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10.初めての大都市は来訪者に冷たい

結界

 メイルストロムにおいてもっとも一般的な魔法。魔法陣を描くことで土のエーテルを集積させ、強靭な障壁を作り出す。事前に魔法陣さえ描いてあれば、起動は魔道の心得が無い者でも行えるため、天来や盗賊襲撃の対策として結界の魔法陣を描いた護符を常に何枚も溜め込んでおくのがこの世界での常識となっている。

 メイルストロム大陸の東を治める大国、エルメース。その勢力圏を400マイルに渡って南北に貫く大街道、スリジエ。芽吹きの時期になると、里程標と共に植え込まれた大樹が一斉に花を咲かせることから、いつしかそう呼ばれるようになった。


 アンゼルムの街は、その街道の南端に位置していた。昔からシレナ河を挟んでブリギッドとエルメースが小競り合いを繰り広げてきたために、その市壁はいつしかあまりにも高く分厚くなっていた。至る所に結界の魔法陣が描かれ、その突破は容易ではない。内部へ繋がる門の前にも、門番が入れ替わり立ち替わり立って、その目を常に光らせていた。


 メリー達が門へと近づくと、門番達は槍を担いですぐさま駆け寄ってきた。目深に被った鉄の兜の向こうで目をぎらぎらと輝かせ、兵士は先頭に立つメリーを見据える。


「何者だ。直ちに名乗れ」


 メリーはぺこりと会釈すると、胸を張って早口に応える。


「ブリギッドを治めるランカスター家に仕えるオスティア伯の領地からやってきた、メレディスという者です。こっちは同じくイレーナ」

「ブリギッドの田舎者か。そいつもか?」


 怪しい者を見る目が、蔑むべき者を見る目に変わる。しかしメリーは構わず続けた。


「いいえ、こっちはアランソン。川向こうにあるコークの町からやってきました」

「コークの町? ああ、二、三日前の天来の為に滅んだと聞いていたが、生き残りがいたのか」

「ええ。俺達は宿を取りに来ただけですが、アランソンはここに住まわせてやってくれませんか。彼以外は皆殺しにされてしまったので、もう頼る者がいないのですよ」


 メリーは最後の言葉に殊更力を込める。気難しい父親と十五年二人で生きてきたおかげで、他人を言いくるめることに関してはそれなりの腕前になっていた。渋面作っている兵士へと、メリーはさらに一歩踏み込む。


「エルメースは、母なる海の如くあらゆる者を受け入れる事が信条なのでしょう?」


 無遠慮にずかずかと間合いへずかずか踏み込んでくるメリー。門番は煩そうにそんな彼を押しのけると、アランソンを見遣って尋ねる。


「……おいお前、何か出来る事はあるか」

「町では薬師をしておりました。医術に関しては少々の覚えがあります」

「なら入れ。ちょうど医者が必要なところだった。市長が住む家を世話するだろう」

「それはそれは。ありがたいことにございます」


 アランソンは恭しく頭を下げると、開かれた門をくぐり、都市アンゼルムへと足を踏み入れる。メリーとイレーナもその後に続いて石造りの街並みへ紛れ込もうとするが、門番は素早くメリーの腕を捉える。


「待て。お前たちの事を通すとはまだ言っていないぞ」

「私達を通せない理由が何かあるの?」


 イレーナは苛々とした口調で門番へ詰め寄ろうとする。門番はイレーナを睨んだまま首を振る。


「通さないとも言っていない。ただし、お前らは用が済み次第すぐにこの街を離れろ。住む事は許さん」

「元よりそのつもりもないけど。一体どうして私達は街に住んではいけないってのよ」

「近頃天来が次々に起き、その度に近くの村が潰れるような有様だ。生き残った連中が次々にこの街に流れ込んでいる。このままではこの街は作りそこなった腸詰めのように破裂するだろう。それなのに貴様らのような土臭い田舎者まで受け入れる余裕は無いということだ」

