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14.雷が鳴れば器械人形が降り注ぐ

 メリーは門番に白い眼を向けられながらも、気にせず街の外へと飛び出してきた。朝には晴れていたはずの空は、いつの間にか鼠色の雲が張り出しつつある。ちらりと見上げて、彼はぽつりと嘆息した。


「一雨来るかなぁ」


 雷が鳴れば、天来が起きる可能性はぐっと高まる。つい先日器械人形オートマタの襲撃があったばかりだ。新手が降ってきても決して不思議ではない。街に降ってもなんだかんだで凌ぐだろうが、もしメリーの目の前に降ってくるようなことがあれば、イレーナの助けがない今、彼に打つ手は無い。


(それでも、あの子を助けるためには行くしかない)


 メリーに迷いはなかった。彼は頭巾を目深に被ると、旅嚢の紐を固く締め直し、目の前を流れる大河の下流を目指して走り出す。体格こそ純粋なブリギッド人には遠く及ばないが、代わりに山岳地帯でも逞しく生きるマグナス人の血が流れている。だだっ広い平原を三マイル(約4.8km)駆け抜けるくらいは造作もないことだった。




 街道に敷かれた砂利を踏みしめながら、メリーはベッドに臥せるイレーナの事を思う。粥を用意したものの、彼女は喉が痛いと言って結局ほとんど口にしなかった。ただでさえ痩せがちなのに、栄養も取れないのでは衰弱していくばかりだ。


(少しは食べてくれていたらいいけれど……)


 メリーは彼女の顔を思い浮かべる。初めてその腕に抱き留めた時には眠ったまま涙を流していた。ようやく目を覚ましたと思ったら、こちらを睨みつけるかうらぶれたような笑みを浮かべるばかりだった。ようやく心を開いてくれたと思ったら、今度は病に臥せってうなされている。快活に笑う彼女の姿は、まだ見たことが無いことに気が付いた。


 幼馴染の言葉を思い出す。彼女に惚れているのかと尋ねられ、あの時は反射的に否定してしまった。しかし今は、彼女のために街道をひた走っている。


(やっぱり俺はあの子に惚れてるのかな)


 メリーは自分に尋ねる。しかし答えは出てこない。惚れた人の前に立ったら胸がどきりと跳ねるものだと、村の友人は言っていた。その言葉に照らして考えてみると、彼女とここ一か月ほど二人きりでいて、胸が跳ねるようなことは一度もない。とにかく放っておけないという気持ちでいっぱいだった。


(好きかはわからないけど、あの子がにっこり笑ってるところは見てみたい。それだけは間違いない)


 考え込んでいるうちに、川幅はますます広がっていく。その真ん中に、ぽつりぽつりと小さな中州が見え始めた。メリーは足を緩め、そんな中州の様子をじっと眺める。川岸から中州までの距離はおよそ半マイルあるかないか。上流ではすでに雨が降っているのか、河は既に速さを増していた。




 雷が鳴り響く。咄嗟に頭を庇うと、鼠色の空から大粒の雨がざっと降り注いできた。冷たい雨粒がフードもケープも濡らしていく。麻布で出来た服がべったりと張り付き、彼の足取りを重くした。体温さえも容赦なく奪っていく。大河にごうごうと降り注ぐ雨の音を聞きながら、メリーは肩を震わせた。


「ええい。雨くらいなんだよ。今からあの河に飛び込んで泳ぐんだぞ、メレディス。怯むな」


 彼が自分に言い聞かせた瞬間、雷が再びがんと鳴り響いた。嵐の日に漁へ出て、雷に打たれて死んだ漁師の話をふと思い出す。天で光が瞬き、思わずメリーは足を止めてしまった。


「……怯むな、怯むな。ちゃんと準備してるんだから大丈夫だ」


 メリーは懐から木製のアミュレットを取り出す。小さな紫檀の球に刻み込まれたのは、小さいながらも強力な結界を生み出す魔法陣。一発くらいなら雷も防げるはずだ。腹を括ったメリーは、濡れた砂利を蹴り、中州を目指して再び走った。砂利の積もった岸辺に、深紅の草が風に吹かれてゆらゆらと揺れている。あれこそ赤葦に違いない。メリーはほっと息をついた。


(良かった。後は、あれを取ってくるだけ――)


 彼がほんの僅かに気を緩めた時、さらに稲妻が閃いた。三度目の閃光はついに空を切り裂き、空に黒い亀裂を生み出す。メリーははっと空を見上げた。


「こんな時に限って! まるで俺達を見てるみたいに!」


 亀裂の奥から光が湧いて、三体の器械人形が次々に降り注ぐ。メリーは慌ててその場を離れ、旅嚢から魔導書を取り出した。ずしんずしんと音が響き、三体の器械人形は地面に投げ出された。歯車がいくつか飛んだが、器械人形は気にせずのろのろと起き上がってくる。兜の奥に光る深紅の光が、メリーを捉えた。兜の口を大きく開き、金属を擦り合わせたような鳴き声を上げる。


 錆びついた歯車が擦れ合い、火花が散る。腕を広げて迫る器械人形を見渡して、メリーは歯を食いしばった。




「考えろメレディス。何とかこの場を切り抜けないと……!」

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