77.俺とサンドラは返事すらさせて貰えない
東都には予定通り到着した。イグリア帝国の治安と街道整備のおかげだ。
「都会だな……。歴史的に見て、最後に帝国になった地域だったか」
「そうよ。元々大陸東部で長く続いていた大きな国のあった場所なの。大きな戦もなく話し合いで帝国の一部になった。当時の王族が第二副帝になり、皇帝の娘と結婚するという条件でね」
「政治だな。そして、クロードはその子孫というわけか」
この辺りのことは道中に読んだ本に書いてあった。この東都も戦火にさらされなかったおかげで歴史ある街として維持されている。
石造りの街は中心に向かうにつれて段々と古く重厚な造りになり。歴史を感じる噴水広場なんかもあったりする。
俺達は馬車に乗ったまま、そのまままっすぐ道を行く。
東都は広いが目的地は最初から見えていた。
街の中心部にある高く聳える塔を供えた城。
第二副帝の住まう東都の城だ。
城に向かうにつれて町並みが変わっていく。
道が広くなり、広場が現れた。
その向こうには城門が見えた。城壁は高く、門の前には武装した兵士が多数並んでいる。
馬車が一度止まり、サンドラがいくつか言葉を交わして招待状を見せると難なく王城の敷地内へ入ることを許される。
「ほう……」
城門の向こうにあったのは見事な庭園だった。
揃って切りそろられた芝。まるで塀のように四角く切られた木々。そこかしこに咲く花や木々の一本に至るまで計算された、人の手による自然だ。
「エルフの手も入っているのか?」
「ええ、エルフとは仲良くしているから」
庭園をよく見るとたまに木を中心に作られた明らかに意図の違う空間があった。
まるで小さな森のようなその一画はエルフの作った小さな森だ。
エルフとの友好的な関係はイグリア帝国の特徴だ。これもまた、それを現しているのだろう。
「この庭園を眺めているだけでもかなりの時間を過ごせそうですね。お嬢様も朝の散歩を楽しめるでしょう」
「その余裕がどのくらいあるかしらね……」
サンドラのそんな呟きを残しつつ、馬車は目の前の城へと向かって行った。
○○○
「良く来てくれたね。サンドラ、そしてアルマス殿!」
城に入って応接用らしい一室に案内されるなり、久しぶりに会った第二副帝クロード・イグリアスが元気よく挨拶してきた。
「いやー、待っていたよ。君達が来るのを楽しみにしていた。元気そうで何よりだ!」
「クロード様とヴァレリー様も息災のようで何よりです」
「相変わらずだな。奥さんを困らせていないか?」
握手を求められたのでそれに応じると、クロードはそのまま椅子に座るように促した。
メイドのリーラは当たり前のように後ろに立つ。この面々なら座っても問題ないと思うので事前に話したのだが「私はメイドですから」とそこは譲らなかった。こだわりが強い。
「お久しぶり。二人とも。察しの通り、クロードが元気すぎて困っているわ。長旅で疲れているでしょうけれど、少し聖竜領での出来事を話してこの人を満足させてくれないかしら?」
そう言うとヴァレリーは穏やかに微笑みながら俺達に茶を勧めてきた。
前に届いた手紙によると何度も無断で外出しているみたいだからな、ここである程度クロードを大人しくさせておきたいということだろう。
「そういえば、スルホとシュルビアはこちらに到着しているのか?」
「もちろんだとも。打ち合わせで大忙しでね。夜には会えるだろう。実はボク達も忙しいけれど無理矢理時間を作ったんだよ!」
「………大丈夫なのですか?」
「大丈夫、この人が睡眠時間を削ってまで時間を作ったから」
「無理しすぎじゃないのか?」
「平気だとも。アルマス殿の作ったハーブも使わせて貰っているしね! さ、話をしよう。報告にあった水竜の眷属とはどんな風な存在なんだい? いや、そもそも水竜についての詳しい情報がないな。知っているのか? 南側の土地というのも見てみたい。詳しく教えてくれれば力になるよ? ボクは第二副帝だし、聖竜領はゼッカが発見された保護すべき場所だからね! ぐはっ」
一気にまくしたててくるクロードに対して、俺とサンドラは返事すらさせて貰えない。
そこにヴァレリーの拳が軽く叩き込まれた。
「落ち着きなさい。あなたが話しているばかりで二人が話せないじゃない」
「む……そうだね。うん、時間はあまりないけどよろしく頼めるかな?」
落ち着きを取り戻したクロードを相手にようやく俺達は聖竜領の出来事を話すことが出来たのだった。
それから二時間ほど、俺達は、たまにリーラも加えてひたすらクロードの疑問に答え続けた。結局、途中からクロードに言われてリーラも座って一緒に話すことになった。
そろそろ喋り疲れた頃、まだ大分元気そうなクロードにヴァレリーが時間を告げ、この唐突な話し合いは終わりになった。
「うん、実に良い時間だった。僕個人の所感をいわせてもらうとだね。サンドラ、春のうちに南部に手を付けなかったのは良い判断だった。無理にでもやったら仕事でここに来るどころではなかったし、急に人口が増えれば君に制御できる範囲を超えていたかも知れない。いや、君に能力が無いと言いたいわけじゃないんだよ? むしろ逆だ。だけれど、水竜の眷属が住む湖というのは案外扱いが難しいと思う」
「ありがとうございます。……六大竜の眷属が大変なのは承知していますから」
「どういう意味だ」
隣にいるのは聖竜様の眷属だぞ。
「言葉通り。凄い力もあって頼もしいけれど、同時に想像をつかないこともするもの」
「……山を動かしたりするのはやはりまずかったか?」
「有り難いのだけれどね。貴方達の力を目当てに変なのが寄ってこないか心配なこともあるの」
「なるほどな。ハリアにも話して気を付けるように言っておこう」
納得のいく話だ。人間だった頃と比べると俺の力は強すぎる。悪事に利用されれば大変なことになってしまう。俺はしっかりしているから平気だが、ハリアは心配だ。気を付けなければな。
「サンドラとしてはどう利用しようと思っているんだい?」
「とりあえずは道を通して。草原で牧畜。湖の周りを保養所にしようかなと。あまり人を増やしたいわけではありませんので」
「なるほど保養所、いい考えだ! 覚えておこう!」
これはきっと自分の別荘でも作る気だな。もう頭の中で図案を描いてる顔だ。横のヴァレリーの顔が引きつっているからわかる。
「あなた、そろそろ時間よ」
「おっと、そうだった。では、最後にもう一つ。既にスルホから聞いているだろうが、若い貴族が君達に接触してくるだろう。ボクは基本的に君達の味方だが、立場上あまりそれをおおっぴらにすることはできない。あくまで『第二副帝が目をかけている新興領主』という扱いをさせるくらいだ。それでもどうしても困った時は、ヴァレリーに相談するといい」
クロードの言葉にヴァレリーが頷く。
「若い貴族が集まって何かをするのは珍しいことではないけれど、どうもサンドラに好ましい干渉をするとは思えないから。いざとなれば力になるわ」
心強い一言だ。初めて訪れる地で最大級に強い味方がいるわけだから。
「ありがとうございます。できるだけ厄介事にならないように気を付けるつもりです」
「感謝する。こういう場では俺はあまり力になれないからな」
礼を言うとクロードはとてもスッキリした顔で「お安い御用さ」と言い切った。
どうやら、彼の中に溜まった好奇心を解消するのは成功したようだ。








