80.ならば、俺は彼女に力を貸すのみだ
ヤイランとの会談を済ませた翌日の午後。俺はサンドラ達と共に東都の街に出ていた。
一人でのんびり見て回ろうと思ったのだが、午前のうちに用件を済ませた二人がやってきて一緒に行くことになったのである。
「大丈夫なのか? 式は明日なのだろう。女性はいろいろと準備があるはずだが」
「心配無用よ。式の時は収穫祭用のものを着るだけだし。パーティーの時に着るドレスはさっき合わせたわ。…………ほとんど成長してないからすぐ終わったの」
「…………」
サンドラが最後に零した一言に俺とリーラは揃って沈痛な表情になった。わかっていたことだ……。
「サンドラ、気にするな。ある歳に突然勢いよく成長することもある」
「お母様も小柄だったわ……」
「………………」
何も言えなくなった。
これ以上この話題が続くのは良くないので、俺は周囲の景色に目をやる。
俺達が歩いているのは東都で一番の大通りだ。馬車が余裕ですれ違える石畳の道の左右には高い建物が林立している。建物の各所はスルホとシュルビアの結婚式用に飾り付けられたり、立ち見用の椅子をベランダに出しているところなども見えた。
「東都の人々も式に備えているようだな」
「明日は二人が騎士団と共にここを行進して、一回りするの。その後、結婚儀式をして終了。結婚式としては簡素で半日もすれば終わるけれど、その後のお祭り騒ぎが三日は続くそうよ」
流石にサンドラも同じ話題を続けるのを避けたのか露骨な話題変更に乗ってくれた。
俺達は式場でスルホ達を待ち、結婚の儀式が終わるのを見届ける係だ。服装もパーティー用のものではなく、礼服。この場合は先ほどサンドラが言ったように聖竜領の正装である収穫祭用のローブを着ることになる。俺はパーティーでもその格好で通すことにしている。非常に楽だ。
「お祭り騒ぎですか……。すでに昼間から酔っている方もいるようですが」
リーラの視線の先に屋外にテーブルを出した酒場で昼から酒を飲んでいる若い男達がいた。「シュルビア様の結婚を祝って!」とかいって何度目かわからない乾杯をしている。
「あれはシュルビア姉様が結婚するのを認められない若者達よ」
「なるほど。流石は『東方の宝石』と呼ばれた姫君だな」
シュルビアの美しさはイグリア帝国全土に響き渡っていたという、彼女が結婚するとこうなる男達が出てくるわけだ。このまま何日も飲み続けそうな勢いで他人事ながら彼らの内臓が心配である。
「今しか見られない光景だと思えば楽しいものですよ。……愉快です」
「意外と容赦ないな、リーラ」
真顔ですたすたと歩き始めたリーラに思わず言う。容赦がなさすぎる。
悲嘆にくれる男達の姿はともかく、東都はとても都会だ。
石畳の舗装は綺麗でよく整備が行き届いているし、綺麗に町並みが整えられている。郊外の方にいくとクアリアくらいの規模の町並みになるのだが、聖竜領と比べればそれでも十分すぎるくらい人がいる。
「む。屋台が出ているな。珍しい食べ物があるかもしれない」
「落ち着いて。これからシュルビア姉様おすすめのお店に行くのだから」
ふらふらと屋台に向かって歩き出した俺をサンドラが制止した。
そう、俺達は旅の疲れを癒すため、シュルビアお勧めの喫茶店とやらに向かっているのだった。
○○○
シュルビアが紹介したという店は大通りから少しそれた場所にあった。
店構えは小さいが、古くからある建物を改装したらしく、落ち着いたたたずまいと鉄製の看板が良い味を出している飲食店だ。主にお茶とお菓子を出す喫茶店という分類の店舗だという。
店は満席だったのだが、リーラが店員に何かを一言いうと奥の個室に通された。
というか、個室があるのが驚きだ。
「これは、どういう部屋なんだ?」
「高貴な方が来た際に通して貰える部屋だそうです。今回はシュルビア様のご紹介ですので」
「なんでも、スルホ兄様が東都に来る度に一緒に来ていたそうよ」
なるほど。二人の思い出の店というわけか。