「土臭い……」


 少女の顔が門番の言葉に歪む。今にも襲い掛かりそうな剣呑さを身に纏っている。危険を察知したメリーは、慌てて彼女の首根っこを掴んで都市の入口へと引きずっていく。


「わかった! わかりましたよ! 長くとも七日で出ていきますとも。それならいいですよね!」

「七日だな。七日で出ていかなければ有無を言わさず追い出すぞ。わかったな」

「ええ、もちろんです!」


 メリーは叫ぶと、そのままイレーナの手を引き都市の人込みへと飛び込んでいった。




 門番の下から離れても、イレーナの怒りは収まらなかった。田舎者と言われたことが相当に気に食わなかったらしい。固く腕組みしたまま、街並みをじろじろと見渡している。


「何が田舎者よ。ラティニアの帝都に比べればここだって十二分に田舎だわ。都会を名乗るんならコロシアムや浴場の一つくらい用意してから言ってほしいわね」

「それがあるのはエルメースでも王都のクロヴィスくらいじゃないかな。昔の帝国みたいに大陸にあるものなら何でも手に入るって世界じゃないしね」


 頬を膨らませているイレーナを横目にメリーは苦笑する。そんな彼の態度を軟弱と思ったか、イレーナは呆れたように深々溜め息をついた。


「全く。そんなんで他人を田舎者呼ばわりなんてちゃんちゃらおかしいわ。あんたも何か言い返せばよかったんじゃないの。土臭いなんて随分な言い草でしょ」

「別に大したことじゃないさ。ブリギッドに対する悪口の決まり文句みたいなものだからね。いちいち気にしててもしょうがないんだよ」

「決まり文句?」

「そう。ブリギッド人が土臭いんならエルメース人は魚臭いってね。だからおあいこさ」


 メリーはそう言ってにっこりと笑ってみせる。イレーナはその笑みを見て、ほんの僅かに頬をひくつかせる。思わず笑いそうになったらしい。


「ふうん。まあ確かに、魚臭いって言われるのは中々効きそう」


 しかしすぐに彼女は声を潜める。その視線の先には、器械人形の残骸がいくつも転がっていた。


「ここにも襲撃があったみたいね。自力で何とかしたみたいだけど」

「ブリギッドとエルメースが戦うたびに包囲される街だからね。それを跳ね除けるために軍備は充実してるんだよ。器械人形の数体が攻めてきたくらいじゃびくともしないさ」


 メリーも残骸を見つめる。兜の奥に既に深紅の光は無く、物言わぬガラクタと化していた。視線を離して都市の風景に目を向けると、人々が店の前でパンや野菜を品定めしていた。器械人形が降ってきても、この街の人々は雨が降ってきたくらいにしか思っていないらしい。一頻りそんな彼らの様子を眺めたメリーは、くるりとイレーナに向き直る。


「さてと、とりあえず宿でも探しておこうか。だんだん陽も傾いてきたしね」




 かくして宿屋に向かった二人。二人が通されたのは、粗末なベッドや椅子が一つずつ置かれた小さな部屋だ。イレーナは早速不機嫌になって宿屋の主を問い詰める。


「どうしてベッドが一つしかないのよ?」

「空いてる部屋がここしかねえんだよ。それに、どうせお前らはベッド一つで十分じゃないのか?」

「はあ? どういう意味よ」

「大方どこぞの村から駆け落ちでもしてきたんじゃないのか? 男女が二人っきりで旅に出て回る理由なんてそれくらいしかねえからな」

「そんなんじゃないわよ! こいつは勝手についてきただけ!」


 イレーナは色白の顔を真っ赤にして叫ぶが、宿屋の主は構いやしない。慣れっことばかりに肩を竦め、その手をひらひらさせる。


「わかったわかった。みんなそう言うんだ。言っとくが、布団を汚したら弁償だからな」

「汚さないわよ!」


 イレーナが主の言葉に鋭く噛みついてみせると、主は逃げるように階下へと行ってしまった。彼女は苛々と息を荒げたまま、旅嚢をベッドの脇へと放り出す。


「全くふざけてるわ」

「寝床が見つかっただけでも良かったよ。少なくとも野宿よりは安心できるからね」


 メリーはそう言って宥めるが、イレーナは苛々と革靴で床を踏み鳴らした。


「言っとくけど、ちょっとでもいかがわしい事しようとしてごらんなさい。二度と太陽の下を出歩けなくしてやるから」


 イレーナの剣幕に、思わずメリーはたじろぐ。


「そんなに威嚇することないじゃないか。何もしないよ。ベッドも君が使えばいいさ。俺は床で寝るからね」

「言ったわね。じゃあ心置きなくそうさせてもらうわ」


 そう言ったきりイレーナは黙り込む。革袋の中に余った水を飲み干し、櫛を取って髪やローブについた土埃を払い落とし始めた。メリーは黙ってそんな彼女の様子を窺っていたが、やがて旅嚢を背負い直して声をかける。


「イレーナ。ちょっと街を見て回らない? パンとか買い足しておきたいしね」


 振り返ったイレーナは、じろりと横目にメリーを捉える。メリーは思わず諸手を掲げた。


「いやならここで待っててもいいけど」


 しばらく黙り込んでいた彼女だったが、やがて溜め息を零しながら立ち上がる。


「行くわよ。一人っきりでいたら、それこそ何が起きるかわからないし」

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