67.屋敷に戻ると、なんだか異常事態が起きていた
マイアとエルミアが剣を作る相談を始めて時間がかかりそうだったので、俺は先に屋敷に戻ることにした。トゥルーズにナイフを届けないといけないからな。
ゴーレムによって耕された畑を横目に屋敷に戻ると、なんだか異常事態が起きていた。
「なんだあれ……?」
屋敷の前に馬車が三台止まっていた。それ自体はさほど珍しいことじゃない。そこに並ぶ人々が一風変わっている。
馬車から今まさに荷物を運び出しているのは全員がメイド服を着た女性だった。
さらにその中の一人が屋敷の入り口でリーラと話している。
サンドラがその横でメイド同士の問答を見守っていた。いつもと逆の状態だ。
何かあったに違いない。
俺は事情を聞くべく、やや早足で屋敷に向かう。
「どうしたんだサンドラ、珍しい光景だな」
「ええ、リーラがちょっと困っているの」
本当に珍しい光景だな。
見れば栗色の髪をした若いメイドとリーラが問答をしていた。
「ですから、そのような心構えで聖竜領に来るのは困ります」
「何も問題ありませんよ! しっかりと仕事は致します!」
「……里には貴方達のような者が来ないようにお願いしておいたはずなのですが」
「能力的にはなんら問題ありません。むしろ優秀です!」
若いメイドの方は必死だ。涙目になってリーラに訴えている。
状況的に、リーラが彼女たちを拒んでいるようなに見えるな。
「何が問題なんだ?」
俺の声に気づいてリーラがこちらに振り返る。
彼女は困り顔で言う。
「アルマス様、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。もう少ししたら解決致しますので」
「帰りませんよ! 私達、ここでリーラお姉様と一緒に仕事をするんですから!」
お姉様? 姉妹には見えないが。
「どういうことだ? 察するに話にあったメイド達に見えるんだが」
聖竜領はこれから忙しくなって著しい人手不足に陥る。その対策としてリーラがメイドを手配したのは会議で共有された情報だ。
当のリーラがそれを拒否しているのがわからない。
「彼女たちの能力に少し問題がありまして……」
「いいえありません! 私達はメイドの里の『リーラお姉様親衛隊』でも選りすぐりの精鋭です。屋敷の維持から密偵までこなせる優秀なメイドなんですよ!」
「あー、すまない……えっと、名前は?」
なんだか聞き逃せない変な単語があったぞ。
「ハベットと申します。リーラお姉様と同じくメイドの里で訓練を受けております。最高位である戦闘メイドではありませんが、十分ご満足頂けるかと……」
そういうとハベットは静かな動作で一礼した。優雅さや美麗さを主張しない、無駄の無い動きだ。しっかりと教育を受けているのがそれだけで伝わってくる。
「俺はアルマス。聖竜の眷属としてこの領地に協力している。いくつか聞いてもいいか?」
「なんなりと」
「メイドの里ってなんだ?」
「イグリア帝国の西に位置するメイドの訓練を生業としている孤島です。そこで立派なメイドになるため私達は日々を過ごしておりました」
「戦闘メイドってなんだ?」
「メイドとしての全ての技能に加え、著しい戦闘技能まで備えた最高のメイドの称号です。リーラお姉様を含めて、二〇〇年の伝統を誇るメイドの里でも三〇人もおりません」
そうか。リーラはやっぱり凄いやつだったんだな。メイドの里とかいうのが島に作られた経緯が気になるが、どこの国にも変なところの一つ二つあるものだ。気にしないことにしよう。
「最後の質問だ。『リーラお姉様親衛隊』とはなんだ?」
その質問にハベットは目を輝かせて早口で答える。
「リーラお姉様は幼少の頃から類い希なる才を発揮しておられたお方でした。あらゆる作法を身につけ、未熟な者を助け、目に余る行為は諫める。一五歳で里を出た後も行く先々で同郷の者を助けたのです。……そんなご活躍の中、自然発生したのが『リーラお姉様親衛隊』です。いつかお姉様と共に働くことを夢見て技術を磨き続けたメイド達の集まりと思って頂ければ」
