくる。王都に出て働くローディがよく土産話を持ち帰ってきたからである。


「……それはエルメース王国の王子が最近身罷られた事にも関係あるのですか」


 彼が切り出した瞬間、王女は小さく溜め息を洩らした。メリーはそこで言ってはいけない事を言ってしまったと気付き、慌てて口元を塞ぐ。


「すみません。王子と言えばつまり、ルシエンヌ王女の……」

「気にしなくて構いませんよ。その通りです。私の弟が死んだことで、今や王位継承権を持つ者は一人もいない状態です。母も父も年を取りましたから、今更新たな子など望むべくもありません。故に次の王位を巡って、今や宮廷は謀略の巷です」

「貴方がいるんじゃないの?」




 イレーナは不思議そうに尋ねる。




「ええ。でもエルメースの王座は男子が継ぐのが決まりです。父は私が王位を継ぐ道を模索していますが、それを好機と見た諸侯があれやこれやと口出しを図っているのです」

「で、貴方は逃げ出したってわけ?」

「ルシエンヌ王女は逃げたわけではありません。王女は確かな意志と目的をもって王都を離れる事を決心されたのです」


 イレーナの言葉を聞くなり、いきなり仮面の男は声を荒らげた。仮面に描かれた不気味な表情で睨まれ、彼女は思わず身を縮める。


「そんなムキにならないで。別に責めるつもりで言ったんじゃないから。宮廷にはもう王女様の意志が及ぶ余地はないんでしょ? ならそこにいるだけ無駄よ。離れちゃうのが一番。王女様はいい選択をしたと思うわ」

「……ええ、そうだと信じたいです」




 森を抜け、ノエルの都市に着く頃には既に陽が西の彼方へと沈もうとしていた。盗賊四人もすっかり目覚め、必死に身体を揺すぶっていた。


「放せよ、何だこれ」

「気持ち悪いよ。足が勝手に動きやがる」


 イレーナがかけた魔法はまだ生きていた。男達の意志とは関係なく、その足は王女達に従い街の中をどたどたと行進している。見物にやってきた市民達を威嚇している彼らの目の前に、仮面の男は例の財布を突き出す。


「観念したまえ。この大量の金銀の出所、しかと語ってもらうぞ」

「何なんだよお前ら。誰の許しがあってこんな事」

「あんたらみたいなのを捕まえるのに許しなんて必要ないわよ」


 イレーナはにべもなく言い放つと、最後尾の男の尻を蹴っ飛ばした。同時に四人の魔法が解け、彼らは足をもつらせ通りのど真ん中でひっくり返る。彼らが見上げると、目の前には大理石で建てられた物々しい建物がそびえていた。入り口を固めていた衛兵四人は、槍を片手に慌ただしく駆け寄ってくる。二人は盗賊達へ、残りは仮面の王女達に槍を向けた。


「何者だ」

「“Fleur de lion”、道中で賊を捕まえた。ついては市参事会の手に処遇を委ねたい」


 『獅子の花』。仮面の男の言葉を聞いた瞬間、兵士は素早く槍を下げた。


「承知いたしました。宿はお求めですか」

「兵舎の仮眠室を貸してもらいたい」

「急ぎ準備します。この者達は」


 兵士はメリー達に目を向けた。その鋭い視線に、メリーはひっそりと姿勢を正す。


「この賊どもに襲われていた者達だ。詳しい経緯は彼らに聞くといい。宿の用意もしてやってくれ」

「かしこまりました。……中で話を聞かせてもらう。ついてこい」

「ええ」


 メリーは兵士に応えつつ、仮面の二人に振り返る。王女はドレスの裾をつまみ、そっと会釈した。


「また明日お迎えに行きます。今後のことはそれから話すとしましょう」


 王女達は衛兵の一人に連れられ、雑踏の中に消えていった。メリーとイレーナは耳打ちしあう。


「この街は彼女の勢力圏ってとこかしらね」

「北に向かっていたのは味方を得るため……ってところなのかな」


 衛兵の二人がつかつか歩み寄ると、いきなり槍の石突で石畳をごつんと鳴らした。


「いつまで突っ立っている。来い」


 王女二人がいなくなった瞬間、衛兵はいきなり居丈高になった。その変わり身の早さに、二人は言葉を失い目配せする。


「……わかりましたよ」


 やがてメリーは溜め息交じりに応えると、イレーナと共に市庁舎へと足を踏み入れた。

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