「今回はシュルビア様におすすめされたメニューを注文させていただきます」
「それでいいわ」
「ああ、たのむ」
俺はメニューを見ても何がなんだかわからないしな。
座って注文を済ませるとすぐに紅茶とケーキが運ばれてきた。半球状の黄色い物体だ。ケーキだと事前にリーラに教わっていなければ正体不明の物体である。
「南国の果物を混ぜたクリームを使ったものだそうです」
「おお…………うまいな」
「美味しいわね……」
早速一口食べた俺とサンドラの感想はシンプルなものだった。というか、それしか言えない。口の中に広がる酸味混じりの甘さとスポンジケーキの感触。わずかに混ざった果肉の味わい。どれも文句のつけようがない。南国の果物という触れ込みで甘すぎないか心配だったのだが、案外それが控えめなのも悪くない。
「……おいしい」
サンドラの横に座ったリーラも一言漏らすとうっとりとしていた。
本当に美味いものに出会った時、人は言葉少なになるのかもしれない。
「それはそうと、あのマノンという子の事はいいのか? 友達なのだろう?」
一息つけたので俺は昨日からの疑問を口にした。ここは個室だし、話題として新鮮なのでちょうど良い。
「友達……ね。二人がいうほど実感できるものではないのだけれど」
「お嬢様の学業には同行できませんでしたから存じておりませんでしたが、どのようなお付き合いをされていたのです?」
「昨日言ったとおりよ? 一緒に調べ物したり。帰りに鉢合わせたら話題の食べ物を買いにいってみたり。たまに本の貸し借りもしていたわね」
「それは友達じゃないのか?」
「それは友達です。お嬢様」
完全に友人のそれだ。この分だとサンドラの話以上に友人らしいことがあってもおかしくないな。
「……わたしにも友達がいたのね。周りが年上ばかりだから気を遣われているだけだと思っていたから。どうしたらいいかしら?」
「軽く謝罪して、改めて話せばいいだろう。そういうものだ」
真剣に考え込み始めたサンドラにそういうと横のリーラが頷いた。
「話が通じない方というわけではなさそうでしたし、アルマス様の言うとおりにするのが良いかと思います」
「ありがとう、二人とも。…………でも、リーラはともかくアルマスが友人関係について言及できるのはちょっと意外ね」
なんだかとても失礼なことを言われた。心外だ。
「こう見えて、俺が人間だった時代には戦友が多くいたぞ。互いに信頼しあえる関係で無ければ戦場では生き残れないからな。無事に作戦が終われば皆で酒を飲み、非番の日にでかけたり、資料を調べたりしたものだ。学友だって何人かいて、魔法士としての仕事をした後に集まったりしていた」
サンドラは誤解しているようだが、俺はそれなりに人間関係の構築は出来ていた。友人と呼べる相手だって何人かはいた。実際、その様子を見た妹のアイノが「兄さんに友達がいるなんて……」と感動して涙ぐんだほどだ。
「……人だった頃は普通だったのね、アルマス」
「それなりにな」
立派な大人だったかと問われれば自信はない。最後は妹のために全てを捨てて、今は竜だ。
「それで、お嬢様はいかがするのですか? マノン様とセドリック様のことです」
「そうね……」
リーラに問われてじっと考え込むサンドラ。
マノンはサンドラに警告をしてくれたので、敵ということはないだろう。それに、あの様子を見る限りサンドラのことを友人だと思っていたはずだ。例の若手貴族に関わりがあっても、不本意な形で巻き込みたくないものだ。
「しっかりと対処するわ。マノンには友人として。セドリック兄様には敵として」
まだちゃんと接触もしていない義兄を、サンドラははっきりと敵と断じた。
「敵か……。それでいいんだな」
「ええ、準備はしてあるから……」
サンドラの言動にも瞳にも迷いはない。デジレ・エヴェリーナを追い返した時から彼女の決意は変わらないということか。
ならば、俺は彼女に力を貸すのみだ。
最初の山場は、明日の結婚式後のパーティーだ。