凄い圧力を感じる熱弁ぶりだ。
「なるほどわかった。ありがとう。で、リーラはなんで彼女たちを拒否する? 慕われているならいいじゃないか」
振り返ってリーラに言う。恥ずかしかったのか顔が真っ赤だ。珍しい。
「くっ……。えっと……彼女たちの心がお嬢様でなく私に向いているからです。共に働く以上、お嬢様に尽くせる者でなければ……」
いや、今明らかに理由を作っただろう。「えっと……」とか言ってるし。
「それは誤った理解です。リーラお姉様のご主人様なら私達にとっても同様。全力で仕事を致しますと申しております!」
ハベットの表情は必死そのものだ。後ろで荷物を降ろしているメイド達も不安そうにこちらを見ている。
「サンドラはどうなんだ?」
正直、サンドラがいいと言えば解決するような話に思える。リーラの仕事ぶりからして、彼女達もメイドの里とやらでしっかり修行しているだろう。いてくれると有り難いのは間違いない。
「この件はリーラに任せることにしたの。受け入れるなら、リーラはメイド長になるのだから。この子達と上手くやっていけるか自分で決めてもらわなきゃ」
なるほど、メイド長か。
ハベット達にとっては尊敬する人物の下で働ける機会であり、リーラにとってはサンドラ付きのメイドから管理職になる機会ということだな。
サンドラが大好きで一時も離れたくないだろうリーラにとっては、メイド達の管理に時間を使いたくないのかもしれない。
しかも、来たのは自分を必要以上に慕う一団だ。
「もしかして、サンドラの近くにいられないのが嫌なのか?」
とりあえず核心を突いてみた。
「……っ。お、お嬢様が心配なのは確かですが…………」
やはりな。
「少し大人になったらどうだ? 理屈でわからない話でもないだろう?」
「…………お言葉ですが、これがアルマス様の妹様の場合だったらどうですか?」
「……!?」
なかなか強烈な返しが来た。だが、俺は負けない。
「意味の無い仮定だな。俺はアイノを信頼して好きにさせて見守る……そう、見守るんだ」
そして何かあったら対処する。そうすればいいんだ。俺はアイノを信じている。
「なるほど。見守る…………」
俺の言葉にリーラも何か感じ入るものがあったようだ。その場でぶつぶつ言いながら考え始める。
しばらくして、考えがまとまったようだった。
「お嬢様が領主としてやっていく上で成長は不可欠です。護衛兼教育係として次の段階に入ったとみるべきかもしれませんね」
どうやら彼女の中でそういう方向で納得してくれたらしい。
先ほどまでとは打って変わって柔和な笑みを浮かべ、ハベット達に向き直る。
「失礼な対応をしてしまいましたね。貴方達を受け入れましょう。私の下でサンドラ様を支える手助けをしてくださいますか?」
その言葉にハベットと後ろにいるメイド達が表情を明るくした。涙ぐんだり悲鳴めいた歓声をあげるものもいる。
「私共、メイドの里より派遣されたメイド八名。喜んでお仕えさせて頂きます」
示し合わせたように、全員が同時に同様の所作で俺達に頭を下げた。
「では、早速仕事です。荷物を屋敷に運び入れたらそれぞれの部屋を割り当てます。ついてきなさい。アルマス様、少々お嬢様をお願いします」
そう言うとリーラは荷物を持ったメイド達を伴って屋敷の中へと消えていった。
残された俺はサンドラに向かって聞く。
「なあ、サンドラ。もしかして、リーラが一緒にいなくなるのが嫌で黙ってたんじゃないか?」
彼女ならこんな騒ぎすぐに収拾できただろうに、あえてそれをしなかった。その理由はこれくらいしか思いつかない。
「…………別に、そんなことないわ」
顔をぷいっとそらしながら、サンドラは短くそれだけ答えた。




